37 お隣さんと異世界飲み会 夜魔の森後編
俺たちをその背に乗せたロック鳥が、夜闇を切り裂きながら颯爽と夜空を舞う。
ハイジアの城が遠くに見えてきた。
城は夜魔の森の中央にある小高い丘から迫り出した、切り立った崖の上に建っていた。
煌々と輝く月を背に屹立するその古城は、優雅さを漂わせながらも、妖しさを感じさせる。
「キャハッ! お城すごーい! キャハハハッ!」
酔っ払った杏子が、何が楽しいのか、キャハキャハと笑い転げた。
「お、おう、杏子ちゃん! ちゃんと摑まってねーとあぶねーぞ!」
「だーいじょうぶですよぅ、アハッ!」
「杏子はこうなったら人の話、聞かないんだよねえ」
ギャーギャー騒いでいると、もう城が目前まで来ていた。
「ロック鳥よ! あの前庭に降りるのじゃ!」
「クルクア」
ロック鳥が城門の内側にある前庭に降り立ち、居館正面の大扉前に俺たちを降ろす。
「ご苦労じゃったの」
ハイジアはそう労いながら、ロック鳥の巨大な嘴を撫でる。
ロック鳥は嬉しそうに「クア」と一度鳴いた後、巣へと飛び去っていった。
俺は前庭を眺める。
黒や紫、深緑といった暗色の植物で構成された前庭は、華やかさこそ無いものの、見事に整えられており落ち着いた雰囲気が城を益々妖しく魅せている。
「おう、ハイジア。こりゃー見事な庭だな!」
「そうじゃろ? 毎日、食屍鬼の庭師が手入れしておるからの。ほれ、今もあそこで手入れしておるのじゃ」
ハイジアの指差す方を見遣ると、食屍鬼の庭師が屍らしい緩慢な動作で庭の手入れをしていた。
「それよりハイジアちゃん! はやく城の中を案内してくれないかい? ああ、ワクワクだぁ」
「貴様、また妾をちゃん付けしよってからに!」
「キャハッ! 細かいことはいいじゃないですかー!」
「うぬぬ、貴様ら親娘は……」
そう言いつつもハイジアは居館の扉の前に立ち、声を上げる。
「扉を開けよ! 妾が、女王ハイジアが帰ったのじゃ!」
重厚な厚い木材で出来た扉が、ギギギと重たい音を立てながら左右に開いていく。
扉が開いた先、居館の玄関ホールにズラッと使用人が並び、頭を下げてハイジアを出迎えた。
玄関ホールの奥から、左右に列をなす使用人の間を縫って歩み進んでくる人影がある。
その人影は足音も立てずに歩き、立ち止まると胸に手を当てて頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ハイジア様」
老齢ながら威風堂々とした体躯の白髪赤瞳の人物だ。
そんな執事然とした様の人物がハイジアを出迎える。
「うむ! 出迎えご苦労なのじゃ、ファブリス!」
ファブリスと呼ばれたその人物は頭を上げ、ハイジアに向かって薄く微笑んだ。
「おう、ハイジア。こちらはどちらさんだ? 執事さんか?」
「うむ。此奴は城で執事をしておる吸血鬼の王のファブリスじゃ」
ハイジアに紹介されたファブリスが頭を下げる。
「ファブリスに御座います。お見知り置きを」
「あ、これはご丁寧に。私は大家です」
「キャハッ! 杏子でーす!」
「俺は虎太朗っす。『こ』は『虎』な! つか、頭を上げくれファブリスさん!」
ファブリスは柔らかい笑顔を浮かべながら顔を上げる。
「つかハイジア? ファブリスさん、吸血鬼の王って王なのに執事なのか?」
「そんな事は知らんのじゃ」
ハイジアはそう言い捨てて居館への扉を潜った。
俺たちは居館のとある一室へと招き入れられた。
三十畳ほどの広い部屋だ。
その部屋には豪奢なシャンデリアが輝き、部屋の中央には、木目の美しい繊細な装飾が施された美麗なダイニングテーブルが設えられていた。
シャンデリアとテーブル上の燭台が、蝋燭の淡い光をユラユラと輝かせる。
部屋には大きな硝子戸があり、大きく開け放たれたその硝子戸から差し込む月の明かりが、見る人を硝子戸の先のテラスへと誘う。
薄明かりながらも開放感のある空間だ。
「ちと狭苦しいのじゃが、ここで飲むとするかのー?」
「おま、ハイジア! つか、こんな立派な部屋で狭苦しいって、贅沢だなー、アンタ」
「いやなに。妾はもっともーっと広い大広間で、使用人らも含めて、みんなでドンチャン騒ぎをしようと思ったんじゃがの?」
「どうしてそうしなかったんですかー?」
「ファブリスの奴めが、こちらの部屋で少人数でのパーティーの方がお勧めじゃと言うのじゃ」
ハイジアがそう言いながら口を尖らす。
すると壁際に控えていたファブリスが口を開いた。
「……皆さま、ここまでの道中でお疲れでしょうから、こちらのお部屋で、少人数でゆるりと食事を楽しまれるのが良いかと存じます」
「ふむ……そうかのー? じゃが此奴らの事じゃから、どこで飲んでもどうせドンチャン騒ぎになるぞえ?」
ハイジアのその言葉には応えず、ファブリスは薄く微笑んで傍へと下がる。
下がる途中ファブリスが「ぐふふ、酔った姫さま、独り占め……」と小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
飲み会が始まった。
大きなダイニングテーブルに所狭しと料理が並べられる。
コース形式ではなくパーティー形式だ。
出来た順番に次々と料理が運ばれて来る。
奈落牛の肝と骨髄を刻み込んだパテ。
黒死鳥の串焼肉。
マンドラゴラのチーズガレット。
ポイズントードとポイズンスネークの塩漬け肉。
謎の肉団子。
「ねえねえ、給仕殿! この料理は何なんだい?」
大家さんが給仕さんに尋ねる。
ちなみに大家さんは既に麻痺と毒ダメージから回復していたりする。
ファブリスが倉庫の奥で埃を被っていたポーションを見つけ出し、大家さんに与えたのだ。
麻痺と痛みから解放された大家さんは絶好調だ。
スケルトンと手を繋ぎながら部屋を所狭しと動き回り、あちらこちらの料理にフォークを伸ばしている。
「ほら、骨殿! こっちの料理も美味しいよー?」
「そちらは『ヤミ豚の血と脂の腸詰め』になります」
「うはー! こう、噛んで飲み込む度に、背中が寒気でゾワゾワッてなるよ!?」
大家さんはスケルトンにも料理を差し出した。
スケルトンは口からボトボトと料理を落としながら、大家さんと一緒に食事を楽しんでいる。
「キャハッ、すごーい! お料理から人の顔みたいな湯気が立ってるー!」
「つか、どうなってんだこりゃ!? ただの湯気じゃねーだろ、これ!」
「なんじゃ、コタロー! 細かい事を気にするでない! ガブッといくのじゃ、ガブッと!」
「お、おう、ままよッ! はむっ、んぐ、んぐ、んぐん、……なんだ、こりゃ!? ゾワッと来るけどうめー!」
料理は予想外の美味さだった。
チーズガレットは円やかなチーズの味にゾワッとする寒気。
パテはバゲットに塗って食べると、肝と骨髄の濃厚な味に目の前が真っ暗になる様な陶酔感。
塩漬け肉は弾力のある歯応えの良い肉に、ピリッとした毒の刺激が心地よい。
「姫さま」
「なんじゃファブリス、妾の事は女王陛下と呼ぶのじゃ!」
「失礼しました。……では陛下、そろそろ秘蔵の酒をお持ち致しましょうか?」
「お、待ってました! ハイジアちゃんの秘蔵のお酒! うっひょー!」
「うむ、持って参れ!」
「畏まりました。……酔った姫さま、ぐふふ」
「あと大家! 貴様も妾の事は女王陛下と呼ぶのじゃ!」
ファブリスはだらし無く笑い、酒の準備に取り掛かる。
程なくしてハイジア秘蔵の酒が、樽ごと部屋に運び込まれて来た。
「お待たせ致しました。こちらが夜魔の森にて熟成しました蒸留酒、『怨嗟の響き』70年ものに御座います」
樽の中から「あぁぁ」だとか「うぅぅ」だとかの声が漏れ聞こえてくる。
「お、待っておったのじゃ!」
「うっひょー、きた、きた、きた、きたー!」
「よ! 待ってましたー、キャハ!」
ファブリスが樽を開封する。
すると開け放たれた樽の中から一層大きな怨嗟の声が響き渡り、いくつもの霊が樽から解き放たれて四散した。
「ちょ、ちょま!? つか、ファブリスさん、いまの何だよ!?」
「ん? 何のことに御座いますか、お客人?」
「いま、何か樽から飛び出したっすよね!? つか、まさか……人を殺して、樽に詰めたりしてねーだろうな!?」
俺は目を白黒させながらファブリスに尋ねた。
「ははは、慌てなさるな、お客人。先ほど飛び出したものは霊体に御座いますぞ」
「そうじゃぞ、コタロー! 人など詰めぬわ!」
「だったらいいんだが、……なんでレイスなんか詰めてたんだ?」
「貴様は無知じゃのう。彼奴らを樽に詰めて熟成させるとな、良い感じに怨みが酒に染み込んで旨いのじゃー」
「……お、おう、物知りだな。さすがテレビっ子ハイジアだ」
そう褒めると、ハイジアはフフンと薄い胸を得意げに反らした。
「霊体どもとは確と契約して対価も支払っております故、ご心配召されぬよう」
「そ、そんな事よりファブリス殿! はやくそのお酒を一杯貰えないかい?」
「これは失礼。さ、メイドの貴女、お客人達に『怨嗟の響き』をお配りして下さい。姫さまには私が注ぎましょう」
そう言ってファブリスはジョッキグラスに溢れんばかりに酒を注いでハイジアへと手渡した。
ハイジアはその酒を受け取りながら、若干引き気味だ。
俺と大家さんに杏子は、普通のロックグラスで酒を受け取る。
「の、のう、ファブリス? ……妾の酒だけ何故にジョッキなのじゃ?」
「はて? 気のせいで御座いましょう」
「いや、気のせいでは無いぞ? コタローらのグラスを見るのじゃ。妾もアレくらいのグラスで良いぞえ?」
それを聞いた女中達が、神速の手つきで俺たちのロックグラスをジョッキグラスに差し替えた。
そして女中達は何事もなかったかの様に、静かに佇む。
「ハイジア様。お客人達のグラスも陛下と同じサイズに御座います」
「……え? いま差し替えた様じゃが」
「気のせいに御座います」
ファブリスが気のせいでハイジアを押し切ろうとしている。
俺はそんなファブリスの様子にピコンと閃くモノがあった。
……恐らくファブリスは、『ハイジアたん』の降臨を画策している。
「おう、ハイジア! つか、俺たちの受け取ったグラスも、最初からジョッキサイズだったぞ!」
俺はファブリスに助け船を出した。
ハイジアが不可解な様子に首を捻る。
「ふむむ、そうじゃったかのー?」
ファブリスは俺を流し見てアイコンタクトをした。
俺も確とファブリスに頷き返す。
ここにハイジア酔っ払わせ同盟が秘密裏に結成された。
「コタリョー、わらわなー、少しだけ酔ってしもうたのじゃー」
そう言ってハイジアたんが俺の膝の上に乗り、エヘヘと微笑む。
ハイジアはもうベロンベロンだ。
俺もいい感じに酔いが回ってきた。
「おう、ハイジアたん! もっといっぱい飲んじゃうか? ヒック」
「わらわ、コタリョーのお酒、のむー!」
そう言ってハイジアが俺の手からジョッキを奪い、んくんくと可愛らしく喉を鳴らしながら酒を飲む。
「ぷはー! はい、次はコタリョーの番なのー!」
「おう、任せとけ! んく、んく、ぷはぁ! キッツいけど旨いなぁーッ!」
「えへへー」
俺はハイジアから受け取ったグラスを傾けた。
見た目も味もウィスキーにソックリなその酒からは「あ゛ぁぁ」だとか「ぐぅぅ」だとかの怨嗟の残滓が聞こえてくる。
長期熟成された円やかな蒸留酒の芳しい香りに、恨み節が刺激的な酒だ。
喉を通るその酒は熱く、胃に落ちた後は背筋がヒヤッとする不思議な感覚を味わいながら、俺たちはパカパカと酒を飲んだ。
「ひ、姫さま? 私の懐も空いておりますぞ?」
ファブリスが両腕を開きながらハイジアに語りかける。
「ヤ、なのじゃ。わらわ、コタリョーに乗るー!」
「そ、そんな、……姫さま、ちょっとだけ、ちょっとだけでも私の胸に飛び込――」
「ヤッ!」
ハイジアはプイッとそっぽを向きながらファブリスに応えた。
ファブリスは肩を落として項垂れた後、俺をキッと睨んだ。
俺はハイジアを膝に抱えながら、フッと勝者の笑みをファブリスに返す。
結成したばかりのハイジア酔っ払わせ同盟は、ここに決裂した。
ハイジアを俺に奪われ項垂れていたファブリスが、真面目な顔をして話しかけてきた。
「お客人、コタロー殿と言いましたな」
「おう、ヒック、何すか? ハイジアたんなら渡さねーぞ?」
「エヘヘー、コタリョー! ぐりぐり」
ハイジアが口でグリグリ言いながら、頭を俺の顔に押し付けて来る。
なんちゅー可愛い生き物だ。
「グッ、……それはそうとコタロー殿達はいつまで城に滞在されるのでしょうか?」
「ああ、多分もう直ぐ帰るっすよ。こっち来て、そろそろ半日くらいになるしな」
「……半日、とは?」
「おう、俺たち、異世界から来たんだが、半日経ったら元の世界に自動的に戻されるんすよ、ヒック」
ファブリスは顎に手を当てて考え始める。
ブツブツと「もう猶予がない、手筈を整えねば」と独り言ちる。
「して、コタロー殿。ハイジア様も一緒に戻るのですかな?」
「おう、そうなってんぞー」
「……帰還の方法は?」
「ヒック、つか、時間になると召喚陣が勝手に出てきて、元の世界に帰してくれんだよ」
「ふむ、召喚陣……」
ファブリスは俺から話を聞き終えた後、部屋の出入り口に控えていた女中の元に歩み寄り、何かを耳元で囁いた。
女中は一礼した後、足早に部屋を歩み去った。
「虎太朗くーん、いえーい、飲んでるかーい?」
「キャハ! 虎太朗さん、飲ーんで飲んで飲んで!」
大家さんがジョッキを片手にスケルトンと肩を組んで近づいて来る。
杏子も酔っ払い特有のウザったい一気飲みコールを連呼しながらこちらに来た。
「おう、アンタら、酔っ払ってやがんなー!」
「そういう虎太朗くんだって、ハイジアちゃんを膝に乗せたりなんてしちゃって!」
「コタリョー、ギュッてしてー?」
「あ、はいはーい! 私も虎太朗さんに乗りまーす!」
杏子が胡座をかき膝にハイジアを乗せた俺の肩に、のし掛かって来た。
「ぐえ、重いっつーの! 降りろ杏子ちゃん!」
「あー、ハイジアさんだけ、依怙贔屓ー!」
「つか、ハイジアたんは可愛いからいいんだよ!」
「何ですかそれ、ひっどーい! キャハッ!」
俺たちはやっぱり今日もまたドンチャン騒ぎだ。
「しっかし、ハイジアちゃんが自慢するだけあって、美味しいお酒だねー」
「おう、旨いよなー! つか、ファブリスさんが土産に瓶詰めしたのを持たせてくれてんぞ」
「本当かい? うっひょー、帰ったらマリベル殿たちを交えてまた宴会が出来るね!」
そうこうしていると、俺たちの足元が薄く輝き始めた。
帰還の時間がやって来た様だ。
俺は部屋をキョロキョロと見回してファブリスを探す。
「ファブリスさんは、っと……」
吸血鬼の王ファブリスは赤い瞳を光らせながら、テラスへと続く硝子戸の側に立っていた。
「おう、ファブリスさん、ご馳走さん! 俺たち、そろそろ帰りの時間みたいだ!」
「……ええ、お客人たち。気を付けてお帰りを」
ファブリスが尖った犬歯を剥き出しにして、大仰な動作で頭を下げた。
数秒後、頭を上げたファブリスの姿が、霧となって闇に溶ける。
「ただし、姫さまは置いていって貰いましょう!」
ファブリスは俺の真ん前に姿を現し、俺からハイジアを掻っ攫う。
「コタリョー!?」
「ハ、ハイジアッ!?」
ファブリスの脇に抱えられたハイジアが俺に手を伸ばす。
「リッチー部隊! 魔術陣キャンセラーを展開するのです!」
部屋を出て行った女中が、何体ものリッチーを引き連れて戻ってきた。
リッチー達は杖を掲げ、呪文を詠唱する。
「お、おう、ファブリスさん! つか、アンタ、一体何のつもりだッ!?」
「言った通りですよ、お客人。無事のお帰りを。……ただし、ハイジア様はお帰り頂く訳にはいきません!」
「な、何言ってんだアンタッ!? つか、ハイジア返せよッ!」
ハイジアを奪い返さんとファブリスに飛び掛かる。
だが、俺はファブリスの腕の一振りで弾き飛ばされた。
「ぐあッ!?」
「コタリョー! やめい、ファブリス! やめるのじゃー!」
ファブリスはトンと軽く跳躍し、リッチー部隊の作る輪の中にハイジアを抱えながら着地した。
「貴方がたはハイジア様の大切なお客人。故に傷つける様な真似は致しません。……ですが、ハイジア様は置いて帰って頂きます。さあ、速やかにお帰りを!」
倒れ伏す俺の足元に再召喚の召喚陣が展開される。
見ればアワアワしている大家さんと杏子の足元にも召喚陣が展開されている。
だがハイジアの足元にだけは、召喚陣が展開されていない。
「おう、みんな! ハイジアを取り返すぞッ! うおーッ!」
「え、あ、え?! あ、はい! ハ、ハイジアさん!」
「うおおおおーーーッ! ハイジアちゃんを返せーーーッ!」
俺たちはハイジアを取り返さんと、三方向からファブリスに飛び掛かる。
しかし、俺たちはファブリスの元へと到達する前に、全員が女中に取り押さえられた。
女中たちは女伊達らに、凄い力で俺たちを押さえつける。
「く、くそッ! 離せよ、おい、メイドのねーちゃん! 離せ!」
「いくら足掻いても無駄ですよ。この城のメイドは全て吸血鬼。人間如きの力では抗えぬ存在です」
「私はメイドだけど、吸血鬼じゃありません!」
杏子が訳の分からない主張をした。
俺は女中に押さえつけられながら、それでも諦めずにジタバタと足掻く。
そうしている間にも地面に浮かんだ召喚陣は輝きを増していく。
今にも再召喚が発動しそうだ。
「コタリョー! ええい、離すのじゃッ! 離すのじゃ、ファブリス!」
ファブリスに抱えられたハイジアがジタバタと暴れる。
流石の吸血鬼の王も、より上位の吸血鬼である真祖吸血鬼の本気の抵抗を受け、今にもハイジアを手放しそうだ。
しかし、酔ったハイジアは思うように体に力が入らない。
あと一押し何かがあれば、ハイジアはファブリスの手から逃れられるものを!
その時、白い影がリッチー部隊の合間を縫って飛び出した。
白い影はガチャガチャと音を立てながら走り、全身全霊の力を込めてファブリスへと体当たりを仕掛けた。
「う、うお!? な、何ですか!?」
「い、いまだハイジア! 抜け出せーッ!」
「コタリョーッ!!」
白い影の体当たりに一瞬怯んだ隙をついて、ハイジアがファブリスの拘束から抜けだす。
「ひ、姫さま!? おのれ、このスケルトン風情めが!」
ファブリスに体当たりを仕掛けたのはスケルトンだった。
スケルトンは怒りに一瞬我を忘れたファブリスの一撃を受けて、バラバラに砕け散る。
「ほ、骨殿ーッ!?」
大家さんの絶叫が木霊した。
解放されたハイジアは素早く俺たちを拘束する女中達を引き剥がす。
足元の召喚陣が強く、眩い光を発する。
リッチー部隊の輪を抜け出したハイジアの足元にも、ちゃんと召喚陣が輝いている。
「ひ、姫さま!? わ、私は、……爺は、姫さまが居ないと寂しいのです!」
ファブリスは吐き出す様に訴えた。
ハイジアはファブリスに向かって大きな声で応える。
「情けないことを言うでないのじゃ、爺! 妾はまた直ぐに帰ってくる! それまで旨い酒でも仕込みながら、妾の帰りを待つがよいぞ! ふははははッ!」
再召喚が発動する。
ハイジアの高笑いを最後に残して、俺たちは夜魔の森からお隣さん家のリビングへと帰還した。
リビングの床の硬い感触がする。
「コタロー、皆もよく戻った!」
「お帰りなさいなのです!」
「ちゃんと戻って来れたわね、お兄さん達!」
「…………おかえりなさい」
それらの声に俺は飛び起きた。
「つ、つか、みんな無事か!? 大家さんは? 杏子ちゃんは? ハ、ハイジアはッ!?」
辺りを見回す。
すると目まぐるしい展開に目を回している杏子と、床を拳で叩きながら「骨殿、……骨殿ッ!」と滂沱の涙を流す大家さんが見えた。
「ハイジア、……ハイジアは?!」
俺はリビングをキョロキョロと見回す。
そんな俺の耳に聞き慣れた高笑いが聞こえてきた。
「ふはははは! 妾なら、ここにおるのじゃ!」
声の方向に向き直ると、ハイジアがいつもの調子で薄い胸をはり、高笑いをしていた。
「……お、おう。……よかったぁ」
俺はそんなハイジアの様子を見ながら、リビングの床にへたり込んだ。
――後日談。
いつまで経っても泣き止まない大家さんを「スケルトンはあの程度では死なんのじゃ!」とハイジアが何度も慰めていたとか何とか。
更新遅くなってすみませんー。
だいぶ長くなってしまいました。
ところで二月、三月は週一、二回ペースの更新になりそうです。
四月からはいっぱい書けそうなのですが……




