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51 お隣さんと初鰹のたたき

「大家殿、この木材はどちらへ運べば良いのだ?」

「えっと、じゃあその板は、シャルルちゃんに渡してもらえるかい?」

「うむ、承知した」


 お隣さん家のリビング。

 そこでは今日も、馬小屋を建てるための大工仕事が行われていた。

 建てる馬小屋は二棟。

 二角獣(バイコーン)の黒王号と、一角獣(ユニコーン)のユニの為の馬小屋だ。


「……よっと、そらシャルル、受け取れ」

「ありがとうなのです、お姉ちゃん!」


 トンテンカンと釘を叩く音が響き渡る。

 トンカチを振るうのは大家さんとシャルル。

 そして重さのある木材の運搬担当がマリベルで、残りの細々とした資材の運搬担当は俺だ。


「つかまぁ、素人の日曜大工でも、それなりに(さま)になるもんだなぁ」


 馬小屋を眺めながら呟く。

 出来上がりつつある馬小屋は、二棟とも通常よりも一回り大きい。

 どちらも二角獣(バイコーン)の黒王号に合わせたサイズなのだ。

 黒王号は象の様に立派な体躯を誇る巨大馬なので、通常の馬小屋サイズだとどうしても狭苦しくなる。

 ユニの方はそこまで大きくもないのだが、だからといって差別化するのも何だろうし二棟とも同じ大きめサイズだ。


「まぁそこまで本格的な馬小屋という訳でもないからねぇ」


 俺の呟きを聞きつけた大家さんが、トンカチを振るいながら応える。


「それでもユニも黒王号も嬉しそうなのです!」

「うむ。この殺風景な広いリビングで、身を隠す場所もないのでは落ち着かなかっただろうからな」

「ほら、二頭ともあんなに嬉しそうにじゃれあって走り回っているのですよー」


 パカラッパカラッと蹄の音を響かせながら走り回る二頭に目を向ける。


「お、おう。……つかあれ、じゃれあってんのか?」


 逃げる黒王号をユニが追い回し、額から生えた見事な一本角を黒王号のケツにぶっ刺して遊んでいた。

 俺は二頭を眺めながら苦笑いをする。


「おう、ユニー! あんまり黒王号苛めんなよー!」


 ユニは俺のかけた声に「ヒヒーン!」と嘶いて応えた。

 けれども変わらずに黒王号を追いかけたままだ。


 苦笑いを深くする俺の視界の隅で、リビングの扉が外側からガチャリと開かれた。

 そこから買い物袋を手に提げた女性が入ってくる。

 顔を出したのは大家さんの娘のコスプレ女子大生、杏子(あんず)だ。


「皆さーん! 精が出ますねー!」

「おう、杏子ちゃん。いらっしゃい!」

「こんにちは、虎太朗さん。皆さんもこんにちはー」

「アンズさん、こんにちはー」

「ふむ、アンズか。よく来た!」


 杏子が手に持った買い物袋を掲げる。


「お父さんに頼まれていた差し入れを買ってきましたよー」

「お、ありがとう杏子」

「ビールと日本酒で良かったですか?」

「うん、それで大丈夫だよ。じゃあみんな! キリのいい所で手を止めて休憩といかないかい?」

「おう、酒っすか? いいねー!」

「私もちょうど喉が渇くと思っていたところだ!」

「じゃあわたしも頂くのです!」


 俺たちは作業の手を止め、リビングの床に座り込んで酒盛りをはじめた。




 大家さんが手に持った缶ビールのプルタブを、カコンと軽快な音を立てて開けた。

 缶を傾け、ゴクリゴクリと喉を鳴らす。


「んく、んく、んく、ぷはぁあ! やっぱり体を動かした後のビールは最高だね!」

「大家殿は、相変わらず良い飲みっぷりだな!」

「うーん、ビールか日本酒か……わたしも今日はビールにするのです!」

「私はやっぱり最初っから日本酒ですねー」

「おう、つか俺も日本酒だ。日本酒のヤツはグラスを出せ!」


 シャルルが缶ビールに手を伸ばす隣で、マリベルと杏子が俺にグラスを差し出す。

 俺は二人のグラスに日本酒をなみなみと注いだ後、自分グラスにも酒を注いで、一息に飲み干した。


「んく、んく、ぷはぁー!」


 五臓六腑に酒が染み渡る。

 動いた後のビールは確かに最高だが、日本酒だって負けてはいない。

 周囲に目を向ければ、みんなも旨そうに喉を鳴らして酒を楽しんでいる。


「そういえば杏子。肴は買ってこなかったのかい?」


 グビグビ飲んで一息ついた大家さんが、缶ビールを床に置いて問いかけた。


「あッ!? 忘れてました! ごご、ごめんなさいー!」


 杏子が広げた両手を顔に当てる。


「どうしましょう……って、お摘まみないと困りますよね。ごめんなさい、私ひとっ走り行って買ってきます!」

「まぁ待てアンズ」


 腰を浮かせた杏子をマリベルが制する。


「お前はいま腰を落ち着けたばかりだろう。買い出しなら私が行ってこよう」

「あ、お姉ちゃんがいくなら、わたしも一緒についていくのです!」


 二人の女騎士が立ち上がろうとする。

 しかしまたもやそれを、俺が制した。


「ちょっと待てアンタら。俺がいい肴を持っている」

「……ほう、いい肴だと?」

「ああ、この時期が旬の最高の肴だ」

「そ、それは一体何なのですか……」


 口を閉じたみんなの視線が俺に集まった。

 黒王号を追い回すユニの蹄の音だけが広いリビングに木霊する。


「それで、それで虎太朗くん。その肴って?」

「おう! つかこの時期旬の魚、初鰹を使った『初鰹のたたき』だ!」




「おう、お待たせ!」


 リビングの床に大皿を並べる。

 大皿には何本ぶんものたたきが並べられている。

 ひとっ走りして自分チの冷蔵庫から取ってきた肴だ。


 初鰹のたたき。

 皮側から炙られたその肴の内側には鮮やかな赤身が覗く。

 少し甘酸っぱい俺秘伝のタレをかけて、ネギ、しょうが、にんにく、茗荷(みょうが)、しそといった主張の強い薬味をてんこ盛りにしてある。

 皿の底にはこの時期、最高に甘くて旨い新タマネギだって敷いてある。


「こ、これはなんとも……」


 マリベルが口の端から涎を垂らした。

 早くも少し呆け気味なその女騎士の口元を、小さな女騎士シャルルがハンカチでそっと拭う。


「これは日本酒に合いそうな肴だねぇ」

「ああ、つか身の赤が鮮やかな、いい初鰹がいっぱい手に入ったんだわ」

「これは……私も今日はビールはやめて、日本酒にしようかなぁ」

「おう、それがいいっすよ!」


 俺はグラスをひとつ手に取り、たっぷりと酒を注いでから大家さんに差し出した。


「さあ、見てるだけじゃ味はわかんねーだろ! つかすんげぇ旨いからたっぷりと食ってくれ!」


 その言葉をきっかけに、みんなの箸が肴に伸びた。

 凄い勢いで鰹のタタキをがっつく。


「うはっ! なんだいこれ! すごい美味しさじゃないか虎太朗くん!」

「うわッ、おいしー! 鰹の旨みが薬味の強烈な主張に負けてないですよー」


 大家さん親娘(おやこ)が鰹を酒で流し込む。

 大家さんはホクホク顔でプハーと熱い息を吐き、杏子は頬に手を当て目尻を下げながらモグモグと口を動かす。


「あぁ、やっぱり鰹のたたきには日本酒だねぇ」

「うはーん! こういっちゃ何ですけど、こんな肴にありつけるなんて、今日肴を買い忘れて良かったー」


 二人とも幸せ顔だ。

 そんな二人の元に、先ほどまでそこら中を走り回っていた二頭の馬がやってきた。

 黒王号は「ブルルン」と甘えた声を出しながら、大家さんに顔を擦りつける。


「おっと、ははは! 黒王号も食べたいのかい?」

「ヒヒヒーン!」

「おう、大家さん! 黒王号にも食わせてやってくれ!」

「うん! ありがとう、虎太朗くん!」


 大家さんは鰹のたたきを何切れか摘まんで黒王号に与える。


「ほーら、お食べ。お腹いっぱいは流石に無理だけど味見くらいはね!」


 黒王号は大きな舌で鰹をベロンと巻き取って美味しそうに食べた。

 量的にはそりゃ物足りないかも知れないが、味には大満足のご様子だ。

 馬って普段は飼い葉だけど魚も食うんだなぁ。

 つか黒王号を普通の馬基準で考えるもんじゃないのかもしれんが。


「おう! ユニも初鰹のたたき食うか?」


 俺はユニの鼻先まで鰹を持って行ってみた。

 だがユニは少し匂いをかいだ後、ぷいっと顔を背けてしまった。

 どうやらユニは黒王号と違って魚は食わないらしい。


「なんだ、ユニは食わねーのか。うーむ、こんなに旨いんだがなぁ」


 そう言って俺は、ユニに差し出した鰹をそのままパクッと頬張る。

 むぐむぐと咀嚼すると、鰹の旨みが口いっぱいに広がった。


 やはり初鰹は最高だ。

 戻り鰹に比べて脂は少ないが、その分身が締まっていて旨みもギュッと濃縮されている。

 他の魚にはない酸味もある。

 俺は口に含んだ酒で鰹を一気に胃に流し込んだ。

 日本酒の米の旨みと鰹の旨みが口の中で混ざり合い、喉を通って胃に落ちていく。


「くぁあ、やっぱり旨ぇ!」


 旨い酒に旨い肴。

 確かな満足感を感じながら膝を手のひらで叩く。

 そんな俺の視界に、二人の女騎士が映った。


「おう、マリベルにシャルル! どうだ? 旨いか?」


 呼びかけに反応した二人が、ギギギと音が鳴りそうな不自然さでこちらを振り向く。

 つかまるでゼンマイ仕掛けみたいだ。

 正直ちょっと怖い。


「……旨いかだと!? 旨いに決まっておろうが! 私はこれまでこれ程までに旨みの詰まった魚を食した事がない! しかも元から旨み十分であろうこの鰹が、外側から火に炙られることによって内に内にと旨みが集められている。その結果中心部に生まれ来る暴力的なまでの旨みの荒波! 恐れ入ったわ! この旨みの凝縮された赤い魚は正に海の宝石! 海のルビー! 宝石が長い年月をかけて強く美しく凝固していくかのようにギュッと詰まった旨みの塊! それこそがこの初鰹のたたき、正に珠玉の赤い肴よ!」

「それだけじゃないよ、お姉ちゃん! この初鰹のたたきは、食感にも着目しなくちゃいけないんだよ! 鰹の焼けた外側とレアな内側! 大量に盛られた薬味のシャキシャキとした食感! 三つの異なる食感が咀嚼を常にないほど楽しい物にしてくれる! 通常の魚なら鮮烈な薬味の刺激に負けてしまいかねない取り合わせも、鰹なら薬味に負けない強烈な旨みで互いを高め合うことが可能なんだよ!」

「うむ! それに気付くとはあっぱれだシャルル! さすがは我が妹よ!」


 今日も女騎士姉妹は絶好調だ。




 宴は続く。

 元々は日曜大工の休憩という名目だったこの場は、もう既にただの宴会場と化していた。


 旨い酒を掻っくらい、旨い肴を摘まむ。

 もう作業の続きは無理だろう。

 誰もが赤い顔をしているのだ。


「うー、ヒック。鰹、美味しいのですー。これちょっと置いておいてハイジアさんたちにも食べさせてあげたいのですよー」

「おう、心配すんな! ここにある分は全部食っていいぞ! つか何本か残してあるから、そっちは今度みんなで食おうな」

「キャハハ! 虎太朗さん、何本くらい作ったんですかー?」

「おう! つか十本は作ったかなぁ」

「キャハハ! 作りすぎですよぅ、キャハハハハ!」


 杏子がうざい笑い声を上げながら絡んでくる。

 耳がキーンとして正直ちょっとやかましい。


「ヒヒーン、ブルムフーン!」

「ヒック、なんだい黒王号? ビール飲むのかい?」


 大家さんがプルタブを開けて黒王号にビールを飲ませてやる。

 ほのぼのとした光景だ。

 つか黒王号はビールも飲むんだなぁ。

 ボーッとし始めた頭でそんなことを考えていると、黒王号が「ブルルン、ブヒッ!?」と声を上げた。

 どうやらまたユニにケツを刺されたらしい。


「こらー、ユニ! ダメなのですよー!」

「……もしかしてユニもお酒が飲みたいんじゃないかい? ヒック」

「そうなのですか? ユニ、お酒飲みますか?」

「ヒヒーン!」


 シャルルは大家さんから缶ビールを受け取ってユニに飲ませる。

 酒を飲んだユニは何だか上機嫌そうだ。

 シャルルやマリベル、酔った杏子に擦り寄って行って、上機嫌にスピスピと鼻を鳴らしている。


「おう、大家さん。ユニのヤツ、見事に女性陣に懐いてやがんなぁ」

「そうだねぇ、ヒック」

「つかなぁ、小都のヤツには懐かなかったから、案外人見知りする馬かと思ったわ」

「ッ!? 虎太朗くん、それ以上は考えちゃいけない!」

「……ん? お、おう」


 大家さんがアワアワと慌て出す。

 何かよく分からんが取りあえず頷いておいた。


「さーて、もう馬小屋の続き建てる気もしねーし、追加の酒でも取ってくっか?」


 そういった時、リビングの中央で召喚陣が淡い光を放ち始めた。

 召喚陣は見る見る内に輝きを強くしていく。


「お、おうマリベル! 召喚陣光ってんぞ!」


 俺は腰を浮かせた体勢のまま、女騎士マリベルを振り返る。


「…………んあ?」


 ダメだ。

 俺は直ぐに見切りをつけた。


「シャルル!」

「ッ、はい、分かっているのです!」


 小さな女騎士シャルルは立ち上がり、油断なく身構える。


「ユニはわたしと一緒に! 黒王号はみんなを守って下さいなのです!」


 シャルルはユニと並び立ち剣を抜いた。

 そうこうしている間にも召喚陣は更に輝きを増していく。


「来るぞ、シャルル! つか、マリベルは俺たちと一緒にこっちに来い!」

「……んあ?」


 召喚陣から放たれる眩い光が最高潮に達する。

 輝きが辺りを白く染めた。


 目も眩む光が収まっていく。

 俺は顔を腕で庇い、細目になりながら召喚陣を凝視する。


「……あれ? つかあれ? 何もいねーぞ?」


 光が完全に収まった。

 それとともに視界がクリアになっていく。


「んん? 何にも喚ばれてこなかったのか?」


 いつもの様に、巨大な化け物や恐ろしげな魔物が現れると思ったんだが……


「やっぱ、何もいねーな」

「キャハハ! それより、もっと飲みましょうよー!」


 杏子のうざい声を聞き流しながら、俺は肩の力を抜いた。

 そんな俺をシャルルが叱責する。


「虎太朗さん! まだ油断したらダメなのです! 何かの気配を感じるのです!」

「――あ、あれッ! あれは何だい!? あの召喚陣の床の方!」


 大家さんが召喚陣を指差して叫んだ。

 俺はその声に反応して、再び召喚陣を凝視する。


「……な、なんだ、あれ!?」


 目を凝らして見つめた召喚陣。

 そこには背に蝶の様な羽を生やした、精巧な作りの人形の様な小さな人影が、何十人も並んでいた。

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