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41 お隣さんと元カノ

「おう! 戻ったぞー」


 マリベルとシャルルを連れて買い出しに出ていた俺は、そう声をかけてコタツ部屋に戻ってきた。

 部屋で酒盛りをしている面々がこちらを振り返る。


「ただいまなのです!」

「うん、お帰り虎太朗くん達。少し時間が掛かったみたいだね」

「うむ、遅くなってすまぬな。スーパーで、ちょっとした出会いがあったのだ」

「へえ、出会い?」


 大家さんがそう呟いた。

 俺はマリベルと大家さんのそんなやり取りを横目にしながら、新たに仕入れて来た食材を手に、早速肴作りに取り掛かろうとする。


「うっし、ちょっと待ってろよー。いま、旨い肴を作ってやっからな!」

「あ、虎太朗先輩。お料理なら私も手伝います」


 小都(こと)がそう言ってキッチンについて来ようとする。

 スーパーからここまで付いて来たのだ。

 小都が一歩踏み出したところで、彼女の背に声がかけられる。


「えっとそれで、……貴女はどちら様かしら?」

「うむ、妾もさっきから気になっておったのじゃ、貴様は何者かえ?」


 フレアとハイジアが小都を誰何(すいか)した。

 その女性、小都はクルリと体を翻し、コタツ部屋の面々に向き直る。


「あ、すみません、挨拶が遅れました。私は小都(こと)と申します。虎太朗先輩とは――」

「っと、分かった! 虎太朗くんの彼女だね!」


 大家さんがそう小都の言葉を遮った。

 小都は大家さんの声に応え、ニッコリと微笑みながら爆弾を落とす。


「……はい、実は私、虎太朗先輩の彼女です」

「な、なんじゃと!?」

「ちょ!? ちょっと待て小都! いまはもう――」

「やっぱりそうなんだね! いやぁこれは虎太朗くんも隅に置けないねえ!」

「ええッ!? お兄さん、彼女がいたの!?」

「………………じゃあ、私の事は、遊び?」

「ちょ、待て待て待て待て!? つかルゼルも遊びって一体、何の事だよ!」


 小都の爆弾発言でみんなが騒ぎ始める。


「待ってくれ! 『元』彼女だかんな。つか小都も紛らわしい言い方すんな!」


 俺はそう小都の言葉を訂正した。


「もう、先輩ったら、つれないですねー」


 小都はそう言いながら頰を膨らませた。




「では改めまして。私は小都と申します」


 そう言って小都がぺこりとお辞儀をする。


「虎太朗先輩とは、今は、ただの大学時代の先輩後輩の間柄です」


『今は』を強調しながらの挨拶だ。

 小都のその挨拶を受けて、お隣さんたちも自己紹介を返す。


「では私も改めよう。我が名はマリベル。聖リルエール教皇国、破邪の三騎士が一人、竜殺しの聖騎士マリベルだ」

「わたしは騎士シャルル! 聖騎士マリベル様率いる聖リルエール教皇国聖騎士団、その副団長を仰せつかっている者なのです!」

「妾はハイジアじゃ。永久(トコシエ)の闇が渦巻く夜魔の森、その支配者たる真なる女王。真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のハイジアなるぞ」

「あたしはフレア。レノア大陸、四方の守護を司る賢者の塔の一つ、西方『煉獄の塔』の管理人。赤の大魔法使い、フレア・フレグランスよ」

「…………私はルゼル。七つの大罪の一つ『暴食』を司りし大悪魔。……深き奈落の底に座し、地獄より煉獄を仰ぎ見る七大悪魔王が一人、蝿の王ベルゼブル」

「そ、そうですか。……初めまして」


 お隣さん達の厨二テイスト溢れる自己紹介に、さすがの小都も引き気味だ。


「そして最後に、私がこのマンションの大家だ」


 大家さんがキメ顔を小都に向ける。

 瞳を尖らせ小都を流し見る大家さんは、キメ顔というより正直キモ顔だ。


「虎太朗先輩」

「ん? どうした小都」

「なんだか先輩、妙なお友達が増えたんですねぇ」

「……おう、まあな」


 俺も引き気味になりながらそう応えた。




 コタツテーブルの携帯コンロの上で、追加のアヒージョがクツクツと沸き立ち始めた。

 そろそろ頃合いだ。


「おう、みんな! 出来たぞ、食ってくれ!」


 待ってましたとばかりに箸が飛び交う。

 ハイジアがいの一番にアヒージョを(よそ)い、モグモグゴクンと咀嚼(そしゃく)して、嚥下(えんか)した。


「うむ! 美味いのじゃ!」

「ああ、先の海鮮アヒージョも美味かったが、こちらも中々イケるではないか!」

「………………美味しい」


 俺も負けじと箸を伸ばす。

 先ほどは海老や貝類をメインにした海鮮アヒージョだったが、今度は燻製オイルサーディンと冬キャベツを具材にしたアヒージョだ。

 キャベツは太めの細切りにして、しっかりと煮てある。

 俺は湯気を立てる熱々のそのアヒージョを、一口頬張った。


「ッ、あふッ!」


 キャベツにたっぷりと吸い込まれた熱々の油が、口の中で弾ける。

 燻製香の(かぐわ)しいイワシがホロリと口の中で解けた。

 アヒージョらしいスパイスとガーリックの味付けも絶妙だ。


「おう、美味いな! つか、この味にはビールだろ!」


 俺はアヒージョの出来に満足しながら「ぷはー!」とビールを煽った。


「ところで、虎太朗くん」

「ん、何だ大家さん?」

「虎太朗くんと小都殿は以前、交際をしていたんだろう?」

「お、おう。まぁな、どうしたんすか藪から棒に」

「どうして別れたんだい?」


 大家さんから遠慮のない問いが飛んでくる。


「つか大家さん、酔っ払ってんのか? 随分ズケズケと聞いてくるじゃねーか」

「だってほら、気になるじゃないか」

「つか、そんな気になる様な事かねぇ?」

「そりゃあ気になるよ。人様の色恋沙汰ほど旨い肴はないからね!」

「なんつー下世話な話だ」


 コタツ部屋に集まった面々の様子を伺う。

 どうにも静かにしてるなと思ったら、全員がしっかり聞き耳を立てていやがった。


 俺はバッと振り向く。

 するとみんなは一斉に俺から顔を背けた。


「ほらほら、虎太朗くん。みんなもこの通り興味津々だよ。さ、話してご覧よ」


 大家さんがダメ押ししてきた。


「んな大した話じゃねえよ、って本人目の前にしてする話か?」

「……私がお酒飲めなくて、すれ違うことが多かったんですよ」


 小都が俺に代わってそう応えた。


「おう、小都。そういえばアンタ、酒の席は嫌いだったのに、どうして今日は付いて来たんだ?」


 俺はそう小都に尋ねる。

 すると他の面子が、残念な人を見るような顔を俺に向けてきた。


「何というニブチンなのじゃ」

「これは酷いのです……」

「うん? どういう事だ?」

「……お兄さんとマリベルって、ある意味お似合いなのかもねぇ」

「…………アヒージョ、美味しい」


 俺は謂れのない誹謗中傷を受けた。




 買い出しから戻り、飲み会を再開してから結構な時間が経った。

 今はもう夕方で、そろそろ夜になろうかという頃合いだ。


 ハイジアはいつの間にか帰って来たニコと一緒に、コタツ布団に丸まってスヤスヤとした寝息を立てている。

 早くからシャルルに叩き起こされた所為で眠いのだろう。


 そのシャルルはというと、こちらも早くからの訓練疲れの為か、マリベルのお腹に抱きつきながらモニャモニャと幸せそうな寝言を呟きつつ眠っている。


 マリベルも座りながら眠っているが、こちらはただ酔っ払っているだけだ。

 頭をフラフラと揺らしながら、時折カクンとなって「んあッ?」と声を上げている。


「っとっとっと、それくらいでいいわよ、おハゲさん」

「………………大家、こっちにもお酒」

「うん。ルゼル殿も日本酒でいいかい? ビールもあるよ?」

「………………日本酒、がいい」

「ほら、おハゲさんもグラスを出しなさいな。あたしが注いであげるわ」


 フレア、ルゼル、大家さんの見た目大人組は、ビールから日本酒に切り替えて一杯やってる。


 少し酔った顔でみんなのそんな様子を眺めていると、小都が話しかけて来た。


「ねえ先輩いいですか?」

「ん? おう、なんだ?」

「……あの頃は、ごめんなさい」


 いきなり謝られた。

 正直訳がわからん。


「……つか、なんの話だ?」

「私、お酒が嫌いで……お付き合いしていた頃は、それでよく喧嘩になってたじゃないですか」

「あー、そうだったかなぁ」

「もうッ。先輩ったら、そうやってまたすっとぼけて」


 俺は曖昧に応えを誤魔化す。

 今更そんな過去の事をああだこうだ言っても仕方ない。


「……あの頃、先輩、私の前ではお酒飲まなかったですよね。先輩お酒好きなのに、気を遣ってくれて」

「ん、おう、まぁ小都が酒嫌いなのは、知ってたしなぁ」


 小都の方はまだこの話題を続けるつもりの様だ。

 なら、と俺もその話に付き合う事にする。


「なのに私は、先輩が私がいない場所で飲んでるのすら許せなくて、二日酔いの先輩を見る度にしょっちゅう喧嘩になっちゃって……」

「おう、そんな事もあったなぁ」

「だから、ごめんなさい」

「もう終わった話だ。つか、それにまあ小都の場合はなんつーか、親が酒乱で小さい頃に苦労してたんだろ? なら仕方ねーよ」

 

 俺のその言葉に、小都はホッとした様に胸を撫で下ろす。

 そして(うつむ)き、消えてしまいそうな小さな声で呟いた。


「……終わった話にしたくないって言ったら、考えてもらえますか?」

「ん、何つった? すまん、声が聞き取れん」


 小都が顔を上げる。


「なーんてね。冗談ですよ、先輩。さてと、私はそろそろ帰ります」


 そう言って小都は立ち上がる。

 まだ起きている面子に帰りの挨拶をし、荷物を持って玄関へと向かう。

 俺は小都を見送る為に一緒に玄関へと向かった。


「じゃあな、小都」

「ええ、お邪魔しました」

「久しぶりに会えて、何つーかまぁ、嬉しかったよ」

「ふふふ、嫌がられないで良かったです」


 小都が柔らかく笑う。


「あ、そうだ先輩、ちょっとこれ見てください」


 小都が自分の胸の前に手のひらを差し出した。


「ん? つか、何もないんじゃねーのか?」

「もっとよく見て下さい。屈んで、屈んで」


 そう言って小都が手のひらを見せてくる。

 身長差のある俺がその手のひらを覗き込もうとすると、必然的に頭を下げる様な形になる。


「……さっきの騎士のコスプレをしてた人達の中には、彼女さんはいないんですよね。なら、これくらい許して下さいね」


 小都が独り言を呟き、唇を向けて来た。


「こ、小都ッ!?」

「動かないで、先輩」


 小都の唇が迫る。

 俺は思わぬ展開にワタワタする。


 俺の頰に小都の唇が触れようとしたその時――


「おっと、そうはさせんのじゃ!」


 真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)ハイジアが現れた。

 ハイジアは現れるや否や俺を突き飛ばし、小都の目の前に猫のニコを突き出す。


「ぐはッ!」

「な、何!?」

「ギニャッ!?」


 小都はイケメン猫ニコと「ムチュー」と熱烈な口付けを交わす。


「ぷはぁ!」

「ダ、ダメなのですよ、ハイジアさん!」


 手のひらを顔で覆いつつ、指の隙間から覗くシャルルがいた。

 つか、覗いてたのか……


「妾の目が黒い内は、ラブコメ展開など許さぬのじゃ! ふはははは!」

「つか、突き飛ばすこたぁねーだろ、ハイジア!」

「ええい、喧しいわコタロー! 貴様、最近少しばかりラブコメが目に余るぞ! 蝿女といい、この小娘といい。全くいい歳しよって!」

「歳は関係ねーだろ、歳は!」


 俺とハイジアはギャーギャーと喚きあう。

 三十過ぎの俺は年の話題には敏感だ。


「こ、虎太朗先輩、そ、それじゃあ私はこれで」

「お、おう、気を付けて帰れよ、小都!」


 小都がそそくさと玄関扉を開いた。


「また来ます!」

「おう! って、え? また来んのか?」

「はい! あ、私もこれからお酒に慣れていこうと思いますから、色々とお酒の事教えて下さいね!」


 そう言って小都は、来たる嵐の予感だけを残して足早に去っていった。




小都、裏設定

大学時代に塾講師をしてたコタローの元生徒

大学まで追いかけて来て熱烈アプローチ

虎太朗先生から、虎太朗先輩へ

柔らかな見た目に反した押しの強さでガンガン虎太朗を押しまくって最後には虎太朗を押し倒した

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