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38 お隣さんと牛もつ鍋

「うー、寒い寒い」


 マンションの廊下に出た俺は、凍える様な寒さにブルッと身を震わせる。


「つか、今日も冷えるなー」


 この所の寒さは異常だ。

 テレビでも連日大雪のニュースで大盛り上がりである。


「こんな寒い日はやっぱり鍋だよな!」


 俺は手に持った食材に想いを馳せながら、お隣さん家の玄関を開けた。


 お隣さん家の玄関には鍵が掛かっていない。

 いつも開けっ放しなのだ。


「うっす! 邪魔すんぞー!」


 いつもの様に声を掛け、コタツ部屋へと向かう。


 ドアを開けた先には、マリベルとシャルル、それにルゼルとに杏子(あんず)が、仲良く炬燵で温もっていた。


「あ、虎太朗さん、こんにちはー!」

「おう、杏子ちゃんも来てたのか」


 真っ先に俺に気付いた杏子と挨拶を交わす。


「あ、いらっしゃいませなのです、コタローさん!」

「…………いらっしゃい」

「よく来たな、コタロー! さあ炬燵にでも座って暖まってくれ」

「おう、邪魔すんぞー」


 俺はマリベルの勧めに従い腰を下ろす。


「しかし今日はまた、一段と冷えるなー!」

「うむ。この様な寒い日は、炬燵の有り難みが特に身に染みるな」

「わたしなんてもう、炬燵で生活したいくらいなのですよー」


 二人の女騎士はコタツ布団に包まって、ヌクヌク顔で応える。

 俺もそんな二人に倣って、炬燵に脚を突っ込んだ。


「あー、あったけー。……っと、そうそう」


 一頻り暖まった俺が、持参した食材をコタツテーブルに置くと、みんなの注目が食材に集まった。


「…………コタロー、それ、何?」

「おう! こいつはなぁ、『モツ鍋』の材料だ!」

「モツ鍋ですか! いいですねー!」

「だろ? つか、寒い日はやっぱ鍋だろー」

「さすがコタローさんなのです! 早速、準備しましょう!」


 杏子とシャルルがそう言いながら両手をワキワキさせる。

 一方、マリベルとルゼルは具材に興味津々の様子だ。

 二人してツンツンと指で牛モツを(つつ)いたりしている。


「…………モツ鍋、楽しみ」

「おう、直ぐに出来るからちょっと待ってろ!」

「それでコタロー。『モツ鍋』とはどの様な料理なのだ?」

「つか、煮てプルンプルンになったモツやキャベツを、ハフハフ言いながら食う鍋だな」


 俺は身振り手振りで伝える。


「なるほど、分からん!」


 イマイチ伝わらなかったみたいだ。


「つか、実際に食ってみろよ。直ぐに作ってやる」

「ああ、楽しみだ!」


 俺は携帯コンロを引っ張り出して、鍋に火をかけた。

 鍋が沸き立つ音がクツクツと部屋に響く。

 牛モツ独特の匂いとニラやにんにくの香りが漂う。

 食欲を刺激される香りだ。


「な、なあ、コタロー? そろそろ出来たんじゃないのか?」

「まだだ。もう少し煮た方がキャベツが上手くなるからな」

「そ、そうか……」


 マリベルはゴクリと生唾を飲み込みながら、ソワソワしている。


「おう! そんなソワソワすんなマリベル! つか、これでも飲みながら、もう少し待ってろ!」


 俺はコタツテーブルに一升瓶をデンと置いた。

 みんなの視線が鍋からその酒に移る。


「あー、虎太朗さん! 『赤兎馬』じゃないですかー!」

「おう! さすがに杏子ちゃんは知ってるか」

「…………赤兎馬? 日本酒?」


 ルゼルが首を捻った。


「いや日本酒じゃねーよ。こいつは芋焼酎だ! 芋の割に癖が少なくて、スッキリ飲める美味い酒なんだぜ?」

「…………赤兎馬、飲みたい」

「コタロー、私もだ!」

「あ、わたしも飲むのです!」

「はい、はーい! 勿論私も頂きまーす!」

「おう! ちょっと待ってろよー」


 俺は赤兎馬の封を切り、みんなのグラスに注いで回る。


「さあ、乾杯だ!」


 みんながグラスを掲げて「乾杯!」と返す。

 そして待ってましたとばかりにグラスを傾け焼酎を煽った。


「ほう、これは旨いな!」

「んく、んく、ふあー。ほんと、美味しいのです!」

「…………これ、好き」

「ぷはー美味しいー! 私も赤兎馬は結構飲むんですよー。フルーティーで後味も良くて、ぐいぐい飲んじゃいます!」


 どうやらお隣の酒飲みたちにも赤兎馬は好評な様だ。

 旨そうに喉を鳴らして飲んでいる。

 みんなのそんな様子を見ながら、俺も自分のグラスに注いだ赤兎馬をグイッと煽った。


「んく、んく、ぷはー!」


 口腔に含むと芳醇な香りが鼻を突き抜ける。

 芋の臭みは控えめでスッキリしたフルーティーな香りだ。

 舌に円熟した仄かな甘みが感じられる。


「カーッ、うめー! つか、もう一杯だ!」


 手酌でお代わりを注いでいると、マリベルが空になったグラスを差し出してきた。


「私にもお代わりを頼む!」

「おう! つか、みんなもジャンジャン飲んでくれ!」

「はーい、なのです!」

「…………ん」

「じゃあ、早速私にも、お代わり下さーい!」


 俺たちは鍋が仕上がるまでの間、旨い焼酎を楽しんだ。




「おう! 鍋が出来たぞ!」


 モツ鍋が熱い湯気を立てながら、クツクツと沸き立つ。

 山の様に盛っていたキャベツにも十分に火が通り、出汁をたっぷりと吸ってクタッとなっている。

 主役のモツも熱々でプルンプルンだ。


「さあ、食ってくれ!」

「はーい、待ってましたー!」


 杏子がとんすい片手に一番に鍋に手を伸ばす。

 それを皮切りにみんなが次々と鍋に手を出した。


「ハフ! ハフッ! んー、美味しいです虎太朗さん!」

「…………ん、熱い……でも美味しい」

「だろー? じゃあ俺も頂くか!」


 とんすいに(よそ)った牛モツが、ホカホカの湯気を立てながらプルンと震えている。

 俺はそんな様子に食欲を刺激されながら、ニラとキャベツと牛モツを一緒くたにして頬張った。


 口の中でモツの脂とコラーゲンが溶け出し、キャベツから染み出した出汁と混ざり合う。

 脂の甘みと出汁の旨味が渾然一体となって俺を襲う。


「くはー! たまんねーな、こりゃー!」


 歯応えも面白い。

 ニラのシャキシャキした歯応えに、クタクタになるまで煮込んだキャベツの崩れる様な歯触り。

 それに脂が溶け出した後のモツのクニクニした食感が俺を飽きさせない。


 俺は頬張った鍋を咀嚼して飲み込んだ後、「ハフッ!」と熱く満足気な息を吐き出した。


 一息ついた俺は次に赤兎馬を煽る。


「んく、んく、ぷはぁ! 効くわ、こりゃあ!」


 鍋と焼酎と炬燵で体は芯からポカポカだ。


「ぷはー、最高です! 虎太朗さん、私にも赤兎馬お代わり下さい!」

「…………私は、モツ鍋、もっと食べる」


 杏子とルゼルも御満悦の様だ。

 杏子はホクホクした顔で焼酎を飲み、ルゼルは何を考えてるのか分からんボーッとした顔で、一心不乱に鍋を食べる。


「おう、マリベルにシャルル! 鍋、旨いか?」


 俺はとんすいを手に持ちフリーズしている女騎士姉妹に声を掛けた。

 二人の女騎士が同時にこちらにグリンと首を回し、カッと目を見開く。


「旨いどころの話ではないわ! 熱々に湯気を立てるモツの甘み! 昆布と手羽で丁寧とられた出汁をたっぷり吸い込んだキャベツの旨味! 別々に食べても味わい深いそれらの食材は、全ての食材を一口に頬張る事によってこそ完成する様に計算され尽くしている! これぞ正に味のオーケストラ! ピリリと全体を引き締める鷹の爪は言うなれば鍋の指揮者(コンダクター)!」

「それだけじゃないよ、お姉ちゃん! ニンニクやニラといった香りの強い具材が、モツが本来持つ臭みを消しているんだよ! しかもニンニクやニラはただの臭い消しじゃない! 十分に出汁に浸ったそれらが、鍋に深いコクを生み出している! 奏者だけじゃない! 舞台裏にも立役者がいるんだよ!」

「そこに気付くとは、流石は我が妹よ! 天晴れだシャルル!」

「……お、おう。そうだな」


 今日もお隣の女騎士は平常運転だ。




 旨い酒を飲み熱々の鍋を摘む俺たちは、いい感じに酔っ払いつつあった。


 マリベルはフラフラと頭を振り、時折カクンとなっては「んあ!?」と声を上げている。

 シャルルはマリベルの下腹部に、抱き付く様にして眠っている。


 ルゼルはトロンとした目付きでグラスを傾けながら俺にしな垂れかかり、若干陽気になりつつもまだ平気な杏子は、俺と差し向かいで飲んでいる。


 そうこうしていると、ガチャッとドアを開けてフレアが入って来た。


「あら、いらっしゃい、お兄さんにアンズ……って、何、何、ちょっと!? 美味しそうなの食べてるじゃない!」


 フレアが鍋と焼酎を交互に見ながら声を上げた。


「あー、フレアさん。お邪魔してまーす!」

「おう、フレアか。アンタもこっち来て炬燵に座ったらどうだ?」

「はーい、じゃあお邪魔するわね。で、ちゃんとアタシの分のお酒とお鍋もあるんでしょうねー?」

「おう、勿論だ! フレアとハイジアの分の具材は、最初から別に分けて残してある」

「さっすが、お兄さんね!」


 俺は鍋に出汁を足し、分けておいた具材をモサッと盛った。


「うし、これで良し! ところでフレア、ハイジアは?」

「ハイジア? あのお子様なら、まだ寝てるんじゃないかしら?」


 フレアがそう言うとコタツ部屋のドアが勢いよく開かれた。


「フレア、貴様! 誰がお子様なのじゃッ!?」

「あ、ハイジアさん。お邪魔してまーす!」

「あら、ハイジア起きたのね。うふふ、誰って貴女の事よ、ハイジアちゃん?」

「貴様! 妾をちゃん付けで呼ぶでないわ! そこな蝿女もコタローから離れるのじゃ!」

「………………ん、離れない」


 ハイジアは現れて早々、声を荒げる。


「まあ、落ち着けよハイジア。つか、これでも飲んで気を鎮めろ」

「まったく、どやつもこやつも、妾を敬う気持ちが足りんのじゃ」


 ハイジアはブツクサ言いながらも俺から焼酎を受け取り、一息に飲み干した。


「ほう、旨いの、この酒は!」

「だろ?」

「うむ! もう一杯なのじゃ!」

「あらあら、お兄さん。ハイジアばかり? あたしにも頂けるかしら?」

「おう、勿論だ!」


 焼酎一杯でハイジアの機嫌は快復だ。

 フレアも旨そうに焼酎を飲む。


「つか、フレアは今まで何をしていたんだ?」

「あたし? あたしはまた召喚陣を弄っていたの」

「おう、精が出るな」

「ええ、ちょっと召喚陣に実装出来そうな機能を思いついてねー」

「へー、どんな機能なんですか?」


 杏子がフレアに焼酎を注ぎながら尋ねた。

 俺もどんな機能か興味津々だ。


「あの召喚陣で、異世界間の行き来は出来るようになったでしょう?」

「おう! つか、凄え機能だよなぁ」

「うふふ、そうでしょ? それでね、今度は此方の世界の色んな場所に、あの召喚陣を繋げる事が出来ないかを試しているの」


 フレアがまたとんでもない事を言い出した。


「つ、つか、それは……」

「フ、フレアさん。それってつまり……」

「『どこでもドア』なのじゃなッ!?」


 テレビっ子ハイジアが答えを導き出した。


「マジか!? す、凄え!? つか、凄すぎんだろフレア! 天才だ……アンタはマジもんの天才だ、フレアッ!?」

「凄いです! フレアさん、凄い! ……フ、フレアもん! フレアさんは正にフレアもんです!」


 召喚陣がフレアの手によってどんどん進化していく。

 ビックリ仰天だ。


「うふふ、もっと褒めてくれてもいいのよー? あ、機能が実装できたら、この世界の色んな場所を案内してね、お兄さん」

「おう、任せろ! つか、沖縄の綺麗な海に、湯布院の温泉、北海道の海鮮食べ歩き! うはー! 夢が広がるー!」

「妾も! 妾も行くのじゃ!」

「…………私も、行きたいから」

「勿論私もついていきます! どこでもドアならぬ、どこでも召喚陣ツアー!」


 俺たちは今後の旅行に胸を膨らませる。

 マリベルが首をカクンと落として「んあッ!?」と声を上げる。

 そうこうしているとモツ鍋がまたクツクツと煮立ち始めた。


「おう、モツ鍋出来たぜ! フレア、ハイジア、たんと食ってくれ!」

「うむ、頂くのじゃ!」

「そうね、召喚陣の話はまた今度にしましょう。今はお鍋とお酒を楽しまなきゃ!」


 そしてまた賑やかな第二ラウンドが始まる。




水着回とか温泉回への伏線張ったった!(・∀・)

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