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わたしは、古川玲子

作者:

直しです。

なお、この作品には終わり方の異なる別バージョンがあります。近々、載せます。


保険の斉藤先生から、

保健の斉藤先生から、


 わたしは古川玲子。M高の二年生。ただ今、玄関ホールを清掃中。

 阿呆な男子どもは、ほうきをバット代わりにして遊んでいる。

 神よ! 彼らに天罰を! ほうきは、ほうきに。ちりは、ちりとりに。アーメン。

 班の女子──わたし、真由美、佳子も、ちゃっちゃと掃いてゴミを取るだけの完全手抜きだけど。

 ホールの隅に、ドールハウスみたいな銀色のオブジェがある。

 二階建。人形まで置かれている。男が二体に女が四体。

 女が優位に立てる世界だ。でも逆に考えれば、両手に華の男優位の図式じゃないか。

 珍しくオブジェのアクリルケースを水拭きした。

 水が真っ黒になった。バケツの水、替え放題。

 ふとケースを持ち上げてオブジェに触れてみた。

 樹脂か……。

 人形も、そうかな?

 一つを指で弾くと、転がってオブジェの床部分に挟まった。面倒くさいから、そのまま放置。やっぱり樹脂だった。

 その女の人形を、わたしは真由美と命名した。

 もちろん他意はない。

 放課後、わたしは本屋に寄った。新刊の学園小説を買って帰った。


   ●


 朝礼の時間、担任が、

「昨日、真由美が家で怪我をした。先生、昨日の内に見舞いに行って来たぞ。床を踏み抜いて床下に落ちたんだそうだ。

 幸い軽傷でした。二日ほどで退院出来るそうだ。不幸中の幸いでした。

 原因は白蟻だ。こんなこともあるんだな」

 どういうこと?

 床に挟まった人形に、わたしは真由美と命名した。同じ日に真由美は床下に落ちて怪我をした。

 ひょっとして……。

 いや、まさか! そんな馬鹿な!


   ●


 真由美が全快して一ヶ月。人形のことは、すっかり忘れていた。

 思い出したのは再び玄関ホールの当番になったとき。

「あれ?」

 真由美の人形がなくなっていた。

「どうかした?」

 佳子に聞かれた。

「ううん。何でも」

 話せば馬鹿にされる。クラスのI・Kと同じ扱いをされてしまう。

 卒業したら彼はホストになるらしい。理由はモテたいから。

 それはいいとして、わたしは、すごく恐ろしいことを考えていた。

 鈴木由貴。学年一と言われている美貌を鼻にかけ、男子生徒を翻弄している。残念なことに、その中の一人が、わたしの彼氏。

 女の人形を一つ取ると、鈴木由貴と命名して二階から落としてやった。

 真由美の事故は偶然。

 でもスッキリ!


   ●


「知ってる? 鈴木が二階から落ちて鼻の骨を折ったらしいよ。みんな、鼻っ柱が折れたって言ってる」

 佳子から聞いた。

「それって鈴木由貴……?」

 佳子が、うなずいた。

 ひょっとして──。

 玄関ホールに向かった。

 やっぱり……。

 彼女の人形が……

 ない……。なくなっている……。


   ●


 オブジェの作者はM高の卒業生だった。

 名前は浦見増男。暗黒面のパワーを感じた。

 現在、二十五歳。芸大を卒業している。

 美術の草川先生に聞いた。

「あれは何を表現しているんですか?」

「何を表現したとか、そんなものはない」

「ない……?」

「ああ。全ての意味を排除したところに見えてくるもの──それが芸術だ」

 意味分かんない。

「どんな人でしたか?」

「浦見か?」

「はい」

「変わってたな」

「どんな風に?」

「大体、芸術家なんて変人と決まっている。でないと続かない。第一、金にならない。弁護士でも目指した方が、よっぽど現実的だ」


   ●


 浦見増男の家は土塀の崩れた古い屋敷の隣にあった。

 表札は浦見増根になっていた。ここでも暗黒面のパワーを感じる。

 家は普通。

 玄関のブザーを押した。

 母親らしいのが出て来た。

「増男先輩のお宅は、こちらでしょうか?」

「そうですが、あなたは……? M高の生徒さんみたいだけど……?」

 制服を着ていた。

「古川玲子と申します。浦見先輩の作品について、お話を伺いに参りました」 

「そうですか……。でもね……」

 母親は暫く戸惑った後、全てを話してくれた。

 引きこもりなのだそうだ。部屋から出て来ない。

 オブジェのことを聞いた。

「さあ……。わたしには分かりません……」

「ドアの外からでも、お話を──」

「そう言われても……」

 かなり戸惑っていた。

「お願いします!」

 食い下がった。

「はあ……」


   ●


 家に上げてもらった。中も普通。

 ドアの前に立った。勇気を出して、

「浦見先輩。M高の後輩で古川玲子と言います」

 ……。

「実は先輩の作品のせいで、おかしなことになっています」

 ……。

「聞いてますか!」

 ……。

 糠に釘。豆腐に鎹。暖簾に腕押し。馬の耳に念仏。猫にこんばんは。

「駄目みたいね……」

 母親が言った。

「ええ」

「おかしなことって?」

「それは本人にしか」

 生徒手帳のページを破って、

“玄関ホールのオブジェについて知りたいことがあります”

 名前の下に携帯番号を添えて、それを母親に託した。


   ●


 登校してすぐ真由美から話を聞いた。

「落ちたのは白蟻が原因なの。体重のせいじゃないわ」

「分かってる」

「本当? でも何で今ごろ?」

「そのとき何か異常を感じたとか?」

「何言ってんの?」

「ううん。変なこと聞いて、ごめんね」

 質問を打ち切った。

 浦見から連絡はなかった。昼休み、草川先生に呼ばれた。

「お前、浦見の家に行ったのか?」

「はい」

「そうか。いや。浦見のお袋さんから電話があってな。お前、浦見と何かあったのか?」

 目が好奇心で一杯。だから、おちょくってやろう。

「女の子、二人が、あれで……」

「あれ?」

「その解決を探って……」

「解決を?」

「それだけです」

 わたしは言った。

「も、もっと詳しく話してくれ! さっぱり分からん!」

「そんな! これ以上は言えません!」

 わたしは美術室から飛び出した。


   ●


 放課後、鈴木由貴のクラスを訪ねた。

「どうして二階から落ちたりしたの?」

 彼女に聞いた。

「どうしてって、どうしてそんなことが気になるの?」

 いたいけな瞳で小首をかしげた。

 かわいい……。(包帯で目と口しか見えないのに)悔しいけど、男どもの気持ちが分からなくもないことない。

「二階から落ちるなんて、あまり聞かないわ」

「やっぱり」彼女が言った。「心配してくれてるんじゃないんだ」

「そうでもないけど」

「ふうん」

「押されたの?」

「それ、どういう意味!」

 顔色を変えた。

 ──違う! 誤解しないで!

 しかし彼女は、

「ははん。でもね。浩治君の方から誘って来たのよ」

 そんなの聞きたくない!

「質問に答えてよ! どうして二階から落ちたの?」

「こだわるのね」

「どうして?」

「窓を拭いてたの。背伸びしてて足が滑ったのよ。これ、あげる」

 花を渡された。

「な、何?」

「浩治君からもらったの。わたし要らないから」

 花を投げ捨てて玄関ホールへ。男の人形を取り、

「浩治の馬鹿!」

 放り投げた。

 次の瞬間、偶然、通りかかった教頭先生に踏まれて、粉々になってしまった。

「ああっ!」


   ●


 浩治が学校に来ない。昨日の放課後から行方不明。親も心配している。

 粉々になった人形──破片の一つも残ってなかった……。拾い集めてオブジェに戻しておいたのに……。

 呪いだ! 人形の呪いだ!

 気がつくと、

「大丈夫?」

 佳子と真由美の泣きそうな顔。

 わたしはベッドでいた。

 保険の斉藤先生から、

「何か心配事があるの?」

 そう言われた。


   ●


 みんなが心配してくれた。鈴木由貴までがクラスに来て、「大丈夫?」

「何で? どうして? あいつと仲良かったの?」

 真由美が不思議がった。

「そうでもないけど……」

「でも鈴木は──」

「真由美!」

 佳子が、さえぎった。

「あっ! ごめんなさい!」

 真由美が自分の口を押さえた。

「ね。放課後、フルーツKARAパラパーラーに行かない? 奢るよ!」佳子が言った。「ね? ね?」

 分かってる。真由美が何を言おうとしてたのか……。

 でも乗った。

「いいよ」

「わたし、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェが食べたい!」

 真由美が言った。スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは千三百円もするのに、佳子は、

「じゃ、わたしも! 玲子もそうしな!」

 友情は悲しみを半分にして、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェを三杯にする。


   ●


 掃除の時間、オブジェの前で、

「あ。人形がある!」佳子が言った。「へー。知らなかった。男が一人と女が二人か……。こいつ両手に華だな」

 似たようなことを言っている。

「こっちが、わたし。ベランダにいるのが玲子」

「やめて!」

 凍りかけた。

「どうしたの?」

 佳子が不思議そうな顔をした。

 そのとき、

「何、話してんの!」

 真由美が佳子の背中を押した。

 ぐらついた佳子がアクリルケースにぶつかった。

 その衝撃でベランダの人形がジャンプ──

 あっ! 首が折れた!

 接着剤を買いに購買部に走った。急いで戻って人形を取り出した。

「どうしたの? 何をするの?」

「直すの!」

 接着剤を捻り出して人形の首に塗った。

「ついた!」

 くっついた!

「器用なのね」

 佳子が言った。


   ●


 放課後、フルーツKARAパラパーラーに。

 スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは、高さ四十センチ! まさに、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェ! イエィ!

 内容は、バナナ、白桃、パイナップル、キミタチ、キュウイ、パパイヤ、マンゴ種。

「いい仕事をしてますねー!」真由美が言った。「この山盛り感はどうでしょう!」

「うんうん!」佳子が、うなずいた。「これよ! これなのよー!」

「いただきまーす!」

「ごちそうさまでしたー!」

 時間がワープ!

「じゃあ帰ろうか」

 フルーツKARAパラパーラーを出て、わたし達は別れた。浩治のことは心配だけど、もうどうしようもない。

 わたしは大丈夫だろうか……?

 きっと大丈夫。ちゃんと直した。

 バイトに向かった。週三で弁当屋でバイトしている。

 更衣室で白衣に着替えラインに入ると係長に呼ばれた。

「君達が担当した弁当に問題があった。二人をクビにしたが、ぎりぎり君はセーフだった。これまで通り、しっかり頑張ってくれ!」

 なーんだ。バイトのクビが人形の呪いだったか。やっぱ直したのがよかった。

 わたしは、

「ありがとうございます!」

 元気よく答えた。

 オブジェのわたしの人形は消えずに残り続けた。どうやら、わたしへの呪いはスルーされたようだ。


   ▲


 以前から、かさばって邪魔だと問題になっていた玄関ホールのオブジェの処分が、生徒会で決まった。粗大ゴミとして焼却される。


   ●


 その日、

「古川さん!」

 係長が言った。

「大鍋に火を入れてくれ! 注意しろ! 引火したら、ただじゃ済まんからな!」

           了


★下の「わたしの人形」は最後を変更した別バージョンです。↓



「わたしの人形」



 わたしは古川玲子。M高の二年生。ただ今、玄関ホールを清掃中。

 阿呆な男子どもは、ほうきをバット代わりにして遊んでいる。

 神よ! 彼らに天罰を! ほうきは、ほうきに。ちりは、ちりとりに。アーメン。

 班の女子──わたし、真由美、佳子も、ちゃっちゃと掃いてゴミを取るだけの完全手抜きだけど。

 ホールの隅に、ドールハウスみたいな銀色のオブジェがある。

 二階建。人形まで置かれている。男が二体に女が四体。

 女が優位に立てる世界だ。でも逆に考えれば、両手に華の男優位の図式じゃないか。

 珍しくオブジェのアクリルケースを水拭きした。

 水が真っ黒になった。バケツの水、替え放題。

 ふとケースを持ち上げてオブジェに触れてみた。

 樹脂か……。

 人形も、そうかな?

 一つを指で弾くと、転がってオブジェの床部分に挟まった。面倒くさいから、そのまま放置。やっぱり樹脂だった。

 その女の人形を、わたしは真由美と命名した。

 もちろん他意はない。

 放課後、わたしは本屋に寄った。新刊の学園小説を買って帰った。


   ●


 朝礼の時間、担任が、

「昨日、真由美が家で怪我をした。先生、昨日の内に見舞いに行って来たぞ。床を踏み抜いて床下に落ちたんだそうだ。

 幸い軽傷でした。二日ほどで退院出来るそうだ。不幸中の幸いでした。

 原因は白蟻だ。こんなこともあるんだな」

 どういうこと?

 床に挟まった人形に、わたしは真由美と命名した。同じ日に真由美は床下に落ちて怪我をした。

 ひょっとして……。

 いや、まさか! そんな馬鹿な!


   ●


 真由美が全快して一ヶ月。人形のことは、すっかり忘れていた。

 思い出したのは再び玄関ホールの当番になったとき。

「あれ?」

 真由美の人形がなくなっていた。

「どうかした?」

 佳子に聞かれた。

「ううん。何でも」

 話せば馬鹿にされる。クラスのI・Kと同じ扱いをされてしまう。

 卒業したら彼はホストになるらしい。理由はモテたいから。

 それはいいとして、わたしは、すごく恐ろしいことを考えていた。

 鈴木由貴。学年一と言われている美貌を鼻にかけ、男子生徒を翻弄している。残念なことに、その中の一人が、わたしの彼氏。

 女の人形を一つ取ると、鈴木由貴と命名して二階から落としてやった。

 真由美の事故は偶然。

 でもスッキリ!


   ●


「知ってる? 鈴木が二階から落ちて鼻の骨を折ったらしいよ。みんな、鼻っ柱が折れたって言ってる」

 佳子から聞いた。

「それって鈴木由貴……?」

 佳子が、うなずいた。

 ひょっとして──。

 玄関ホールに向かった。

 やっぱり……。

 彼女の人形が……

 ない……。なくなっている……。


   ●


 オブジェの作者はM高の卒業生だった。

 名前は浦見増男。暗黒面のパワーを感じた。

 現在、二十五歳。芸大を卒業している。

 美術の草川先生に聞いた。

「あれは何を表現しているんですか?」

「何を表現したとか、そんなものはない」

「ない……?」

「ああ。全ての意味を排除したところに見えてくるもの──それが芸術だ」

 意味分かんない。

「どんな人でしたか?」

「浦見か?」

「はい」

「変わってたな」

「どんな風に?」

「大体、芸術家なんて変人と決まっている。でないと続かない。第一、金にならない。弁護士でも目指した方が、よっぽど現実的だ」


   ●


 浦見増男の家は土塀の崩れた古い屋敷の隣にあった。

 表札は浦見増根になっていた。ここでも暗黒面のパワーを感じる。

 家は普通。

 玄関のブザーを押した。

 母親らしいのが出て来た。

「増男先輩のお宅は、こちらでしょうか?」

「そうですが、あなたは……? M高の生徒さんみたいだけど……?」

 制服を着ていた。

「古川玲子と申します。浦見先輩の作品について、お話を伺いに参りました」 

「そうですか……。でもね……」

 母親は暫く戸惑った後、全てを話してくれた。

 引きこもりなのだそうだ。部屋から出て来ない。

 オブジェのことを聞いた。

「さあ……。わたしには分かりません……」

「ドアの外からでも、お話を──」

「そう言われても……」

 かなり戸惑っていた。

「お願いします!」

 食い下がった。

「はあ……」


   ●


 家に上げてもらった。中も普通。

 ドアの前に立った。勇気を出して、

「浦見先輩。M高の後輩で古川玲子と言います」

 ……。

「実は先輩の作品のせいで、おかしなことになっています」

 ……。

「聞いてますか!」

 ……。

 糠に釘。豆腐に鎹。暖簾に腕押し。馬の耳に念仏。猫にこんばんは。

「駄目みたいね……」

 母親が言った。

「ええ」

「おかしなことって?」

「それは本人にしか」

 生徒手帳のページを破って、

“玄関ホールのオブジェについて知りたいことがあります”

 名前の下に携帯番号を添えて、それを母親に託した。


   ●


 登校してすぐ真由美から話を聞いた。

「落ちたのは白蟻が原因なの。体重のせいじゃないわ」

「分かってる」

「本当? でも何で今ごろ?」

「そのとき何か異常を感じたとか?」

「何言ってんの?」

「ううん。変なこと聞いて、ごめんね」

 質問を打ち切った。

 浦見から連絡はなかった。昼休み、草川先生に呼ばれた。

「お前、浦見の家に行ったのか?」

「はい」

「そうか。いや。浦見のお袋さんから電話があってな。お前、浦見と何かあったのか?」

 目が好奇心で一杯。だから、おちょくってやろう。

「女の子、二人が、あれで……」

「あれ?」

「その解決を探って……」

「解決を?」

「それだけです」

 わたしは言った。

「も、もっと詳しく話してくれ! さっぱり分からん!」

「そんな! これ以上は言えません!」

 わたしは美術室から飛び出した。


   ●


 放課後、鈴木由貴のクラスを訪ねた。

「どうして二階から落ちたりしたの?」

 彼女に聞いた。

「どうしてって、どうしてそんなことが気になるの?」

 いたいけな瞳で小首をかしげた。

 かわいい……。(包帯で目と口しか見えないのに)悔しいけど、男どもの気持ちが分からなくもないことない。

「二階から落ちるなんて、あまり聞かないわ」

「やっぱり」彼女が言った。「心配してくれてるんじゃないんだ」

「そうでもないけど」

「ふうん」

「押されたの?」

「それ、どういう意味!」

 顔色を変えた。

 ──違う! 誤解しないで!

 しかし彼女は、

「ははん。でもね。浩治君の方から誘って来たのよ」

 そんなの聞きたくない!

「質問に答えてよ! どうして二階から落ちたの?」

「こだわるのね」

「どうして?」

「窓を拭いてたの。背伸びしてて足が滑ったのよ。これ、あげる」

 花を渡された。

「な、何?」

「浩治君からもらったの。わたし要らないから」

 花を投げ捨てて玄関ホールへ。男の人形を取り、

「浩治の馬鹿!」

 放り投げた。

 次の瞬間、偶然、通りかかった教頭先生に踏まれて、粉々になってしまった。

「ああっ!」


   ●


 浩治が学校に来ない。昨日の放課後から行方不明。親も心配している。

 粉々になった人形──破片の一つも残ってなかった……。拾い集めてオブジェに戻しておいたのに……。

 呪いだ! 人形の呪いだ!

 気がつくと、

「大丈夫?」

 佳子と真由美の泣きそうな顔。

 わたしはベッドでいた。

 保健室の斉藤先生から、

「何か心配事があるの?」

 そう言われた。


   ●


 みんなが心配してくれた。鈴木由貴までがクラスに来て、「大丈夫?」

「何で? どうして? あいつと仲良かったの?」

 真由美が不思議がった。

「そうでもないけど……」

「でも鈴木は──」

「真由美!」

 佳子が、さえぎった。

「あっ! ごめんなさい!」

 真由美が自分の口を押さえた。

「ね。放課後、フルーツKARAパラパーラーに行かない? 奢るよ!」佳子が言った。「ね? ね?」

 分かってる。真由美が何を言おうとしてたのか……。

 でも乗った。

「いいよ」

「わたし、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェが食べたい!」

 真由美が言った。スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは千三百円もするのに、佳子は、

「じゃ、わたしも! 玲子もそうしな!」

 友情は悲しみを半分にして、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェを三杯にする。


   ●


 掃除の時間、オブジェの前で、

「あ。人形がある!」佳子が言った。「へー。知らなかった。男が一人と女が二人か……。こいつ両手に華だな」

 似たようなことを言っている。

「こっちが、わたし。ベランダにいるのが玲子」

「やめて!」

 凍りかけた。

「どうしたの?」

 佳子が不思議そうな顔をした。

 そのとき、

「何、話してんの!」

 真由美が佳子の背中を押した。

 ぐらついた佳子がアクリルケースにぶつかった。

 その衝撃でベランダの人形がジャンプ──

 あっ! 首が折れた!

 接着剤を買いに購買部に走った。急いで戻って人形を取り出した。

「どうしたの? 何をするの?」

「直すの!」

 接着剤を捻り出して人形の首に塗った。

「ついた!」

 くっついた!

「器用なのね」

 佳子が言った。


   ●


 放課後、フルーツKARAパラパーラーに。

 スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは、高さ四十センチ! まさに、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェ! イエィ!

 内容は、バナナ、白桃、パイナップル、キミタチ、キュウイ、パパイヤ、マンゴ種。

「いい仕事をしてますねー!」真由美が言った。「この山盛り感はどうでしょう!」

「うんうん!」佳子が、うなずいた。「これよ! これなのよー!」

「いただきまーす!」

「ごちそうさまでしたー!」

 時間がワープ!

「じゃあ帰ろうか」

 フルーツKARAパラパーラーを出て、わたし達は別れた。浩治のことは心配だけど、もうどうしようもない。

 わたしは大丈夫だろうか……?

 実は、掃除が終った後、二人に気付かれないよう、三体の人形をオブジェから抜き取って、鞄の中に隠し入れた。

 接着剤でくっつけたにしても、とても安心は出来なかった。名前を付けられてしまった以上、この人形はわたしなのだ。佳子だってそう。

 わたしが言うのも何だが、新たな犠牲者を出してしまう可能性もある。

 家にある金庫の中に保管しておくことに決めた。

 以前、雑貨屋をしていた祖父が使っていた金庫が、倉庫に置いてある。

 そこに保管する。

 大きな金庫だから泥棒の心配はない。火事になっても、きっと大丈夫。

 両親に、金庫を使うことを許してもらい、鍵もわたしが管理することにした。

 もう誰も使ってないし。


   ●


 その半年後、浦見先輩の母親から連絡があった。

 事故で息子が亡くなってしまったと……。

 気の毒だけど、わたしは大丈夫だった。

 接着剤でくっつけたお陰で呪いがスルーされたのかも。


   ●


 地震が起きて近くの山が崩れた。わたしの家は全く大丈夫だったけど、電気がこなくなってしまった。

 電気が使えるまで二日ほどかかるらしい。その間、お風呂にも入れない……。

 次の日、佳子の家で入れてもらえることになった。

 だって幼稚園のときからの友達だし。風呂くらい入れてもらえるさ。


   ●


 佳子の家は裕福だから家が広い。ついでに風呂も広い。

 ちゃっかり夕食も頂いた後、一緒に風呂に入った。

 洗いっこしてから二人で浴槽に。

 向かい合って浸かってると、知らない間に眠り込んで……


 目を覚ますと佳子が頭まで浴槽に浸かっていた。息もしてないようだ。

 大変なことになっている──!

「佳子!」

 だが声が出ない。体も動かなかった。

 そして、わたしの体も沈み始めていた。

 きっと人形の呪いなんだ。

 山崩れが原因で大きな水道管が破裂したか。或いは、近くの池が決壊したのかも……。

 わたしは沈んでしまう前に心の中で叫んだ。

“お父さん、お母さん、ごめんなさい! 愛してるよ! 佳子! 今度生まれ変わっても、また友達になろうね!”

     了


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