廃病院で見た黒い何か
これは地元の土建業者から聞いた話だ。
K市の不動産屋からの依頼で、N町にある廃病院を解体するために見積もりに来たAさんとBさんの2人。
その廃病院は山の中腹に建っており、廃業してから何年も経っていたので、かつて駐車場だった場所には雑草が生え放題だったと言う。
建物は三階建てで経年劣化なのか、コンクリートはボロボロでガラスは全て割れていて、誰でも院内に侵入できる状態。
社用車で来たHさんとYさんは、駐車場の中であまり草が生えていない場所に車を止めて、カメラとメモを持ち、廃病院の壊れている正面エントランスから入る2人。
散らかったゴミや、割れたガラスだらけのエントランスフロアを抜けて、一階のレントゲン室や診察室で、写真を撮ったり見取り図をメモしながら、2階のナースステーションや病室の様子を撮ったりして記録していた。
3階で1階や2階と同じ作業をしていると、外はいつの間にか雨が降り始めていた。
「おかしいな……今日一日晴れの予報だったのに」
「あちゃー、傘持ってきませんでしたね……」
HさんとYさんは外を見ながら、そんな会話をしていると。
ガ ラ ー ン ! ガランランラン……
HさんとYさんが居る反対側の場所から、洗面器か何かが落ちた音が廊下中に響いた。
「うわびっくりした!?」
「なんだ?! 風で落ちたのか? ちょっと見てこようか?」
「お……おい待てよ、2人で様子見に行こうぜ」
「お……おぅ、ちょっと誰か居るのか駐車場を見てからにしようぜ?」
「そうだな」
そして、3階から駐車場を見るが、2人が乗ってきた社用車しか停っていなかったと言う。
「まさか、誰か歩いてこの廃墟に入ってきた物好きじゃないだろうな?」
「さぁ? 確認しなきゃ解らん事やね……」
外は雨でちょっと薄暗くなっているので、2人は少しビビリながら、音のした場所の確認に行く事に……。
物音がした部屋に入りぐるりと見回すが、朽ちたベッドが4つ置いてあるだけだった。
「なんだ? 何も無いじゃないか」
「でも変ですね? 洗面器か何か転がってる形跡がない」
「なんだよ、気持ち悪いこと言うなよ……」
部屋の確認を終え、他愛もない会話しながら部屋を出ようとする……その時、Yさんは何か違和感を感じたのか。
「ちょっと止まれ、何か聞こえないか?」
「なんだよ? 怖いこと言うなよ」
2人は少し会話を交わした後、耳を澄ませる。
すると、一番端の部屋の中から、ぐじゅり……ぐじゅり……と、濡れた雑巾を踏んだような音が一定間隔で聞こえ、それと共に異様な臭いが風に乗ってくる。
「なんかやばいぞ」
「そうやな……俺、今凄い鳥肌立ってるわ」
「そうか、俺もだ」
その異様な雰囲気に、2人は再度部屋を見回し始める。
異様な足音と共に、黒い何かがベランダの辺りから、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
その姿を見た2人は、背中に冷水でもかけられたように冷たくなったと言う。
「なんだありゃ?! さっきまで何もいなかったのに! これ以上ここにいたらヤバイ! 早く逃げるぞ!」
その時、Hさんは無意識に胸の前にカメラを構え、シャッターを押したという。
恐らく暗かったのだろうか、自動ストロボが作動した。
『ギィヤァァァァァァァァァァァァ!!!』
ストロボの光を浴びたからだろうか、地の底から響くような悲鳴を上げ、黒い何かがよじれたそうだ。
その悲鳴を聞いた2人は、恐怖の表情を張り付けたまま3階から1階まで階段を駆け下り正面玄関から飛び出し、慌てて車に乗り込んだ後、息を整える。
「はぁはぁ……何だあの黒いのは……ぜぇぜぇ……」
「バーカ、俺に聞くなよ! はぁはぁ……得体の知れない何かだろうよ……」
そんなことを話していると、例の黒い何かが正面玄関から何体も出てくる。
「ひっ! は……早く車出せ!」
「わかった!」
2人は慌てた様子でエンジンをかけ、急ハンドルで会社に戻ったと言う。
会社に戻ったHさんは、PCを立ち上げデジカメの画像を取り込み、見積書の作成の作業をしたという。
「うわぁ!!」
ガタッと机から飛びのくHさん。
「ん? どうしたんだ?」
事務所にいた職員達が、何事かと思い集まってくる。
「こ……これ!」
HさんがPCモニターに指をさして怯えているので、画面を職員達が見て全員凍り付く。
そこには、廃病院で撮った全ての画像に黒い物体が映っていたからだ。
得体の知れないものを撮ってしまったカメラはと言うと、会社の伝手を使い、世話になっている神社で、お祓いをしたと言っていた。
職員達が異様な画像を見た翌日、K市の不動産業者の解体見積もりを、こちらから断ったそうだ。
そして、断った後、あの廃病院で撮った映像データを全部消去して、二度とあの廃病院に行く事は無かった。
結局、あの黒い物体が何だったのか、解らずじまいだったと言う。