虚ろなる星(SF/アクション)
――咆哮が、こだまする。
少女の叫びに呼応して拡大を続ける、半透明の球体――"死の波動"は、触れた物すべてを例外なく消失させた。ありとあらゆる生命を際限なく呑み込んだ無音の脅威は瞬く内に収束し、少女の元へと帰還する。その領域は近域のみならず、遥か地平線の向こう側まで及んだ。
およそ人のものとは思えないほどに、白い艶めきと光沢を帯びた肌質。腰まである透きとおった極彩色の長髪は、世界の光と影とが調和して、美しい虹色に輝いていた。そのしなやかな曲線で縁取られた肢体は、まるで人を模して精巧に作りあげられた機械人形のようである。少女の全身の素肌があらわになっていることなど表面上の些事に過ぎず、その本質そのものが常人には到底理解できないほどの、遥か高みに君臨していることの証であった。
すべてが消え去った世界で、黒曜石のように艶びく少女の瞳に映るのは、見渡す限りの真っ白な砂の大地だ。
少女の額から伸びる、捻じれて沿った二本の角。唐突に、その先端が紫色の煌めきを帯びる。少女は上空に視線を移した。
海のような晴天の遥か先――鋭敏に研ぎ澄まされた少女の感覚が、大宇宙の果てより飛来する巨影を察知した。
雲間を抜け、どんどんと降下してくる。
やがて、立ち尽くす少女の真上に影が射した。無音のまま姿を現したのは、空を覆い尽くさんばかりに巨大な、銀色に艶めく円盤型の飛行物体だった。
呆然と見上げていた少女の瞳が怪しく光る。それはいわば、自身のテリトリーに土足で踏み入った、不心得者に対する警戒心の表出だった。
二本の角の先端同士の中央に、電流を纏った球体が構成されていく。青白い火花を散らす光球は、次第にその眩さを増していき、そして――閃光が迸った。
中空に鎮座している飛行物体へ向け、虹色に煌めく光線が一直線に放出された。高出力の射出音が唸り、大気を切り裂く。
瞬間、飛行物体の表面にて鮮烈な爆発が生じた。それによって、空気中に濛々とした噴煙が立ち込める。その時、突如物体から射出された風圧が、周囲の空気を一斉に吹き飛ばした。
少女は、クリアになった視界の先にある光景を見て、はっとした。飛行物体は無傷のまま、さきほどと何ら変わらずに浮遊している。なぜなら、物体が纏っている積層された装甲の表面は、はっきりと可視化できるほどに高密度な半透明の"膜"で覆われていたからだ。それはいわば、外部からの攻撃から身を守るためのバリアとして機能していた。
* * *
「まさか、本当に……」
同時刻――飛行物体の内部、その一室。
無数の機器や装置がひしめく室内にて、地上の監視映像を前にした女が驚嘆に声をあげていた。
溌剌とした緑髪を耳よりも高い位置で束ねたポニーテルに、タイトな作りの特殊スーツに身を包んだ、褐色肌の女だった。
「ああ。間違いなく、"星の神子"だ」
背中を壁にあずけ、腕を組んでいるもう一方の男が不敵に口元を歪ませる。緑髪の女と同様、特殊なスーツを身に纏い、黒髪をオールバックに固めた無精髭の男だ。
「星の命運を司る力か。なんにせよ、我々で利用しない手はあるまい」
「本気? 相手は、神にも匹敵する存在よ。下手に手を出せば、銀河そのものが消滅することにもなりかねないわ」
緑髪の女の声は静かだったが、その端々が戦慄に震えていた。
「十分にあり得る話ではあるが、なに――"あれ"からすれば、我々など取るに足らない存在だろう。それこそ、砂粒以下の価値しかあるまい」
男の方は、まるですべてを見透かしているかのように、達観した態度を貫いていた。
* * *
謎の飛行物体が、ほんの瞬く間に空の彼方へと飛び去っていくようすを、しばらくの間、少女はただ見上げていた。そのうちに、スパークし続けていた少女の角の煌めきが、自然と収まっていった。
やがて、少女はそっと地面に座り込んだ。時間の流れに身を任せるかのように、ただ黙って地面を覆う砂粒を弄んでいた。
ふいに、少女が口を開く。
「――誰かに理解されようだなんて、思っていないもの」
鈴の音のような、凛と囁くような声音。
次の瞬間には、少女の姿は何の前触れもなく消失していた。ただ澄み切った静謐だけが、ほんのりと甘い残り香のように、少女がこの場にいたことの証として漂っていた。
遠くに沈みゆく太陽が、昏く淀んだ砂の大地を、黄金色に染めあげる。
やがて、眠れる月の光が、誰もいなくなった世界を優しく包みこむ。
またひとつ、惑星が根源へと回帰した。