53 お隣さん家の妖精たちと吸血鬼
玄関を開けると大家さんがいた。
「やあ虎太朗くん。おはよう!」
「……おーぅ……はよっす、大家さん」
俺はつい今しがた起きたばかりだ。
まだ頭がシャッキリとしていない。
「ふぁあ、……つか、どうしたんだ? こんな朝っぱらから」
「いやね、ちょっと手伝って貰いたい事があるんだけど、いま大丈夫かな?」
「おーぅ、いいっすよぉ、ふぁぁ」
「そうかい? ありがとう、助かるよ!」
頰をパンと叩いて眠気を飛ばす。
「うっし、目が覚めた! そんで大家さん、俺は何をすればいいんだ?」
「うん。じゃあちょっと、マンションのエントランス前まで来てくれるかな?」
エレベーターに乗り、エントランスに向かう。
そこには一台のトラックが止まっていた。
トラックの荷台には袋詰めされた土が、山と積まれている。
「おう、大家さん。つか、こりゃ何だ?」
「見ての通り『土』だよ!」
「そりゃ見りゃ分かるんだが……この土をどうするんだ?」
「うん。この土を召喚陣のあるリビングまで運ぶのをね、手伝って欲しいんだよ」
「……うへぇ、まじかー」
見たところ、土は4tトラックの荷台にてんこ盛りだ。
ぶっちゃけこれを、ろくに運動もしていない酒飲みのおっさんがふたりで運ぶのは無理があるだろう。
「おう、大家さん。つかちょっと、マリベルあたりを叩き起こしてくるわ」
「……やっぱり、私たちふたりじゃ無理かな?」
「おう、無理だな」
俺は早々に手伝いを諦めた。
マリベルを起こすとシャルルも一緒について来た。
事情を話すと女騎士たちはドンと胸を叩いて「この程度の荷運びくらいお安い御用だ!」と言いながら、あっという間に山のような土をリビングに運び込んでしまった。
頼もしいヤツらだ。
「それで大家殿、この土をどうするのだ?」
マリベルが体についた汚れをパンパンと払い落とす。
「いや、私も頼まれただけで、どうするかまでは知らないんだよ」
そんな会話をしていると、妖精族の姫アロマがお付きの妖精や近衛妖精を従えてパタパタと飛んできた。
先頭を舞うアロマの羽は、相変わらず見事なまでにキラキラと輝いて美しい。
「あら、仕事が早いのですね、おハゲのあなた」
「うん、これが頼まれた土だよ。それでこれをどうするんだい」
「こうするのですよ。さ、オードリュクス」
オードリュクスが一歩前に出る。
「お願いできますか?」
「承知いたしましたアロマ様。では少しお下がり下さい。……おい、ヒト族の貴様らも、巻き込まれたくなければ下がれ」
言われた通りに下がる。
オードリュクスは瞳を閉じ、精神を集中させ、ほにゃほにゃと詠唱を始めた。
「――膨れ上がる大地!」
オードリュクスが叫んだ直後、土が袋を破りながら猛然とした勢いで膨張を始めた。
「お、おおうッ! つか、なんだこりゃー!」
「うはぁ! 凄い凄い! すっごいねぇッ!」
瞬きする間にも見る見る土の嵩が増していく。
土はまるで大地のようにリビングに広がり、一部が隆起して小高い丘になった。
「……ふぅ、こんなものか」
出来上がったのはサッカー場がひとつふたつスッポリと収まるほどの広い大地だ。
オードリュクスが額の汗を拭う。
「見事です、オードリュクス。褒めて差し上げましょう。流石はわたくしの剣」
「ははッ! 粗野な俺などには過分に過ぎる勿体なきお言葉!」
オードリュクスはアロマに向かって片膝をついた。
「さて、次は……ハピネス」
「はい!」
「お願いできますか?」
「勿論ですとも、アロマさまー!」
ハピネスは近衛妖精たちに花の種子を配る。
妖精たちが空を舞い、種を蒔いていく。
「それじゃあいきます! えーい、植生促進!」
パタパタと羽を動かして空に浮かんだハピネスが「えいやー!」と掛け声を掛けながら杖を振る。
その度に大地のあちらこちらからポン、ポポンと花が咲き、新緑の葉が伸びる。
「まだまだいくよー! そおれッ!」
「お、おうふッ! 凄い、凄いよ!」
大家さんがハピネスに倣って「そーれ!」と杖を振る仕草をする。
目をキラキラ輝かせて凄え楽しそうだ。
「アロマ様! 任務完了です!」
赤茶けた大地はもう、すっかり彩り豊かな一面の花畑だ。
ハピネスがアロマの元へと舞い降りる。
「見事ですハピネス。随分と住み良い環境になってきましたね」
「ありがとうございます!」
ハピネスはビシッと敬礼した。
「それでは最後の仕上げは、わたくしが行いましょう」
アロマはまるで重さを感じさせない素ぶりでフワッと浮き上がり、出来たばかりの小高い丘へと飛んでいく。
その後ろに妖精たちがパタパタと続く。
「オードリュクス、『聖樹のたね』をこちらへ」
「はっ!」
受け取った聖樹のたねをアロマが手放すと、種は薄い光を放ちながら丘の頂上に吸い込まれた。
「光よ」
アロマから後光が差す。
妖精の姫は直視出来ないほどにピカーッと目映く輝いた。
大家さんのハゲ頭がピカリと光を反射する。
「お、おう、……つか、なんだありゃ!」
種からニョキニョキと樹が育ちはじめる。
あれよあれよという間に、丘の上には、太い幹をもち、青々と豊かな葉を茂らせる大樹が現れた。
「ふう、なかなかの出来栄えですわ」
アロマが満足気に微笑む。
「お姉ちゃん、見ましたか? す、凄かったのです!」
「ああ、確とこの目に焼き付けたぞ。妖精族の楽園創造……実に見事だ!」
アロマが妖精たちを従えて俺の元までやってきた。
女騎士姉妹はリビングの向こうの方で剣の訓練をしている。
大家さんは帰宅後だ。
「ヒト族のあなた」
「ん? どうした?」
「わたくしたちは暫くの間、こちらに滞在することにしました」
「おう、そっか。つかアンタ姫さんなんだろ? 帰んなくても大丈夫なのか?」
「問題ありません。妖精郷デ=オードランドはわたくしが居らずとも、わたくしの母、女王ジュエルが統治しておりますので」
へえ、女王さまとかいんのか。
なんか酒も美味いつってたし、いっぺん行ってみたいな妖精郷。
「つきましてはヒト族のあなた。あなたは毎日一本ずつ、わたくしに桂花陳酒を献上なさい」
妖精たちはよっぽど桂花陳酒が気に入ったようだ。
「おう、別に構わねーぞ!」
「うふふ、愚昧なヒト族の割に、あなたは物の道理を弁えていますね。褒めて差し上げます」
「お、おう、あんがと……よ?」
「では、こちらからも対価を払いましょう。わたくしはヒトの金銭は持ちませんが……そうですね。桂花陳酒一本の対価として『聖樹の葉』一枚を与えることに致しましょう」
「……なッ!? アロマさま! ヒト族ごときに聖樹の葉を与えるなど――」
アロマが手をかざしてオードリュクスを制する。
「良いのですよ、オードリュクス。聖樹の葉はヒト族ごときには過ぎたるもの。ですが、桂花陳酒にはそれだけの価値があると、わたくしは判じます」
アロマが俺に向き直る。
「それで良いですね、ヒト族のあなた」
「おう、構わんぞ。つかな、見返りに葉っぱ一枚とか、そんなしみったれたもんも、別にいらねーぞ?」
「――きっ、貴様ッ!? 聖樹の葉をしみったれただと!?」
「良いのですよ、オードリュクス」
ハピネスがパタパタと飛んできて、俺の肩に座る。
「お、おう? なんかあのちびっこいのが興奮してるみたいだが……実は凄えのか? その葉っぱ」
「聖樹の葉はねー、煎じて飲むと生命力が全快するんだよー。病気も治るし、ヒト族風に言うと、えいちぴーとえむぴー満タンで状態異常も治しちゃう感じ!」
「マ、マジかッ!?」
なんか凄えもんだった。
「まあ、対価云々は置いといて、早速、桂花陳酒を一本持って来てやるよ。つか今日のぶんだ!」
俺は妖精たちに背を向ける。
すると酒棚へと向かう俺の背にアロマが声を掛けてきた。
「お待ちなさい、ヒト族のあなた」
「ん、どうした?」
俺は首から上だけで振りかえる。
「どうもこの近辺に、怪物が棲み着いているようです」
「怪物だぁ? 召喚陣から魔物でも出てきたか?」
「……世にも恐ろしい怪物です。何を隠そう、わたくしたちも昨日遭遇しました。ヒト族のあなた、もしその怪物に遭遇したらわたくしを頼りなさい。保護して差し上げましょう」
怪物か……
まぁお隣さんたちに掛かればチョチョイのチョイだろうが、一応警戒だけはしておくか。
「おう、あんがとさん! じゃあ、酒取ってくるわ!」
「ええ、気を付けてお行きなさい」
俺は今度こそ妖精たちに背を向けて、リビングの出口に向かって歩き出す。
するとリビングの扉に身を隠すようにして、こちらを覗き見ている女吸血鬼ハイジアと目があった。
「おう、ハイジアじゃねーか! そんなコソコソして何やってんだー?」
大きな声でハイジアに手を振る。
「ば、馬鹿もの! 貴様、そのように大声を出すでない!」
「はあ? 何言ってんのか聞こえねーよ。つかもうちょっと大きな声で喋ってくれ!」
「こッ、この愚か者が!」
ハイジアがなんか慌ててやがる。
つってもまぁハイジアのことだ。
大したことじゃないだろう。
それよりもちょっと思い付いた。
ハイジアをアロマたちに紹介してやんねーとな。
「おう、アロマ! そう言えば紹介がまだだったよな! コイツはハイジア――」
俺は妖精たちを振り返る。
すると妖精たちはてんやわんやの大騒ぎで、宙を駆け回っていた。
そして妖精姫アロマは、ハイジアを指差しつつ「ひぃぃ! か、怪物ッ!」と漏らし腰を抜かしている。
アロマは叫んだ。
「ヒ、ヒト族のあなた! お逃げなさいッ! そ、それなるは恐るべき吸血鬼の中でも伝説に謳われし怪物、最上位吸血鬼の真祖吸血鬼なのですよ!」
「どうしてこうなったのじゃ……」
ハイジアが項垂れる。
「お、おう。そんな凹むな、な?」
俺はそんなハイジアを慰める。
「わ、妾は凹んでなどおらぬ! ちょとッ、……ちょっと元気がないだけ、いや元気なのじゃ! ……はぁ」
明らかに空元気だ。
ハイジアはキッチンにしゃがみ込み、床に指で「の」の字を書いている。
「で、どうしたんだ?」
「……昨夜な、妾は妾手ずから妖精ども歓迎してやろうとアヤツらの元へ向かったのじゃ」
「ほうほう」
「別に妾は怖くないのじゃぞ? ん? いややっぱり偉大で怖いのじゃが、……怖いのかえ?」
ハイジアが上目遣いで俺を見る。
「つか、話が進まねーから怖くないことにしとけ」
「う、うむ、了解じゃ。……別に妾は怖くないのじゃがな? 妖精族のアヤツらは妾の顔を見るなり、大慌てで身を隠しよったのじゃ……」
「おう……ビビられてんなぁ」
吸血鬼って妖精からしたら怖いんだろうなぁ。
つか、俺からするとこんなチンチクリンのお子さま吸血鬼なんざ、怖くも何ともねーんだが。
「……貴様、今なにか不敬なことを考えたかえ?」
「んなこたぁ考えてねーよ。つか、それよりもだなぁ――」
それよりもどうやってハイジアと妖精たちを仲良くさせるか。
「…………はぁ、なのじゃ」
ハイジアはションボリしている。
ふむ、そうだな。
俺は一計を案じた。
所変わって再びリビング。
俺は黒王号の馬小屋に身を潜めて成り行きを見守っていた。
リビングに出来た小高い丘の聖樹のふもとには、ハイジアと妖精たち。
ハイジアが桂花陳酒を片手に、ソロリソロリと妖精たちに近付いていく。
ハイジアのもう片方の手にはクレープが握られている。
俺がひとっ走り街まで買いに走ってきたクレープだ。
買ってきたクレープはホイップクリームたっぷり、果物たっぷりの激甘クレープ。
これと桂花陳酒で妖精たちを釣ろうという作戦だ。
ハイジアは妖精たちを驚かさないようにソーッと近付いていく。
その様子は野良猫にエサを上げようと近づくかのようである。
妖精たちは及び腰になって今にも逃げ出しそうだ。
(つか、がんばれハイジア!)
俺は心の中で声援を送る。
ハイジアが桂花陳酒をグラスに注いで妖精たちに差し出した。
辺りに甘い金木犀の香りが立ち込め、妖精たちの体がビクリと震える。
(あ、ひとり釣れた!)
おっかなびっくりとした態度でひとりの妖精が前に出る。
目を凝らしてみるとその妖精は、妖精族十英傑の五位、樹術剣士オードリュクスだった。
オードリュクスは完全に引けた腰でビクビクとしながら桂花陳酒のグラスに近づく。
(つかそこだ! ハイジア、話しかけろ!)
俺の念が通じたのかハイジアがオードリュクスに話しかける。
「……の、のう、貴様――」
オードリュクスはビクッと体を震わせる。
あわわっと慌てて桂花陳酒の注がれたグラスを持って一目散にとって返す。
ついでにそのとき、針のような細い剣でハイジアの鼻の頭をひと突きしていった。
ハイジアが「あいたッ!」と言って鼻を抑える。
「……う、うぅ、痛いのじゃ」
ハイジアは涙目だ。
だがハイジアはまだ諦めない。
今度はもう片方の手に持ったクレープを差し出して妖精をおびき寄せようとする。
(おう、また釣れやがった!)
クレープの甘い香りにつられて、ひとりの妖精がフラフラと飛び出してきた。
熱に浮かされたような表情のその妖精は、妖精族十英傑の七位、旋風のハピネスだ。
ハピネスには制止するアロマの声も届いていない。
ハピネスがクレープに近づく。
ハイジアがハピネスに声を掛ける。
「……わ、妾と一緒にクレープ――」
ハピネスがハッと目を覚ました。
我に返ったハピネスは大慌てでクレープを奪ってみんなの元へとって返す。
その際ハピネスは手に持った杖でハイジアのおでこをゴチンとひと叩きしていった。
「あいたッ!」
ハイジアがおでこを押さえて涙目になる。
(ハ、ハイジア……なんつー不憫な)
どうやら作戦は失敗したようだ。
ハイジアが情けない顔をしながら俺の隠れる馬小屋を振り返る。
俺は振り返ったハイジアに頷き返した。
作戦の第一段階は失敗だ。
これより第二段階に移行する!
俺は黒王号の馬小屋の中でゴソゴソと着替える。
黒王号が俺を見ながら「ブヒヒン?」と首を捻った。
俺は目と口の箇所に穴の空いた白いシーツを被る。
作戦第二段階の骨子はこうだ。
妖精たちはハイジアを恐ろしい怪物だと思っている。
そこで白いシーツを被った俺がハイジアに襲い掛かる。
なす術なく俺に叩き伏せられるハイジア。
妖精たちはこう思うだろう。
『あら、この吸血鬼、案外恐ろしくも何ともないんじゃないかしら』
そしてそう思わせればこっちのもんだ。
あとは一緒に酒でも飲めばもう仲良しだろう。
作戦の成功を半ば確信しながらシーツを羽織る。
準備万端整った俺は、勢いよく馬小屋を飛び出した。
「がおーッ! おう、悪い子はいねがーッ!」
俺は辺りをキョロキョロ見回す。
そしてハイジアに狙いを定め襲い掛かった。
「ぎゃおー! つか、悪い吸血鬼めー、おしおきだべえッ!」
「あー、れー! お助け、なのじゃー!」
俺はハイジアを組み伏せながら妖精たちをチラッと見遣る。
しめしめだ。
バッチリこっちを見てやがるぜ。
「あー、れー! これは、敵わん、のじゃー!」
ハイジアの素晴らしい演技が炸裂した。
「……オードリュクス、あれは何をしているのでしょうか?」
「申し訳ございませんアロマ様。俺にも分かりかねます」
「なんかちょっと楽しそうですねー」
「油断してはいけませんハピネス。あんな恐ろしい吸血鬼のすることです。きっと身も凍るような悪の所業に違いありません」
妖精たちが一芝居を打つ俺たちをガン見する。
そろそろハイジアのことを侮り始めただろうか。
俺は頃合いをみて、ハイジアにトドメを刺す。
「ぐははー! まいったかー、この吸血鬼めー!」
「あー、れー! やられた、のじゃー!」
ふふん、完璧だ。
完璧過ぎる演技だ。
俺とハイジアはニヤリと含み笑いをする。
もしかすると俺たちには、役者になる才能があるのかもしれん。
――そのときリビングの召喚陣が光を放ち始めた。
召喚陣は急速に輝きを増し、ボワワンと煙を放ち魔物を召喚する。
「ッ、ちょッ!?」
召喚陣の上には蛇の魔物がいた。
見上げるほどに大きなその魔物は河の神、蛟だ。
蛟は辺りをキョロキョロと見回すと妖精たちを目ざとく見つけ、その巨体には不釣り合いなほどの素早さでリビングの床を這い、妖精たちに襲い掛かった。
召喚を見慣れていない妖精たちは、何が起こっているのか把握すら出来ずにポケーッと突っ立っている。
「ハ、ハイジアッ!」
「ッ、分かっておる!」
ハイジアの体が黒い霧となって搔き消える。
直後、蛟の頭上に姿を現したハイジアは思い切り振り被った拳を、蛟の脳天目掛けて振り下ろす。
「な、なんじゃとッ!?」
ハイジアの強烈な一撃が空を切った。
一部地域では神にすら祀られる怪物、蛟。
コイツは生半な相手ではない。
蛟はハイジアの一撃を躱した勢いそのまま、妖精姫アロマに迫る。
大きな口を目一杯開いて、近衛妖精ごとアロマを一飲みにせんと襲いかかる。
「シャアアァァァーーーーッ!!」
「ッ、そうは、させんのじゃーッ!!」
ハイジアが蛟とアロマの間に割って入った。
蛟の鋭い牙がハイジアの体を貫く。
「ぐッ、ぐはぅッ!」
ハイジアが血を吐いた。
蛟は忌々しげにハイジアを睨む。
ハイジアは呆然としたままのアロマに向けて叫ぶ。
「何を呆けておるのじゃ! 貴様、早う逃げいッ!」
「あ、あなた……」
ハッと我に返り意識を取り戻したオードリュクスとハピネスが、近衛妖精と共にアロマを護りながら避難していく。
蛟は丸太のように太い胴体でハイジアを締め上げた。
「く、くあぁッ!!」
ハイジアが苦痛に呻いた。
「ハイジアーーッ!!」
畜生ッ!!
ハイジアが!
俺はハイジアを助けようと、一目散に蛟の元に駆ける。
「く、来るでないコタローッ!」
ハイジアが俺を制止した。
「で、でもハイジア! アンタ、血がッ!?」
「く、くくくッ、舐めるでないぞ下郎が、妾を誰じゃと思うておる……」
ハイジアの体から黒い靄が立ち込める。
黄金の瞳に煌煌と輝きが灯る。
ハイジアを拘束する蛟の、その蛇の体がミシミシと音を立てて軋みをあげる。
「ギ、ギュアッ!?」
「ッ、妾は夜魔の森の女王ハイジアじゃ! この程度の拘束で妾を縛れると思うてかッ!!」
ハイジアが蛟の体を掴んで力一杯左右に引き裂いた。
「ブジャァ゛ァァーーーッ!!」
真っ二つに引き裂かれた蛟の体から血の雨が降る。
河の神蛟は断末魔の悲鳴を上げて血の海に沈んだ。
「ほれ貴様、妾が酌をしてくれるのじゃ」
「良いでしょう、お注ぎなさい」
真祖吸血鬼ハイジアが妖精姫アロマに桂花陳酒を注ぐ。
「妾から下賜された酒じゃ、味わって飲むのじゃぞ? ふははははー!」
「うふふふふ。吸血鬼ごときがこの妖精姫アロマにお酌が出来るのです。これは滅多にない光栄なことなのですよ?」
ふたりは仲がいいんだか悪いんだか分からないような掛け合いをしながら酒を飲んでいる。
どっちも何だか楽しそうだ。
「わ、私は最初っから怖がってなんかなかったわよ?」
「む? お、俺もだ」
ハピネスとオードリュクスがそう言って強がる。
俺はそんなふたりのグラスにも桂花陳酒を注ぐ。
「おう、嘘つけ! つか、アンタらビビりまくりだったじゃねーか!」
はははと笑う。
「な、何を!? ヒト族ごときが、この俺を愚弄する気か!」
「……え、えっとー。正直言うと私はやっぱりちょっと怖かったかなぁって。あ、でも、今は全然怖くないよ!」
何にせよ、みんな仲良くなれて良かった。
やっぱり飲み会メンツは仲良い方が酒が旨い。
「つか、アンタももう平気みたいだな、アロマ!」
「何のことでしょうか。わたくしは何かを平気でなかったことなど、全く何も、これっぽっちもありませんが」
「おう、そうか、そうか!」
俺はハイジアを横目でみる。
妖精たちと仲良く酒を酌み交わすハイジアは絶好調だ。
怖がられてショボくれてた様子など、もう微塵も感じられない。
「つか、ホント良かったぜ。魔物に襲われたのは怖かっただろうが、結果オーライだわ!」
「あの程度の魔物、何も恐ろしくはありませんでしたよ。というよりも、わたくしに恐れるものなど何もありはしません」
アロマは高飛車な様子で澄まし顔だ。
「おう! じゃあ、もうひとりも大丈夫だな!」
「……もうひとり?」
アロマが首を捻る。
「つか、実はな――」
俺が口を開こうとしたとき、リビングの扉が開かれひとりの人物が入ってきた。
その人物は酒盛りを楽しむ俺たちの所まで、トコトコと歩いて来る。
「…………宴会、私も混ざりたい」
「おう、ちょうどいいとこに来た。実はいま丁度アンタのことを話題に出そうとしてたんだよ」
俺は寄って来たその色っぽいねーちゃんを紹介する。
「おう、コイツはルゼル! 何だっけ、アレだ! たしか悪魔王の――」
「ひぃッ、ひぃぃ!」
悲鳴に振り返る。
すると妖精たちはてんやわんやの大騒ぎで、宙を駆け回り、妖精姫アロマは、ルゼルを指差しつつ「ひぃぃ! か、怪物ッ!」と叫んで腰を抜かしていた。




