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希望の星  作者: 蓮見庸
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希望へ向かって

 ここは宇宙船発射場の管制室。宇宙船との交信に使う通信機や各種観測機器のデータを表示するモニターが並んでいる。その中のひとつに、これから宇宙船クローバー号のたどる航路が点滅している。航路の線は途中で切れているが、その先にはラ・プリム銀河の文字が見える。また地上の様子を映し出したモニターには、赤茶色の地面に青い空と星が見える。打ち上げには何も支障はなさそうだ。

 ヨシアキはナツヒサに近づき、ささやき声で話しかけた。

「ナツヒサ、いいか、こっちを見ずに聞いてくれ。これから発射場へ繋がるすべての扉やゲートをロックする」

「なに? そんなこと聞いてないぞ」

「だまって聞け。この中にユキトさんを連れ去ったやつらの仲間がいるという情報があるんだ。まだそれが誰だかはわかっていない。おれが合図するから心の準備をしておいてくれ。気づかれないように、なるべく自然に振るまえ」

「わかった」

 ヨシアキがゆっくりとモニターのひとつに近づいたとき、部屋の中に警報が鳴り響いた。

「どうした? 何が起きた!」

「わかりません。A区画で何か問題が発生したようです」

 前方で発射場とやりとりをしていた作業員のひとりが答える。

「おい、ここはおれたちに任せて、みんな様子を見てきてくれ! お前は引き続き情報収集を続けてくれ」

「了解しました」

 部屋にいた数人の作業員は揃って部屋を出ていった。ヨシアキは監視カメラの映像を確認し、作業員たちがこの部屋から遠く離れたのを確認していった。

「すべての扉とA区画に通じるゲートをロックしろ、早く!」

「今やってますが、最後のひとつが…。よし、これで大丈夫です」

「よくやってくれた。あとは打ち合わせどおり続きの作業を頼む。彼らにはゲートが閉まったのはあくまでも故障と思わせて時間を稼ぐんだ。ナツヒサ、発射場へ急ぐぞ!」

「わかった」

 ヨシアキとナツヒサは狭い通路を走っていく。

「そういえば、ハルさんはどうした」

「先にいってるんだろ?」

 ふたりが発射場の中に入ると、作業員はみな防護服を着込み、クローバー号を見上げるように立ち並んでいる。それぞれヘルメットもかぶっている。

「打ち上げの準備はどうなってる?」

 ヨシアキはヘルメットをかぶりながら近くにいた作業員のひとりに聞いた。

「カプセルの積み込みは終わり、最終チェックも済んで、準備はすべて整っています。もう、いつでも打ち上げられます」

「よし! じゃあさっそく始めるぞ。もしもし、こちらヨシアキ。天井のハッチを開けてくれ」

 ヨシアキがヘルメットの通信ボタンを押し管制室へそう伝えると、しばらくして天井は真ん中から割れ、ゴゴゴゴ、ガラガラガラガラと重い音を立てながら少しずつ開いていく。

「ん、何だこれは? ハッチを開けるのをいったん止めてくれ」

 青空が見えるとばかり思っていた空は、一面黄土色の砂嵐に見舞われていた。

「さっきまでは晴れていたはずなのに、なんだってんだ、まったく…」

 天井の隙間から吹き込んでくる砂は、音もなくみるみるうちに地面に積み重なっていく。その様子を見ながらヨシアキは、遠くから、どーん、どーん、という低い地響きがしてくるのに気がついた。

「ナツヒサ、あの音聞こえるか?」

「ああ、何の音だろう…」

「もしもしヨシアキ君か」

 ヘルメットのスピーカーから声が聞こえてきた。

「ユキトさん、まだいたんですか!?」

「やはりあいつらが乗り込んできた。扉を爆破しようとしているらしい。ここは我々で食い止めるから、宇宙船の発射を一刻も早く頼む」

「わかりました。ユキトさんも無理しないで逃げてください」

「あと、ひとつ残念な知らせだ。ここ以外のふたつの発射場はやつらに乗っ取られてしまった。打ち上げは絶望的だ」

「なんだと…くっ、ちくしょう!」

「ここだけはなんとしても成功させてほしい」

「わかりました、どうにかしてみせます!」

「頼んだぞ。成功を祈る」

「ヨシアキ、どうする」

「仕方ない、こうなったら強行突破だ。もしもし管制室、天井のハッチを開けてくれ。もしもし、もしもし! だめだ反応がない」

「こっちもだめだ」

 突然、場内全体が真っ暗になったかと思うと、ぱっ、ぱっ、と非常用電源の明かりがついた。

「ちっ、こんな時に電気系統をやられたか。これもやつらのしわざなのか。もう待っていられない。ナツヒサ、確か手動でハッチを開けられるはずだったな」

「そうだけど、やるのか?」

「やるしかないだろ」

 ヨシアキは作業員たち全員に向けてヘルメットの中から話しかけた。

「みんな聞いてくれ、管制室とも通信ができず、そもそもこんな非常用電源じゃハッチを開けることはできないだろう。これから手動でハッチを開ける。おれが合図したらいつでも発射できるようにしておいてくれ。あと手の空いているヒトがいたら力を貸してくれ。砂嵐だろうがなんだろうが、こっちには意地があるんだ」

「ヨシアキこっちだ」

 ナツヒサが少し離れた暗がりの階段の上で手招きをしている。ヨシアキと数人の作業員がそれに続いて階段を駆け上がっていった。

 先に着いたナツヒサは壁に据え付けられたハンドルを回しているが、うまくいっていないようだ。

「んっ、んっ…やっぱりだめか」

「どうした」

「何かが引っかかっているみたいでこれ以上動かせない。おそらくあれが原因だと思うんだが…」

 ナツヒサが指し示す方には、天井のハッチからL字型の金属が飛び出てワイヤーに引っかかり、ロックが掛けられたようになっている。その金属を外すのは簡単そうだが、場所が問題だった。天井のど真ん中なのだ。

「よし、おれがやってくる」

「危険だぞ」

「見ればわかる」

 ヨシアキは壁沿いの、ヒトがやっとひとり通れるほどの足場を進み、今度は壁にかかったハシゴをのぼり始めた。ハッチの隙間からは光が差し込み、クローバー号が照らし出されている。ヨシアキはハッチの割れ目をつかみながら一歩一歩進み、クローバー号の真上にきた。空からは砂が叩きつけ、砂で手が滑る。ごくり。さすがの高さに緊張し、つばを飲み込む。ここから落ちたらひとたまりもないだろう。

「これだな」

 ヨシアキは片手で体を支え、片手でL字型の金属をつかんで前後左右に動かした。ガシャン。金属はうまくワイヤーから外れ、ハッチの割れ目が少し動いた。そのわずかな衝撃で、体を支えていた手が外れかけたが、なんとか踏みとどまった。

「ふう、あぶない」

 ナツヒサが合図を送ってきた。ヨシアキがハッチから戻り壁のハシゴに手をかけたと同時に、ナツヒサたちは交替でハンドルを回し続けた。

 ハッチの上の空は青みがかり、砂嵐は穏やかになってきているようだ。

「よし、いける」

 ヨシアキは確信した。

「発射準備……エンジン点火!」

 宇宙船クローバー号のエンジンから青く淡い光が見えたかと思うと、続いて耳をつんざく音が加わり、あたりの温度が一気に上がった。

「ハッチオーケー!」

 ナツヒサの声が聞こえてきた。

『空はどうなんだ?』

 ヨシアキが見上げた空は吸い込まれるような深い青に染まっていた。目印のラ・プリム銀河がひときわ明るく輝いている。

『こんなに大きくきれいに見えるものなのか』

 ごくわずかの時間、星々が形づくる銀河の美しさに見とれていたが、エンジンの音が変わったのに気づき我に返った。

「今だ! 発射!!」

 宇宙船クローバー号は轟音とともに降り積もった砂とあたりのものをすべてまき散らしながら発射台の上を滑り出していく。そして急激に角度を上げ、一筋の白い雲をともない、濃い群青色の空へと舞い上がっていった。

 ヨシアキとナツヒサ、そして数人の作業員はエンジンの噴射の衝撃で飛ばされ、階段を転がり落ちていた。前後左右の感覚もないほどに吹き飛ばされたが、どうやら助かったらしい。

 やがて発射場内が静かになると、扉の外から、どーんという大きな音が聞こえてきた。ヨシアキとナツヒサは目を合わせた。

 天井にぼっかりと開いた青い穴はふたたび黄土色に濁り、発射場内は砂嵐にみまわれ、見る間に数メートル前すらよく見えないほどになってしまった。

「ちょうどいいや。おいナツヒサ、今のうちに早く逃げるぞ!」

「おまえそのケガ大丈夫か?」

「たいしたことない。それより早くいくぞ」

「わかった。ハルさんは…」

 ナツヒサはいいかけてやめた。きっと無事でいるだろう。

 ふたりは防護服のヘルメットをしっかりとかぶり直し、地上へと通じる非常階段を上がっていった。そして扉を開け、さらに激しくなった砂嵐の中へと進んでいき、すぐにふたつの影は消えた。

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