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57 お隣さんと異世界飲み会 煉獄の塔中編

 雲の合間から光が空に射しむ。


「うわぁ……すごい、すごい! (たっか)い塔だねぇ!」


 大家さんが跳ね回る。

 はしゃいだ拍子にハゲ頭がキラリと光を反射した。

 反射光をピンポイントで目に受けた俺はウッと(うめ)いて目を細める。


「まぶしッ……つかやっと着いたな!」


 俺たちの眼前、距離にして百メートルほどの先。

 そこに聳え立つのは天を貫くかのごとき大きな塔。

 これこそがレノア大陸四方の守護を司る賢者の塔のひとつ、西方『煉獄の塔』だ。


「はぁ、はぁ……暑ッ」


 遅れてついてきた杏子(あんず)が額の汗を拭う。


「でもなんとか着きましたねー」


 ゴツゴツとした岩だらけの、遮蔽物ひとつない赤茶けた大地を、俺たちはマグマの川を渡り空から燦々(さんさん)と降り注ぐ陽に照らされながら歩いてきた。

 もう汗だくだ。

 特に杏子はこんな猛暑のなかでもモコモコマフラーを巻いたままだ。

 滝のような汗を掻いて息を切らせている。

 ほんとこの娘は大丈夫なんだろうか。

 正直暑さであたまがやられているとしか思えん。


「しっかし、すっげぇ塔だな……」


 思わず見上げてしまう。


 塔は雲に突き刺さるように赤い大地から真っ直ぐに伸びていて頂上が見えない。

 外周もその高さに相応して大きく、まるで見上げる俺たちを威圧してくるかのようだ。


「なぁフレア。つかこの塔って何階あるんだよ?」


 うしろのフレアを振り返る。

 フレアは腕を組み、あごを引いた姿勢でなにかを考えていた。


「おうフレア? どうかしたのか?」

「…………えッ? あ、ああ、お兄さん、どうしたの?」

「いや、大したことじゃねーんだが……なんか考えごとか?」

「え、ええ、ちょっとね……多分だけど――」

「うッ、ひょーッい!」


 フレアの言葉が遮られる。

 大家さんが塔に向かって真っ直ぐに走り出した。


「わたしが一番乗りだよーッ!」

「あ、お父さん! 急に走ると転ぶよー!」


 杏子の制止もなんのそのだ。

 大家さんは「うっひょひょーい!」と奇声をあげながら走って行く。

 遠目からでもそのビール腹がゆっさゆっさと重たそうに揺れているのがわかる。


「もう、おハゲさーーん! 危ないわよー! もしかするとその先は――」


 ――――ボヨヨン


 大家さんがなにもない場所ではじき飛ばされた。


「ブベッ!?」


 押し潰されたような声をあげながらゴロンゴロンと転がる。


「ッ、お父さん!?」

「なんだ!? お、おう大家さん大丈夫か!?」


 大家さんに駆け寄る。

 跳ね飛ばされて大の字になった大家さんを眺める。

 特に怪我なんかはしていないようだ。


「つかいったい全体どうなってんだ、こりゃ?」


 大家さんがはじき飛ばされたあたりまで歩み出る。

 すると少し進んだ先でおかしなことが起きた。


「……は? なんだこりゃ」


 そこには壁があった。

 ある程度以上先に行こうとすると、まるで分厚いゴムのような空気の層に体ごと押し返されるのだ。

 俺は試しにその層をグイッと押し込む。


「う、うぉッ……と、とっと」


 反発力で押し返された。

 思わずたたらを踏む。


「なんだこりゃ? つか、とりあえずもう一回――」

「無駄よ、お兄さん」


 うしろからフレアの声がする。

 俺は空気の層から身を離してフレアの方を振り向く。


「無駄ってどういうこった?」

「フレアさんは、なにか知ってるんですか?」

「ええ、……塔の結界が張られているわ」

「結界、ですか?」

「そう。結界よ」

「つかフレア、なんでそんなもんが張られてんだ?」

「……どうしてかしらね? あたしにもはっきりとしたことは分かんないわ。見たところ魔物の襲撃を受けている様子もないみたいだし、もしかすると……」


 フレアが顔を俯かせて考え込む。

 珍しくちょっとばかり難しい顔だ。


「ッ、アイタタタタ」


 地面に大の字になっていた大家さんが、腰を押さえながら起き上がってきた。


「おう大家さん。大丈夫か?」

「ふう……うん、大丈夫だよ。それより、ねぇフレア殿。結界って? せっかくここまで来たのに、塔のなかには入れないのかい? そりゃあ、あんまりだよー」


 大家さんの眉尻が八の字に下がる。


「……いいえ、大丈夫よ。安心なさいなおハゲさん」

「というと?」

「実はこの塔にはね、あたしとそのほか数人しか知らない秘密の抜け道があるのよ。今回はそっちから入ることにしましょう」

「ほ、ほんとかい? よかったぁ」

「でもどうして……」

「私はねッ、一度秘密の抜け道を通ってみたかったんだよ!」


 俯いてアゴをひくフレアをよそ目に、大家さんが目を輝かせ始めた。


「おうフレア。それで抜け道っつーのはどこにあるんだ?」

「いまから案内するわ。またちょっと歩くことになるけど……こっちよ。さ、みんな着いてきなさいな」


 俺たちは先導されるままゾロゾロとフレアのあとに続いた。




「ついたわよ。あそこが抜け道」


 フレアが指し示す場所には大きな洞窟があった。


「えっとフレアさん。あれ、ただの洞窟みたいですけど……はぁ、はぁ」


 杏子は汗を流しはぁはぁと息切れしている。


「ええそう洞窟よ。あの洞窟の一番奥に、塔に続く隠し通路があるのよ」

「洞窟に隠し通路!? うっはー! なんだかまるでお宝探しの冒険みたいだねぇ!」

「おう! でも宝箱みつけても勝手に開けんなよ!」

「はぁ、はぁ……お父さんなら開けそー」

「それよりも貴方たち。いくわよー」


 はしゃぐ俺たちを残してフレアが歩き出した。

 俺たちも続いて洞窟のなかに入る。


「うっわ、こりゃあ(たま)んねぇな……」


 洞窟のなかは凄い熱気だった。

 遠くを覗いてみれば、入り組んだ地形のなかで赤く光る溶岩が流れているのが見える。


「こ、ここ歩いて……はぁ、はぁ……いくんですかー」

「ええそうよ。細くなってる道もあるから注意なさい。足を踏み外せば、マグマ溜まりに真っ逆さまよ」

「え!? えええー! そ、そんな恐ろしい洞窟なの、ここ!? やだぁ」


 杏子の腰が引けた。


「あたしに続いて慎重に歩けば大丈夫よ」

「ヒ、ヒイイィ、ほ、ほんとですよねッ?」

「大丈夫! 任せなさい杏子! いざというときは私が助けてあげるからね!」

「ヒ、ヒイィ……た、頼りにならないよー」


 杏子が俺の腕にしがみついてきた。

 汗でベトっとしている。


「お、おう、杏子ちゃん?」

「こここ、虎太朗さん……よ、よろしくお願いしますぅ」

「お、おう! つか任せろ!」


 なんだ可愛いとこあるじゃねーか。

 大家さんが所在なさげにこちらを見ている。

 大家さんには悪いが普段の行いの差だな。


「ほーら、貴方たちー! はやくきなさーい、おいてくわよー!」


 前を行くフレアが、振り返って手を振った。




 洞窟のなかはまるで迷路のようだった。

 立体的に重なり入り組んだ通路。

 三叉路に行き止まり。

 天然の橋の眼下を、マグマが(うね)りながら流れていく。

 広い通路もあれば、人ひとりがなんとか通れる道まで様々だ。


「はぁはぁ……あっついー」


 杏子が汗と一緒に呟きを漏らした。

 フラフラとして今にも倒れそうだ。


「おう、杏子ちゃん」

「はぁ、はぁ………は、はい?」

「やっぱりマフラーは外さねえのか?」

「も、もちろんですよー……はぁはぁ、外したらなし(でこ)ちゃんにならないって言ってるじゃないですかー」


 やはりか。

 たしか『コスプレは愛』だったか。

 いつか杏子が熱く語っていた言葉だ。

 俺にはよくわからんが、マフラーについてはもはや何も言うまい。


「おう、ならこれでも飲んどけ」

「これは? はぁはぁ……」

「こいつぁなぁ……冷えっひえのただの炭酸水だ!」


 本当はバーボンでも割ろうかと思って持ってきたものだが仕方ない。

 杏子のためだ。

 つかせめて水分補給くらいはしなきゃ、マジで倒れかねんからなぁ。


「あ、ありがとうございます、虎太朗さん!」

「おう! いいってことよ!」


 杏子は汗をぬぐいながら喉を鳴らして炭酸水を飲んだ。


「んく、んく、ぷはー! ……けっぷ。ふわぁ、生き返るー!」

「おう、も一本いくか?」


 そのとき、先を歩くフレアが立ち止まった。


「……気をつけなさい、敵よ!」

「あ、あれはッ!?」


 大家さんがフレアの前方を指をさす。

 そこにはプヨプヨとしたマグマ色の物体があった。


「あ、あれは!? ももも、もしかしてスライムかいッ!?」

「え、ええーッ!? か、怪物!?」


 杏子が俺の腕にしがみつく。


「うっひょー! キタ、キタ、キタ、キターーッ!」


 その奇声をキッカケにしたように通路の先から、ウジャウジャと蠢く粘着質な物体が姿を現した。

 脇道、壁面、天井の隙間……

 ありとあらゆる場所から大量に、染み出すようにだ。


「ちっ、数が多いわね……」

「お、おうフレア? あれは?」

「おハゲさんの言う通りスライムよ。……溶岩地帯に棲まうスライムの上位種――溶岩(ラヴァ)スライムね」

「ちょっ、ちょっと、モンスター出るんですか、この洞窟!? 聞いてないですよー!」

「キタキタキター! 溶岩(ラヴァ)スライム、キターーッ!」

「大丈夫よアンズ。あんな奴ら、あたしの敵じゃないわ。安心なさいな」

「そ、そうですか。よかったー」


 杏子がホッと安堵の息を吐いた。


「でも流石に数が多いわね……お兄さん、ちょっと時間がかかりそうだから、おハゲさんとアンズをつれて、後ろに下がっていてちょうだい!」

「お、おう! 任せろ!」


 ふたりをつれて安全圏まで後退する。

 振り返るとすでにフレアと赤いスライムの群れは戦いを始めていた。


「――詠唱破棄(スペルキャンセル)――  喰い尽くす火燕(クラッタースワローッ)!」


 炎の(ツバメ)が無数に洞窟内を飛び回り、溶岩(ラヴァ)スライムへと襲い掛かる。

 攻撃を受けたスライムが蒸発する。

 俺たちはその場にゴザを敷いて座り込み、いつも通り宴会を始めた。


「いやぁ、やっぱり本場のスライムはひと味違うねぇ。……あ、虎太朗くん。私には缶ビールもらえるかい?」

「本場のって、本場以外のスライム知ってんのかよ。つか大家さんも、ちゃんと水分補給もしとくんだぜ」

「あ、虎太朗さん。私にも缶ビールください。キンキンに冷えたやつ!」

「おう! まだ保冷剤溶けきってねえから、冷えてんぞー」


 手提げクーラーボックスから冷えたビールを三本取り出し、ふたりに一本ずつ手渡す。

 残る一本は俺のぶんだ。


「んじゃま、かんぱーい!」

「うん、かんぱーい!」

「乾杯でーす!」


 カコンとプルタブを上げて缶をぶつけ合う。

 冷たい缶に口をつけビールを一気に流し込む。

 キーンと冷えた感触が、喉を冷やしながら通りすぎ胃に流れ込んでいく。


「んく、んく、んく、……ぷはぁッ!」


 火照った体に冷たいビールが心地よい。

 全身くまなくキンと冷えたビールの旨さが染み渡る。


「くはぁ! たまんねーな、こりゃ!」


 見れば大家さんと杏子のふたりも、ぽわぁッとした笑顔でケップと息を吐いた。

 最高に幸せそうだ。


「――詠唱破棄(スペルキャンセル)――  煉獄の炎蛇(パーガトリースネイク)ッ!」


 フレアが魔法を行使した。

 燃え盛る巨大な大蛇が、大口を開けて溶岩(ラヴァ)スライムたちを飲み込んでいく。

 相変わらず凄え迫力だ。

 大蛇の身に纏う炎の熱が、離れて騒ぐここまで伝わってくる。


「いっけー! フレア殿ー!」

「しっかし暑いですねー。んく、んく、ぷはぁ!」

「あ、そうだ!」

「どうしたんですか虎太朗さん?」

「いいこと思いついたんだよ。杏子ちゃん、ちょっと背中をこっちに向けて首筋をだせ! うなじだ」

「え、えー!? こ、虎太朗さん、現役女子大生にうなじを見せろだなんて、セクハラで捕まりますよー?」

「ぶ、ぶはッ!?」


 思わずビールを吹いた。

 俺の吹き出したビールがはしゃぐ大家さんのハゲ頭に後ろから直撃する。


「なんだそりゃ!? 酷え言い掛かりだ!」

「ほんとですかー? はぁはぁ……」

「ほら、暑さで息切れしてんだろ。いいから黙って首筋をこっちに向けろ!」

「はぁい」


 杏子が背を向けて首筋の髪を持ち上げる。


「……お、おう。そそ、それでいいんだよ」

「あー! 何ですか今の間はー!? (ども)ったし、虎太朗さんがエッチなこと考えてるー!」

「ち、ちっげえよ!」

「嘘だー!」

「嘘じゃねえっつの!」


 ほんとはちょっとドキッとした。

 杏子のうなじにドキッとしちまうとは、なんつー不覚だ。


「それはもういいから! それよりほらよッ!」


 首筋にある物を放り込む。


「え? ――――ひえッ!?」


 杏子がビクッと身を震わせた。


「んなッ、ななな、何ですかこれー!?」

「おう! 保冷剤だ! マフラーの中にでも仕込んどけよ。ちったあ、暑いのもマシになんだろ!」

「も、もー、びっくりするじゃないですかー!」


 首筋の冷たさに驚いた杏子が胡乱(うろん)な目を向けてくる。

 でも少しすると急な冷たさにも慣れてきたようだ。


「はぁ、冷たくて気持ちいいー。ありがとうございます、虎太朗さん!」

「おう、いいってこった!」




 目の前では赤の女魔法使いフレアと赤いスライムの戦いが続いている。


 フレアは絶え間なく矢継ぎ早に魔法を行使して次々にスライムを打ち倒していくものの、スライムは倒したすぐそばから際限なく湧き出してくる。


「くッ、この! ――詠唱破棄(スペルキャンセル)――  喰い尽くす火燕(クラッタースワローッ)!」


 戦いは一向に決着する気配を見せない。

 やいのやいのと観戦しながら飲むビールも、これでもう三本目だ。


「つかちょっと手持ちのビールが少なくなってきたわ」

「あ、じゃあ私の持ってきたビールをクーラーボックスに入れてもらってもいいかい?」

「おう!」

「あ、チー鱈もう一袋あけますかー?」

「そうだね、杏子。あ、酢だこと裂きイカも一緒に開けちゃおうよ!」

「はーい」


 裂きイカ持ってきてんのか。

 だったら一味マヨネーズももってくりゃ良かったな。


 珍味を肴にビールを飲む。

 目の前には戦うフレア。

 遠くには流れる溶岩。

 こんなん早々味わえないシチュエーションだ。

 今日も酒がうまい。


 そうしていると、隣に腰を下ろした大家さんが神妙な顔をして呟いた。


「……これは、……ううん……マリベル殿か、いやシャルルちゃんでもいい。どちらかに居てもらいたいところだったね」

「お、おう。そりゃまたなんで?」


 やっぱ前衛的な意味合いで必要なんだろうか?

 フレアは超凄い魔法使いらしいが、前衛がいないと強力な魔法を詠唱する暇とかがないのかもしれん。


「なぁ大家さん、やっぱ前衛っているのか?」


 大家さんは訳知り顔でフレアの戦いを見守っている。

 さすがファンタジーオタクの中年だ。

 その横顔は年季の違いを感じさせる。


「……へ? 前衛? 何のことだい?」


 振り向いた大家さんと目が合った。

 ハゲ頭がピカリと光る。


「は? マリベルとかシャルルのことなんだが……つかいま、騎士の前衛がいればって言ったよな?」

「…………へ?」


 大家さんはポカーンとした顔をしている。


「ん? 違うんのか? つか、じゃあ何の話だったんすか?」


 なんか別の意図があったらしい。

 よく分からんから素直に聞いてみた。


「え? ああッ! その話かい!」

「お、おう……」

「前衛とかじゃなくて、ちょっと考えてごらんよ虎太朗くん。相手はスライムだよ、スライム! ここはやっぱり女騎士の出番じゃないか」

「お、おう……?」

「嫌がる女騎士! まとわりつくスライム! 苦悶の表情を浮かべる女騎士! 騎士の体を這い回るスライム! 溶けた鎧! 女騎士の羞恥に染まり上気した桃色の頰――」

「さ、さいってー! お、お父さん、最ッ低ー!」


 最悪だ。

 このオッさんはやっぱり最悪だ。

 発想が終わってやがる。

 もはや救えねーレベルだ。


「なにを言うんだい杏子!?」

「さいってー!」

「これはね、男の浪漫なんだ! 鎖に繋がれた女騎士! 溶けた鎧から覗く肌を必死に隠そうとするマリベル殿――じゃない、女騎士!」

「あー! いまマリベルさんって言ったー!? お、お父さんがマリベルさんで変なこと考えてるー! もうやだー、こんなお父さんなんか死んじゃえー!」

「な、なにを言うんだい杏子! これは男なら普通のことなんだよ! ね? わかるよね、虎太朗くん!」


 大家さんが無茶振りしてきた。

 正直ちょっとわかるものがあるが、そんなことは絶対に言わない。


「わ、わっかんねーつの!」

「あ、いま(ども)ったね虎太朗くん! なんならシャルルちゃんでもいいんだよ! なにより女騎士であることが大切なんだから!」

「シャ、シャルッ!? 絶対に帰ったらお母さんに報告するからね! 禁錮百年の刑でも知らないんだからー!」

「お、大家さん、アンタ!? シャルルはいくらなんでも――」

「おっと、そんなことより虎太朗くん、杏子! フレア殿が何か言ってるよ!」


 フレアが溶岩(ラヴァ)スライムと戦いながら何かをこちらに叫んでいる。

 なんか必死の形相だ。

 大切なことかもしれん。

 フレアの声に耳を傾ける。


「ちょっと、貴方たちーッ!」

「お、おう! なんだー?」

「あたしのぶんのビールも残しておきなさいよー!」


 さして大切な話でもなかった。


「了解だ! つか退治が終わるのはいつ頃になりそうなんだッ?」


 フレアが少し考える素振りを見せる。

 だがその間もスライムに魔法を撃ち込む手は休めないんだから大したもんだ。


「もう面倒だから、広範囲魔法を行使するわ! 暑いし、あたしも早く冷えたビールが飲みたいし!」

「な、なんだってー?」

「じゃあ、いまから十秒後に広範囲に魔法を放つわよ! お兄さんたちは早くこの場を、もっと遠くまで離れなさいなー!」

「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「洞窟が崩れたらごめんなさいねー、オホホホ!」


 なんかフレアがえらいことを言い出した。


「ちょ、ちょっと!? フレアさんの目が座ってますよー!? い、急いで逃げないとー!」

「うっひょー! どんな魔法がくるんだい? たぁのしみだねー!」

「おう、そんなこと言ってる場合じゃねーだろ大家さん! 早く逃げんぞ! てか、あの女魔法使いも暑さで頭がやられたんじゃねーのか!?」


 俺たちは酒と肴をもって、一目散にこの場を離脱する。

 大慌てだ。


「さん……にぃ……いちッ……、いっくわよーッ!」


 フレアが手に持った杖を大きく胸の前に突き出した。


「業火に焼かれて一匹残らず消え去りなさいッ! ――詠唱破棄(スペルキャンセル)―― 灼熱の焼け野が原(バーニングバーストルイン)ッ!」


 フレアを中心に極太の火柱が立ち上った。

 火柱はその高さを広さへと変じながら効果範囲にあるすべてのものを焼き尽くしていく。


「うわッ、つか、あっつ! なんじゃこりゃーッ!? マジでやばいっつの!」

「うっはぁーーッ! すごい、すごいよッ!」

「お、お父さん、いいから早く走って! うしろを振り向いちゃッ、ダメー!」


 俺たちはあわを食いながら、必死に走ってフレアの魔法から逃げた。




「んく、んく、んく……」


 目の前で赤い魔女のトンガリ帽を被ったフレアが、ゴクゴクと美味そうに喉を鳴らしてビールを煽る。


「ぷはぁー! お兄さん、もう一本よ!」

「へい、へい」


 クーラーボックスからもう一本のビールを取り出して差し出す。

 受け取ったフレアはプルタブをカコンと引き上げ、再び美味そうにビールを煽った。


「フレア殿、フレア殿! すんごい魔法だったね!」


 大家さんが興奮を隠さずに話しかけた。

 フレアは二本目のビールをグイッと煽り、ひと息ついてから大家さんに向き直る。


「さすが大魔法使いフレア殿だッ!」

「うふふ。ありがと、おハゲさん」

「ほんとに凄い威力の魔法でしたねー。でも巻き込まれるかと思いました。いまでも私たちの命があるのが不思議なくらいですよー。ほんと怖かったんですから!」


 杏子がぷーッと膨れっ面で抗議をする。


「あら、あらあらごめんなさい。でもちゃんと範囲の制御はしていたのよ?」

「……まったく。ホントかよ」

「あら、信用ないのね、あたし?」

「んなこたぁねーが……つか威力ありすぎじゃねーのか、さっきの魔法は?」


 先ほどまでフレアが戦っていたあたりに目を向ける。

 そこでは広い通路全体が壁や天井まですべて赤黒く焦げ付き、プスプスと煙をあげていた。

 溶岩(ラヴァ)スライムもすべて(すす)けて、焼き尽くされたようだ。


「そりゃあさっきのは、あたしが詠唱破棄で放てる魔法のなかでは、最上位のひとつだもの。威力は抜群よー……あ、アンズ。こっちにもチー鱈ちょうだいな」

「ってそこまでの魔法を放つ必要があったのか?」

「ええあったわね。火耐性の高い溶岩系のモンスターを炎でまとめて焼き殺すんだから、これくらいしなきゃ」

「そうなのか?」

「そうなの。それにスライムってああ見えて結構強いのよ?」

「あ、それ知ってます! 私がよく読んでる『小説家みまごう』ってサイトだと、スライムって大概ボスモンスター級だったりするんですよー」


 よくわからんが、そんなもんか。

 てっきり俺は、フレアがビール飲みたいからオーバーキルしてさっさと終わらせたのかと勘ぐっちまったぜ。


「つかそれより、もう結構飲んだしそろそろ先に進まねえか?」

「ええそうね」


 フレアがビールをグイッと飲み干した。

 空いた缶を受け取る。

 ちゃんとゴミは持ち帰らないとな。


「おう大家さん! そろそろ出発すんぞー!」


 焼け焦げたスライムを指でつついていた大家さんに声をかける。


「うん! いまいくよー」


 俺たちは再びフレアの先導のもと、連れ立ってゾロゾロと歩き始めた。




 歩き始めてから結構な時間が過ぎた。

 もう小一時間ほども歩いただろうか。

 あの後も何度かモンスターに遭遇することはあったが、溶岩(ラヴァ)スライムの群れほどの難敵に遭遇することはなく、姿を見せたモンスターはその都度フレアが瞬殺した。

 俺たちは立ち止まることなく洞窟を奥へ奥へと歩く。


「そろそろ終点よ」


 先を歩くフレアが振り返らずに言った。


「ほら、そこの開けた空間を通り抜ければゴール」


 視界が開ける。

 フレアの言葉の通りに俺たちは、揃って広い空間へと躍り出た。

 高い天井に広い床。

 左右にマグマ溜まりが展開する広い一本道の空間だ。


「うわぁ、広いところですねー」

「なんつーか、凄え化けもんでも襲ってきそうな空間だな」

「ラスボス!? いるのかい、ラスボス!」

「ふ、不吉なことを言わないで下さいよー」


 大家さんの目が輝いた。

 杏子が身を竦ませるそばでフレアが苦笑する。


「もう、貴方たち。この空間にはモンスターなんていないわよ。さ、隠し通路まで――」


 ――――ゴゴゴゴゴゴ


 そのときフレアの声を遮るようにして地響きが鳴り響いた。


「え、なに!? 何ですかーッ?」

「うっはー!? 何か起こるのかいッ?」


 杏子と大家さんがまったく同じタイミングでキョロキョロと辺りを見回す。

 ふたりの表情は対照的だ。


「お、おうフレア!? これはッ?」

「…………もしかして、…………あの子たちの仕業?」


 フレアが考え込む。


「――グルゥグアアアァァァーーーーッ!!」


 広い空間に物凄い雄叫びが反響した。


「あ、あれはッ!?」


 俺はデッカいマグマ溜まりを指差す。

 そこから姿を現わす何かがいる。


「………………溶岩龍(ラヴァドレイク)


 フレアが呟いた。


 俺たちの視線の先。

 そのマグマ溜まりから地響きと共に姿を現したものは、赤く光りを放つ灼熱の鱗をもった四足歩行のバカデカい龍の怪物だった。




イラストのご担当が決まりましたー

冬空実さまになります!

超うれしいッ

双葉社Mノベルズより、九月末ごろの刊行予定になります

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