74 お隣さんとムール貝のワイン蒸し
久しぶりの更新です。
まずは軽めの内容で、慣らしをば……!
久々なので、もう忘れちゃったよって読者様のために、キャラデザと簡単な紹介をあとがきに載せておきますねー。
「おう! 邪魔すんぞー!」
お隣さん家に上がり込む。
飲み部屋のドアを開くとマリベルがいた。
彼女はひとりで手酌酒をしている。
「うむ。よく来たなコタロー」
「なんだ。つか、マリベルひとりか? ほかのみんなはどうした?」
「……起きたら皆がいなかったのだ。こんな書き置きだけがあった」
マリベルがむすっとしながら、メモ用紙を渡してきた。
受け取って、目を通す。
『マリベルさんへ。
みなさんを連れて、私のバイト先に遊びに出掛けます。マリベルさんは何度起こしても、んあんあ言うだけで起きないので、ごめんなさい。
杏子』
なるほど、置いてきぼりを食らったわけか。
つか、杏子の職場っつーとメイドカフェだったか。
ちょっと心配になってくる。
あいつら目立つからなぁ。
変なことになってないといいが……。
「まったく、酷いやつらめ! 私だけ除け者にするとは、なんたる非情か!」
「いや、つかここに『何回も起こした』って書いてあるじゃねえか。なんで起きなかったんだ?」
「……う。……そ、それは」
マリベルが言葉に詰まる。
さてはこいつ、なんか隠してるな?
「ちょ、ちょっとだけ、今朝は飲みすぎてだな……。潰れて寝てしまって、気付いたら皆がいなかった」
「はぁ⁉︎ つか朝っぱらから潰れるほど飲んだのかよ⁉︎ そりゃ自業自得だ!」
「ええい、仕方なかろうが! 楽しみにしていた酒が朝一番に届いたのだ! 味見をしたくなるだろう!」
「味見で酔いつぶれるやつがいるか!」
「……くっ。ひ、ひと口飲んだら、止まらなくなっただけだ!」
マリベルが小振りな瓶をテーブルにトンと置く。
ちょうどいま、彼女がひとり酒をしていた日本酒だ。
ラベルには『Fu.』と書いてある。
俺は飲んだことのない酒だった。
見れば部屋のあちこちに、同じラベルの空き瓶が転がっていた。
なるほど。
これだけ飲めば、酔いつぶれもするだろう。
「この酒が悪いのだ。あまりにも飲みやす過ぎる!」
「いやだからってアンタ……。しかも起きて早々また飲み直してるとか、アル中なんじゃねえか?」
「ええい、うるさい!」
マリベルが赤い顔をして荒ぶっている。
「んく、んく、ぷはぁ! これが飲まずにやっていられるか!」
まぁ、気持ちはわからんでもない。
起きたら誰もいなかった、か。
置いてきぼりは寂しいわなぁ。
「……おう、マリベル。俺にもその酒飲ませてくれよ。ひとりで飲むより、ふたりのほうがいいだろ?」
「む……」
むすっとむくれていたマリベルの眉が、ぴくりと動いた。
「肴も作ってやるから。……な? 頼むよ。一緒に飲もうじゃねーか」
「し、仕方のないやつだな。そこまで言うなら、付き合ってやらなくもない」
マリベルは、ツンとそっぽを向きながら応じる。
でもちょっと機嫌が回復したっぽい。
まったく、チョロいやつだ。
「おう! サンキューな!」
俺たちは、テーブルに差し向かいで飲み始めた。
「ほら、コタロー。グラスをだせ」
「おう。すまねぇな」
マリベルに酒を注いでもらう。
「じゃあ、さっそく……」
グラスに口を近づけた。
初めて味わう銘柄の酒に、期待が膨らむ。
香りをかいでみた。
どうやら吟醸香は控えめである。
口に含むと僅かな酸味を感じた。
すこしとろみのある液体が、舌に絡みつく。
口腔に広がっていくのはフルーティーな甘みだ。
「んく、んく、はぁぁ……」
うまい。
これは一言で言い表すなら、白ワインだ。
たしかに米の旨味は感じるが、全体的な印象は日本酒とは若干離れている。
「おう、マリベル! もう一杯もらうぞ!」
「ああ。たくさんあるからな、好きに飲むといい」
今度は手酌で、くいっと飲み干す。
するすると酒が喉を滑り落ちて、いくらでも飲めてしまいそうだ。
「ぷはぁ! こいつぁ、うめえな!」
「だろう? それに少しばかり、飲みやす過ぎてだな……」
なるほど、これはマリベルが朝っぱらから止まらなくなるのも頷ける。
くいくいと酒を煽る。
しばらくすると、マリベルがそわそわし始めた。
「お、おい、コタロー」
「おう、なんだ?」
「お前、もう先ほどの言葉を忘れたのか? 肴を作ると言っていただろう?」
飲むのに夢中になって、すっかり忘れてしまっていた。
そうだ、肴がいる。
このフルーティーな酒に合う肴となると……。
「つか、そういえば良いもんがあるな」
「良いもの?」
「おう! ちょっと待ってろ! すぐ肴を用意してやるからな!」
立ち上がり、調理のため一旦自宅へと戻った。
深皿を手に、再びお隣さん家にやってきた。
さっきと変わらず、マリベルがそわそわしている。
「遅いぞコタロー! 15分で戻るといいながら、もう18分もかかっている!」
「3分くらい負けといてくれよ。つか、ほら……!」
手にした肴をテーブルに置いた。
ほのかに香るガーリックの匂いが部屋に漂う。
マリベルが、ごくりと喉を鳴らした。
「ほう……。これは、初めてみる肴だな」
「ああ、こいつは『ムール貝の白ワイン蒸し』だ。さっきの日本酒になら、絶対に合うぞ! さぁ食ってみてくれ!」
さっそく箸が伸びる。
彼女は綺麗なオレンジ色の身を晒したムール貝を、ひとつ摘み上げた。
ほかほかと湯気を立てて、まだ温かだ。
「ふむ……。美しい貝だな。にんにくの匂いの奥に、微かな磯の香りを感じる。ふふ。これは期待できそうだ。……いざっ!」
マリベルがムール貝をパクッと口に放り込んだ。
端正な唇を閉じ、もぐもぐと頬を動かしている。
彼女がピタリと動きを止めた。
まぁ、いつものアレだろう。
とりあえず話を振るのは後にして、俺もちょいと食べよう。
「さて、お味のほうは……」
深皿に箸を伸ばし、ムール貝を摘んだ。
パクリと食べる。
口から鼻へと、ガーリックの風味が吹き抜けるのを感じながら、ぷるぷるの身を噛み締めた。
クニっとした貝の弾力が、歯を楽しませてくれる。
あごを動かすと、微かに感じるオリーブオイルと共に、旨みたっぷりの貝の味わいが、口いっぱいに広がっていく。
「くぁぁ……! うんめぇっ!」
お次は酒だ。
「んく、んく……」
フルーティーな日本酒『Fu.』で、口に残った塩気ごと、貝を喉の奥に流し込んだ。
爽やかな酸味が、口腔を洗い流していく。
「ぷはぁ! やっぱ思った通りだ。酒と肴の相性バッチリだな!」
マリベルはまだ固まったままだ。
そろそろ聞いてやろう。
「おう、マリベル! どうだ? うまいか?」
待ってましたとばかりに、ギギギと音がなるような動きで、彼女が首を動かす。
問い掛けた俺を見て、くわっと目を見開いた。
「うまいどころの話ではないわ! これは正に珠玉の肴! 私はいま猛烈に感動している! 口に放り込んだ瞬間、まるで押しては引いていく波のように、交互に襲いくるにんにくと磯の風味! ぷるんとした身と歯を押し返す弾力! 噛めば噛むほど貝のもつ旨みが溢れ出してくるではないか! しかもこのムール貝とやらは、三段階に変化する食感を持っているな? つまり、ぷるん、くに、とろり、だ! 噛むほどに口の中で変化し、最後にはペースト状になった貝の腹が、舌にまとわり付くような旨みで口内を蹂躙してくる! 繊細かつ大胆な味わいの変化は言わば移り変わる季節さながら! だが変わらずそこにあるオレンジ色の身は、まるで星々を従え中天から世の営みを見守る灼熱の太陽!」
マリベルが唾を飛ばしながら語る。
「うまい!」
「お、おう。そうか……」
引き気味になって応えた。
相変わらずこいつは、なにが言いたいのかよくわからん。
だけどまぁ、うまかったらしいし、良しとしよう。
「つか気に入ってくれて良かったわ。じゃんじゃん食ってくれ!」
「うむ! 言われるまでもない。頂こう!」
マリベルは凄い勢いで酒を飲み、肴を摘んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ただいま帰ったのです!」
「はぁ、うまかったのじゃー」
「……ただいま」
「帰ったわよぉ。マリベルはもう起きてるかしら?」
玄関が騒がしくなる。
どうやら杏子に連れられて、遊びに出かけていたみんなが、帰ってきたようだ。
「お姉ちゃん、ただいまなのですー! お土産を持って帰ってきました!」
シャルルが部屋に飛び込んでくる。
「……んあ?」
酔って呆けたマリベルが、口を半開きにしていた。
こっくりこっくりと頭を揺らして、眠っている。
「ああ⁉︎ お姉ちゃんがまた酔っているのです!」
「なんじゃ、仕方のないやつじゃのう」
「あら、お兄さん。来てたのね」
「……コタロー。いらっしゃい」
ハイジアに、フレアに、ルゼル。
次々と、お隣の異世界人のみんなが顔をだした。
「おう。つか、邪魔してんぞー」
シャルルが土産をテーブルに置いた。
マリベルの肩を揺さぶる。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん。起きてください! 美味しいお土産をもらってきたのですよ!」
「……んあ?」
「シャルルよ、もうそやつのことは放っておけ。どうせ起こしても目覚めんのじゃ。土産は妾たちで食べてしまおう」
「また仲間外れは、可哀想なのですよー! お姉ちゃん。お姉ちゃん!」
シャルルがいくら揺すっても、マリベルは起きない。
お隣さんたちが困り顔をする。
「うーん、起きないわねえ。このお土産、はやく食べないといけないらしいんだけど……」
「つか、その土産はなんなんだ?」
「……ケーキ。……賞味期限、今日までのを、アンズにもらった」
なるほど。
じゃあさっさと食っちまわねぇと。
「おう、マリベル! 起きろ! アンタ飲みながら仲間外れにするなって、散々ぶぅぶぅ言ってたじゃねえか!」
「……んあ?」
「これはダメね。もうマリベルは放っておいて、ケーキ食べちゃいましょう」
「……賛成」
「でも、お姉ちゃんが……」
「諦めるのじゃシャルル。そやつの自業自得じゃ!」
フレアがケーキを切り分け始めた。
だがマリベルは起きない。
「お兄さんも食べるでしょ? はい、どうぞ」
俺もご相伴にあずかる。
そばでまたマリベルが「んあ」っと呟いた。
やれやれ。
仕方のないやつだ。
俺はひとつため息をついた。
明日マリベルが起きてから、自分だけケーキを食べ損ねたと知ったらうるさくなりそうだ。
まあそうなれば、また今日のように愚痴り酒に付き合ってやるとするか。




