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46 お隣さんと温泉旅行 後編

「あれ? いま確かに人がいたんだが何処行った?」


 キョロキョロと辺りを見回す。

 しかし周囲には誰もいない。

 先ほど確かに話をしていた相手は、霞の様に消えてしまっていた。


「……ま、いっか! つか、これで露天風呂独り占めじゃねーか!」


 朝の清々しい空気の中、景色を見渡す。

 山側に面したこちらの露天風呂からの眺めは実に心地よい。

 冬を感じさせない常緑の木々のざわめきに、透明感のある朝の雰囲気も相まって、心身ともに浄化されていくような心地を覚える。


 俺はひとつ伸びをした後に、肩までザブンと湯に浸かった。

 湯の底に手をつくとふにゃっとした何かに指が触れる。


「ん? なんだこれ?」


 湯舟から気泡がぶくぶくと泡が立った。

 何か底に沈んでいるのか?

 しかし金泉の濃い濁り湯は、湯の中がまるで見通せない。


「んー、よく分からん。……まあ、細けえ事はいいか」


 別に害のあるもんが沈んでる訳でもないだろう。

 少し気にはなったが、ともかく俺は金泉の上質な朝湯を楽しむことにした。


「くはあ、極楽、極楽……」


 湯を手のひらで掬い上げる。

 指の隙間から濃度の高い湯がこぼれ落ちた。

 俺はその湯で何度か顔を流す。

 気分は爽快だ。


 そうこうしていると湯に煙ったガラス越しに、大浴場に入ってくる人影が見えた。


「ふぁ……まだ少し眠いわねぇ」

「………………眠い」


 大浴場からその人影の声が聞こえる。


「おう、俺以外にも朝風呂好きが居やがったか」


 声は真っ直ぐにこちらに近づいてきた。

 どうやら露天風呂の独り占め時間は終了のようだ。


「………………部屋に戻って寝る」

「何言ってるの貴女。もう浴衣も脱いでここまで来たんだし、とにかく露天風呂に入りなさいな」


 カラカラと露天へと続く引き戸が開かれた。


「ッ、ぶっ!? んな、な、なッ……」


 引き戸を引いて姿を現したのは女魔法使いフレアと女悪魔ルゼルだ。

 二人は一糸纏わぬ霰もない姿を露天に晒している。

 お隣さんの中でも見た目最も大人の二人組が、だ。


「や、やば!? ……つ、つかッ!」


 つか、どうして二人が男湯に入って来てんだ!?

 つか、今日はこっちが男湯だったよな?

 つか、俺が間違えてる訳じゃねーよな? な?


 混乱する頭で考える。

 こちらが男湯であっていたか、あまり自信がなくなってきた。


「とッ、取り敢えず身を隠さねーと!」


 さっと岩の陰に身を隠す。

 それと同時に、お隣の二人が湯舟の側に立った。


「………………私は湯舟で眠る」

「もう、好きにしなさい。って、んんッ、朝の冷たい空気が気持ちいいわねぇ」


 フレアが頭の上に手を回して「んっ」と伸びをする。

 それにつられて豊満な胸が下から上へ持ち上がった。


 フレアとルゼルが掛け湯をしてから湯に浸かる。

 二人は「ふぃー」と蕩けた表情だ。


「ほら、ルゼル。あっちの方が景色がいいわよ」

「………………私はもう寝た」

「んもう、仕方ないわねぇ。ほら、溺れないように眠りなさいよ」

「………………ん」


 フレアが湯舟をスーッと移動しながら、俺の隠れる岩の方に近づいてくる。


「や、やばっ!?」


 周囲を見回して隠れられそうな場所を探す。

 しかし何処にも隠れられそうな場所はなく、俺は顔から温泉によるものではない汗をダラダラ垂らし、肝を冷やす。

 その間もフレアは「ふんふんふーん」と鼻歌なんかを歌いながら上機嫌な様子で近づいてくる。


「あわ、あわわわ……」

「あら? 先客さんがいるのかしら?」


 フレアが俺に気づいた。

 だが湯けむりのお陰で俺が誰かまでは気付いていない。


「お邪魔するわねー」


 フレアが俺に声を掛けた。

 死刑執行の時間が近づいてくる。


 ――これはヤバい。

 このまま見つかってしまおうものなら、俺は変態覗き魔の烙印を押され、社会的に死ぬだろう。

 つか、それ以前に魔法の一発でもぶっ放されて肉体的にも死ぬかもしれん。


 俺は慌てた。

 天に祈る。

 どうか、どうか、あっちに行ってくれ!

 頼むからこっち来んな!


 ぶくぶくと湯から湧いてくる泡の音がやけに大きく耳朶(じだ)を打つ。

 まるで湯の底で何かが俺と一緒に焦っている様だ。


「ふん、ふんふふーん」


 フレアがそこまでやってきた。

 死刑執行はもう間もなく。

 だがそのとき――


「――ッ、ぷはっ!」


 湯から人影が飛び出してきた。


「ッ、え!? は? えッ!?」

「お、お前は湯に隠れていろッ! 早く!」

「つか、マリベルか?!」

「いいから早く隠れろ! こ、こんな二人で風呂に入っている所などを彼奴らに見付かろうものなら――」

「ッて、お、お前、その格好――」

「クッ、み、見るな!」


 俺は突如現れたマリベルに頭を押さえつけられ湯に沈められる。


「もがっ!? あばばッ!?」

「い、いいから静かにしていろッ!」


 マリベルは慌てる俺を押さえつけ、湯の底に沈める。

 そして俺の体が浮かんでこない様に、腹にドカリと腰を下ろした。


 フレアがそんなマリベルを見つけて声をかける。


「……あら、マリベルだったのね。何を慌てているのかしら?」

「う、うむ。おはようフレア。べ、別に何も慌ててなどおらんぞ?」


 マリベルはそう言いながら体勢を整える。

 フレアとの位置を神妙に測り、露天風呂の出口へ向けて俺ごと徐々に移動を試みる。


「しかし朝の露天風呂は気持ちがいいわねー。……それはそうと貴女、早くから一人でいなくなるものだから、お兄さんに夜這いでもかけにいったのかと思ったわよ」

「……なッ、私はその様な真似などせんわ!」


 どうやらフレアは俺の存在には気付かなかった様だ。


 フレアは温泉に肩まで浸かり、岩にもたれ掛かりながら気持ち良さげな顔で目を瞑る。

 俺はマリベルの背に隠れつつも、息継ぎの為にタコのように口を尖らせ湯の表面に突き出す。


(……おい、コタロー。このまま少しずつ出口に移動するぞ)


 マリベルがヒソヒソと声を潜めて話しかけて来る。

 俺は了解の意を込めてマリベルの体を指でトントンとタップした。


「ひっ!? んあッ!?」


 マリベルが変な声を上げた。

 フレアが瞑っていた目を開きマリベルの方を見遣る。


「どうしたの、マリベル?」

「な、なんでもない! あは、あはは……」


 フレアは「変な子ねぇ」と首を傾げたあと、再び目を閉じた。


(コ、コタロー、お前! 変な所をつつくな!)

(す、すまねぇ!)

(つ、次やったら叩っ斬るからな! ……っと、今はとにかく撤退だ)

(お、おう)


 俺はマリベルと心を一つにして露天風呂の出口へ向けてジワジワと移動を開始した。


 時々マリベルの背に隠れながら、唇を湯上に突き出して息継ぎをする。

 眠りこけるルゼルの隣を通り抜けて、露天風呂の出口はもう直ぐだ。


 だが出口を目前にした俺たちの耳に、大浴場から露天風呂にまで響く騒がしい声が聞こえてきた。


「ほら、ハイジアさん! 朝のお風呂は気持ちがいいのですよー!」


 ガラガラっと引き戸をひいて露天風呂に姿を現したのは小さな女騎士シャルルだ。

 片手に持ったタオルで体を隠し、もう片方の手で眠そうに瞼をこするハイジアを引っ張っている。


「……ふぁあ、……妾は、眠いのじゃ」


 しっかりと体を隠すシャルルに対して、ハイジアはすっぽんぽんだ。

 金にきらめくシャルルの髪と対照的な銀色の髪が、朝日にキラキラと輝く。


「あ、お姉ちゃん!」


 シャルルがマリベルに気付く。

 手を離されたハイジアは眠たそうな足取りでフラフラと湯に浸かり、先に眠りこけていたルゼルの元までたどり着くと、その大きな胸にポスンと顔を埋めてスヤスヤと小さな寝息を立て始めた。


「えへへー、お姉ちゃんも朝風呂なのですね」


 シャルルが寄ってきた。

 俺は慌てて湯に潜り、その俺の腹にマリベルが腰を下ろす。


「う、うむ。まあ、その、なんだ。な?」

「朝の空気は気持ちがいいのです!」


 シャルルはマリベルの側まで来てから肩まで湯に浸かる。

 腰を落ち着け、動く気配がまるでない。


「そ、そうだシャルルよ。あちら側の景色が見ものであったぞ? 行ってみてはどうだ?」

「へー、そうなのですか? じゃあ、お姉ちゃんも一緒に行きましょう!」


 シャルルがマリベルの手を引く。


「ま、待てシャルル! わ、私はもう上がる所だから、一人で行くといい!」


 手を引かれて腰を浮かせたマリベルが、再び俺の腹に勢いよく腰を落とす。


(ぐえッ……)


 思わず俺は息を吐き出した。

 俺の吐き出した息が泡となってブクブクと浮き上がる。


(つ、つか、やべえ! い、今ので息が、……息が保たん!)


 俺は水面下からタコのように唇を突き出し、息継ぎをしようとする。


「……ん? お姉ちゃん、そこに何かあるのですか?」


 シャルルが俺に気付いた。


「な、何もない! 何もないぞ、シャルルよ!」


 マリベルが慌てて俺を押さえつける。

 女だてらに物凄え力だ。

 だが俺も必死になってタコの唇を突き出し抵抗をする。

 温泉の湯がバシャバシャと跳ねた。


「やっぱり、何かいるのです! お姉ちゃん、気をつけて下さい! 湯に潜む魔物かもしれないのです!」


 シャルルが頭に乗せていたタオルで前を隠しながら腰を浮かせる。


「ち、違う、違うんだシャルル! 魔物ではない! ……いや、確かに湯に潜む魔物とは言い得て妙かもしれないが!」

「やっぱり!」


 もうこれ以上誤魔化しは効かない。

 それ以前にもう俺の息が保たない。

 俺が社会的に死ぬ覚悟を決めて湯から顔を上げようとしたその時――


「ちょッ、ちょっと皆さん! 何やってるんですかー!?」


 浴衣に身を包んだままの杏子(あんず)が飛び込んで来た。


「こ、こっちは男湯ですよーッ!?」


 杏子の大声が露天風呂に木霊する。

 その声に一番に反応したのはシャルルだ。


「え、えー!? アンズさん! ど、どういう事なのですか!?」

「そうよ、アンズ! こっちは女湯だって、昨日、貴女は確かにそう言ってたじゃない!」

「そ、それは昨日の話です! この旅館は日毎に男湯と女湯が入れ替わるんですよー。ちゃんと表の暖簾も入れ替わってましたよ!」

「え!? そうなの?」

「あ、あわわ、あわわわわ、大変なのです!」


 シャルルがあわあわと慌てる。


「さあ早く皆さん! 男の方が入ってくる前に上がって下さい!」


 杏子が大きな声でみんなを急かす。

 眠りこけるハイジアをシャルルが、ルゼルをフレアが連れて、お隣さん達は大慌てで男湯から飛び出して行った。


「……ッ、ぷはぁッ!」


 俺は湯から顔を出して大きく息を吸い込む。


「ぜはぁー、ひゅー、ぜはぁー……」


 空気が旨い。

 肺に酸素が行き渡る。


「ひゅー、ひゅー、まったく……つか、死ぬ所だったわ!」


 俺は吸った息を今度は大きく吐き出す。

 人心地つくと、マリベルだけがまだ露天風呂に残っていた。

 口元まで金の濁り湯に浸かり、体を隠したその金髪の女騎士が、紺碧の瞳を上目遣いにしながら話しかけてくる。


「……よもや、こちらが男湯だったとは、ぬかったわ」

「おう、こっちが男湯だ……」


 俺たちの間に何とも言えない微妙な空気が流れる。


「……で、見たのか?」

「……………………ん、あーあー、何の事だ?」

「み、見たんだなッ!?」


 マリベルは顔を真っ赤にして立ち上がろうとするが、自分の姿に気付いて再び口元まで湯に隠れる。


「み、見てない! つか、俺はなんも見てねーつの!」


 俺は顔を赤くする女騎士にそう応える。


「ほ、ほんとだろうな!? う、嘘だったら叩っ斬るからな! 頭から股に掛けて真っ二つにするからな!」

「お、おう! 天地神明には誓わんが、俺は何もみてねー!」


 とか言いながら本当はちょこっと見えた。


 フレアといい、ルゼルといい、マリベルといい、ちょっと綺麗すぎてビビるわ。

 だが俺はそんな事は口が裂けても言わん。

 言ったが最後、俺はマリベルに叩き斬られて敢え無く昇天だろう。

 つか、嘘も方便ってやつだ。


「絶対だな!? 絶対見てないな!?」

「お、おう、多分な……」

「た、多分だとッ!?」


 マリベルが声を引っ繰り返らせる。

 よっぽど焦ってるんだろう。


「お、おう! そんな事より早くしねーと見知らぬオッさんとかが入ってくるかもしんねーぞ?」

「う、うぬぬ。こ、このことは内密にせよ! 秘密にして墓の中まで持っていけ! いいなコタロー!」

「つか、いいから早くいけ!」


 マリベルは口元まで湯に浸かったまま、湯の淵までスイーッと移動する。

 そして淵に置いてあったタオルで前を隠し、もう片方の手で後ろ手にお尻を隠しながら、早足に露天風呂から上がって行った。


 そうして俺は、ひとりポツンと露天風呂に残される。


「……片手でケツを隠しても隠しきれんだろ」


 マリベルを見送りながら俺はそう独り言ちる。


「……つか、マリベルって、なんつーか……ああ見えて、柔らかいのな……」


 鼻の下を伸ばした俺のそんな独り言が、温泉の湯気に霞んで消えて行った。




 風呂から上がった俺たちは、浴衣姿で揃って朝食を取る。

 朝食は定められた時間に大広間で摂るスタイルだ。

 この時間はどうやら大広間には俺たち一行の他には誰もいない様である。


 人数分配膳された朝食の前に、俺たちは二列になって向かい合いながら座る。

 俺の正面に座ったマリベルと目が合うと、マリベルは顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。


「なになに、どうしたの貴方たち。……怪しい雰囲気ねぇ?」


 フレアがそう言って俺とマリベルを揶揄(からか)ってくる。


「ど、どうもせぬわ!」

「あらあらマリベルったら慌てちゃって。……それよりお兄さん、聞いて頂戴な。さっきあたしたち、間違えて男湯に入っちゃったのよねぇ」

「お、おう、そうなんか」


 俺は歯切れ悪く応える。

 朝食に集まった面々を見渡せば、コクリコクリと舟を漕ぐハイジアをシャルルが甲斐甲斐しく世話し、ルゼルは無言で飯を食い、大家さん親娘は雑談しながら食事を楽しんでいる。


「……で、お兄さんはあたしたちが男湯に入っている間、何処に居たのかしらね?」


 俺とマリベルが同時にゴホゴホと咳き込む。

 ま、まさか、フレアは何かに勘付いてやがるのか!?


「は、はは。つか、そん時は部屋で眠り込んでたっけなー、ははは」

「そ、そうだぞ、フレア。何故そのような事を気にするのだ?」

「何故ってそれは――」


 フレアが口を開こうとした時、俺の懐の携帯電話がプルルと鳴った。

 着信画面をみてみると『お隣さん』と表示されている。

 俺は慌てて電話に出た。


「もしもし! どうした? なんかあったのか!?」

『コタロー様! コタロー様でしょうか!』

「おう、そうだ! で、アンタは!?」

『キュキュットに御座います! コタロー様にお名付け頂きました、サキュバスのキュキュットに御座います!』


 電話の相手は普段は蝙蝠の姿でウチの天井にぶら下がっている、ハイジア配下のサキュバス、キュキュットであった。

 キュキュットは今回の旅行中は二角獣(バイコーン)の黒王号や、ケットシーのニコと共に留守番役だ。


「おう、キュキュットか! んで、どうした!? 緊急事態か!?」

『はい! 召喚陣から魔物が召喚されて来ました!』

「お、おう! つか、マジか!?」


 電話の向こう側で馬が「ヒヒィーーン!」と(いなな)く声が聞こえる。

 どうやら黒王号が魔物の迎撃をしている様だ。


『今のところ、(わたくし)と黒王号だけで何とかなりそうですが、皆様方のお耳に入れておくべきかと思い、ご連絡差し上げました!』

「おう、ナイス判断だ! みんなにも伝えて直ぐに戻るから、それまで無理はせずに持ちこたえていてくれ!」

『承知いたしました!』


 俺は通話を終え、みんなに話の内容を伝えた。




 急いでチェックアウトを終え旅館を出た俺たちは、建物の影に身を潜める。


「準備はいいかしら? それじゃあ、再召喚でマンションに帰るわよー」


 フレアがみんなに確認をとる。


「何だか慌ただしい帰りになっちゃったねぇ。あ、荷物は私が持つよ、杏子」

「ありがと、お父さん。お昼くらいまではのんびり出来るかなー、って思ったんですけどねー」

「……妾は帰ったら直ぐに寝るのじゃ。ふぁあ」

「………………私も、眠い」

「しかし、何だな。喚ばれてきた魔物も我らが帰るまで大人しくしておれば良いものを」

「まったく、お姉ちゃんの言う通りなのです! 帰ったら魔物をギッタンギッタンにしてやるのです!」


 シャルルが珍しく鼻息を荒くしている。


「おう、どうしたんだ、シャルル? つか、アンタがそんなに憤るのは珍しいじゃねーか」

「だって、まだ観光出来ていなかったのです! せっかく朝食を食べたらお姉ちゃんと一緒に温泉街を散策しようと思っていたのに!」


 そう言ってプンスカと怒るシャルルをマリベルが宥める。


「じゃあ準備はいいわね! それじゃあ、みんな。家に帰るわよー!」


 フレアがそういって何かしら詠唱をすると、俺たち一人一人の足元に召喚陣が現れた。

 召喚陣は徐々にその光を強くする。


「みなさんは手を出さないで下さいなのです! 帰ったらわたしが魔物に天に代わって天誅を見舞ってくれるのです!」


 シャルルのその声と共に召喚陣の輝きが最高潮に達し、俺たちは来た時と同じ様に陣に吸い込まれた。




 眩く光る召喚光が収まっていく。

 ここはお隣さん家のリビングだ。


「ヒヒィーーン! ブルッフ、ブルルンッ!」

「……ヒ、ヒィィン……ブルゥ」


 魔物が争う声が聞こえてくる。

 戻って来た俺たちに気付いたキュキュットが、蝙蝠の羽をパタパタと羽ばたかせて迎えに近づいて来た。


「ハイジア様、コタロー様! 他の皆様方もお帰りなさいませ!」

「うむ、いま帰ったのじゃ!」

「それで魔物はどこなのですか?」


 シャルルがやる気満々といった様子で剣を抜く。


「はい、シャルル様。魔物はあちらです。ですが、もう直ぐ決着です。皆様方には申し訳ございませんが、急いで戻って来て頂く必要も無かった様です」


 キュキュットが指し示す先に黒と白の魔物が見える。

 一方はバイコーンの黒王号。

 もう一方は――


「しかし黒王号は強いですね。一頭で魔物を倒してしまって、(わたくし)の出る幕など全く御座いませんでした。っと、もう決着のようですよ!」

「え!? トドメはわたしが刺すのです! 温泉街散策を邪魔された恨み、はらさでおくべきか、なのです!」


 白い体躯をした美麗な魔物が黒王号に組み伏せられ「ヒヒィン……」と弱々しく(いなな)いた。

 それを見て大家さんが、髪のない頭を光らせて叫ぶ。


「あ、あれは!? ユニコーン!」


 全員が魔物に目を向ける。


「って、ええええええええ! ユニコーンなのですか!?」


 黒王号が後ろ脚で立ち上がり、大きく前脚を振り上げた。

 ユニコーンを踏み殺すつもりだ。


「だ、だ、だ、ダメなのですーッ! うわあーん、ウマー、馬がーッ!?」


 そんな黒王号とユニコーンの元に、シャルルが泣きベソを書きながらすっ飛んで行った。

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