ふたりの出会い
ミノリは名前をよばれ部屋へと入った。その部屋はベージュの色調で統一され、かすかに甘い花のかおりが漂っていた。
「こちらへどうぞ。お名前をお聞かせください」
「はい。ミノリです」
「ありがとう。わたしはハルよ。どうぞお掛けください」
「はい」
ふたりは向き合ってソファーに座り、お互い目を合わせた。ハルはやさしくほほえんでいる。
「このたびはとても大きな決心をしてくれて、ありがとうございました。みんなを代表してお礼いたします。希望の地計画の説明は読みましたか?」
「はい」
「びっくりするようなことが書いてあったと思うけど、これからすこしずつ説明していくから、質問があったらなんでも聞いてね」
「はい」
それからゆっくり時間をかけてふたりは話し合った。ミノリはいくつも質問をして、ハルはそのひとつひとつに丁寧に答えた。ひととおり説明が終わると、そのあとは好きな食べ物や音楽の話など他愛もない会話を続けた。まるで姉妹のように。澄んだ瞳、そして優しい声で語りかけてくるハルのことを、ミノリはとてもステキなヒトだと思った。
『わたし間違っていなかったんだ』
こんな短い時間で初対面のヒトを信じるのに何も根拠はなかったが、ある種の直感、強いていうならばひとめぼれと同じような感情なのではなかっただろうか。
『ミノリちゃんの思うようにやったらいいんだよ』
頭の中でアスカの声がよみがえってくる。このヒトなら信用できる。ミノリはそう強く思うことができた。
「それでは、よろしくお願いします」
ハルは深くお辞儀をし、そしてにっこりとほほえんで右手を差し出した。
「今日からあなたもわたしも同じチームの一員よ」
「…!」
ミノリはヒトと握手をするという慣れない状況に少しためらいつつも、遠慮がちに右手を差し出すと、ハルの手にそっと触れた。細く柔らかい手だった。ハルは両手でミノリの右手をやさしく包み込んだ。ミノリはまるで全身を真綿にくるまれたように感じた。
「よろしくね。それから、ミノリさん。きれいな声をしてるわね」
「えっ…」
ミノリは思いもしなかった言葉をかけられ、ありがとうございますと返すのが精一杯だった。
*
「ナオキくんだね」
「はい、そうです」
「わたしはヨシアキです。今回はよく決心してくれて、ありがとう」
「いえ、どうも…」
「希望の地計画の説明は読みましたか?」
「はい」
「じゃあ、もう一度最初から説明するから、何か質問があったらその都度聞いてくれ」
「はい、わかりました」
ヨシアキは説明をしながらナオキの顔を何度も見ていたが、まだ何か悩んでいるような様子だった。
「ナオキくん大丈夫かい? やめたくなったらやめてもいいんだよ」
「いえ、そういうわけじゃないんですが…」
「気になることがあったら何でもいってくれ」
「…計画のことじゃないんですけど、ママとお姉ちゃんのことがやっぱり気になってしまって」
「そうだったな、君のお父さんも事故で亡くなったんだったね。大切なものが心配になる気持ちもよくわかる。お母さんとも話をしたが、正直なところ君のことが心配だし、さみしい気持ちも隠しきれていなかった。けれど、それでも君の決意を尊重したいといってくれた。君のお母さんやお姉さんはわれわれが責任をもって面倒をみるから、そこは安心してもらいたい」
「ありがとうございます。少し安心しました」
その時、机の上にあったよび出しのブザーが鳴った。
「ちょっとそこで待っていてくれ」
そういってヨシアキは出ていき、ナオキは部屋に残された。
『あのヒトぶっきらぼうだけど、悪いヒトじゃないんだな』
部屋の中を見回すと部屋は淡いグリーンを基調に統一され、爽やかな香りが漂っていた。部屋の様子がわからないくらい緊張していたのかとナオキは自分にびっくりした。先ほどの会話を思い出し、母親のことを考えていると、ヨシアキが戻ってきた。
「向こうの部屋に相手のミノリさんがいるから、これから会いにいこうと思うんだが、大丈夫かい?」
「はい。いきます」
ミノリとナオキはお互いの顔を見つめ、あいさつを交わした。
「はじめまして、ミノリです」
『この感覚はいったいなんなの? このヒト前にも会ったことがあるかしら。とても懐かしい。どんなヒトなのか知りたい』
「ナオキです。はじめまして」
『ママやお姉ちゃんとはぜんぜん違うけど、昔から知っているような、とても懐かしい感じがする。それにしてもきれいな声をしている。その声をもっと聞きたい』
ハルはミノリとナオキの様子をみて、この組み合わせがうまくいっているのを確信した。これまでにも何組か見てきたが、みんな同じような反応だった。そしてヨシアキに目配せをしていった。
「もしよかったら、ふたりだけでお話をしてみる? どうかしら?」
「はい」
「はい」
ミノリとナオキは同時に答え、びっくりしてお互いの目を見つめ合った。