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act.2

 私は、転生者の魔王だ。

 以前の世界で、私は使命を全うし、滅びた。私が世界を追い詰め、世界を一丸とすることで、世界そのものの滅びから救ったのだ。


 そして目覚めたら、この世界にいた。


 五番目の魔王として、私は生を受けたのだ。

 かつて存在した、四人の魔王。それぞれ空と海と大地と火を司っていたが、空を巡って海と大地の魔王が争い、滅びた。結果、この世界から、海と大地が消え失せ、火は悲しみに打ちひしがれて姿を消した。

 崩れ落ちる世界のバランス。


 結果、生まれたものが、《呪い》だ。


 それはこの世界と命の持つ原罪が凝縮したもの。かつて、魔王どもが浄化していた、星そのものが抱えていた欠陥。それらが振り撒かれ、あらゆる命に落とされた。


 この呪いを与えられたものは、総じてまともな人生は歩めない。


 私にとっては糧でしかないのだが、それもまた、私に課せられた呪いでもある。

 この身に宿る呪いは《呪食》。呪いからでしか命を賄えない。これは、世界の呪いを終わらせる象徴たる、五番目の魔王としての使命でもある。


 そんな呪いの食事は、二種類ある。

 一つは、呪いそのものを喰らうこと。

 一つは、呪いから放たれる力を喰らうこと。

 どちらにしても、私の胃袋は満たされるのだが、呪いそのものの方がやはり濃くてドロっとしていて、美味しい。


 ムカイの呪いは、多種存在する中でも特上級である、《不死》だ。

 殺しても死なない呪い。

 だが同時に、一生の孤独を味わう呪いでもある。

 およそ絶望に囚われ、死を知らないこの呪いを、ムカイは受け入れていた。


 理由は単純である。


 ムカイには、呪いとは別に、特殊能力を受け継いでいた。

 反魂の儀――《己の命と代償に、他人の死を覆す》という術だ。分かりやすく言えば、他人の死を引き受けるのだ。自分の命を代償に。

 代々、ムカイの一族に伝わる秘術だとか。

 命を犠牲にする以上、たった一度きりしか使えないので、私からすればポンコツそのものだが、ムカイは呪いを手にしたことで払拭した。

 そして、その持ち前の正義感でもって、ヤツは人助けをする。

 助けるためには、その者の死を目撃しなければならないのに。


 なんとも皮肉だが、私からすれば食事の機会が増えるので、気にしない。


「うむ。今回も美味だったぞ」


 満足して、私はキツネの耳を動かし、浮遊島まで二人を運んでやる。

 世界に君臨する三人の魔王が一人に運んでもらうなど、幸運にも程があるのだが、二人は当然知らない。

 秘術を受け、スプラッタになった男は完全に肉体を取り戻し、呪いを発動させたムカイは傷口を綺麗に消し去って、今はいびきさえかいている。


 ちょっと腹立つな。


 私はその思うがまま、浮遊島の端、ややくたびれた感のある木の板を張り合わせた空中通路の上に二人を投げやった。

 どか、と、二人が転がる。


「うぐ……っと……」


 衝撃でムカイが目を覚ます。傷口はすっかり消えているが、首から放たれた夥しい血痕は隠せない。ムカイが助けた男の方は、服まで完全に再生されているのだが。

 ムカイはまだボヤけるのだろう、頭を何度も振っていた。


「ようやく目覚めたか。すっかり退屈したぞ。それと、この私がここまで運んでやったんだ。見返りは求めて当然だな?」

「運んでもらったことには感謝しますけど」


 何やらイヤな予感でもしているのだろう、ムカイの声は低かった。心外である。その通りだというのに。

 ならばもっと煽ってやろう。


「そうかそうか。ならば早よう私を楽しませい。裸踊りでよいぞ」

「なんでいきなり無茶ぶりがくるんですかね? 僕の身体なんて大したものじゃないのに」

「何をほざく。滑稽なのは何度見ても面白いからに決まっているからだろう。ほれ、いつものようにやってみせい」

「いつものようにって、僕は裸踊りなんてしたことありませんけど?」

「ちっ。気付いたか」

「気付かないはずがないでしょう!」


 ムカイは噛みつくように吠える。


「そこは気付かないフリでもなんでもして空気を読んでやるのが男というものだ。その程度ではモテんぞ」

「いや、そこで裸踊りしたらむしろそっちの方がモテないのでは?」

「……なるほど」

「今、素でしたね? 素で納得しましたね!?」


 手を打つと、ムカイが詰め寄ってくる。まったく。


「魔王から一本取るとはなかなかやるではないか」

「そういう問題じゃないと思うんですけどね……って、ああああっ!?」


 ムカイの意識、というか注目が切り替わる。

 本当にコイツは色々と忙しいというか、興味の移り変わりが激しい。ことさら、自分を興奮させるものに対しては。今もまさにそうだ。

 ムカイは立ち上がると、異様な光景の浮遊島をまじまじと観察した。


「すごい……古代車両型建築物(トレーラーハウス)なんて、とんでもないレア遺跡なのに、それが、さも当然かのように……! 状態も悪くないぞ……! それにあの街路樹、あれはイチョウ、こっちはサクラ……あっちはモミジじゃないか!」


 ムカイは鼻息荒く解説する。なんとも詳しいことだ。

 この島の規模と、気配からして人口は約二〇〇人だろうか。とても不思議ではある。

 まず、農地がない。

 ムカイが木の種類を次々とあてているが、どれも二〇〇人もの食料事情を常に支えられるような実をつける木々ではないのだ。

 どうやって生命活動を維持しているのか。

 当然、そのあたりはムカイも気付いているようで、もはや鼻息どころかハァハァと怪しい呼吸を繰り返す始末だ。正直気味が悪い。最悪である。


「落ち着け、ちょっとアブナいを通り越して近寄れないぞ」


 私は親切にも忠告してやるのだが、ムカイがそれで我を取り戻すことはない。

 知っている。

 この男は、一度興味を持つとこうなのだ。


「すごい、この木の空中通路(キャットウォーク)も、どうなってるんだ……!? ここまで美しく婉曲しているなんて……! それにこの感触は……新品同様!」

「ふむ。《時止まり》の魔法がかけられているな」


 魔眼での分析なので、まず間違いない。


「秘術中の秘術じゃないですか、それ!」

「そうだな」

「ごくごくわずかの遺跡にのみかけられているという、出どころ一切不明、再現不可能の秘術! これが、ここに、いや、まさか……島全体にかけられている……!?」

「よくわかったな」

「ほっぽーん!」

「奇声をあげるな、奇声を」


 愕然としながら、ムカイはヨダレを垂らしている。さもありなん。

 《時止まり》というのは、遺跡に詳しいものでなければ知ることもない、マイナー中のマイナー魔法。魔王たる私の持つ知識でも、古代魔法の一種、程度のものだ。だがその実、恐ろしい魔法ではある。あらゆる《事象の変化》を拒絶するのだから。

 それ故に、この魔法のかけられた遺跡は一切劣化しない。

 そしてそういった遺跡は、往々にして絶大な力を持っていた古代権力者関係の遺跡である。


「まさかここは……古代超遺跡アーティファクト……!」

「可能性は否定できまい」


 私は相槌を打ちながら、あちこちを飛び跳ねながら観察するムカイに呆れる。

 ああダメだ。完全にスイッチが入っている。

 バックパックを下ろし、色々と調査道具を出していた。もうこうなるとどうしようもない。殺しても復活するのだから手に負えないのである。

 ちなみに私は魔法硝子球(カプセル)の中にいるので、強制的に付き合わされている。


 私は出られないのだ。この中から。


 だから、仕方がない。


「うむむ……調べれば調べるほど、謎に満ちていますね……」

「だったら調べれば良いのではないか? こいつを起こして」


 私は顎で右方向を促す。

 ムカイが体と魂をはって助けた白髪男だ。もうそろそろ目覚める頃合いである。何を隠そう、気付の魔法をかけたからだ。

 ムカイの姿が消える。

 魔物と対峙した時でさえ見せないような俊敏さで、仰向けに寝る白髪男に寄り添ったのだ。

 こいつの探求心は虚無より深い。


「さぁさぁさぁさぁ起きてください、早く起きてください、とっとと素早く起きてください! そして私に知識をぉぉおお!」

「どんな起こし方だお前は」


 胸倉をつかんで上半身を起こし、ぐわんぐわんと上下左右に揺らしまくるムカイ。

 鬼である。私より魔王してないか?


「んぐっ……ぐ、ぉぉ……」

「目覚めました? 目覚めましたね!?」

「ぐ……」

「良かったですね、助かって」


 不思議そうに自分の腕を確かめる白髪男に、ムカイは人懐っこい表情で語る。


「あ、あんたが助けてくれたのか」

「ええ。助けると言ったでしょう」

「それはそうだが……いや、今は良いか。礼を言わなければ。ありがとう」


 丁寧に白髪男は頭を下げた。応じてムカイも頭を下げる。


「どういたしまして。大丈夫です。お礼に金銭とかそういうのは求めませんから。でも、でもですよ、どうしてもお礼がしたいとおっしゃっていただけるなら」

「おい待て俺はまだ何も」

「この島のことを教えて下さいませんか? とっても面白そうなんです!」


 白髪男とキスするまで三センチという距離まで顔を近付け、ムカイは矢継ぎ早にまくしたてながら、目をキラキラと輝かせた。

 歴史研究家。それがムカイの職業だ。


「この島の……?」

「はい! だって、今も。ほら、不思議。下から雨が降ってくる」


 ムカイはキャットウォークから、下に広がる雲と、雨に目をやって感嘆する。

 私も気付いた。

 ぽつり、ぽつりと、下から雨がやってくる。

 おそらく《雨》に対する重力が下から上に働いているからなのだろうが、聞いたこともない状態だ。私たちに対する重力は上から下に働いているからだ。

 確かに私も長年生きているが、そんな下からの雨は初体験である。不思議なものだ。

 白髪男は仰け反りながら嫌そうな顔を浮かべる。


「なんだかスゲェ変な奴に助けられた気がするが」


 男よ。それは大正解だ。


「とにかく島のことを知りたいなら教えてやる。でも、まずは家の中に逃げてからだ。急がないと奴がやってくるんだ」


 白髪男はいそいそと立ち上がる。その表情は、焦りに満ちていた。


「奴?」

「ああ。《人殺しの歌姫(セイレーン)》だ」

「人殺し……?」

「そうだ。その歌を聴くだけで命を奪われるんだよ」


 私とムカイは同時に怪訝になった顔を見合わせた。歌姫セイレーンにはそんな力など備わっていない。ただの歌好きの精霊だ。

 と、いうことは。


「まさか……呪い?」


 私は高揚に身震いした。

 人を殺す呪いとなれば、相当の上位な呪い。さぞや私の舌と腹を満たしてくれることだろう。私の感知した呪いはこれだ。


「ムカイ。このままいろ。私の飯だ」


 本能のまま、私はムカイに命令した。




次の更新は明日予定です。


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