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42 お隣さんと生ハムパーティー

 ――ピンポーン


 お隣さん家で冷蔵庫の中を物色している最中、玄関チャイムがなった。


「はい、はーい。開いてんぞー」


 チャイムにそう応えると玄関がガチャッと開かれ、コスプレ女子大生の杏子(あんず)が入ってきた。


「おう、いらっしゃい、杏子ちゃん!」

「こんにちはー、虎太朗さん!」


 挨拶を交わしながらも俺は冷蔵庫の物色を続ける。

 コレとコレに、あとはコレッと。


「あ、この靴、お父さんも来てるんですねー」

「おう! 来てんぞー」

「虎太朗さん、皆さんはコタツ部屋ですか?」


 杏子が玄関で靴を脱ぎながら尋ねてきた。


「いや、つか全員リビングだ」

「あ、もしかして、魔物観戦ですか?」

「おう、そうだぞー」


 よし、肴の物色は完了だ。

 俺は冷蔵庫の扉を閉めて顔を上げる。


「じゃあ私は着替えてからリビングに行きますねー」

「んじゃ、俺は先にリビングに戻るわ。そうそう杏子ちゃん、今日の肴はすんごいぞー! 楽しみにしててくれ!」

「え、本当ですか? やったー! どんな肴なんですか?」

「それは見てのお楽しみだ!」


 そんな会話を交わしつつ、杏子は衣装を持ってトイレに、俺は食材を持ってリビングへ向かった。




 リビングのドアを開けると馬のいななきが聞こえてきた。


「ヒヒィーーン! グルル、ブフゥ!」


 黒毛の大きな馬だ。

 頭から二本の大きな角を生やしたその馬は、目を血走らせて口から泡を吹いている。


 この魔物は『バイコーン』というらしい。

 かの有名なユニコーンと対極をなす魔物で、ユニコーンが純潔を司るのに対して、バイコーンは不純を司る。


 バイコーンの体は象の様な巨躯だ。

 その体躯にサラブレッドの様なしなやかさはないが、代わりに大型馬のペルシュロン種のように胴や脚が太く、はち切れんばかりの筋肉に覆われている。

 一言で言えば世紀末覇者の馬である。


 そんなバイコーンに相対するは悪魔王ルゼルだ。


「おう、みんな! 冷蔵庫から肴の材料持って来たぞ!」

「まっておったのじゃ、コタロー!」

「わあ! 色々持って来ているのです!」

「私の方はいつでもスライスいけるぞ、コタロー」

「うふふ、じゃあ、早速始めましょうかー」


 俺はみんなの前に食材を置く。

 湯掻いたアスパラ、アボカド、フレッシュチーズにマスクメロンと食材は様々だ。


 今日の肴は生ハム。

 しかもなんとハモンセラーノの原木丸一本なのだ。


「じゃあマリベル。生ハムをスライスしてくれ! 薄くだぞ、薄く!」

「うむ、心得た! ハッ!」


 マリベルが剣を抜き、目にも留まらぬ速さで振り抜いた。

 ハム台(ハモネロ)に固定された生ハムが、マリベルが剣を一振りする毎に薄くスライスされる。

 向こうが透けて見える様に薄い生ハムが一枚、また一枚と出来上がった。

 まるで機械のような正確さだ。


「はー、つか大したもんだ。生ハムのスライスって結構難しいんだぜ?」


 生ハムは切るのが大変だ。

 素人がスライスしても市販品の様にはならない。

 しかしマリベルはシュパパと剣を振るい、見事にスライスされた生ハムを量産した。


「じゃあお次はワインだな」


 俺はそう言ってスーパーで適当に買ってきたワインを並べてグラスに注ぐ。

 チリ産のアルパカマークのワインを、赤、白、ロゼ、スパークリングと一揃いだ。


「うわぁ、綺麗な色の葡萄酒なのです!」

「うむ、妾はこの血の様に赤い葡萄酒が良いのぉ」

「あら、分かってるじゃない貴女。やっぱり赤はいいわよねぇ赤は」

「私はどの葡萄酒でも一向に構わん!」


 お隣さん達も地球産ワインに興味津々だ。


 最近ではチリ産のワインの評判が良いと聞く。

 だが正直俺はワインの良し悪しが分からん。

 割とどのワインを飲んでも美味いと感じてしまい、味の優劣が分からないのだ。

 しかし自他共に認める酒好きの俺がそんな事ではイカンだろうと、この程ワインに挑戦してみる事にした、という寸法である。


「ギュヒイイィィーーーンッッ!!」


 バイコーンが蹄の音を重く鳴り響かせながら悪魔王ルゼルに向かって突撃を仕掛ける。

 しかしルゼルは左腕一本でその突撃を受け止めた。


「ブルゥッ!? ブルフゥッ!!」


 バイコーンが驚きに目を見開く。


「………………馬、さよなら」


 ルゼルが右腕を振り上げた。

 バイコーンの血走った瞳が恐怖の色を帯びる。


「あー、ダメッ! ダメだよ、ルゼル殿ッ!」

「………………何が、ダメ?」

「とにかく、まだ倒してしまっちゃダメだ! ほら、ルゼル殿、一旦お馬さんを離してあげなくちゃ!」


 ルゼルは戸惑いながらもバイコーンを解放した。


「そーう、そう。それでいいんだよ、ルゼル殿。せっかくの魔物観戦だ。もっと楽しまなきゃいけない」

「………………楽しむ?」

「うん、そうだね! 闘牛みたいなのはどうかな? お馬さんの突進をヒラリと躱しながら突いていくんだ。……いや、突くのは可哀想だから、躱すだけ!」


 相変わらずの無茶振りだ。

 俺は大家さんとルゼルの事は放っておいて、先に飲み会を始めちまう事にした。


「おう、みんな好きなワインを持ったかー?」


 俺とマリベルは白。

 ハイジアとフレアは赤。

 シャルルはロゼを持った。


「んじゃ、かんぱーい!」

「うむ、乾杯!」

「いただくのじゃ!」

「こちらの葡萄酒はどんなお味かしらねー?」

「乾杯なのです!」


 薄いワイングラスをチンと重ね合う。

 割れてしまわない様にそっとだ。


「んく、んく、んく、ぷはぁ!」


 俺はワインを一息に飲み干した。

 本当は舌で転がすんだったか?

 つか、よく分からん時は一気飲みに限る。


 俺以外のみんなはしっかりと味わいながらワインを楽しんでいる。

 意外な事に、ハイジアの飲み方が一番様になっている。

 ワイングラスをユラユラと揺らしながら、香りと味を楽しんでいる様子だ。


「なんだハイジア、随分と様になってるじゃねえか。で、ワインの方はどんなもんだ?」


 俺はハイジアにワインの味を尋ねてみた。


「うむ、悪くないの。香りも中々のものじゃし、どちらかと言うと軽めの味わいじゃな、この葡萄酒は。酸味も控えめで食中酒に良さそうじゃの。雑味も少ないから、料理の味を邪魔せんじゃろ」

「お、おう。そうなのか?」

「うむ、これほどとなると、それなりに値の張る葡萄酒であろ? 張り込んだのう、コタロー」

「いや、一本五百円だ」

「……五百円?」


 ハイジアが首を傾げる。


「五百円って分かんかねーか。つか、確か、ええっと何だっけか。……えっと」


 銅貨一枚で、百円。

 大銅貨一枚、千円。

 銀貨一枚で、一万円。

 金貨一枚で、三十万円。


 確かアチラの世界との通貨換算だとこんな感じだったか。

 俺は改めてハイジアに言い直す。


「つか、大体一本あたり銅貨五枚ってとこだな」

「ど、銅貨五枚なのコレ!?」


 フレアが驚きの声を上げた。

 一方のハイジアは「銅貨五枚?」と、まだ首を傾げている。


「あり得ないわよ! 銀貨五枚の間違いでしょう? いえ、銀貨五枚でもまだ安いわよ!」

「いや、ホントだって。つか、そんな事で嘘ついても仕方ねーだろ」


 フレアはまだ半信半疑だ。

 そんなフレアにシャルルが話しかける。


「……それが本当なのですよ、フレアさん。この間コタローさんについてスーパーなるお店に行った時に見たのですけど、樽から瓶に移された葡萄酒が、無造作にゴロゴロと転がされていたのです!」

「な、なんて事なの……」


 フレアが戦慄する。


「確かマリベルもスーパーなる場所に一緒に出掛けていたわね。今のシャルルの話は本当?」


 フレアはそうマリベルにも確認する。

 一本銅貨五枚というのが余程信じられないのか、フレアは疑ぐり深くなっているようだ。


「……ん、んあ? すまぬ、話を聞いていなかった」


 マリベルは一心不乱にワインをパカパカと空けていた。

 ハイジアは相変わらず「銅貨五枚?」と、首を傾げていた。




「グヒヒイィーーンッ!!」

「…………こうやって、ヒラリと躱す」


 バイコーンの突進を直前まで引きつけてからルゼルが身を躱す。

 本人はヒラリなどと口にしているが、(はた)から見るとシュパッてな感じだ。

 残像すら残さず、まるで瞬間移動でもしたかの様にバイコーンの突撃を躱している。

 大家さんはそれを見ながら「いいよ、いいよー!」と大興奮だ。


「お待たせしましたー! 『魔法少女ミッキーさやか』、見参ですよー!」


 コスプレ衣装に身を包んだ杏子がやって来た。


「わー、素敵な衣装なのです、アンズさん!」

「えへへ、そうかな? そうかな?」

「似合っているのです! 悪いマスコットにコロっと騙されて、自滅していきそうな感じがグッドなのです!」


 シャルルに衣装を褒められた杏子は上機嫌だ。


「おう、待ってたぞ杏子ちゃん! ちょうどいいタイミングだ。さ、どれでも好きなワインで、駆けつけ一杯やってくれ!」


 俺はそういって杏子にワインを勧める。


「ありがとうございます! それで、さっき言ってた今日のお肴ってどれですかー?」

「おう、これだ!」


 俺は杏子に肴を差し出した。


「アスパラの生ハム巻き、アボカドの生ハム巻き、フレッシュチーズの生ハム巻き、生ハム乗せメロン! さあ、好きな肴で一杯やってくれ!」

「う、うわー! 生ハムパーティーじゃないですか!? しかも、原木丸ごと一本!?」

「豪勢だろー? みんなも遠慮なくガツガツ食ってくれ!」


 杏子は目を輝かせながら肴を摘む。

 他の面子も待ってましたと言わんばかりに競い合う様にして肴に手を伸ばした。


「うーん、美味しいです、虎太朗さん! 生ハムのシットリとした食感に蕩けるようなアボカドが最高ですね!」

「お、い、しー! 何これ、生ハムの塩気ってメロンの甘みにも合うのねー? むしろ塩気のおかげで甘みが引き立ってるわ!」

「おう、ハイジア! 生ハムどうだ?」

「ふ、ふん! この程度の美味くらい夜魔の森の我が居城でも! こ、この様な旨味たっぷりのシットリと熟成した生ハムくらい我が居城でも、我が、我が……」


 評判は上々の様だ。

 俺も一切れ生ハムを摘んでみる。

 先ずは何も巻かずに生ハムだけだ。


 薄くスライスされた生ハムはシットリとした食感だ。

 厚切りではこのシットリ感は出ない。

 口に含んだ生ハム、単体では少し塩味の強いそれをモグモグと咀嚼する。

 結晶となった旨味成分のグルタミン酸が口一杯に広がる。


「……うまい」


 俺は呟きながらワインで生ハムを胃に流し込み、次の一枚へと手を伸ばした。


 ふと目を隣に向けると、女騎士二人が惚けた様な表情で生ハムの巻かれた数々の肴を眺めていた。

 俺はそんな女騎士たちに声をかける。


「おう! どうだ、生ハムは?」


 女騎士たちは俺の声掛けに反応し、ぐるっと首を回す。

 クワッと見開かれた瞳が相変わらず怖い。


「つか、うんめーだろ!」

「旨いどころの話ではないわッ! これは正に母なる大地が育んだ至高の恵みであろう! 豊かな大地で伸び伸びと育った白豚の後ろ脚を丸々一本熟成させた豪快さ! それと相反する様に向こうが透ける程に薄くスライスされた生ハム一枚一枚の繊細さ! その二律背反(アンビバレンツ)が織り成す旨味の競演! シットリとした柔らかさに溶け出す旨味成分! 強めの塩味! 単体でも酒の肴としてこれ以上望むべくもない、芳醇な味わいをした肴の最高峰と言えようッ!」

「それだけじゃないよ、お姉ちゃん! この少し強めな塩味は他の食材と合わせる事で程よく丸みを帯びるように計算され尽くしているんだよ! 特にこのフレッシュチーズがいい! フレッシュチーズを巻いた生ハムにオリーブオイルを少し垂らして黒胡椒を削りかけた肴の見事な味の調和! 口の中で織り成されるハーモニーは正しく雄大な大自然!」

「そこに気付くとは流石は我が妹シャルルよ! 天晴れだ!」


 マリベルとシャルルは平常運転だ。

 もはや俺も二人の口上に驚いたりはしない。


 しかし、フレッシュチーズ巻き生ハムにオリーブオイルと黒胡椒か……

 俺はシャルルの言うそれを試しにひとつ作ってパクッと食ってみた。


「くはっ!? こ、こいつは旨え!」


 滅茶苦茶旨かった。




 ルゼルと大家さんをそっちのけにして、生ハムパーティーは滞りなく進む。


「私ってほんとアルパカ、ハハッ!」


 ミッキーさやかに扮した杏子がアルパカワインを飲みながら、黒ネズミの様な甲高い声で訳のわからないセリフを呟く。


「しっかし、この葡萄酒がたったの銅貨五枚……これはもうあたし、ワイン党に鞍替えするしかないかしら」

「じゃから銅貨五枚とはどの位なのじゃ?」

「そうねえ。貴女でも分かる様に言うと、出店の串焼き三本相当って所かしら」

「ッ、な!? 串焼き三本じゃと!? フレア貴様、妾を(たばか)るつもりかえ?」

「普通はそうなるわよねー。はぁー、あたしこれまで葡萄酒で結構散財してるんだけど、今までのアレは何だったのかしら……」


 フレアとハイジアはワインを楽しみながら雑談に興じている。


「ギュヒヒィィーーーンッ!」


 パカラッ、パカラッと蹄の音を鳴らしながら、バイコーンが何度目になるかも分からない突撃をルゼルに仕掛ける。


「………………大家、大家」

「うっひょー! いいぞー、馬殿ー、ファイトだー!」

「………………大家、飽きてきた。私もワイン飲みたい」


 その突撃をシュパッと躱わしながらルゼルが訴えた。

 バイコーンはもう疲労困憊だ。

 突撃にも最早当初のキレはない。


「もう少し! もう少しだけ頑張ろうよ、ルゼル殿!」

「………………もう嫌。生ハムパーティーしたい」

「イヒヒィィーーーンッ! ブルッフ!」


 バイコーンが再び突撃を開始する。

 その有様に、懲りない魔物だとルゼルが溜息を吐いた。

 だがしかしバイコーンからすると、彼我(ひが)の戦力差を既に十分理解した上での突撃だ。

 バイコーンは自らが生き残る道が断たれている事くらい分かっている。

 そんな事は悪魔王ルゼルと相対している、当のバイコーン自身が最もよく分かっているのだ。


 だが分かっていても突撃するしかない。

 バイコーンにとっては一つ一つの突撃が命を賭した突撃なのだ。


「ブルゥッ! ブルッフ、ヒヒヒィィーーン!」


 バイコーンは再び疲労に震える筋肉に自ら鞭を打ち、何かに祈りながらルゼルへと再三の突撃を敢行した。


「………………もうダメ。躱わしてあげない」


 ルゼルは腕を一振りする。

 軽い様子のその一振りにバイコーンの巨躯が弾き飛ばされ、リビングの床をバウンドしてゴロゴロと転がる。


「う、馬殿ッ!?」


 バイコーンが転がされた先は大家さんの目と鼻の先だった。


 バイコーンは必死になって立ち上がろうとする。

 まだ生への執着を捨ててはいないのだ。


「ブルゥッフ、ブルルルゥ……」


 立ち上がろうとしたバイコーンが再び地に倒れ伏した。

 最早立ち上がる力も残されていないのだろう。

 そのバイコーンの前にルゼルの影が聳え立つ。


「………………さよなら、馬さん」


 ルゼルが手刀を振り上げた。


「だ、ダメだよッ!? そればダメだ、ルゼル殿!?」


 大家さんが『見物客、この先進入禁止』の柵を飛び越えて飛び出した。

 大家さんは頭からスライディングをする様に滑り込んで、倒れたバイコーンの頭部に縋り付く。


「………………退いて大家。馬さんを倒して、私も生ハムパーティーしたい」

「ダメだ! 私は絶対に退かないッ!」


 大家さんとルゼルが言い争う。


 女騎士マリベルが二人のそんな様子に気付いて「んあ?」っと顔を上げる。

 しかしマリベルは再びうつらうつらと頭を揺らして瞳を閉じた。


「なんだ、なんだ? つか、どうしたんだよ、二人とも?」

「またお父さんが何か仕出かしたんですかー?」


 俺は言い争う二人に気付いて間に割って入る。

 青い魔法少女姿の杏子も一緒だ。


「………………大家が、魔物倒しちゃダメって言う」

「ダメだよ! 絶対に倒させない!」


 大家さんがギュッとバイコーンを抱きしめる。

 バイコーンは虚ろな瞳で、大家さんの光りを反射する頭を見上げた。


「………………でも、倒さないと生ハムパーティー参加できない」


 ルゼルが生ハムとワインを物欲しげに眺めながら言った。


「いや、つかそんな縛りねーぞ?」

「………………そうなの?」

「おう、ねーな。何だったらその馬も誘って一緒にパーティーすっか? 暴れないなら構わんだろ」

「暴れないよ! そうだよね、馬殿!」

「……ブルルフゥ」


 息も絶え絶えなバイコーンが大家さんに応える。


「つか馬って生ハム食うんだっけ?」

「こ、虎太朗くん、ありがとう!」


 大家さんの瞳からブワッと涙が溢れでた。


 瞳に生気を取り戻したバイコーンが顔を起こし、大家さんの涙を舌で舐めとる。

 美しい光景だ。

 人と魔物が手を取り合う奇跡の光景が目の前に展開されている。


「あるよ。奇跡も魔法もあるんだよ。ハハッ!」


 杏子が堪に触る甲高い声でそう言った。

 俺はなんか色々と台無しな気分になった。


 バイコーンに興味を失ったルゼルは、早速ワインをグラスに注いで、生ハムで一杯やり始めていた。




「キタキタキタキターーッ! 黒王号キターッ!」


 バイコーンの背にまたがり、二本の角をハンドルの様に握った大家さんがリビングを所狭しと駆け回る。


「ブヒヒヒイィィーーーン!」


 バイコーンも何だか嬉しそうだ。


「おーう、大家さん! つか、後で俺も乗せてくれー!」

「うん! 勿論だよ、虎太朗くん!」


 復活したバイコーンは大家さんを背に乗せて楽しそうにリビングを走り回った。

 だがバイコーンは俺を一人では背に乗せてくれなかった。


『馬殿、虎太朗くんも乗せてやってくれないかい?』


 大家さんがそう頼むと、バイコーンは渋々と言った様子で俺を背に乗せてくれた。

 だが大家さんとの二人乗り(タンデム)限定だ。


「………………生ハム巻きアスパラ、美味しい。……馬ハムも美味しいかも」


 ルゼルの呟きにバイコーンがビクッとなって大家さんを宙に跳ね上げた。


「うっひょー、高い、高い!」

「うおッ!? 大家さん、大丈夫か!?」

「ヒヒヒィィィーーーン!」


 バイコーンが慌てて大家さんを拾いに戻る。

 落ちてくる大家さんを見事に口でキャッチして、再び背に乗せた。


「……ふ、ふぅ。つか、慌てさせやがって」


 俺は冷や汗を拭う。

 大家さんは俺の心配など気にもせずに「うはー!」と楽しげな声を上げていた。


 こうしてお隣さん家のリビングに一頭のお仲間が増えたのであった。




風邪引いて死にそうです。


私はトレベレス産のハモンセラーノ約9kgの原木を一本買った事がありますが、一人で食べきるのに一年くらい掛かりました。

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