04 お隣さんと卓上七輪
――ピンポーン
俺はお隣りさん家の玄関チャイムを押す。
――ピンポン、ピンポン、ピンポーン
「おーい、マリベルー! 開けてくれー!」
声をかけると玄関扉がガチャっと開く。
そして中から、蒼と銀のスカート鎧を纏う金髪女騎士マリベルが姿を現した。
「お前な、そう何度も呼ばなくとも聞こえている」
「おう、おはようマリベル」
「ああ、おはようコタロー。で、いつもなら勝手に扉を開くであろうに、今日は呼び鈴などを鳴らして、どうしたのだ?」
「ちょっとデッカい荷物があってな。マリベル、アンタも運び込むのを手伝ってくれ」
マリベルは少し訝しんで俺を見る。
「荷物だと?」
「ああ、これだ」
俺は玄関脇に立て掛けた、縦長の段ボール箱をバシバシと手で叩く。
「……で、なんなのだ、それは?」
マリベルは相変わらず訝しんだ顔のまま、その段ボール箱を見遣っていった。
俺はそんなマリベルに、いい笑顔でニカッと笑いながら応える。
「これはなぁ、……『炬燵』、だよ」
「おっし、組立てオッケー。マリベル、そこのコタツ布団とってくれ」
「これの事か?」
「ああ、それだ。っと、ここに布団を被せてっと」
俺はお隣りさん家に炬燵を運び込み、組み立てる。
「うし! 完成!」
俺はそう言って炬燵の電源をパチっと入れた。
「さあ、マリベル。こっち来てみろよ」
「だから、一体なんだと言うのだ?」
「いいから、いいから」
俺は戸惑うマリベルを強引に炬燵へと招いた。
――およそ、三十分が経過した。
「なあ、コタロー」
「うん? なんだ?」
「……炬燵とは、良いものであるな」
「……だろ?」
「ああ、お前には感謝してもしきれん」
「ははは、大袈裟だな、おい」
俺とマリベルは炬燵に対面に座って、卓上にグデっと体を投げ出していた。
「何が大袈裟なものか。この炬燵という道具は、正に天上の道具に相違ないであろうに」
「まあ、確かにな。炬燵は最高だ」
「うむ」
そう言ったきり、俺とマリベルは少しの間会話を無くす。
「あっ、そうだ!」
俺はいい事を思い出して声を上げた。
「どうしたのだ、コタロー」
「いや、いいモンがあったのを思い出してな」
「いいもの?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
俺は隣の自宅に戻り、用意をしてからまたマリベルの家へとやってきた。
「おかえり、コタロー」
「ああ、ただいま。で、だな。ジャジャーン! これを見てみろマリベル!」
「……なんだ、それは?」
俺は手に持ったそれを掲げながら、イッシッシと笑う。
「これはな、『卓上七輪』だ」
「なんだそれは?」
「いいから見てろって」
俺は炬燵テーブルの上に卓上七輪を置き、自宅から持ってきた鮭とば、エイヒレ、裂きイカをテーブルに並べる。
そして同じく持って来た、日本酒、久保田千寿を取り出した。
「ほう、乾燥食材か」
「ああ、わかるか?」
「私が知っているのは干した肉や干したキノコ類くらいだが、それらは少し違うようだな?」
「おう、こいつらはな、海産物を干したもんだ」
「ほう」
「こいつらをな、この七輪の炭で炙って食う。うんまいぞー。しかもこれが、日本酒に合うんだわ」
「……それは、楽しみだな」
目の前の女騎士はそう言って、ゴクンと喉を鳴らした。
俺は卓上七輪にエイヒレを並べる。
パチパチと音がなり、エイヒレが七輪の上で踊る。
「肴が焼ける前にこれをっと」
俺は升の中に立てたぐい呑グラスに日本酒を注いで行く。
グラスから溢れた酒が木の升にたまる。
「ほら、マリベル。これは呑んだことねーだろ」
俺は注いだ酒をマリベルにズズいと差し出した。
「これは、……酒か?」
「ああ、酒だ」
「随分と透き通った美しい酒だな」
「ああ、日本酒って言うんだ」
「日本酒……」
「取り敢えず、まずは呑んでみろよ」
「うむ、……では、参る!」
マリベルはグラスを一気に煽る。
そしてゴクゴクと一息に日本酒を飲みきった後、タン、とグラスを炬燵テーブルに置いて、「ぷはぁ」と熱い吐息を吐いた。
「旨い! なんと澄んだ味わいか!」
「お、アンタ、ポン酒もイケるクチかい」
日本酒がダメなヤツは案外多い。
だが目の前の女騎士は、その点特に問題はないようだ。
「だが、一息に吞み干すには、少々強い酒だな」
「そりゃあ、な。ポン酒はチビチビとやるもんだ」
「そうなのか?」
「まぁ酒の呑み方なんざぁ、人それぞれだけどな。俺としては、日本酒は、澄んだ切れ味と米の甘みを味わいながら、チビチビやるのが乙ってもんだと思うぜ?」
「そうか、なら私も先達に倣おう」
そう言ってマリベルは、注ぎ直した日本酒をチビチビとやり始めた。
「おっと、そろそろいい塩梅だ」
「何がだ?」
「何ってエイヒレだよ」
「ふむ、この魚の乾物だな」
「ああ、先ずは一切れ食ってみろよ」
俺はエイヒレを一切れマリベルに渡す。
「では、……いざ!」
「おう」
マリベルはエイヒレに齧り付く。
「ふむ、かひゃいな」
「乾きもんだからな」
「食感がシャリシャリする」
「エイヒレだからな」
「だがこれは、噛めば噛むほどに味が滲み出てくる。この味には……」
そう言ってマリベルは日本酒をチビッとやる。
「やはりか!」
俺は声を上げるマリベルに、ニヤリと不敵な笑みを送る。
「気付いたか?」
「ああ、気付いた、もちろんだ。日本酒とエイヒレの何と調和のとれた事よ! 長年連れ添った夫婦の様に、お互いになくてはならない存在、それが日本酒とエイヒレだ! 日本酒を飲むとエイヒレが食べたくなる。エイヒレを食べると日本酒が呑みたくなる。まさにウロボロスの円環の輪の様に、終わりなき味のハーモニーよ!」
「……お、おう」
日本酒とエイヒレを交互に呑み食いしながらマリベルが叫ぶ。
そんなマリベルの様子に、相変わらずテンション高いなー、と俺は引き気味に応えた。
「ならこっちも食ってみろ」
「ん?」
「鮭とばに裂きイカだ。どれもエイヒレに負けねーくらいポン酒にあうぞ」
俺はそう言って、鮭とばと裂きイカをマリベルに進める。
マリベルはそれらを旨そうに食べ日本酒を呑み、「う、浮気か!?」と声を上げながら、長年連れ添った夫婦の危機に心を痛めた。
呑み始めてしばらく経った。
マリベルは、俺に教わった乾き物に合う、『一味マヨネーズ』に目を丸くして驚いたりあーだこーだと騒がしかったが、今はもう落ち着いた雰囲気だ。
「あー、もうちょっとだけ飲もうかなぁ」
「ふむぅ、なら私も、もう一杯いただこう」
「あいよー」
俺たちは炬燵でだらけながら、チビチビと日本酒をやる。
「そういやさ、今日はもう化け物って召喚されてきたのか?」
「いやぁ、まだだなぁ」
「そうかぁ、あ、鮭とばもう一本炙る?」
「おおぅ、よろしく頼む」
「あいよー」
俺は鮭とばを炙ってマリベルに渡す。
マリベルは旨そうに鮭とばをムシャムシャと噛んで、日本酒で流し込んだ。
割と沢山呑んだマリベルの頰や唇は、酒気を帯びて薄桃色だ。
俺たちは炬燵でマッタリする。
しばらくそうしていたら、リビングから急にドッタンバッタンと大騒ぎする音が聞こえてきた。
「おーい、マリベル。お客さんが召喚されたぞー」
「……私はいまここで、炬燵を離れる訳にはいかん。コタロー、お前が行って退治してこい」
「おいおい、無茶言うなよ。死ぬっつの」
「……はぁ。仕方あるまいか。炬燵、出たくないなぁ」
マリベルは盛大にため息を吐く。
そして剣を杖代わりにして「よっこいしょ」と炬燵から這い出て、リビングの魔物退治へと脚を運ぶ。
「いってらー」
「うむ、すぐ戻る故、肴を食い尽くす事など、決してない様にな」
「あいよー」
「ゆめ忘れるでないぞ、コタロー」
マリベルがリビングへと向かって少しすると、騒音が止まった。
「あ、終わったみたいだな。あっと言う間だな、おい」
俺がそう独り言を言っていると、リビングのドアがガチャッと開く音がした。
二つの足音を響かせ、マリベルがこの部屋に設置した炬燵の元まで帰ってくる。
……ん、二つ?
少し引っ掛かるものがある。
俺は酔って呆けた頭でその引っ掛かりについて考えたが、どうでもよくなって考えるのをやめた。
ドアノブが回され、ガチャッとドアが開けられる。
「お帰り、マリベル。早かったな」
「うむ。肴が心配でな、直ぐに話をつけて戻ってきた」
話をつけて?
俺はドアを開けて戻ってきたマリベルを見遣る。
するとその直ぐ後ろには、12、13歳くらいの小さな女の子がおり、マリベルについて部屋に入ってきた。
俺は女の子に話しかける。
「……誰?」
俺の呟きを聞き付けた女の子がこちらを見る。
そして女の子は、挑発的な視線で俺を見据えながら妖しげに口上を述べる。
「妾かえ? 妾は永久の闇が渦巻く夜魔の森、その深淵の支配者たる真なる女王。真祖吸血鬼ハイジアなるぞ」
「……お、おう」
俺は、その厨二病を拗らせた様な自己紹介に、またも引き気味に応えた。