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54 お隣さんとゴーヤチャンプルー

 ――トン、トントン


 お隣さん家のキッチンに小気味のよい音が鳴り響く。

 包丁でまな板を叩く音だ。


「おう、そうやってゴーヤーを半分に切って、なかの種なんかを取り除く」

「こ、こうなのですか?」

「そうそう、つか上手ぇじゃねーか!」

「え、えへへ……そんなでもないのですよー」


 キッチンに立つのは小さな女騎士シャルル。

 そしてシャルルに料理を教える俺だ。


「しっかし立派ないいゴーヤが手に入ったなぁ」

「ですねー、アンズさんには感謝なのです!」

「だなぁ……お、そこで木綿豆腐と豚肉を投入だ」


 いま作っている料理は『ゴーヤチャンプルー』。

 沖縄の代表的な料理だ。

 特徴的苦みで好き嫌いこそあるものの、ビールや泡盛と一緒にやりたいうまい肴だ。


 シャルルが食材を刻む。


「――ッ、あうッ!?」

「お、おう、シャルル! 大丈夫かッ!?」

「ぁッ、つつつ……だ、大丈夫なのです。ちょこっと指を切っちゃっただけなのですよー」

「つか、ちょっと見せてみろ!」


 シャルルの指をみる。

 切り傷ができてはいるものの、言う通りたいしたことはなさそうだ。

 俺は「ふぅ」と安堵の息をついてから、シャルルの指に絆創膏を巻く。


「……ありがとうなのです、コタローさん」

「おう、気にすんな!」

「……やっぱり剣と包丁は扱い方がちがうのですねー」

「つかまぁ、そりゃそうだろ」


 絆創膏を巻き終わる。


「うっし、これでよし! 次からは気をつけねーとな!」

「はいなのです!」


 とはいったものの、巻いた絆創膏はこれでもう四本目だ。


「……がんばっておいしいの作るのです」

「気合い入ってんなー。でも怪我だけには気をつけるんだぜ?」

「はいなのです。おいしいお肴を作って、お姉ちゃんに日頃の感謝を伝えるのです!」


 シャルルがふたたびキッチンに向き合った。




「おう、つか待たせたなー!」

「お待たせしましたのですー!」


 お隣さん家のコタツ部屋――といっても、もうコタツがないから『元コタツ部屋』。

 そこではコスプレ女子大生の杏子(あんず)と女悪魔ルゼルが仲良く酒を飲みながら、ゴーヤチャンプルーができあがるのを待っていた。


「よッ、待ってましたよー!」

「…………美味しいの、できた?」


 ふたりが飲んでいる酒は沖縄の泡盛『八重泉(やえせん)』だ。

 先の連休で杏子が沖縄は八重山地方まで遊びに行ってきたお土産である。

 ふたりはこれまた沖縄の豚の耳料理『ミミガー』をちょっとした酒のアテにして、ちみちみと泡盛を楽しんでいた。


「おう、うんまいのできたぞー!」


 うまそうに酒を飲むふたりにまざって、俺とシャルルも新調した座卓を囲む。


「え、えへへ……ちょっと自信がないのです」


 そんな風にいいながらも、シャルルはなんだか得意げだ。

 首筋をかきながら照れる仕草が年相応に見えて可愛らしい。


「さ、みなさん。どうぞ食べてみてくださいなのです!」

「はーい、いっただっきまーす!」

「…………ん、いただく」


 杏子の箸がゴーヤチャンプルーに伸びた。

 ルゼルの箸もそのあとに続く。


「もぐ、もぐ、もぐ……」

「……んぐ……んぐ……」


 ふたりがゆっくりとゴーヤチャンプルーを咀嚼する。

 ゆっくり味わってモグモグ、ゴクン。


「……ど、どうなのでしょうか?」


 緊張の面持ちでシャルルが尋ねた。

 ふたりがシャルルの顔をみつめる。


「――ッん、おいっしー! ゴーヤのしゃきしゃきした食感に苦み! お豆腐や玉子の優しい味付け!」

「…………うま、……にがにが、うまうま」

「これおいしいですよー、シャルルさん! んくんくんく、ぷはぁ! お酒がおいしくなる苦みー」

「…………にがにが、うまうま」


 シャルルの表情がぱあッと華やいだ。




『それじゃあちょっと、お姉ちゃんを呼んでくるのです!』


 そういってシャルルは、リビングで剣の訓練をする女騎士マリベルの元へと向かった。

 残された俺たちは元コタツ部屋でまったりしながらシャルルが戻るのを待つ。


「あむ、あむ……おいしー! やっぱり暑くなってきたらゴーヤですよねぇ」

「おう! つか、杏子ちゃんは苦いの平気なんだなー」

「もっちろん大丈夫です! そんな子供舌じゃないですよー」


 ぱくぱくと肴をつまむ杏子の額には玉のような汗が浮かんでいる。


「……それはそうと暑いですねぇ」


 汗がだらだらと流れ落ちる。

 なんつーか、すげぇ暑そうだ。


「つか、……おう、杏子ちゃん」

「は、はい? なんですか?」

「……なんでそんな、モコモコしたでっかいマフラー巻いてんだ?」


 季節はもう初夏だ。

 俺はさっきから疑問に思っていたことを聞いてみた。


「えぇ!? これ、知らないんですかぁ? ほんとにもぉう、虎太朗さんったらぁ?」


 突っ込み待ちをしていた杏子が嬉しそうな顔をした。


「お、おう……つか、もう酔ってたのか、……なんかすまん」

「よ、酔ってませんよッ!」


 杏子が咳払いをする。


「これはコスプレなんです!」


 立ち上がってクルッと一回転。


「『ぬる燗凸』のなし(でこ)ちゃんなんですよー!」

「へぇ、最近はそういうのが流行ってんのか」

「おもしろいですよーぬる燗凸」


 杏子が熱く語り出す。

 額に汗を浮かべて泡盛臭い息を吐きながら熱く語るその姿は、でっかいマフラーのせいもあってか非常に暑苦しい。


「――――というアニメなんですよー」

「……お、おう、そうか……」


 なんでもでっかいモコモコマフラーを巻いた可愛らしい女子○生たちが、寒いなかわざわざ遠くまで出かけて、野外でぬる燗をつけて身体を温めるアニメらしい。


「なんつーかそれ、熱燗のほうがいいんじゃねーか?」

「わかってないですねーコタローさんは。ぬる燗だからいいんじゃないですかー」


 そんなもんか。

 正直よくわからん。


「…………うま、……にがうま……」


 俺と杏子は他愛もない話に花を咲かせる。

 その隣ではルゼルがひとり、黙々とゴーヤチャンプルーを食べていた。




 ――――ガチャッ


 元コタツ部屋のドアが開かれた。

 そこからふたりの女騎士が連れだって顔を出す。


「ただいま戻りましたー。お姉ちゃんを呼んできたのですー!」

「おう、おかえり!」

「なんだお前たち。もう始めていたのか」


 シャルルがマリベルの手を引く。


「はやく、はやく! お姉ちゃんはこっちなのです!」

「こ、こらシャルル。そんなに慌てずとも――っとシャルル。その指はどうした!?」


 マリベルがシャルルの指の包帯に気づいた。


「な、なんでもないのですよー! それよりお姉ちゃんはここに座ってください!」

「う、うむ」


 マリベルが腰を下ろす。

 被ったサークレットを外して腰の剣を床におく。

 その隣にシャルルが座った。


「おう、お疲れマリベル。飲み方どうする?」


 八重泉の三合瓶を掲げる。


「ふむ、ではロックでもらおうか」

「よしきた」


 キラキラと光を反射する琉球グラスに氷をみっつ落とす。

 カランと音を奏でたグラスに泡盛をタプタプと注いでいく。


「つか、カラカラでもあれば、もうちっと雰囲気も出るんだがなぁ……っとほらよ」


 マリベルが泡盛を受け取る。

 のどでも乾いていたのだろうか、一気にグラスを傾けてその酒を飲み干した。


「んく、んく、んく……ぷはぁ!」

「いい飲みっぷりじゃねーか! ほら、もっぱいいけいけ」

「ああ、すまんな!」

「マリベルさーん、ミミガーも美味しいですよー」


 マリベルが八重泉を煽りミミガーをつまむ。

 一口飲んで一口食うたびにほわぁって顔をしやがる。

 すげえ幸せそうだ。


「……コタローさん、コタローさん」


 シャルルが耳打ちしてきた。


「……そろそろ、出番なのですよ」

「……おう、そうだな」


 今日のメインディッシュ、――ゴーヤチャンプルー。

 この肴はシャルルがマリベルの日頃の労をねぎらうべく俺に教わりながら作った肴ではあるのだが、シャルルはそのことをマリベルには内緒にして欲しいといった。


『コタローさん、コタローさん』

『おう、どうしたシャルル?』

『このゴーヤチャンプルーなのですけど、お姉ちゃんにはコタローさんが作ったことにしてもらいたいのです』

『それは構わねーが……なんでまた?』

『え、えへへ。演出なのです! つまり――』


 ゴーヤチャンプルーを食ってうまいと吠えるマリベル。

 さすがはコタローだな、と感心するマリベル。

 そこに「えへへー、じつはわたしが作ったのです!」とやりたい、と。

 つまりは、そういうことだ。


 へっ、まったく……

 カワイイとこあんじゃねーかシャルルは。


『おう、つか任せとけ!』


 俺は胸を叩いて請け負った。




「おう、マリベル! ミミガーもいいがな、こんな肴もあるんだぜ?」


 俺は満を持してゴーヤチャンプルーを差し出した。

 杏子とルゼルには事前にちゃんと口裏合わせはしてある。

 シャルルはさっきからそわそわしっぱなしだ。


「ほう、寡聞にして知らぬ肴だな……なんだそれは?」

「これはな、『ゴーヤチャンプルー』だ」

「ゴーヤチャンプルー……」

「おう、うんめぇぞー! 俺が作った自信作なんだが、とにかくまぁ食ってみてくれ!」


 マリベルの箸がゴーヤチャンプルーに伸びた。

 緑色した三日月型のゴーヤをつまみ上げる。


「……ふむ、鮮やかな緑だな。まぁお前の作る肴だ。そうそう間違いはあるまい」


 マリベルがつぶやく。

 つか、ずいぶん信頼されてんだなー俺。


「では、いざっ!」


 マリベルがゴーヤを口に含んだ。

 もぐもぐと咀嚼する。

 シャルルのそわそわはもう最高潮だ。


「――それで、それで、お姉ちゃん……どうなのですか?」

「お、おう?」


 つか、それ聞くの俺の役割じゃなかったっけか?

 シャルルがフライングしてマリベルに問いかけた。

 マリベルがギギギと首を回して、クワッとシャルルに目を剥く。


「そ、それで――」

「なんだこれは……うまッ――――くなーい!」


 シャルルが目を丸くする。


「…………え?」

「まったく旨くない! ひと口頬張ると口内を蹂躙するこの苦み! 飲み込んだあとも口の中に残るこのえぐみ! とうてい人の食べるものとは思えん!」


 マリベルが吠えた。


「……お、お姉ちゃん? お、おいしくないので――」

「まずいッ!」


 シャルルの言葉を斬って捨てる。


「コタロー、お前! こんなものを肴に出すとはどういう了見だ!」

「お、おいマリベル……そのへんにしと――」

「まさか、……まさかお前に毒を盛られようとは……事と次第によってはゆるさんぞッ!」


 元コタツ部屋が静まりかえった。

 誰もがマリベルの一挙手一投足に注目する。


「どうしたコタロー!」

「……お――」


 シャルルが震える。


「申し開きもできんかッ?」

「……お、おね――」


 小さな女騎士が涙に濡れた顔を上げた。

 シャルルのその様子に、ようやくマリベルが気づく。


「む? どうしたシャルル?」

「……お、おね、お姉ちゃんの――」

「まさか、な、泣いているのか!? なにがあったッ!?」

「お姉ちゃんの、バカアアアアーーーーーッ!」


 シャルルの叫びが木霊した。


「――シャ、シャルルッ!?」

「うええぇ、お姉ちゃんのバカー! おたんこなすー! アル中騎士ー! うぇッ、うえええぇぇッ……」


 シャルルは泣きながら部屋を飛び出した。


「――お、おいッ」


 マリベルはその背中に中途半端に手を伸ばす。

 シャルルの背中が遠くに消えた。


 元コタツ部屋に沈黙が訪れる。


「つか、マリベル……アンタってやつは……」

「あーあ、やっちゃったー」

「い、いったいなにが――」


 マリベルが呆然とする。


「…………んぐ、んぐ……にがうま……にがうま」


 黙り込んだ俺たちの耳に、ゴーヤチャンプルーをつまむルゼルのつぶやきだけが届いた。




 翌日のこと。

 マリベルは酒をもって、おそるおそるシャルルに話しかけた。


「シャ、シャルル? ほら、この日本酒。お前も好きだろう? 一緒にどうだ? な?」

「ふんッ、ツーン、なのです」

「……ん、んあぁ」


 そのまたあくる日のこと。

 ふたたびマリベルはシャルルに話しかけた。


「お、おいシャルル? 旨い蛍イカの沖漬けが手に入ったのだが――」

「ツーン、なのです」

「……ん、んああぁ」


 来る日も来る日も声をかけるマリベル。


「おい、シャルル? ……んあッ」

「なぁ、シャルル? ……んあぁッ」


 シャルルはツーンとむくれて取り合わなかった。


 そんなことが何日も続いたある日、マリベルが隣の俺ん家へとやってきた。

 マリベルは玄関に正座をして座り込み、背筋をピンと伸ばしている。


「コタロー、……頼みがあるッ!」

「……おう、マリベル。つかなんだ、藪から棒に」

「一生のお願いだ! 頼む、聞いてくれッ!」


 マリベルが膝に手をあてて頭を下げた。

 俺はそんなマリベルの様子に「ふぅ」とため息をつく。


「……つか、シャルルのことか?」

「……………………ああ」

「やっぱりそうか」


 マリベルは頭を下げたままだ。


「頭を上げろ、マリベル」

「……頼みを、頼みを聞いてくれるのかッ?」


 少しの静寂――

 目の前の女騎士は頭を下げ続ける。

 俺は応えた。


「おう! 当たり前だっつの! そんで、俺は何をすりゃいいんだ?」


 マリベルが頭を上げる。

 沈痛だった表情がわずかばかり緩む。


「おう! つか、なんでもいってみろ! なんでも聞いてやる!」

「コ、コタロー……すまんッ、感謝するッ……」

「いいってことよ! なぁ、それより俺はなにをすりゃいいんだ?」

「ああ、それはだな……」

「それは?」

「コタロー、頼むッ!! 私に『ゴーヤチャンプルー』を食わせてくれッ!」


 マリベルの瞳がかたい意志を映し出す。


 ――ここに特訓の幕が開けた。




 汗を拭いながらフライパンを振る。


「ヘイッ! ゴーヤチャンプルーいっちょ上がりッ!」

「うむ! それではいざっ!」

「おう、絶対に残さず食えよッ!」

「――――ッ、にがっ……カッ、カハッ!?」

「ッ!? 気絶してやがるッ!? マリベル! マリベルーッ!!」


 あくる日も。


「ゴーヤチャンプルー五人前あがりッ!」

「ん、んあッ、……こッ、このボリュームはッ!?」

「おう、残さず食えよッ!」

「――――にがッ、だが負けん! 私は負けんぞッ!? うおおおぉッ!!」

「こ、呼吸がとまって!? お、おうッ、しっかりしろマリベルー!!」


 ゴーヤーに打ち負かされ続ける敗北に色褪せた日々。

 それでもマリベルはあきらめようとしない。

 その想いに応えるため、俺は腕がぱんぱんになるまでフライパンを振るい続けた。


 そして、そんな俺たちを見守る小さな人影が――




「シャルルッ! 私に、……私にゴーヤチャンプルーを作ってくれ!」


 マリベルが叫んだ。

 ここはお隣さん家の元コタツ部屋。

 お隣さんメンツが勢揃いしている。


「――頼むッ、シャルル!」


 マリベルが頭を下げる。

 俺はそんなマリベルに助け船を出す。


「……おぅシャルル。作ってやってもいいんじゃねーか?」

「あたしもなにがあったか、話は聞いてるわ……作っておやりなさいなシャルル」

「ん? なんの話じゃ?」

「…………ゴーヤチャンプル、食べたい」


 シャルルがマリベルを見つめる。

 マリベルは黙ってジッと頭を下げ続ける。

 やがて、根負けしたかのようにシャルルがつぶやいた。


「……んもぅ、わかったのです。一回だけなのですよ?」




 俺はシャルルとともにキッチンに立った。


「おう、シャルル! 火加減は中火だ中火。いつも最大火力はやめろッ!」

「……そ、そうなのでした」


 俺の指示に従いながら料理を進める。

 着々とゴーヤチャンプルーが仕上がっていく。


「――っとそこでゴーヤーを投入だ!」


 俺がそう指示すると、シャルルは冷蔵庫からすでに仕込み済みのゴーヤーを取り出した。


「あれ? さっき切ったゴーヤーは使わねーのか?」

「……はいなのです。こっちのゴーヤーを使うのです」


 つかなんだ。

 ゴーヤー切って用意してたのか。

 ということは、シャルルも最初っからマリベルにゴーヤチャンプルーを作ってやるつもりだったっつーことか。

 俺は姉妹騎士の絆に少しばかり胸が熱くなった。




 正座をし、神妙に瞳を閉じて待つマリベルの前に、熱々の湯気をあげるゴーヤチャンプルーが届けられる。


「……どうぞ、お姉ちゃん。『ゴーヤチャンプルー』なのです」

「……………………うむ」


 マリベルが神妙な面持ちで箸を持ち上げる。


 ――――ゴクリ


 誰かののどが鳴った。

 つかもしかすると俺ののどかもしれん。


 マリベルがゴーヤチャンプルーに箸を差し入れ、ゴーヤーをひとつ摘まみ上げる。

 摘まみ上げたゴーヤーを目の前まで持ち上げる。

 マリベルは鮮やかな緑色した三日月色のゴーヤーをジッと眺めた。


「あやつは何をジッとしとるのじゃ?」

「…………さあ?」


 女吸血鬼と女悪魔が首を捻った。


 実のところをいうと、マリベルは最後までゴーヤーの苦みを克服しきることはできなかった。

 だが、もう手持ちのゴーヤーも底をつき、八百屋さんにもゴーヤーの買い占めを(たしな)められてしまったため、渋々だが訓練をあきらめざるをえなかったのだ。


 マリベルは最後のチャンス――この実食に、すべてをかけて臨んでいる。


(……おう、がんばれ、マリベル!)


 俺は拳をギュッと握りしめて、マリベルを見守る。

 マリベルの頬を一筋の汗が伝った。


「――――いざ、まいるッ」


 マリベルがゴーヤーを口に放り込んだ。

 モグモグと咀嚼してゴクン。


 静寂が元コタツ部屋を包み込む。

 時を止めたようなその世界のなか、俺は意を決してマリベルに尋ねた。


「……お、おう。……どうだ、マリベル」


 マリベルがギギギとこちらを振り向く。


「……う」

「う?」


 クワッと目を見開いて高らかに、響き渡るように声をあげる。


「うまーーーいッ! なんだこの咲き乱れるような様々な味の饗宴は! しっかりと下味のついた豚肉に素材本来の味を活かしたまろやかな豆腐と玉子の風味! そのまろやかさにピリッと効いた胡椒の刺激が絶妙だ! そして何よりも語るべきはゴーヤー! シャキシャキとした軽快な食感のゴーヤーの、ほんのわずか、舌にほんのわずかばかり感じる程度のその苦みが料理全体の味わいを特徴的なものにし、尚且つ食欲をそそらせることにも一役買っている!」


 胸の奥からこみ上げる感動がある。

 最後まで戦い抜いた騎士のその姿に体が震える。

 俺は声を詰まらせながらマリベルに声をかけた。


「ッ、おうッ、マリベルッ! やった! やったじゃねーかッ!」

「ああッ! やった、……やったぞ、コタローッ!」


 見ればシャルルも胸の前で手を合わせ、喜びの表情を浮かべている。

 涙ぐんでいるのだ。


「お、お姉ちゃん! 美味しいのですか!? ほんとに、ほんとに美味しいのですか!?」

「ああ、シャルル! うまいッ、ッ旨い! お前は、お前は天才だッ!!」

「お姉ちゃん!」

「シャルル!」


 俺は目頭を熱くさせ、感動に打ち震えた。

 そんな俺の隣にフレアが並ぶ。

 フレアは目の端に浮かんだ涙を拭いながら言葉を紡ぐ。


「……よかった、よかったわねぇ、シャルル」


 そんな様子に俺は引っ掛かるものを感じた。

 小声で尋ねる。


「おう、フレア。なんかあったのか?」

「……うふふ、マリベルには内緒よ?」

「お、おう」

「えっとね、……お兄さんとマリベルが必死に特訓している間、あの子もひとりで頑張ってたのよ」

「頑張ってた? つか、何をだ?」

「…………ゴーヤーの苦み抜き」


 ――その言葉にひらめくものがあった。


 そうか。

 先ほど冷蔵庫から取り出したゴーヤー。

 切り立てホヤホヤのゴーヤーを使わずに、準備してあったゴーヤーを使ったのはそういうことか!

 胸が暖かくなる。


「まったく……つか、人騒がせな姉妹ゲンカだぜ!」

「うふふ、まぁいいじゃないお兄さん。だってほら、見なさいなあのふたりを」


 その言葉に視線を姉妹騎士に向けた。


「どうぞなのです、お姉ちゃん! 泡盛なのですよー!」

「旨いッ! 旨いぞシャルル! なんて旨い肴だッ! ははッ、あははは!」


 楽しげな、最高に楽しげなふたりだ。

 俺の目が楽しげな様子のふたりを映し出す。

 その視界の端ではハイジアがキョトンとした顔をしていた。

 ルゼルは黙々と肴をつまんでいる。


「おう! 妬けるじゃねーかおふたりさん! 俺もまぜろ!」


 そういって一歩を踏み出す。

 ウハハと笑いながら、俺もみんなの輪のなかに飛び込んだ。




ちなみに自分はゴーヤー苦手です!(・∀・)


あ、新連載はじめました!

もしよければ↓↓↓のリンクからどうぞー

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