act.3
第四回書き出し祭り出品作です。
「はい、お断りします」
「何故だっ!」
それはもう爽やかな笑顔で断られ、私は噛みつく。おかしい。どうして魔王たる私がムカイに拒否されなければならぬのか。
ガルルル、と威嚇して魔力を放つと、白髪男は恐怖に尻餅をついたが、ムカイはまたかといわんばかりにため息をついた。
なんだ、なんだその反応は。
「だってその歌を聴いたら死ぬんでしょう? 嫌ですよそんなの」
「散々っぱら死んできた奴の台詞か!」
「僕は誰かを助けるために望んで死にますけど、そうじゃないなら死にたくありません」
「私を助けるためになるだろう!」
「魔王様は例外です」
「貴様……」
そうか。そういう態度を取るか。
私は自分の内側に沸いた黒い感情を圧し殺さない。
どうにもこいつには、どっちが主人なのかを分からせてやる必要がありそうだ。制裁である。私は侮辱を嫌う。
パチン、と、私は指を鳴らして魔法を発動させた。
「《燃えろ》」
魔王は世界において最上位の存在である。当然、発動に呪文など必要としない。そもそも私の使う魔法はこの世界の系統に属しない。
火花が散り、一瞬にしてムカイの尻に火が点いた。
ほとんど同時に、ムカイは飛び上がった。
「あっちちっちち────っ!?」
慌てて手で尻をはたき、火を消し止める。最弱の火を使ったのだから当然の結果だ。
ムカイは焦げ付く尻を撫でつつ、非難の視線を送ってくる。
「何をするんですか!!」
「私の言うことをきかないからだろう。丸焦げにされなかっただけありがたいと思え。むしろ慈悲だ慈悲」
「なんという魔王基準!」
「私は魔王だろうが」
目を細めて睨みつつ言い返すと、喉がひきつるような音がした。
視線を送ると、白髪男だった。
……あ。
私はそこで悟った。
ムカイもほぼタイムラグなしで悟ったらしい。交わされたのは、一瞬のアイコンタクト。バチバチと火花が散るが、結局私が折れるしかなかった。
「ま、魔王……!?」
案の定、白髪男は腰を抜かした姿勢のまま、顔を青くさせている。露骨なくらいにガタガタ震え始めていた。
「何をほざいているのだ、そこの若白髪。私がそのような存在なはずがないだろう」
「そうですよ! この人は精霊様であることには違いありませんし、力も持ってますけど、魔王様なはずがないですよ!」
慌てて二人で否定する。
この世界において、魔王とは神に等しい存在だ。
そんなものが目の前にいたと分かれば、卒倒間違いなしである。以前、違う浮遊島で偶然にも(いや本当だぞ。誓ってうっかりなどではないぞ)魔王とバレたことがあったのだが、もう大変な騒ぎになってしまった。
あんな目にあうのは、もうこりごりである。
それからも言葉を尽くして魔王説を否定し続けてようやく納得してもらい、私たちは白髪男の家へと招かれることになった。
本来であればその場に居合わせたかったが、仕方あるまい。
呪いは逃げないのだ。ここにあると分かった以上、じっくり攻略しよう。
白髪男のトレーラーハウスは、整頓されていた。
およそ路線バス程度の大きさのそれは、運転席以外の座椅子等が全部取っ払われており、それなりの空間になっていた。
バスルームやトイレも完備されているあたり、おそらく元々の用途から引退した後、住居としてリフォームされたものだろう。住み心地は悪くなさそうだった。
私としてはその程度の感想だったのだが、ムカイは違った。
「しゅ、しゅごぉい……っ!」
もはや言葉を失っている。
「これが噂の、ウンテンセキっ……! かつてセッキーユがあった頃、この巨大な鉄の塊がとんでもない速度で走っていたとか……! ああ、これはまさかシステムキッチン! 魔力で動くように改造されてるけど、基本構造は一緒だ……!」
そんなムカイを、冷めた目で見る家主の白髪男。
早くも諦めているらしい。
正解である。この男はかなり賢いようだ。
「こ、これは! 壁に収納できる折り畳み式のベッド! しかもこの感触、スプリングもしっかりと……ああ、こんな寝具にも古代遺跡……っ!」
「ムカイ。これ以上恥をかかないでくれないか?」
「何がどう恥なんですかっ! ここは宝ですよ!? 歴史的観点から見て間違いなくここは宝の山! むしろここが神の住まう町! おっほー! あ、鼻血」
もう最悪である。
私は軽い頭痛を覚えてため息を漏らした。仕方ないので水を魔法で呼び出し、顔面にしたたか浴びせて洗ってやった。
「あぼっ、がぼっ! ごふう! 溺れる! 地上で溺れる!!」
「鼻血をついでに止めてやったんだ感謝しろ」
「治癒作用のある水なのはありがたい話ですけどね? ありがたい話ですけどね!?」
涙目で非難してくるムカイ。
まったく。私の親切を理解できないとは、器の小さい。
「とにかく、さっさと本題に入れ」
私が促すと、ムカイはバックパックから取り出したタオルで顔を拭く。
「……シャワールーム覗いてからでも?」
「ムカイ?」
「分かりましたすぐに本題に入ります」
本気の殺意を向けると、ムカイは背筋を伸ばした。それでよい。
外では、雨が本格的になっていた。
下からくる雨、というのは実に不可思議だが、こうして窓から見ると、私たちが知る雨とさほど変わりないように見える。違うのは濡れ方くらいか。
「あのですね、まず聞きたいのですが」
ムカイはようやくテーブルにつく。白髪男も気を利かせて茶を淹れてくれた。
なんの変哲のない、この世界ではよく嗜まれている品種の紅茶だ。口に含めば、茶の香ばしさと僅かな甘み。癖のなさが特徴である。
私は魔法を使って、カップを魔法硝子球の中へ招き入れる。サイズが変化し、私にとってちょうどよくなった。
ず、と一口。
うむ。砂糖が欲しい。
決して甘党ではない。
私は魔王だ。ムカイの相手に糖分を使ってしまっただけだ。確かに栄養は呪いからでしか摂取できないのだが、呪いは甘くない。
「その、人殺しの歌姫、というのはなんですか?」
「その名の通りさ。俺がこの島にきた時からもう存在していたんだが、雨の日になると島にやってきて、歌うんだ。どんな歌かは知らねぇが、きいたら最後。死ぬ」
「その、死んだ人はどういう状態だったんですか?」
「魂が抜かれたような状態だとさ。今じゃ犠牲者も気味悪いってんで、ロクに調べられることもなく、島の外に捨てられることになってる」
ふむ。かなりの恐怖が植え付けられているようだな。むしろ畏怖か。
だとすれば、最初に歌姫が歌った際、相当な犠牲が出たのだろう。だが疑問が出る。ならばその歌姫は普段、どこにいるのだ?
「ずいぶんと後ろ向きな対処方法だな? 討伐しようとは考えなかったのか? 魔法で遠距離攻撃等あっただろうに」
術を駆使すれば、耳を一時的に聞こえなくすることも可能だ。
呪いの発動条件さえ把握すれば、呪いとは案外怖くないものが結構存在する。おそらく今回のもそれに値するだろう。
そもそも、歌姫は強い種族ではない。むしろ脆弱な部類に入る。
ただ空を泳ぐ人魚で、歌を愛するだけの存在だ。攻撃魔法など使えないし、肉体的にも人間に比べてでさえ劣る。純粋な戦闘力でいえば、ゴブリンにさえ敵わないだろう。
「試したことはあるそうだが、失敗に終わったんだとよ」
「失敗?」
「遠距離から攻撃を仕掛けても、魔法が透けたそうだ」
……幻惑魔法の類か?
いや、考えにくい。幻惑魔法は炎と風の魔法の混合という高度なもの。ほとんど魔法を扱えない歌姫が扱えるレベルではない。
と、ここまで考えて、私は頭を振った。
いかん。
自分の持つ知識を絶対基準にして否定を続けるなど、愚考だ。ここで確かめなければならないのは真実、ただ一つである。
事実として、ここの住民どもは怯えており、歌姫には近寄らない。加えて、その歌姫は雨の日にしかやってこない。だから、住民たちは雨がやってくると避難する――か。
摩訶不思議な状態だ。
「ムカイ、どう思う?」
「判断に悩みますね。歌姫に殺意があるとは思えないのですけれど」
「私も同意だ」
もし歌姫に明確な敵意や殺意があるとすれば、昼夜問わず攻めてくるだろうからだ。だがそれがないということは。
いや、明らかに歌姫は人のいない状況を狙っている。
「だが、だとしたら、どうして歌いにくるのだ……?」
正直、歌姫はいつでもどこでも歌う。つまり、この浮遊島にいなくとも歌えるのである。もちろん四六時中飛んでいられるはずもないので、身体を休ませに島へやってくるだろうが、その時は歌わなければ済む話だ。
これは、怪しいな。
呪いとは別に、何かが蠢いている。
『ムカイ、調べるぞ』
『そうですね。これは色々ときな臭い』
私は声ではなく、テレパスでやり取りをする。
「とりあえず、雨があがったらあんたらの家を探さないとな」
「我々の?」
「そうだ。言っとくけど、この島にきたら最後、もう絶対に出られないからな」
きょとん、と首を傾げたムカイに、白髪男は当然だと言い放った。
次の更新は明日予定です。