34 お隣さんと焼き鳥屋さん
「じゃあ、出掛けんぞー!」
時刻は夕刻。
俺の声に合わせてみんながゾロゾロと動き出す。
そんな中、コスプレ女子大生の杏子が話し掛けてきた。
「それで、どんなお店に行くか、もう決めてるんですかー?」
「おう、俺の行きつけの焼き鳥屋にしようと思ってる」
「焼き鳥! いいですねー」
「だろ? 落ち着いた雰囲気の焼き鳥屋でな、酒も結構いい品を揃えてて穴場なんだぜ?」
「うわー、楽しみです!」
今日は珍しく外で飲もうという話になった。
面子はマリベル、ハイジア、フレア、シャルル、ルゼルのお隣さん五人に、杏子と俺を加えた七人だ。
結構な大所帯である。
「つか、マリベルは焼き鳥って知ってるか?」
「一応な。初詣の屋台で見たことがある」
「妾もよく知っておるぞ? テレビで観たのじゃ。こう、小さな串に鶏肉を刺しての、タレをつけながら一本一本丁寧に焼き上げておった!」
ハイジアが身振り手振りを交えて説明する。
「へえ、貴女、物知りね。流石テレビっ子」
「串料理なのですかー。そういえば聖都の屋台でもよくお姉ちゃんと串料理を買い食いしたのです!」
「…………楽しみ」
俺たちは日の暮れた街をやいのやいのと楽しげに話しながら歩く。
そんな俺たちを道行く人々が振り返る。
「おう、杏子ちゃん。つか、さっきから通行人とすれ違う度に、なんだか俺たちガン見されてねーか?」
「そりゃそうですよー」
「ん? 何でだ?」
「女騎士二人に吸血鬼に魔法使いに悪魔王ですよ? しかもみんな超美人! 目立たない方がおかしいですよー!」
「あー、そりゃそうか。納得したわ。つか、俺の方が麻痺してた」
そんな話をしながら歩いている内に、俺の行きつけの焼き鳥屋付近に到着した。
俺たちは連れ立って焼き鳥屋に近づく。
だがどうも少し様子がおかしい。
開店時刻が来たばかりだというのに、四十前後の優男がシャッターを下ろし、店を閉めようとしているのだ。
俺はその優男、この店の店主に話し掛ける。
「店長ちっす!」
「ああ、虎太朗さん。こんばんは」
「おう、こんばんは。で、今日は店開けねーのか?」
俺がそう尋ねると店長は弱り顔をした。
店長は応える。
「いえ、仕込みも終わらせたし開けたいのは山々なんですが……」
「どうした? なんか困り事か?」
「はい。今日、お店に入る予定だったバイトの子が、全員インフルエンザで来れなくなってしまったんですよ」
「マジかー、つか、そりゃ災難だなー」
「ええ、本当に弱ってしまいまして。臨時でバイトを雇おうにもそんなツテもないですし……」
店長はそう言って肩を落とす。
俺はお隣さんたちを振り返り、話し掛けた。
「つーわけで、すまん! 今日の焼き鳥はなしだ!」
「それは構わんが……おい、コタロー、そちらの御仁は何を困っておるのだ?」
「おう、バイト、……っつか給仕の手伝いさんが、みんな病気でぶっ倒れて、店が開けねーんだと」
俺の返答に女騎士マリベルは僅かな時間俯き、「ふむ」と考える素振りを見せた。
マリベルは顔を上げて口を開く。
「……なら、我々が給仕を手伝えばよいのではないか?」
肩を落としていた店長が、バッと顔を上げてマリベルを見る。
「ほ、本当ですか!?」
店長はマリベルに近づき、その手を取った。
「……う、うむ、皆さえ良ければ、だがな」
「あ、ありがとうございます!」
店長は一層強くマリベルの手を握りしめる。
マリベルは店長の勢いに押され気味だ。
俺は店長とマリベルの間に割って入って、握られた手を解いた。
「で、マリベルはこう言ってるが、みんなはどうだ?」
俺はみんなに問いかける。
「名案だと思うのです! 騎士として困っている人は見過ごせません!」
「…………私も、構わない」
「あたしもいいわよー。うふふ、給仕だなんて初体験だわ!」
「なんじゃ貴様ら、揃って。妾は給仕などせんぞ!」
「えー、ハイジアさん、そう言わずに一緒にやりましょうよー!」
渋るハイジアを杏子が説得する。
そこに店主の援護が入った。
「皆さんありがとうございます! お手伝い頂けるのでしたら、閉店後にお酒飲み放題、焼き鳥食べ放題でご馳走させて頂きます!」
「……ほ、ほう? 店主、貴様その言葉に嘘偽りはなかろうな?」
「うん。もちろんだよ、お嬢ちゃん」
「貴様、妾をお嬢ちゃん呼ばわりするでないわ!」
そう言った後、ハイジアは物思いに耽る。
テレビで観た焼き鳥の事でも思い出しているのかもしれない。
「……ま、まあ仕方ないかの。妾も手伝ってくれようぞ!」
こうして俺たちの、焼き鳥屋さん一日お手伝い体験が始まった。
「おう、じゃあ確認だ」
俺は一同を見回しながら声を掛けていく。
「店長は焼き鳥とレジ担当」
「はい! 承知しました」
「杏子ちゃんはドリンクと接客の取り仕切り」
「はーい! 接客なら任せて下さい!」
「俺は焼き鳥以外の料理を担当する。残りの面子は全員ホールスタッフだ!」
「了解よー」
「…………ん」
「妾にドンと任せるがよいのじゃ!」
「うむ、よかろう。……というか、何故店主殿を差し置いて、お前が取り仕切っているのだ、コタロー」
俺は呆れ顔をしたマリベルに応える。
「つか細けーことは気にすんな。それじゃあ、営業開始だ!」
みんなの「おー!」という声が重なった。
ガラガラッと音を立てて扉が開かれる。
本日一組目の来客だ。
「おう! らっしゃい!」
「お帰りなさいませ、ご主人様ー!」
杏子が妙な台詞を吐く。
「うえッ?!」
お客さんが変な声を上げた。
「おう、杏子ちゃん。何だそれ? つか、ご主人様?」
「えー!? 知らないんですか、虎太朗さん! お客様が来客された時はこういうんですよー?」
「お、おう。つか、最近はそういうもんなのか?」
「そういうもんなんです! さあ、みなさんもご一緒に! お帰りなさいませ、ご主人様!」
杏子がそう言ってお隣の異世界人たちを促した。
お隣さんたちはモジモジしながらも杏子に従う。
「……うむ、よ、よくぞ戻られた、主君よ!」
「右に同じくなのです! お帰りなさい、主君さま!」
「…………主? 主、……サタンちゃん? でもサタンちゃん、私より弱いし、泣き虫だから」
「よ、よくぞ戻ったのじゃ、妾の、妾の……わわわ」
「お帰りなさーい、あ、る、じ、さまー! あはは、何だか女中になったみたいで面白いわね!」
お隣さん達が捲したてる。
お客さんは眉をピクピクさせ、ドン引きしていた。
「アンズよ! 1番卓に生ビールを三杯だ! それと主君は『チェキ』をご所望だ! というか『チェキ』とは何だ?」
「アンズさーん! こちらにはハイボールを追加なのですー! あと、撮影会とか、デュフフコポォって、どういう意味なのですかー?」
「はーい! マリベルさん、ビールはこちら! あと、当店はチェキは無しです! シャルルさん、デュフフコポォは魂の叫びです!」
女騎士二人はホールと厨房をバタバタと駆け回る。
両手両腕に何杯ものジョッキを抱えて、一滴も中身を溢さずに動く様は流石だ。
「へぇー、お嬢ちゃん。ハイジアちゃんって言うのね。 可愛いわねー、あ、焼き鳥食べる?」
「貴様、妾をちゃん付けで呼ぶでないわ! だが、焼き鳥は貰うのじゃ! ……もぐ、もぐ」
「ふ、ふーん、ルゼルさんかぁ、デュフ。そ、その角のアクセサリー似合ってるね。……おっと、お、大きなお胸も似合ってるよ? オウフドプフォ」
「…………ん、ありがと」
ホールを見ればハイジアが女性客に餌付けされ、ルゼルが汗っかきの男性客にセクハラを受けていた。
俺はホールに向けて声を上げる。
「おう、お客さんら! 吸血鬼の餌付けは禁止だ! つか、そこのお客さんは悪魔にセクハラすんな!」
俺は声を張り上げながら、他のテーブルにも目を向ける。
「可愛いねー、赤いお姉さん。いいよぉ、何でも好きなお酒を注文していいよぉ、フォカヌポゥ」
「あら、ありがとう、おデブさん。じゃあ、あたしはこの『森伊蔵』を貰おうかしら?」
「デュ、デュフ!? ちょっと、お姉さん、それはちょっと!?」
「……あらあら、何でも好きに頼んでいいんじゃなかったかしら? うふふ」
他のテーブルではフレアがお客さんに酒を集っていた。
「お、おう! つかアンタらなー! マリベルとシャルルを見習って、ちったあ真面目に働いたら……」
―― 旨いというどころの話ではないわッ! ――
俺は聞き慣れた台詞に、カウンター席を振り返った。
「この一本一本丁寧に焼き上げられたねぎまの味わい! 余分な脂が落ちつつもジューシーなモモ肉を串から口に引き抜くと、途端に口腔を刺激して止まない甘辛いタレの味! 程よい焦げの味がよいアクセントになって食べれば食べる程にビールが恋しくなる! ネギの辛味とシャキシャキした食感も飽きをこさせない味の起伏に一役買っているではないか! なんと表現力豊かな串焼きだ!」
「それだけじゃないよ、お姉ちゃん! ねぎまの他にもせせり、ぽんじり、こころ、とりかわ、きも、砂ずり! なんてバラエティに富んだ串焼き! 鶏の皮から内臓まで余す事なく旨さに昇華するなんて、見事としか言いようが無いよ!」
女騎士マリベルとシャルルはクワッと目を見開き、カウンター席のお客さんに向かって口撃を仕掛けていた。
お客さんは目を丸くしてポカーンと口を開けた。
俺はそんなお隣さん達の様子に頭を抱える。
「……つか、アンタら、真面目に働けよ、……マジで」
真っ当な社会人の様な俺の呟きは、焼き鳥屋の喧騒に埋もれて消えた。
開店から結構な時間が経過した。
いまだ店の客足は途絶えず、むしろ段々と忙しくなっていく。
「おう、店長! なんかおかしくねーか!?」
「何がですか! 虎太朗さん!」
店長と俺は引っ切り無しに入るオーダーに、忙しなく手を動かし続けながら話す。
「この店、いつもはこんなに混んでねーだろ!? つか、ゆっくり飲める落ち着いた焼き鳥屋がコンセプトじゃなかったか?」
「そ、そうなんですけど、僕にもどうして忙しいのかは分かりませんよ! けど、こんなにお客さんが来てくれたのは、開店以来初めてです! 忙しいけど、嬉しい! この客入りは最高だッ!」
店長は汗を拭いつつも満面の笑顔だ。
「うはは、良かったじゃねーか、店長! けど、なんで今日に限ってこんなに客が多いんだろうなぁ!?」
俺はそう首をひねる。
するとサーバーからジョッキにビールを注いでいた杏子が、こちらを見つめニヤリと笑みを浮かべた。
「お、おう、杏子ちゃん? つか何だよ、その悪そうな笑い方は?」
嫌な予感がする。
俺は汗を拭いながら杏子に問いかけた。
「ふっふっふー、この繁盛振りの正体はコレです!」
杏子はそういってスマホを取り出す。
「ネットでお店を紹介してみました!」
『PR : 焼き鳥屋さんでコスプレイベント開催中! 超美人な女騎士や女吸血鬼、女魔法使いに女悪魔が、今宵、あなたのメイドさんになってご奉仕中!?』
「写真付きで絶賛拡散中です! いまも凄い勢いで拡散してますよー!」
「つか、やっぱりアンタのせいかッ!?」
「はい! 私のせいです! ぶいッ!」
杏子がピースサインをする。
忙しさの正体が判明した。
ついでに客層がちょっとデュフフに偏っている理由も判明した。
「つか、でもどうすんだよ!? もうそろそろお客さん捌き切れなくなるぞ! マリベル達はもう正直、戦力にならんしなッ!」
お隣の異世界人達は既に自分の立場を忘れ、お客さんに混じってどんちゃん騒ぎを始めている。
なんつー頼りにならん奴らだ。
「大丈夫です、その辺りも抜かりはありません! ちゃんと助っ人を呼んでいます! もう直ぐ来るはずなんですけどー……」
その時、ガラガラッと店の扉が開き、三人の若い娘さんが顔を出した。
「あ!? 来ましたよー! 彼女達は私のバイト仲間の――」
「芽依でーす!」
「杏奈ですぅ」
「蛍だよー?」
三人の娘さんが元気に自己紹介をした。
娘さん達は持参したメイド服を着用してエプロンの紐をキュッと引き締める。
直ぐにでも働けそうだ。
「おう、助かった! 店長、この三人、入って貰って大丈夫だな?」
「ええ、勿論ですよ! ありがたい!」
店長と杏子と俺は、三人のメイドさんと協力して次から次に来店する客を捌き続けた。
「いってらっしゃいませ、ご主人様ー!」
杏子がそういって最後の客を見送った。
「おうー! つか、疲れたーッ!」
「お疲れ様です、みなさん! 今日はありがとうございました!」
店長が一同を見回して礼を言った。
「何、気にするな店主殿。困った時はお互い様だ!」
「あら、マリベル。貴方はずっと食べて飲んで騒いでいただけじゃない?」
「そういうフレアさんも、ずっと飲んでいたのです!」
「ふははは! 妾は良い気分じゃ! たまには給仕も良いものじゃな!」
「…………焼き鳥、美味しかった」
店長のお礼の言葉に、お隣さん達は口々に返事を返した。
「それで、あのー、みなさん……」
「うん? どうした店主殿?」
「大変申し訳ないのですが、閉店後の飲み放題、食べ放題の約束なんですが、……実は、お酒も仕込みも底をついてしまいまして」
店長は肩を縮めながらそう言った。
「な、なんじゃと貴様! 妾を謀ったのかえ?!」
「…………契約、破棄するの?」
真祖吸血鬼と七大罪の悪魔王から、黒い瘴気が立ち上る。
「めめめ、滅相もない! ただ、想定を遥かに超える客入りだったもので、もう何もかもすっからかんなんですよー!」
店長はワタワタしながら手を振った。
俺は店長に助け舟をだす。
「おう、ハイジア、ルゼル! アンタらは散々飲み食いしたんだから、もういいだろ!」
「まぁそれもそうね。あー、美味しかったわー!」
「フレアさん、高そうなお酒ばっかり飲んでましたもんねー?」
「あら、別に値段で選んだ訳じゃないのよアンズ。ただ飲みたいと思ったお酒が高かっただけ」
「…………響、コルドンブルー、どっちも美味しかった」
「のうコタロー? また連れて来てくれるかえ?」
「おう! んじゃそろそろ帰るとするか!」
店長に声を掛け、帰宅の旨を伝える。
俺たちは来た時と同じ様にぞろぞろと連れ立って歩き出した。
「芽依ちゃん、杏奈ちゃん、蛍ちゃん、またねー!」
杏子が助っ人メイドの三人に手を振る。
俺たちは焼き鳥屋を後にした。
みんなと夜道の帰路を歩く。
もう遅い時間だ。
杏子は俺たちと別れ、直接家へと帰っていった。
そんな中、マリベルが俺に話し掛けてきた。
「おい、コタロー」
「ん、何だマリベル?」
「今日はすまなかったな。……結局、全部お前に任せきりにしてしまった」
「おう、気にすんな」
「ふふ、お前はいつも『気にすんな』だな?」
「そうかぁ?」
「ああ、そうだ。……よし、決めたぞ。部屋に戻ったら飲み直しだ! 今からは私がお前だけの騎士になってやろう!」
俺はブッと息を吹き出した。
「つか、お、おい、マリベル、何言ってんだ!?」
「何だ? 不満か、我が主君殿?」
「お、おう、不満な訳ねーだろ! でも、なんつーか……」
俺はモゴモゴと言葉を濁す。
「あー! お姉ちゃんがコタローさんとイチャついているのです!」
「なんじゃとッ!?」
「聞いてたわよ、マリベル! じゃあ、あたしも今からはお兄さんだけの魔法使いね!」
「…………ん、私も」
楽しげに帰路を歩く。
そうして俺たちはコタツ部屋へと帰り、土産に貰った焼き鳥を肴に、旨い酒を飲み直した。
後日、俺は思い立って件の焼き鳥屋へと顔を出した。
この店は落ち着いた雰囲気の焼き鳥屋で、俺のお気に入りだ。
俺は焼き鳥屋の入り口をガラガラッと開けた。
「おう、店長、邪魔すんぞー」
「お帰りなさいませ、ご主人様ー!」
「……は?」
そこには俺のお気に入りの焼き鳥屋はもう姿形もなく、店はメイド服を着た店員さんが接客をする焼き鳥屋に成り代わっていた。




