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希望の星  作者: 蓮見庸
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希望を阻止するもの

 時間を少し戻そう。

 “希望の地”計画がおおやけになると、ニュースは連日この話題で持ちきりとなり、世の中にはさまざまな意見が飛び交った。反対の意見が大多数を占めたが、なかでも声が大きかったものは、計画そのものに対する意見ではなく、連邦政府や公的なものに対する誹謗中傷そのものであった。一部のヒトと企業のみが利益を得るのではないかという陰謀論、選ばれたヒトだけが新たな惑星に逃げのびるといううわさ、研究への税金の使い方や研究のあり方そのものへの批判、それのみにとどまらず、この計画に関係する研究者に対する人格攻撃にまで話が及び、過去のわずかな失敗が徹底的に叩かれた。果ては愉快犯による殺害予告が行われ、警察が出動する事態にまで発展した。惑星の環境は荒廃して久しいが、ヒトの心もすさみきっていた。

 計画そのものに対して異を唱える学者もいたが、その主張の根拠となる研究はまったく的外れな結論を導くもので、けれども人々の感情に訴えかけるには十分だった。候補者に選ばれる若者がかわいそうという感傷的な声も多くあったが、そのほとんどがある特定の声の大きい誰かの意見に同調しているだけでしかなく、またこの計画に何の興味ももたないヒトが意見を求められたとき、当たり障りなく答えるための常套句でもあった。

 しかし、この計画はヒトが住んでいる環境にとくに変わりがあるわけではなく、応募者もいるわけないだろうという考えが多くを占め、また個々のヒトへの影響もあるわけではないため、時間が経つにつれ、世間の関心も薄れていった。


 *


 技術者ユキトの勤務地もこの反対運動の影響を受け、連日建物の周りにヒトが集まっていた。はじめのころに比べれば参加者の数も減り、穏やかになったが、一時期は石が投げ込まれたこともあり、研究責任者の立場にあるユキトはいまでも人目を避けるようにして建物を出入りしていた。

 今日はハルとヨシアキが研究室にきている。

「まったく、この騒ぎはいつになったら収まるのやら。君たちは騒動に巻き込まれなかったかい?」

 ユキトは窓の外の様子にちらりと目をやり、ふたりに話しかけた。

「おれは顔は知られてないので、今日もただの業者扱いでした。世間じゃもうほとんどニュースにもならないっていうのに、あいつらよっぽど暇なんですかね」

「わたしもほとんど関係ありませんでしたけど、ユキトさんはたいへんだったんじゃないんですか?」

「まあそれなりにいろいろあったけど、この立場も長いから慣れたもんさ」

 ユキトはテーブルにつくと大きな紙を広げた。

「これが先日みんなに見せたカプセルの設計図だ。あの時のものよりさらに改良してある」

「今どき紙なんて珍しいですね」

「最終的にはデータにするんだから、二度手間なのはわかってるんだが、どうも紙じゃないといいアイデアが浮かばないし、そもそも気分が乗らなくてね。あと、いざというときのためにはこれが最善なんだよ。燃やしてしまえば証拠もなにも残らないだろ?」

「ずいぶん昔のスパイ映画みたい」

「ハル、その例えもずいぶん古くさくないか?」

「悪かったわね」

 ユキトはふたりのやり取りをみて心底楽しそうに笑った。

「はははは、若い人たちは元気があっていいねぇ」

「ユキトさんだってまだ若いじゃないですか」

 ヨシアキはなぜそんなことをいわれたのか理解できなかったが、精一杯気をつかったつもりで答えた。

「そう見えるなら嬉しいけど、最近は疲れもなかなかとれないし、実際はそうでもないんだな」

「お疲れなんですよ。この仕事が終わったらゆっくりお休みください」

「ありがとう、ハルさん。そうさせてもらうよ。その前に、この設計図をデータにして、それをもとに原型を作って手直ししなくちゃな。原型さえできてしまえばカプセルの量産は時間の問題だし、この計画も半分終わったようなものだ。もうひと仕事だな」

「わたしたちもがんばります!」

「期待してるよ」

「まかせてください!」

 ハルはなんとなく目線を移すと、机に置かれた写真立てを見つけた。どこかの公園だろうか、大きな木の前でふたりの女の子がこちらへ屈託のない笑顔を向けている。

「その写真の女の子たち、娘さんですか?」

「ああ、左が娘で、右がその友達。娘はこの写真を撮ったあとほどなくして病気で亡くなってしまったんだけどね。もう何年も前の話さ」

 ハルは驚いてユキトの顔を見たが、先ほどと同じ笑顔で受け入れてくれた。

「なんだか、悪いことを聞いてしまったみたいで…。ごめんなさい」

「いや、いいんだよ。とても前向きな娘でね、わたしがひとりで悩んでいるとき、娘にはいろいろ助けられたんだよ。今でもそれを思い出すようにこうして写真を飾っているんだ。それに、忘れてしまったら娘がかわいそうじゃないか」

「いい娘さんだったんですね。もうひとりの女の子はどうしているんですか?」

「わたしもちょっとそのことが気になっていてね。娘が亡くなったあと彼女とも会う機会を失ってしまったばかりか、おまけにちょうどわたしも仕事が忙しい時期と重なって、今ではどこでどうしているか、もうさっぱりなんだよ」

「名前はなんていうんですか?」

「確か、ミノリちゃんだったかな」

「ミノリちゃん、元気だといいですね」

「そうだね。きっと元気でやってると思ってる」

 ユキトは昔を思い出すように写真を見つめた。

「ところでユキトさん。ユキトさんはこの計画を聞いてどう思われましたか?」

「そりゃあ、最初はびっくりしたよ。あまりにも現実離れした話だったからね。ただ若いきみたちが一生懸命考えて出した答えだから、それに賭けてみようと思ってる」

「ひと筋縄ではいかなかったと聞いてます」

「そうだな。平坦な道ではなかったな。けどいろいろいうヒトはいるけれど、けっきょくのところ自分のいいたいことをいっているだけなんだから、若いきみたちの思うようにやったらいい。大丈夫、わたしもできる限りのことをやらせてもらうし、きみたちならきっとできると信じてるから」

 部屋の電話が鳴り、3人はいっせいにそちらを見た。

「はい、ユキトです」

『ユキトさん、たいへんです! 侵入者です! 何人かそっちへ向かっているようです。気をつけてください!』

「なんだって!」

 ハルとヨシアキのふたりはユキトのただならぬ様子をいぶかしんで見ていた。

「やつらだ。ふたりとも早く奥の部屋へ! 地下の通路に繋がっているからそこから逃げろ! これも持っていてくれ」

「どうしたんですか」

「いいから、ここにいたら危険だ。早く逃げろ!」

 ユキトはヨシアキにカプセルの設計図を渡すと、奥の扉を開けふたりを押しやった。ハルとヨシアキはユキトのただならぬ様子に気おされ、無我夢中で駆け出していた。

 数十秒の差で研究室のドアが開き、複数のヒトが足音を立てながら入ってきた。彼らは迷わずユキトをぐるりと取り囲んだ。

「なんだお前たちは!」

「うるさい、カプセルの設計図はどこにある!」

「そんなものはない!」

「あんな計画をやらせるわけにはいかないからな。おい、みんな探せ!」

 男たちは棚という棚の引き出しをすべてひっくり返し、部屋の中を荒らしに荒らしたが、設計図はどこにも見当たらなかった。

「おいユキト、もう一度聞くが、カプセルの設計図はどこにある?」

「だから、そんなものはないといっただろ」

「そうか……わかった。じゃあ悪いが一緒にきてもらおうか。おい」

 ユキトはさるぐつわをはめられ後ろ手に縛られ、男たちに囲まれながら部屋を出ていった。

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