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act.4

 ――雨上がり。

 私とムカイは、空を飛んでいた。私ほどの魔力があれば容易である。重力波浪のように魔力が乱れに乱れ、方向感覚さえ分からなくなるような状態でなければ、だが。

 本題に戻ろう。

 どうして空を飛んでいるのか。

 それは言うまでもなく、この島のエリアからの脱出方法を探るためだ。


「これは……」


 一通り飛び回って、分かったこと。

 それは、内側から外側への脱出方法が存在せず、強引に出ようとすればスプラッタになるだけというもの。常に重力異常が発生している状態で、どうしようもなかった。

 何せ、魔法による重力干渉も不可能なのである。


「完全に重力の牢獄だな、ここは」


 私の表現は正しい。

 外側からの侵入は穏やかに許すくせに、内側からの脱出は断固として拒否する。 

 その壁となっている重力境界線は、島からおよそ数百メートルのところで円形を作っている様子だ。


「……脱出方法が見つかりませんね。どうしたものか……」

「なれば、根本をどうにかするしかないんじゃないか?」

「根本、か」


 私の助言に、ムカイは顎を撫でる。

 物質は必ず重力子グラヴィトンを保有する。つまり、この重力異常を引き起こしている物質が存在するはずで、それさえなんとかすれば、この現象は解除される。


 だが、問題はそんな単純な話ではない。


 私はしれっと下を見る。

 青空に佇む、薄い雲。そこには雨雲の元のようなものもあった。あそこからの雨は、下から上にやってくる。

 そこが異常だ。

 通常、重力子グラヴィトンは一定方向にのみ働く。また、より強いものに従うというのも特性だ。

 だからこそ、重力波浪は異常現象である。


 しかし、この町はその法則から外れる。


 私たちは常に上から下への重力を受けている。それは今も変わらない。もし島の重力子グラヴィトンが強靭であれば、私たちは島に向かって引き付けられるはずだ。

 だが、それはない。

 むしろ島から出ると、強くはないが外へ弾かれてしまう。あの白髪男が落下せずに重力境界線へ向かったのもそのせいだ。

 それなのに、雨は下からやってくるし、島に降り立てば上から下への重力を感じる。ためしに島の下へいってみたが、結果は変わらなかった。

 私たちは、緩やかに落下したのだ。


「おかしいですね、フツーに」

「ああ、おかしいな」


 珍しく低く、唸るようにムカイは声を放ち、私は同意する。

 雲──すなわち、小さな無数の水滴。

 それらが大きくなった時、雨となる。実に単純な構造だ。だが、だからこそ重力には逆らわない。にも関わらず、ここの雨は下からやってくるのだ。

 

「明らかに、重力の方向性が一定ではありませんね」

「それも、特定のものに対して、もしくは特定の条件、もしくは場所。多岐に渡る」

「複雑すぎますね……重力磁場が乱れてるんでしょうか」

「それで説明つくのか?」


 呆れてツッコミを入れると、ムカイは苦笑しながら頭を振った。

 重力磁場、つまり重力子グラヴィトンが極度に集中する場所だが、そこに何らかの異常があると、確かに重力の方向性が変わる場合がある。だがそれは、一斉に、どんなものに対しても、だ。

 こんな事態にはならない。


「まるで重力波浪が常に発生しているかのようだな」

「まさか。そんなの。それこそありえませんよ」

「そうだな」


 私も鼻で笑った。

 重力波浪は簡単に発生するものではない。とはいえ、収穫も何もないのは癪だ。どこの何に対してかは知らないが、癪なのだ。

 私は狐耳をぴこぴこさせながら、魔力波動を放つ。


「……──クズノハ様?」


 早速不穏さを感じ取ったらしいムカイが咎めの視線を送ってくるが、構わない。

 何故ならば、特別害のある波動を放ったわけではないからだ。単純に調査の波動である。

 ムカイもそれに気づいているはずだが、だからこその説明要求の視線だろう。


「何。歌姫セイレーンがどこに潜んでいるのだろうなと思ってな?」


 私は含み笑いを浮かべながら言ってやる。


「居場所を突き止めて仕掛けるつもりでしょう」

「当然だ。待つのは魔王らしくあるまい」

「……そうですか?」

「貴様は魔王をなんだと思っておるのだ? まさか、おとぎ話みたいに部下に丸投げしてふんぞり返っているとでも思っているのか?」

「ええ、割と」


 即答されて、私のこめかみに青筋がひとつ。


「この阿呆め。三里程土下座しながら這いずり回れ」

「なんですかその地味に酷いの!」

「あのなぁ。魔王がどれだけ大変な職業だと思っておる。つねに世界情勢を監視し、膨大な情報報告を分析し、適切な部下を派遣し、そのあふれでる力と知識と魅力で種族も思考も趣向もバラバラな魔族どもを纏めあげておるのだぞ。それのどこが暇か! むしろ毎日忙殺されて肌は荒れるわ髪はぼっさぼさになるわ風呂さえろくにゆっくり入れなかったんだぞ!」

「はい。ごめんなさい」


 ムカイは素直に頭を下げた。

 何故だろう。どうしてか癪だ。私は指を鳴らして魔法を発動させ、風の塊を顎下から突き上げるように放ってムカイを空中三回転ほどさせた。


「何をするんですか! 殺す気ですか!?」

「殺しても死なない人間が何を言うか」

「そうじゃなくてですね!? っていうか謝ったのになんで殴られるんですかねぇ!」

「貴様は魔王心を全く分かっていないようだな。気分だ」

「気分なんですか!? っていうか魔王心とか禍禍しすぎて理解したくないです! っていうかそういう時って乙女心なのでは?」

「……はっ」


 しまった! ムカイごときに悟らされた!


「なんか違う意味でハッとしてません?」


 訝る目線を向けてくるムカイは無視して、私は話題を元に戻す。


「……おっと、反応が……ない、だと?」


 一定の距離で反射して戻ってきた魔力波動になんの手応えもなかった。

 私は訝る。

 歌姫セイレーンは紛れもなく魔族だ。害はないとはいえ、魔力を糧にし、魔力で身体を動かしている。だからこそ空も飛べる。


 そんな魔族が、私の捕捉に引っ掛からないとは。どういうことなのか。


 ありえない。

 歌姫セイレーンとて、この重力の牢獄からは逃れられない。故に、どこかへ飛んでいるものと思われる。

 そして消費した魔力を回復させるため、歌うのだ。彼女らは歌うことで魔力を取り戻す。

 その頻度は、およそ三日に一度。

 歌姫セイレーンのキャパシティを思えば妥当なラインだろう。

 だからこそ、この町のすぐ近くにひそんでいるはずなのだが……。


 その気配のひとつも掴めないとは、どういうことなのか。


 考えられる可能性といえば。

 いや、だが、しかし。


 ──いや、そもそも論か。


 私はもう一度波動を放つ。

 あの時確かに感じた、呪いの波動。私はまたしっかりと感知する。とたんにやってくる、喉が焼けるような程の渇望。

 これは真の呪いだ。この私が間違えるはずがない。狂おしい程、食欲が暴れる。

 私はそれの制御に思考の半分ほどを持っていかれながらも、考えを巡らせる。


「だとするならば…………」

「どうしましたか?」

「ムカイ。一度戻るぞ。色々と調べたいことがある」


 結局、島からの脱出方法は分からず、そればかりか謎ばかり増えて、私たちは家に戻った。──と、白髪男に説明し、私たちは日を過ごすことになった。

 その間に、この島での奇妙な現象を目にする。


 懸念されていた食料と水だが、なんと、重力波浪によってもたらされていた。

 およそ規模は小さいものだったが、重力波浪によって運ばれてきた食料を魔法で呼び寄せ、それを配給していた。定期的にやってくるので、むしろ飽和しているくらいだ。

 さすがにパイプ等の趣向品は几帳の様だが、働かずして食うに困らない生活である。


「……──なるほどな」


 そして、何度目かの雨の日。

 私はついに確信した。この島に、歌姫セイレーンなど存在しないことを。






次回の更新は明日予定です。

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