49 お隣さんと春のお花見
ポカポカと暖かい陽の光が降り注ぐ。
その光に頬を照らされた俺は、手のひらで太陽を隠しながら頭上を仰ぎ見る。
「おう! いい天気になって良かったなー」
満開の桜越しに、雲一つない澄み渡る青空を眺め、気分は正に爽快だ。
「んく、んく、ぷはぁ! 青い空、華やぐ木々に旨い酒。絶好の行楽日和だな!」
俺の隣で茣蓙に片膝を立てたマリベルが、手に持った日本酒をクイッと煽った。
今日はお花見。
場所は近所の市民公園。
そんな近隣住民の憩いの場に、俺はお隣さん家の面々と連れだってやってきたという訳である。
「青い空と薄桃色の桜の花の対比が美しいねぇ。つか、見事なもんじゃねーか」
「ほう、コタロー。なかなか詩的な表現ではないか。いや全くその通りだが、お前にもその様な表現が出来たのだな」
俺とマリベルは互いに酌をしあいながら桜の感想を語り合い、日本酒を楽しむ。
茣蓙の上には牛串、豚串、焼き鳥。
辺りの出店で買ったたくさんの串が所狭しと並べられている。
よくばりにも花も団子もって訳だ。
「そういや、みんなはどこ行ったんだ?」
俺はマリベルのグラスに酒を注ぎながら尋ねる。
この公園へはみんな一緒にやってきたのに、こうして俺と酒を飲んでいるのは女騎士マリベルただ一人だ。
公園について早々、みんな好き勝手に散って行ったのだ。
「ふむ、皆であれば、それそこに――」
「妾ならここにおるのじゃー!」
背後からハイジアが現れた。
気配もなく急に戻ってきたその女吸血鬼は、胡座をかく俺の背にジャンプをしてのし掛かる。
「って、おわ! ハイジアか!? 脅かすんじゃねーよ!」
「そうなのですよ、ハイジアさん! いきなり人に飛び付いちゃダメなのです」
ハイジアに続いてシャルルも戻って来た。
「なんじゃ貴様ら! 二人して良いものを食べよって」
ハイジアは俺の抗議を無視して、茣蓙に広げた串料理に視線を落とす。
「おう、串だ。つかハイジアも食うか?」
「無論、いただくのじゃ!」
ハイジアが俺にのし掛かったまま、茣蓙の上の肴に手を伸ばした。
背の重みが増す。
「ぐえ、つか重い重い」
「男じゃろうに、そのくらい我慢せい。というか妾にのし掛かられて嬉しかろ?」
ハイジアはそういって悪戯っぽい笑みを浮かべ、グイグイと更に俺の背を押してきた。
この女吸血鬼はちっこくても百人力だ。
俺は潰れたカエルのように「ぐえぇ」と声を絞り出す。
「あー、コタローさんが潰れているのです! ダメなのですよ、ハイジアさん!」
そういってシャルルが、俺の背中にのし掛かるハイジアをよいせと引き剥がしてくれた。
「まったく……顔を出して早々、騒がしい奴らだ」
そんな俺たちのやりとりを眺めながら、透明な清酒グラスを傾けていたマリベルが、小さく嘆息する。
「ほら、シャルルにハイジア。肴が食べたいのなら、お前たちもこちらへ座れ」
マリベルがポンポンと茣蓙を叩く。
その誘いにハイジアは足を投げ出しながら座り、シャルルはマリベルの腕に抱きつくように腰を下ろして応えた。
しばらくして、ハイジアとシャルルは二人してまた何処かに走り去って行った。
肴の串焼きを見事に食い尽くしたからだ。
『にゃかにゃか、旨ひ串焼きじゃの』
『ひょうれすねー』
もっちゃもっちゃと口を動かしながら二人は次々と串を食べた。
よっぽど腹が空いていたのか、欠食児童がごとき勢いで、だ。
『ほれシャルル、そこな串もなかなかイケるのじゃぞ? 食べてみよ』
『えー、ハイジアさん。ダメなのですよぅ。そんなに食べたらお姉ちゃんとコタローさんの分が無くなっちゃうのですー』
などと言いつつ遠慮した風を装いながら、シャルルも全く遠慮のない見事な食いっぷりで串を平らげた。
「……ったく、凄え食いっぷりだったな」
二人の走り去った方を眺めると、二人は今度はお年を召された団体の花見客に混じって、ちゃっかりとお花見弁当のご相伴にあずかっていた。
片方は金髪碧眼の小さな女騎士、もう片方は銀髪金瞳のお子様女吸血鬼。
普通に考えれば違和感ありありの二人のはずが、何故か全く違和感なく大勢のお年寄りに紛れ込んでいる。
ハイジアなんかは偉そうな態度で踏ん反り返っているというのに、お年寄りたちはそれを囲みながら手を叩き、やんやと持て囃しているようだ。
なんだか二人もお年寄りたちも、どっちも楽しそうだ。
「……ふむ、串焼きを食い尽くされてしまったな」
マリベルが口寂しそうに空になった容器に視線を落とした。
「おう、ちっと待ってろ。そこらの屋台で肴を調達してくるわ」
俺はそういって腰を浮かせる。
すると腰をあげたそばから声が掛けられた。
「それには及ばないわよ、お兄さん」
「………………ん、肴買ってきた」
次に戻ってきたのはフレアとルゼルの二人組だ。
今度の二人は両腕に抱えるほど沢山の屋台料理を買い込んできていた。
たこ焼き、焼きそば、箸巻き、イカ焼き、唐揚げ、その他諸々……
こんだけありゃあ肴は十分だ。
「っと、じゃあお邪魔するわね。よっこいしょ」
「………………んしょ」
二人が茣蓙に腰を下ろす。
フレアは横座り、ルゼルは所謂、女の子座りとかアヒル座りとか言われる座り方だ。
「それでお前たちは、どこに行っていたのだ?」
マリベルが早速、たこ焼きをひとつひょいぱくっと口に放り込みながら尋ねた。
俺もマリベルにならってイカ焼きに手を伸ばす。
濃口のソースの味と鉄板で挟んだ小麦粉と玉子の味わいに、プリッとしたイカの食感が堪らん。
「それがねぇ、肴の買い出しに出たつもりだったんだけど、大道芸っていうの、あれ? この娘がそれをジーッと見つめたまま、なかなか動かなかったのよ」
「………………火吹き男、面白かった」
「そうかしら? あたしに言わせると、あれじゃあまだまだ火力が足りないわ。あたしならもっとこう――」
「いやいや、つーか火力を競い合う様な芸じゃねーからな」
即座に突っ込みを入れる。
フレアが火力について言及し始めたら要注意だ。
俺たちはいつもの様に和気藹々と騒ぎ始める。
そんな俺たちを遠巻きに花見客が眺めてくる。
「……なぁ、なんかこう視線を感じねーか?」
「あら、そうかしら?」
「………………別に感じない」
「お前の気のせいではないか、コタロー」
いいや、これは絶対に気のせいじゃない。
つか、いま目が合った通りすがりのお兄さんなんか、顔を赤くしてルゼルの巨大な乳を眺めていた。
ほかにも幾つもの視線がお隣さんたちに注がれ、中には俺の爆発を願う嫉妬の視線すら感じる。
「おう、気のせいじゃねーけど、まぁいいか!」
何せこんだけの美人揃いだ。
しかもそれが、剣を携えた金髪女騎士につば広の魔女帽を被った赤い女魔法使い、挙げ句に角と羽の生えた黒い女悪魔ときたもんだ。
人目を引くなという方が無理ってもんだろう。
だがまぁそんな事は、どうやらお隣さんたちは全く頓着していないようだ。
「それよりマリベル。貴女、良さそうなお酒を飲んでるわねー」
「ああ、これか?」
マリベルは手に持った一升瓶を掲げた。
桃色のラベルが花見の席に映える。
「これはな、『黒龍の純吟垂れ口』だ」
「へぇ、どんなお酒なのかしら?」
「アンズのツテで手に入れた季節物の日本酒なのだがな、……ふむ、目の前に実物があるというのに、口で味を語るのも何だ。とにかくお前も一杯飲んでみろ」
そういってマリベルはフレアにグラスを手渡し、酒を注ぐ。
「おっとっと、ありがとマリベル」
グラスをうす濁りの香り立つ液体が満たしていく。
「じゃあ、いただきます。……んく、んく、……ん、はあぁ」
フレアがグラスから唇を離し、艶めかしい息を吐いた。
どうにも仕草が色っぽくて、眺めていた俺の目が若干泳ぐ。
「で、どうだ?」
「ええ、これ美味しいわねぇ! 香りも芳醇で後を引かないキレの良さだわ! それに何だか少し発泡感があって、……甘い、かしら?」
「ああ、やはりお前もそう思うかフレア。この酒は口に含んだ瞬間は辛味とわずかな酸味を感じるのだが、それが喉を通る頃には甘味に変わっている。なんとも不思議な酒だ。それに何より、旨い!」
マリベルが熱く語り出す。
ホントに日本酒に目がないヤツだ。
「おう、つかアンタら二人だけで楽しんでねーで、俺も混ぜてくれ!」
俺はマリベルにグラスを差し出した。
「………………私も」
「うむ! 酒はまだある。たんと飲むがいい!」
マリベルは一升瓶を抱えたまま、俺とルゼルに向き直った。
フレアとルゼルが席を立った。
「……あたしが、手本を見せてあげる、ヒック」
そう呟いて立ち上がったフレアの足は覚束ない。
旨い日本酒をぐいぐい飲んでほろ酔い気分のフレアが、遠くで大道芸を披露し始めた。
蠢く炎蛇を身に纏い、桜の木よりも高い位置まで豪火をはき出す火吹き女の登場だ。
その手前ではルゼルが屈んで「…………おー」と感嘆の声を漏らしながら、フレアの芸に魅入っていた。
フレアの周囲には幾羽もの赤い炎のツバメが舞い踊っている。
「ちょッ! あれ、大丈夫なんですかー!?」
「うわー、フレア殿すっごいねぇ」
杏子と大家さんの二人連れが顔を出した。
「ちょ、ちょっと! 周りの芸人さんも皆さんぽかーんとしてるじゃないですかー!?」
フレアの周りは凄い人集りだ。
集まった見物客は、皆一様にぽかーんとした表情でフレアの炎芸を眺めている。
あまりに常識はずれなその芸に、最早驚嘆の声すら漏れ聞こえてこない。
「おう、大家さんに杏子ちゃん。らっしゃい!」
「うん、虎太朗くん。今日はお招きありがとうね」
そういって大家さんは手に持った袋を掲げた。
どうやら中身は缶ビールの様だ。
「ナイスタイミングだ、大家さん。つか、ちょうど酒が切れかかってたんすよ」
「うむ、それに食べきれぬほどの肴もある。さ、座ってくれ大家殿、アンズ」
二人は並んで茣蓙に腰を下ろした。
大家さんは胡座をかき、杏子は両膝を三角に立てて太腿の下で手を組んでいる。
「ところで、ハイジアちゃんとシャルルちゃんはどうしたんだい?」
「おう? つかさっきまで、その辺でお年寄りに混じって飯食ってたぞ」
俺たちはきょろきょろと辺りを見回す。
春の暖かい陽射しが降り注ぐ中、市民公園は花見客でごった返しだ。
昼間っから大の字になって眠る酔客のいびきや、ご近所さんの陽気な笑い声、子供たちの走り回る足音に出店屋台の呼び込みの声、そんな騒がしくも楽しい喧噪に賑わっている。
「あ、いましたよー。あそこです!」
杏子の指差す方に顔を向ける。
わいわいと賑わう雑多な公園の中、ひときわ異彩を放つ金と銀の髪が目に飛び込んできた。
「んー、なんだぁ? 今度は別の団体さんに混じって飯食ってんのか?」
「まったく、彼奴らは何をしておるのだ……」
ハイジアとシャルルは、今度は若い女性を中心とした団体客に紛れ込んでいた。
女性たちは二人を囲んでホクホク顔だ。
「まぁまぁマリベル殿。みんな楽しそうなんだし、いいじゃないか」
「ふむ……まぁそれもそうだな。では大家殿、缶ビールをいただくぞ?」
「あ、私、この箸巻き貰っていいですかー?」
「おう! 下手すりゃあまりそうな量だかんな。じゃんじゃん食ってくれ!」
俺とマリベルは、大家さんと杏子の二人を交えて再び酒を楽しんだ。
炎芸を披露するフレアの周りには、凄い人集りが出来ている
ルゼルの姿はそんな人集りに埋もれて角も見えない。
今しがた大家さんと杏子も席を立った。
なにやら家に帰ってから、奥さんを交えて改めて花見をするらしい。
俺はマリベルと二人、差し向かいで酒を飲み合う。
「どうだ、マリベル。花見は楽しんでるか?」
「ああ、……こういうのも、悪くないな、……ヒック」
時刻はお昼を回って少し経った頃。
まだまだ陽は高く、空は青い。
俺は頭上に目をやり、桜の花を眺める。
淡い桃色に色づいた満開の可憐な桜が俺の目を楽しませてくれる。
この時期だけの贅沢な肴ってヤツだ。
その景色を目に焼き付けながら俺は缶ビールをグイッと煽った。
喉を通る琥珀色の液体が、やたらと鮮烈な爽快さを感じさせる。
「…………ヒック、……んあ」
俺は桜の花から、目の前でゆらゆら揺れる女騎士に目を移した。
その女騎士はふらふらとして、少しほろ酔い気味になってきたらしい。
頬を朱に染め、濡れたピンクの唇でぼうっと辺りを見回している。
「――シャルルよー、妾に続くのじゃー!」
「――待って下さい、ハイジアさーん!」
遠くからそんな声が聞こえてくる。
声の方に目を向けると、ハイジアとシャルルが火吹き女フレアの元へと駆けていく所だった。
火を吹くフレアを取り囲んでハイジア、シャルル、ルゼルが楽しそうに囃し立てている。
調子に乗ったハイジアが黒い霧に姿を変えて、炎と一緒に天高く舞い上がる。
そんなみんなの様子を眺めていると、俺も何だかこう、ウズウズとしてきた。
「おう、マリベル! 俺たちもあの輪に混ざりにいくか!」
「……ん、んあ? うむ、……ヒック」
俺の声につられてマリベルが腰を上げる。
そうして俺は、しっかりとした足取りでみんなの元へ駆け出し、マリベルはフラフラと蛇行しながらその後に続いた。
まったりお花見の日常回。
今年は桜が散ってしまうのが早かったですねー
こちら関西は昨日今日とまた急に寒くなりました。
みなさまお風邪などひかれませんようヽ(・∀・)




