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44 お隣さんと温泉旅行 前編

 その日、俺たちはお隣さん家のリビングに集合していた。

 召喚陣の前にゴザを敷き、酒盛りをしながら魔物召喚を待つ。


「おっとっと、その位で良いぞ、コタロー」

「おう!」

「妾にももう一杯なのじゃ!」


 マリベルがグラスに口をつけ、ハイジアが勢いよくグラスを差し出す。


「つか、他に日本酒お代わりいるヤツいるかー?」

「あ、じゃああたしも貰えるかしら?」

「私もなのです!」

「………………ん」


 空になったグラスが次々と差し出される。

 相変わらずよく飲む奴等だ。


「全員お代わりってこったな。了解だ!」


 俺は差し出されたグラスに、なみなみと酒を注いでまわった。


「んくんくぷはぁ! しかし、なんじゃな。朝からこうも待っておるというのに、中々現れんのぅ」

「うむ、そうだな。今日は珍しくハイジアも早起きをしたというのに」

「というか、ねえハイジア。貴女って早起き出来たのねぇ」

「ハイジアさんはやれば出来る子なのです!」

「……そこはかとなく、バカにされておる様な気がするんじゃが」

「………………それは気のせい」


 お隣さんたちが雑談を交わす中、遠くでリビングのドアが開かれた。

 入ってきたのは大家さんと杏子(あんず)だ。


 それを目敏く見つけた黒王号が「ヒヒィーーン!」と喜びの声を上げ、パカラッパカラッと大家さんに駆け寄って行く。

 二人は黒王号を伴って俺たちの元までやってきた。


「チャイムを鳴らしても誰も出ないから、勝手に上がらせてもらったよ」

「うむ、一向に構わんぞ」

「それで皆さん、こんな所に集まってどうしたんですか? ハハッ!」


 魔法少女ミッキーさやかに扮した杏子が、甲高い声で尋ねてきた。

 その声に若干イラッとしながらも返事を返す。

 さすがは俺、大人だ。


「おう、杏子ちゃん。今、みんなで魔物召喚を待ってんだよ」

「ハハッ! 何のためにですか?」

「いや、フレアが『どこでも召喚陣(ゲート)』の実装を終えてだな――」

「ハハッ! それからそれから?」

「マナも溜まったって言うから、じゃあみんなで温泉にでも浸かりに行くか、って話になって――」

「ハハッ! それからどうした?」

「…………」

「ハハッ! どうしたどうした? ハハッ!」


 ……何つー鬱陶しさだ。

 ミッキーさやかに扮した杏子のウザさは異常である。


「なんと癇にさわる話し方なのじゃ」

「……だな」


 俺はアイコンタクトでハイジアをけしかけた。

 女吸血鬼ハイジア頷き、無言で立ち上がる。


「とうりゃッ!」

「それからどうした? ハハッ――くひゅッ」


 ハイジアの喉チョップ(弱)が杏子に炸裂した。

 杏子は変な息を吐きながらドサッと崩れ落ちる。


「だ、大丈夫かい、杏子!」


 大家さんが慌てて杏子を抱え起した。


「……大家さん、杏子ちゃんが起きたら伝えてくれ」

「ん、何をだい?」

「そのコスプレは、金輪際禁止だ」




 意識を取り戻した杏子が喉をさする。

 杏子は既に衣装を着替え、普段着だ。


「アイタタタ……もうハイジアさん。酷いですよー、コホッ」

「自業自得じゃ!」

「で、結局これは、なんの集まりなんですか?」


 杏子がまだ少し痛みの残る喉をさすりながら尋ねる。


「うむ。よくぞ聞いてくれたアンズよ。我らはこれから『一泊二日温泉旅行』に出発するのだ」

「はあ、それがどうしてリビングでの酒盛りになるんですか?」

「おう、それは俺から説明するわ!」


 俺はそう言って説明を始める。


 先日、ついにフレアがリビングの召喚陣へと新機能を実装する事に成功した。

 今回の新機能は以前チラッと話していた『どこでも召喚陣(ゲート)』の機能だ。

 この機能の実装により、召喚陣にマナさえ貯まれば、世界のあらゆる場所と召喚陣とを繋ぐ事が可能になったのである。


 で、折角の新機能だし、じゃあ一泊してゆったりと温泉にでも浸かりに行くかーという話になった訳だが、そこでひとつの問題が持ち上がった。


 ――そう、誰が留守番をするか、という問題である。


 お隣さん家には定期的に召喚陣を通じて凶悪な魔物が召喚されてくる。

 その大半は、放置すればご近所が壊滅的被害を出しかねない恐ろしい魔物だ。

 お隣さんがこれを倒さない事には中々にえらい事になるのである。


 日々酒をかっ喰らって遊んでいるだけに見えるお隣さんたちだが、いないと大変なんだなぁと俺はしみじみ思う。


 話を戻して、結局誰が留守番をするのか。

 当然誰もが留守番を嫌がった。

 当たり前だろう。

 留守番役はみんなが温泉に浸かって豪華な料理に舌太鼓を打ち、旨い酒を楽しんでいるところを、一人侘しく魔物の召喚に備えて待機していなければならないのだ。

 そんな役目を喜んでやりたがる酔狂なヤツはいない。

 お隣さんたちは揉めた。


「……ハイジア、お前、眠るのが好きだろう。心ゆくまで存分に寝ていて良いから、留守番役を楽しんでみてはどうだ? な?」

「ッ!? マリベル、貴様! 妾に留守番を押し付けるつもりかえ!?」

「あら、名案じゃない! ハイジア、貴女、寝ながら留守番しなさいな。ほら、ちゃんとお土産は買ってきてあげるから」

「フレア、貴様まで……ぐぬぬ」

「………………留守番は、ハイジアに決定」

「うぬぬ、いい度胸じゃ貴様ら! リビングまで顔を出せい! 夜魔の森の女王たる妾の真の恐ろしさを、骨の髄まで叩き込んでくれるのじゃ!」

「ハ、ハイジアさん、落ち着いて下さい! みなさんもハイジアさん一人に留守番を押し付けて、酷いのですよ!」

「………………なら留守番は、ハイジアとシャルル」

「そ、それは困るのですよ。……やっぱり、留守番は一人で足りるのです。それに私よりハイジアさんの方がお強いですし、留守番役に向いてるかなぁ、なんて。えへ、えへへ」

「き、貴様までッ!?」


 お隣さんたちは見苦しく争った。

 特に全員から留守番役を押し付けられそうなハイジアは、体から黒いオーラを出し、一触即発の状態だ。


「おう、アンタら、ちょっといいか?」

「なんじゃ、コタロー! いま取り込み中なのじゃ!」


 俺は殺気立つお隣さんに声をかける。


「つか、魔物が召喚されてくるのってどのくらいの間隔なんだ?」

「んー、そうねぇ。多少のフラつきはあるけど、概ね一日一回ペースじゃないかしら」

「ふむ、なるほど」


 俺はアゴに手を当てて考える。


「んじゃ、こうしようぜ! 召喚された魔物を速攻で倒して、直ぐに温泉に出発してから一泊。そんで次の日は魔物が召喚される前に、早めに帰ってくればいいんじゃないか?」

「それなのです!」

「一応遠隔カメラも仕込んであるし黒王号もいるから、何かあれば直ぐに戻ってくりゃいいしな!」


 こうして留守番役は置かずに、みんなで温泉に出掛ける事が決まった。




 時刻は午後三時前。

 召喚陣が淡い光を放ち始めた。


「うっひょー! キタキタキタキターーーッ!!」

「………………きた」

「よくやくのお出ましね。しっかし結構待たされたわねー」

「おう! つかまあ、酒盛りしながらだから退屈はしなかったけどな」


 召喚陣の輝きが徐々に強まる。


「んくんく、ぷはぁ! して、どのような魔物が喚ばれてくるかのぅ?」

「あ、皆さん! 馬の魔物が来たら倒しちゃダメなのですよ! 絶対倒しちゃダメなのですよ!」

「ああ、分かっている。ではそろそろ、コタローとアンズは大家殿を連れて後ろに下がれ」

「おう!」

「はーい! 分かりましたー!」


 輝きが最高潮に達する。

 目も眩む程の光が召喚陣から発せられ、ボワワンと煙と共に魔物が召喚された。


「ギュグギィルグルギィィーーーッ!!!」


 薄く煙の向こう側に、山のような巨体が見える。

 現れた魔物は海の怪物クラーケンだ。


「キター! クラーケン、キター!」


 クラーケンは何本もの大きな触手をヌメヌメと波打たせて、その白く大きな巨体でリビングに集う面々を睥睨(へいげい)する。

 大家さんは大はしゃぎだ。


 俺はそんなクラーケンを眺めながら、おもむろに携帯電話を取り出した。

 ピポパと操作し電話を掛けると、プルルと呼び出し音がなる。


「――詠唱破棄(スペルキャンセル)――  喰い尽くす火燕(クラッタースワロー)ッ!」

「………………ん、えいッ」

「ギィルグルギァアアーーーッ!!」

「おう、旅館の方っすか? あと少しでチェックインするんで。あ、んで、確認したい事があるんでちょっと待って下さい」


 俺はクラーケンを目にしてはしゃぐ大家さんと杏子に問いかける。


「なあ、大家さんと杏子ちゃんも温泉一緒に行くか?」

「私たちもご一緒していいんですかー?」

「おう、もちろんだ!」

「喰らえッ、なのです!」

「っと、追撃なのじゃ」

「グュギィガグルゥイアーーーッ!!」

「なら、私とお父さんも参加でお願いします!」


 再び携帯電話に向き合う。


「つか、急ですんませんけで、二人追加いけますか? あ、部屋割りはそのままで、オッさん一人と女性一人追加で」

「これでッ、トドメだッ!」

「ギィギャラグュギィィァアアーーーッ!!」


 超級の怪物クラーケンの巨体がリビングの床に沈む。


「あ、追加オッケー。あざっす! んじゃ、少ししたら旅館の方に伺うんで!」


 俺は通話を終え、携帯電話を懐にしまった。


「みんな! 準備はいいか?」

「いいわよー。じゃあ、『どこでも召喚陣(ゲート)』を起動するわよ!」

「おう! 温泉旅行に出発だ!」




 眼下に温泉街を見下ろす。


 ここは兵庫、有馬温泉。

 その由緒ある老舗旅館の一室だ。


 部屋に案内された俺はまず荷物を棚にしまいこんだ。

 と言っても所詮一泊旅行。

 荷物なんて精々が肌着程度だ。

 大家さんに至っては急な話という事もあり手ぶらである。


 俺たちは早速、用意されていた浴衣に着替え、紺の羽織を羽織った。


 今晩一泊お世話になる部屋は、畳15畳ほどの清潔な和室で、床の間には品の良い一輪挿しの花瓶と掛け軸が飾られている。


 オッさん二人で泊まるには少々広すぎる部屋だ。

 逆に女性陣には手狭かもしれない。

 何せあちらは同じ間取りの部屋に女性六人なのだ。


 俺は有馬の温泉街を一望できるその部屋の窓際に立つ。

 何とも気分の良い眺望だ。


「おう、大家さん! 凄えいい眺めだぞ!」

「ホントだねー、あ、虎太朗くんもビール飲むかい?」


 大家さんはそう言って、部屋の備え付けの冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、一本を俺に差し出してきた。


「うっす、頂くわ!」


 プルタブをカコンと開ける。

 大家さんと二人して窓際に並び、温泉街の営みを眺めながら缶ビールを煽る。


「んく、んく、んく、ぷはぁー! うめー!」

「んく、んく、んく、ぷっはー! やっぱり旅館で飲むビールは一味違うね!」


 そうしているとコンコンと部屋のドアがノックされた。


「おう! 開いてんぞ!」


 そうノックに応えると、浴衣姿に朱の羽織を羽織った杏子が、元気よく部屋に転がり込んできた。


「あー、お父さんも虎太朗さんも、早速一杯始めてるー!」

「そりゃあ杏子、温泉旅館に来たら普通はまずビールだよ」

「だよなぁ」

「もう、虎太朗さんまで! 違いますよ、まずは温泉ですよー!」


 杏子はそういって「仕方ないなー」という表情をつくる。


「それよりどうですか、虎太朗さん? 浴衣、似合ってますか?」

「おう、似合ってんぞ! これまた馬子にも衣装ってヤツだな!」

「何ですかそれー! ひどいー!」


 口ではそう言いながらも、楽しそうに杏子はケラケラと笑う。

 いつもよりテンション二割増しだ。

 急な旅行で気分が高揚しているんだろう。


「ねぇ杏子、マリベル殿たちはどうしたんだい?」

「いま、浴衣に着替えてるところだよ。あ、そうだ! 女性陣は着替えたら温泉に浸かりに行くんですが、虎太朗さんとお父さんはどうしますか?」


 ふむ、そうだな。

 せっかく温泉に来たんだ。

 酒の前にまずは温泉を楽しむのも良いだろう。


「おう、大家さん! んじゃ俺たちも飲む前に温泉に入るか!」

「もう飲んでるけどね! これ飲んだら温泉にしようか、虎太朗くん!」

「よし、決まりですねー! あ、私みなさん呼んできます。それじゃあ、温泉、大浴場にみんなで出発です!」


 そう言って杏子は、元気よく部屋まで女性陣を呼びに戻った。



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