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58 お隣さんと異世界飲み会 煉獄の塔後編

 マグマの海の奥底から、地響きとともに悠然と姿を現わす巨大な怪物がいる。


 ――溶岩龍(ラヴァドレイク)


 灼熱の鱗を纏う凶悪な四足歩行の龍だ。

 溶岩龍はマグマに浸っていたその姿を完全に地表にさらけ出す。

 その巨体は象なんてまるで相手にならない。

 動く山のようだ。


「グルゥグアアアァァァーーーーッ!!」


 溶岩龍が吼えた。

 大気がビリビリと鳴動し、圧力を伴って襲い掛かってくる。

 そんな緊迫した空気のなか、俺たちは離れた場所でゴザを敷いていた。


「キタキタキタ、キタァーーーーッ!!」

「つか杏子ちゃん、そっち引っ張ってくれ」

「はーい、これでいいですかー?」

「おう、あんがとさんッ」

「すごい怪物がきたよ、虎太朗くーん!」

「地面がゴツゴツしてて、ちょっと座りにくいですねー。おつまみはなにを開けますかー?」


 こんな場所にゴザを敷く理由。

 それはもちろん酒盛りのためだ。


「フレア殿、ねえフレア殿ッ。すごいね! すごい怪物だよ!」

「うふふ、あれは溶岩龍(ラヴァドレイク)ね」

溶岩龍(ラヴァドレイク)ッ! いかにも強そうな名前だぁ!」


 大家さんのテンションはいきなり最高潮だ。

 フレアが杖を肩に担いで、軽い足取りで化け物のもとへと歩き出す。


「じゃあパパッとアイツ倒してくるわねー。あ、ちゃんとあたしのぶんのビールも残しておきなさいよ?」


 溶岩龍がこちらをギロリと睨んだ。

 巨大な(まなこ)が俺たちを捉える。


「グガアアァァァァーーーーッ!!」


 咆哮とともに溶岩龍が火球を放った。

 凶悪な牙をのぞかせ、大きく開いた口から放つ炎の塊だ。

 灼熱のデッカい火球が真っ直ぐに飛んでくる。


「うおッ、なんか飛んでくんぞッ!」

「うっはー! ブレスきたーーッ!」

「え、ええぇぇー!? あぶ、あぶなッ、あぶ!」


 迫り来る火の玉はもの凄い迫力だ。

 冷えた缶ビールを掲げて乾杯しようとしていた俺たちは、手を掲げたポーズのままアワアワと慌てる。


「――詠唱破棄(スペルキャンセル)――  獄炎の大渦プリズンフレイムスウィルッ!」


 火球の射線上に、燃え盛る炎の大渦が現れた。

 渦はあたり一帯の全てを飲み込みながら、襲い来る火球をも巻き込み打ち消していく。


「――詠唱破棄(スペルキャンセル)――  煉獄の炎蛇(パーガトリースネイク)ッ!」


 続いてお返しとばかりに魔法を放たれた。

 虚空から生み出された赤い大蛇が、煉獄の炎に轟々とその身を燃やしながら溶岩龍に巻き付いていく。


「グルゥグアアァァーーーーッ!!」

「キシャアアァァァーーーーッ!!」


 しかし溶岩龍も()るもの。

 纏わり付いた炎蛇を爪で切り裂き、牙でちぎり捨てる。


「ギシャア゛アァァーーッ…………」


 炎の蛇が溶岩龍に噛み殺された。

 蛇はチラチラ光る赤い炎の残滓だけを残してかき消えていく。


「グウオオォォァァーーッ!」

「……ふんッ、やっぱりこの程度の炎じゃ燃やせないってわけね」


 フレアがチッと舌打ちをする。

 そのとき――


「あーッはっはーーッ!」


 何処からともなく声が聞こえてきた。

 高笑いの声だ。

 甲高く幼さの残る笑い声が、広い洞窟内に高らかに響く。


「流石に手こずっているみたいねー!」


 またなんか登場しやがった。

 乾杯をするタイミングを完全に逃してしまった俺たちは、ポケーッと呆けた顔で声のするほうを眺める。


「も、もうッ……やめようよー。ひぃいんッ、エコベールってばぁ……」

「ちょ、ちょっとジョイったら! 服を引っ張らないでよね!」


 子供だ。

 まだ中学にもあがらないような二人組の子供たちが、遠くの岩場に立ってフレアを見下ろしている。


「あーッはっはーッ、ゲホッ……ゴホッ」


 高笑いのしすぎでむせた。

 俺はその子供たちをしげしげと観察する。

 現れたふたりは、魔法使いの黒いローブを羽織って指揮棒のような魔法の杖を持っている。

 ひとりはピンク色でモコモコした髪型の、気の強そうな女の子。

 もうひとりは赤い髪をしたお坊ちゃん刈りの、おどおどと腰の引けた男の子だ。


「ね、ねえエコベールゥ……い、いまならまだ謝れば、お師匠さまも許してくれるよぉ……」

「いまさら何言ってんのよ、アンタはッ」


 及び腰になった男の子が女の子の手をひく。

 勝気な女の子は男の子の手を振り払った。


「いいから離しなさいッ」

「だ、だめだよぉ……謝ろうよぉ……」


 男の子は涙目で、もういっぱいいっぱいだ。


「エコベール! ジョイ!」


 フレアがふたりの名前をよんだ。


「ひうッ!?」

「な、何かしらお師匠さまッ! いえ、フ、フフ、フレアッ!」


 呼びかけられたふたりがビクッと体を震わせる。

 けれどもその反応は対照的だ。

 フレアは魔法で溶岩龍を牽制しながら、子供たちをギロリと睨みつける。


「へえ? 『フレア』……ですって?」

「ひッ! ひうぅッ……」

「うッ! な、なにかしらッ?」

「貴方たち、いつからあたしのことを呼び捨て出来るようになったのかしら?」

「ち、違うんですお師匠さまぁッ……こここれはッエコベールが勝手にッ――」

「黙りなさいよジョイッ! アンタも一緒に色々準備したでしょー!」

「だって、そ、それはエコベールが無理やりぃ……」


 なんか仲間割れが始まった。

 でっかい龍もいるのに呑気なもんだ。

 つかちょっと落ち着いたみたいだし、こっちはこっちで酒盛りを始めるか。

 龍も律儀に「グルルゥ」なんて唸りながら様子見している。


「んじゃま乾杯ー! んく、んく、んく、ぷはぁー!」

「いい飲みっぷりだねぇ! こりゃあ私も負けていられないッ。んく、んく、ぷはぁ!」

「私もいただきまーす!」

「おう、杏子ちゃんも飲め飲め!」

「んく、んく、ぷはー。おいしー!」


 やっぱり暑いとこで飲む冷えたビールは格別だ。

 キンと冷えた切れ味鋭い味わいが喉を通って胃に流れ込む感覚が堪らん。


 見ればフレアと子供たちはまだ問答を続けている。

 青筋をたてるフレア。

 小生意気にツンとすましたエコベール。

 完全に涙目になってエグエグし始めたジョイ。


 どうやら師弟関係らしき三人の様子を眺めながら、おやつカルパスをつまみ、ぐびぐびとビールを煽る。

 すると大家さんがビールを片手に「ちょっと失礼」なんて言って席を立った。

 たぶん催しちまったんだろう。

 ご不浄だ。


「貴方たちッ、あたしが不在のときはふたりで塔の管理をするように申し付けていたはずよ!」


 フレアが声を張り上げる。


「なのに塔に結界は張られているし、こんな魔物まで出てくるし…………いったいどういうつもりッ?」

「ちちち、違うんです、お師匠さまぁッ……」

「ふ、ふんッ」

「貴方たち、事と次第によっては……」


 フレアの目がスゥーッと細まった。

 僅かに微笑んでいるあたりがちょっと怖い。


「ど、どういうつもりも何も、――こういうことよッ!」


 ピンク髪の少女が手に持った何かを掲げる。


「い、いけッ、溶岩龍(ラヴァドレイク)! お師匠さまをやっつけるのよ! お師匠さまをやっつけて、アタシが塔の管理人になるんだから!」


 掲げられたものは宝珠。

 まるで溶岩を固めて出来たような赤い宝珠だ。


 宝珠から光が発せられた。

 それに呼応するように、様子を伺っていた溶岩龍が雄叫びをあげる。


「グルゥウグウオオォォーーーーッ!!」

「ちッ、うるさい怪物ね…………」


 フレアが溶岩龍に対峙しなおした。

 小声で詠唱を始める。


「ちょッ!? エ、エコベールゥッ!? お、お師匠さまが、お師匠さまが詠唱してるよぅ……ひぅぃッ!?」

「お、落ち着くのよ! 大丈夫! こ、この『赤の宝珠』さえあれば、大丈夫なんだからッ!」

「で、でもぉ……お師匠さまが詠唱してるってことは超級魔法(オーバード)だよ、絶対いぃ……」


 フレアが詠唱を終えた。

 半身になって片手で赤の魔女帽子を押さえ、もう一方の手で龍に向かって杖を突き出す。


(あまね)く燃え盛る、原初の炎に焼かれなさい!」

「あ、あの魔法はッ――」


 ピンク髪のエコベールが目を見開く。


常世遍く原初の炎(プロメテウスフレイム)ッ!」


 極彩色の炎が溶岩龍に纏わり付いた。

 音もなく燃え広がる(いびつ)なまでに赤い炎が、溶岩龍の体を燃やしていく。


「グギュルウアアァァーーーーッ!!」


 悲鳴が洞窟を揺らす。

 溶岩龍の鱗が真っ黒になって焼け落ちた。

 龍は苦痛にその巨体をのたうち回す。


「う、嘘ッ!? よ、溶岩龍が……燃えてるッ!?」

「だ、だから言ったじゃないかぁ……」

「溶岩龍の耐火性ってマグマのなかでも生きていけるほどなのよ!?」

「早くお師匠さまに謝ろうよぉッ」


 息絶えた龍が崩れ落ちた。

 巨大が横たわると同時にドスンと地面が揺れる。


「……あ、相変わらず無茶苦茶ね、お師匠さまッ! いえ、フフ、フレアッ! まさか溶岩龍を燃やしちゃうなんてッ」

「覚えておきなさいエコベール。いまの魔法は常世遍く原初の炎(プロメテウスフレイム)。この魔法の炎は、創世の世に人類の祖が神より賜わった炎よ」

「だ、だからなんだってのよッ!」

「……この炎はなんでも燃やすの。耐火性も防御も全て無視。たとえ大気が尽きようとも対象が燃え尽きるまで燃え続ける、遍く世の全てを無条件に燃やし尽くす炎なんだから!」

「くッ……なんて出鱈目なッ」


 フレアがふたりの子供に杖を突き付ける。


「さぁ降りてらっしゃい、貴方たち!」

「ふ、ふん! まだよッ、まだわたしは負けてないんだからッ!」


 エコベールが手に持った宝珠を掲げた。


「この赤の宝珠さえあれば、何回だって溶岩龍を喚べ――」

「うわぁ、すごい宝珠なんだねぇ! 見せてッ、ちょっと見せておくれよッ!」


 背後に現れたご不浄帰りの大家さんが、エコベールからヒョイと宝珠を取り上げた。


「――あッ!?」

「ひぃ、このおじさんいつの間にぃッ……」

「うひょー、ちょっと暖かいんだね! どうやって使うんだい? こうかなッ」


 大家さんが宝珠を高く持ち上げる。


「ア、アンタッ! それ返しなさいよッ!」


 エコベールが大家さんに纏わり付いてピョンピョンと飛び跳ねた。

 手を伸ばして宝珠を取り返そうとする。


「うひょッ!? うへぇッ!?」


 大家さんの手から宝珠がこぼれ落ちた。

 宝珠は岩場をカンカンと跳ねながら転げ落ちる。

 そして最後にはポチャンとマグマの海に落っこちた。


「あぁッ!?」


 エコベールは沈んでいく宝珠を呆然と眺める。


「ほ、宝珠が……」


 エコベールが崩れ落ちた。


「ご、ごめんねお嬢さん! そ、そうだッ。代わりにこれあげるよッ!」


 大家さんが飲みさしの缶ビールを差し出す。

 ピンク髪の少女は肩をプルプルと震わせながら缶ビールを見つめる。


「お、お嬢さん?」

「エ、エコベール……?」


 ハゲおやじと赤髪の少年が、一緒になって少女の顔を覗きこむ。

 少女は顔を上げ、キッと大家さんを睨んだ。


「おハゲのッ、バカーーーーッ!!」


 エコベールが大家さんを突き飛ばした。


「うひゃあッ!?」


 大家さんがゴロンゴロンと岩場を転がり落ちていく。


「ちょッ、まッ!?」

「お、お父さんッ!?」


 大家さんがマグマの海に向かって落ちていく。

 杏子が走り出した。

 俺も遅れて走り出す。


「うひゃッ!」


 大家さんが岩場のふちに手をかけた。

 何とかぶら下がる。


「――――やばッ」


 やばいッ。

 これはマジでヤバい。

 片手で岩場のふちにしがみ付いた大家さんの真下にはマグマの海が広がっている。

 大家さんにはビール腹を片手で支えるような握力はない。


「大家さんーッ! 缶ビールは捨てて両手でしがみ付けーッ!」

「ダ、ダメだよ虎太朗くん! ゴミはッ持ち帰らなきゃーッ!」

「いいから捨てろーー!」


 アホだ。

 つかなんつーマナーのいいおっさんだ。

 普段なら見習うべきマナーだが、それも時と場合による。


「うひぁッ!?」


 大家さんの掴んでいた岩がボロリと崩れた。

 片手に缶ビールを持ったまま、大家さんが重力に引かれてマグマの海に落ちていく。


「お、大家さああぁぁんッ!!」


 思わず絶叫した。

 マグマの海に大家さんのつま先が触れる。


「熱いッ!!」

「――詠唱破棄(スペルキャンセル)ッ―― 爆炎噴射(ジェットバースト)ッ!!」


 見上げればエコベールが魔法の杖を振っていた。

 大家さんのお尻の辺りからゴウッとジェットが噴射して、その身体をフワリと浮き上がらせる。


「うひ? うひょーーッ!?」

「うッ、浮いたーー!?」


 思わず叫んだ。


「くッ、このぉッ…………」


 ピンク髪の少女が額の汗を拭う。

 辛そうだ。

 ジェット噴射はすぐに燃料切れを起こした。

 プスプスと残りカスを噴きだして噴射が途切れてしまう。

 エコベールの魔力切れだ。


「うはーッ!?」


 再び大家さんがマグマの海に落ちていく。

 けれどもそのとき――


「お父さんッ、掴まってッ!!」


 杏子がマフラーを解いた。

 あんなに頑なに解かなかったマフラーをだ。


「もうッ、なし(でこ)ちゃんじゃなくてもいいッ! お父さんッ!」


 親子愛がキャラ愛を上回った瞬間だった。

 解かれたマフラーに大家さんがしがみ付く。


「杏子ッ、すまないッ…………」


 大家さんと杏子がふたりして涙を流している。

 目の前でよくわからない感動シーンが展開されている。

 正直ドン引きだ。


「はっ!? ナイスだ杏子ちゃん!」

「あっ、涼しいッ」

「最初の感想がそれかよ! つか協力して引っ張りあげんぞッ!」

「はいッ!」


 ようやく追いついた俺は、杏子と協力してなんとか大家さんを引っ張りあげた。


 岩場の上から俺たちを眺めていたエコベールとジョイが、ホッと胸を撫で下ろして尻餅をつく。


「ふぅ、あ、危ないところだったわねー」

「エ、エコベールが突き落としたりするからだよぉ……」

「つ、突き落とッ!? 人聞きの悪い言い方しないでよね! ちょっと押しただけなんだからッ」

「岩場の上からちょっと押したらダメだよぉ……」

「仕方ないじゃないの! つい押しちゃったんだから!」


 ――――スウッ


 ギャアギャアと騒ぎ合うふたりの背後から影がさす。

 ふたりの子供たちは恐る恐るうしろを振り向いた。


「……うふふ。覚悟はいいかしら、貴方たち」

「ひ、ひぃぅッ、お、お師匠さまぁ……」

「はわッ!? お師匠さまッ」


 抱き合いながら素っ頓狂な声をあげて震える子供たち。

 赤の大魔法使いフレアが楽しげに微笑む。


「お師匠さまぁ? あらぁ? 貴方たち、あたしのことは『フレア』って呼んでなかったかしらねぇ?」

「そ、それはエコベールだけですよぉッ……」

「ジョ、ジョイ! アンタ裏切ったわね!」

「最初から、無理やり手伝わされてただけじゃないかぁッ」


 醜く仲間割れをする子供たち。

 そんなふたりにフレアが杖を向ける。


「さあ、お仕置きよ。覚悟はいいかしら?」

「ひぃいんッ……ゆ、許して下さいッ、お師匠さまぁ」

「ふ、ふん! やるっていうのッ? 受けてたとうじゃないのッ!」

「あーら、強気ねエコベール? じゃあしっかりと抵抗(レジスト)なさい」


 フレアが杖を振るう。

 子供たちの足元がチュドーンと爆発した。




「それじゃあ改めてッ!」


 俺の掛け声に合わせてみんながグラスを掲げる。


「かんぱーいッ!」


 掲げられたグラスが重ね合わされ「チンッ」と音を鳴らす。


 ここはレノア大陸が誇る賢者の塔が一角。

 西方『煉獄の塔』――その塔の天辺(てっぺん)だ。


 遥か雲の先まで屹立した塔の頂き。

 周囲の景色は正に絶景。

 眼下を見渡せば雲海がまるで遮るもののない地平のようにどこまでも広がっている。

 赤い夕日に照らされ朱に染まった世界は幻想的ですらある。


 そんな絶景のなか、俺たちはゴザを敷き酒盛りを始めていた。


「んく、んく、んく、ぷはー!」


 日本酒をキュッと飲んで熱い息を吐く。

 どこまでも澄み渡る空の下。

 五臓六腑に染み渡る澄んだ酒のなんと旨いことか。


「つか一時はどうなることかと思ったぜ!」

「まったくだよ! つま先が消し炭みたいに燃えていたのはビックリしたよ、あはははッ」

「もうお父さんッ! 『あはは』じゃないでしょー」

「まあまあいいじゃないのアンズ。おハゲさんのケガも聖樹の葉で治ったんだから」


 俺たちは次々とグラスを空けながらガンガン飲みまくる。

 肴はさっき丸焼きにした龍の肉だ。


「うんまいねーッ、このお肉!」

「おうッ、ミディアムレアつーの? 焼き加減が絶妙だわ! さすがフレアだぜ!」

「うふふ、ありがと、お兄さん」

「ドラゴンステーキってやつなんですかねー。ちょっと硬いですけど赤身の旨味たっぷりです!」


 モグモグやりながらグビグビやる。

 しばらくそうして酒と肴を楽しんでいると、屋上から塔のなかに続く階段からふたりの子供が姿を現した。

 エコベールとジョイだ。

 ふたりの髪型はどちらもお仕置きの爆発に晒されてモジャモジャである。


 エコベールは手に持った剣をフレアに差し出した。

 美しい鞘に収められた蒼銀の剣だ。


「ふんッ、『氷剣(ひょうけん)ミストルティン』。宝物庫から持ってきたわよ」

「あら、ありがと」

「あ、お師匠さま。エコベールが塔に軟禁していた職員のみなさんも解放してきました」

「ア、アタシだけじゃないでしょ! 一緒に軟禁したじゃない!」

「そ、そんなことないよぉ……やったのはエコベールだよぉ」


 ふたりはまた言い争いを始める。

 こういうのもなんだかんだで仲がいいのかもしれん。


「ジョイ、職員のみんなはどんな様子?」

「は、はい……またエコベールの謀反かぁって笑ってました」


 なんでもエコベールがフレアに反発するのはこれが初めてではないらしい。

 ちょっと長く塔を不在にすると、直ぐに謀反を起こす不逞の弟子なんだそうだ。


「そう、それならいいわ。エコベール、剣を寄越しなさい」

「ふ、ふんッ」


 差し出された剣をフレアが受け取る。


「よしっと、これで目的は達成したわねー」


 フレアは手酌で日本酒をもう一杯注いで「くはーッ」と息を吐きながら飲み干した。


「いやいやまだだっつーの! 肝心のポーションをまだ飲んでねーじゃねぇか」

「あ、ポ、ポーションなら、ぼ、僕がお持ちしましたよぉ……」


 ジョイがオドオドとした様子で一歩前にでる。

 その両腕にはたくさんのポーションが抱えられている。


「おうッ! つか待ってましたーッ!」

「ひゃー!? それがポーションかい!?」


 たくさんのポーション瓶が並べられた。

 底が少し平らの、装飾された丸底フラスコみたいなガラス瓶だ。

 ポーション瓶は鮮やかな青や深い青紫の液体で満たされている。


「じゃあ早速、俺からいくわ!」


 試しにひと瓶開けて飲んでみる。


「んく、んく、んく、ぷはー!」

「ど、どうですか虎太朗さん。お味のほうは?」


 モコモコマフラーから解放されて、サッパリとした表情の杏子が問いかけてきた。

 興味津々の様子だ。


「おうッ、こいつはなぁ…………」


 一拍置いて反芻(はんすう)する。


 シュワシュワとした微発泡な喉ごし。

 舌に感じる僅かな苦味。

 スウッと鼻に抜ける爽やかな香り。


「虎太朗くんッ、ほら、勿体つけてないで」


 大家さんが俺を急かした。

 俺はクワッと目を見開く。


「おうッ、こいつは『トニックウォーター』だッ!」


 そう結論づけた。


「うはー、私もッ、私も飲むよー!」

「あ、お父さんずるい。私も飲みまーす」


 大家さん親子がポーション瓶を手に取る。

 ぐびぐびと喉を鳴らし瓶を空にしていく。


「あれ!? こっちのはグレナデンシロップを薄めたみたいな味わいだよ?」

「こっちはグレープフルーツジュースみたいな味ですー」


 俺が味わったものとは違う。


「つかポーションごとに味が違うのか? どうなんだフレア?」

「そりゃあ材料が違うんだから味も違うわよ。えっと……いま貴方たちが飲んだのはね、お兄さんが上級解毒ポーション、おハゲさんが特級回復ポーション、アンズがエリクサーね」


 なんか凄いもんを飲んでいた。


「そ、それ全部、僕が調合しました……」


 ジョイがモジモジし始めた。


「おう! これ全部アンタが作ったのか! つか凄えなッ」

「エッヘン! こう見えてもジョイは調合の天才なんだからッ!」

「ど、どうしてエコベールが威張るんだよぉ……」

「いいじゃないのッ、アンタはわたしの子分でしょー!」

「ち、違うよぉ……」


 なんとも仲のいいふたりだ。


「おう、とにかくポーションあんがとさんッ! じゃあ早速ポーション飲み会はじめんぞ!」

「はーい!」

「たぁのしみだねーッ!」


 焼酎ポーション割り。

 バーボンポーション割り。

 ウォッカポーションにジンポーション……

 思いつく限りの飲み方で宴が盛り上がっていく。




 気分がいい。

 なんというか体調が凄えいい。

 飲めば飲むほど体が軽くなるみたいだ。


「…………つか、これって」


 首を捻った。


「どうしたのお兄さん?」

「いや、なんかちょっとな……」

「あ、えっと……虎太朗くんもかい?」

「……おう、大家さんもか?」

「実は、私もです…………」


 ポーション飲み会が始まってしばらく。

 俺たち三人はある違和感を感じていた。


「どうしたのよ、貴方たち?」

「いやなんつーか……」

「なんつーか?」

「おう、なんつーか…………酔わん」


 そう、酔わない……酔わないのだ。

 普通酒ってのは飲めば酔うもんだ。

 フワッとして気分が軽くなり、細かいことがどうでも良くなる。

 軽い酩酊感(めいていかん)

 それは酒には付き物で必須なものだ。

 それがあるからこそ酒を飲むのは楽しい。

 なのに何故かその酩酊感が全く訪れない。

 むしろ飲めば飲むほどシャキーンとしてくるのだ。


「やっぱり虎太朗さんもですか? なんだか私も全然酔えなくて……むしろ調子よくなってきました」

「杏子もかい? 私もなんだよ。味は美味しいんだけどねぇ」


 三人揃って首を捻る。


「何を言ってるのよ貴方たち。そんなの当たり前じゃない」

「は? つか当たり前って何がだ?」

「考えてもみなさいな。貴方たちがいま飲んでるそれは回復ポーションに解毒ポーション。エリクサーまで飲んでるのよ?」

「…………あッ」


 言われて気が付いた。

 酒はまぁ言っちまえば毒だ。

 そして俺たちが飲んでるのはポーション。

 つまり俺たちは酒を飲むそばから、ポーションで酔いが覚めていたのだ。


「ぐおぉ……つかなんだよそりゃ!? そんなんありかーッ!?」

「え、どういうことだい虎太朗くん?」

「あ、そうか! 私もわかりました! 私たち飲んだその場で回復してるんですよー!」


 ダメだ。

 こりゃダメだ。

 ポーション飲み会は失敗だ。


「味だけ美味くても、酔えなきゃ意味ねーつのッ!」

「今さら何言ってるのよ? そんなの当たり前じゃない。……ヒック」

「あー!? フレアさんがひとりだけ酔っ払ってるー!?」

「つかだからアンタ、さっきからひとりだけポーション割り飲んでなかったのかよ! ズルいぞフレア!」

「な、なんだってー!? そりゃないよ、フレア殿ー!」

「あはははーッ、知らないわねぇそんなことッ……ヒック」


 なんつー奴だ。

 俺たちはギャーギャーと騒ぎ始める。

 なんだかんだで今日もドッタンバッタン大騒ぎだ。




 足元に再召喚の召喚陣が展開された。

 召喚陣が薄く輝きだす。


「あ、もう帰る時間ですねー」

「はぁー、楽しかったねぇ!」

「おう! ポーション割りはちっと残念だったが、美味かったし珍しい肉も食えたし、良しとするか!」


 尻についた埃を払って立ち上がる。

 続いて立ち上がったフレアをジョイが潤んだ瞳で見上げる。


「お、お師匠さま……また、いっちゃうんですか……?」


 ジョイがトコトコとフレアのそばに歩み寄った。

 赤い魔女服の裾を掴む。


「ええ、行ってくるわ」

「…………そうですか」

「ほら、ジョイ。男の子でしょ。しょんぼりしないの」

「だって…………」


 フレアがジョイの頭をサワサワと優しく撫でる。


「エコベール」

「な、なによ?」

「ジョイの面倒をちゃんとみるのよ?」

「ふんッ、言われなくても! お師匠さまがアタシたちの世話を放棄しても、アタシはちゃんとジョイの面倒を見るわよッ」


 エコベールがフレアの痛いところを突いてきた。


「ぐッ、あ、あたしにも異世界の平和を守るという使命があるのよ……オホホホ」

「ふん、どうだかッ」


 エコベールがツンとそっぽを向いた。

 向こうをむいて何かごにょごにょと言っている。


「だから…………さまも、はやく帰…………よね」

「え、何て言ったのー?」


 呟きは小さく聞き取れない。


「ふんッ、さっさと行っちゃえって言ったのよッ!」


 顔を赤くするエコベールを押し退けて、ジョイが初めてハッキリとした大声をだした。


「お師匠さまー、次はもっとはやく帰ってきてください!」

「そうよッ! はやく帰ってこないと、また塔を占拠しちゃうんだからッ!」


 召喚陣の輝きが増す。


「ええッ! ふたりともッ、帰ってきたらみっちりとシゴいてあげるわよッ!」

「ひ、ひぃぃん……」

「ふんッ、返り討ちにしてやるんだから!」


 塔に残るふたりの言葉が遠くなっていく。

 名残惜しげなふたりを残して、俺たちは再召喚の召喚陣に吸い込まれた。




 薄眼を開ける。

 どうやら俺はうつ伏せに倒れているようだ。


「お帰りなさいなのです!」


 薄ぼんやりとした意識のなか、シャルルの声が聞こえてきた。

 シャルルは待ちきれない様子だ。

 先に起き上がっていたフレアの元まで一直線に向かう。


「気が付いたかコタロー」


 頭上から声がした。

 辺りを見渡せばここはお隣さん家のリビングだ。

 大家さんも杏子も少し離れた場所で床に横たわっている。

 どうやら全員無事に戻ってこれたようだ。


「つかマリベルか……」

「うむ、お前も無事のようだな。安心したぞ」

「おう、っと……ただいま」


 頭を振って起き上がる。

 少しフラついた俺の手をマリベルが引いてくれた。


「それでコタロー。どうだったのだ?」

「おう、今回も滅茶苦茶だったぜ……」

「ふふ、そうか。楽しんだようだな」

「まーな!」


 シャルルを眺める。

 どうやらフレアから無事に宝剣を受け取ったみたいだ。

 シャルルは蒼銀の美しい剣をシャキーンと抜き、ブンブン振り回してはしゃぎ回っている。


「つか、ミッションコンプリートだな!」


 嬉しそうに笑うシャルルを見ていると、こちらまでなんだか嬉しくなってくる。


「そういえばコタロー」

「おう、なんだ?」

「お前、異世界帰りのわりには酔っ払っていないのだな?」

「ああ、それがなぁ……」


 ポーション割りのおかげで絶好調なんだよな。


「つか、その辺も踏まえて土産話してやるよ」

「そうか……ふふ、よい肴になりそうだな」

「さあ、飲み直しだ! マリベルも付き合え!」

「うむ、よかろう!」


 今度は酔っ払っちまうまで飲もう。

 俺はマリベルと一緒に、大家さんと杏子を起こしに向かった。




一万文字オーバーになってしまいました……

長すぎてすみません。

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