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希望の星  作者: 蓮見庸
2/16

希望とよばれた星

 惑星スプラニーク。この星は緑に覆われ、木々の間を穏やかな風が吹き抜けていく。渓谷を流れる水は透明で、川面はきらきらと輝き、あちこちから鳥のさえずりが聞こえてくる。

 この星のヒトは心から自然を愛し、動植物との共存を願ってきた。そして自然の豊かさを保ちながらも、同時に高度な文明の発展も成し遂げてきた。自然との共存は常に試行錯誤の繰り返しであり、ときにはヒトの力によって破滅寸前にまで追いやってしまうことがあり、またときには逆に自然の圧倒的な力の前に無力となり、ただ立ちつくすしかないこともあったが、それでもなんとかバランスを保ちやりすごしてきた。

 自然との共存を選んだのは、食料や資源などが少ないコストで持続的に得られるメリットや経済的に得られる価値など打算的なものも確かにあった。しかし、その最も大きな理由は、ただ純粋に、自然の中にいると幸福になれるという、その感覚が、すべてのヒトの中に共通してあったからかもしれない。


 ヒトはやがて宇宙へも出ていった。

 宇宙からこの星を眺めると、漆黒のビロード生地の上に散りばめられた無数のダイヤモンドのかけらのような星々のなかに、大きな丸い緑色の宝石がはめ込まれているようだった。恒星からの光の角度によっては、みずから明るく光り輝いているのかと見間違えるほどで、その輝きはまるで最高に美しくカットされたエメラルドのきらめきのようだった。

 ヒトはさらに遠くを目指した。

 鉱物資源を求めて暗黒の宇宙へ飛び出し、荒涼とした惑星の探査を続ける宇宙船乗りたちにとって、生命の危険は常に隣り合わせで、肉体的な疲労はもとより、精神的な消耗ははかりしれなかった。そんな仕事を終えて帰路につき、長い航行の末に彼らの目に飛び込んでくるこの緑の宝石は、生命豊かな生きる希望に満ちあふれた惑星に見えるだけでなく、待ち受ける家族や恋人に会える喜びの感情、心のうちからわきあがるさまざまな希望そのものが形となって見えているようにさえ錯覚され、誰ともなくこの星を“希望の星”あるいは“希望の地”とよぶようになっていた。


 しかし、これはずいぶんと過去の話である。その時代を知るものはもう誰もいない。


 いつまでも続くかに思われた穏やかな時は、ヒト同士のほんの些細ないき違いをきっかけに亀裂が生じ、やがて地域間の争いに発展してしまった。飛び火した争いは惑星全体のものとなり、泥沼化の一途をたどり始めた。終わりのみえない争いのなか、自然環境が荒廃してきていることに警鐘を鳴らすものはいたが、それらの声はことごとくかき消され、使える資源はどんどん浪費された。地上を覆っていた緑の面積は減り続け、赤い砂の地表がむき出しとなり、この星からエメラルドの輝きは失われていった。生態系は破壊され、ヒトの間では原因不明の伝染病が蔓延した。やがて連邦政府を樹立することでヒトは戦争を終わらせたが、それは単なる建前で、争いを続けるための資源がもうどこにも残っていなかったというのが真実であった。ヒトはみな疲れ果てていた。

 そして、さらに悪いことに、小惑星がこの星へ向けて接近しているという情報がもたらされた。

 小惑星が衝突する前にヒトは地下へ都市を築き、可能な限り自然環境を再現した。限られた種類の動植物とともに生きるすべを編み出したが、すべてはもう遅かった。

 やがて小惑星は間違うことなく惑星に衝突した。この星が不毛の地になるにはこれで十分だった。空はまんべんなく塵で覆われ、地上にかろうじて生き残っていた動植物はことごとく絶滅した。

 ヒトは地下の世界で世代を重ねた。“今”しか知らないほとんどのヒトは刹那的に日々を過ごしていたが、ヒトという種の絶滅が時間の問題であることに気づくものも少なからずいた。

 地上はやがて塵の影響は収まったものの、大気は薄くなり、宇宙からの放射線が強く降り注ぐ、赤茶けて荒涼とした風景が広がるだけだった。ヒトが築き上げた建造物も多くが崩れ落ち埋もれていた。地上に出るにはまるで宇宙服のような防護服が必要となり、もはやヒトや動植物が生きていける環境にはなかった。そして日中にもかかわらず、いくつかの星がぎらぎらと輝いていた。

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