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33 お隣さんとホタテバター醤油

「おう! 誰かいるかー?」


 俺は今日も酒を片手に、お隣さん家のコタツ部屋に赴く。

 ドアを開くと見知らぬ女の子が炬燵に座っていた。


 和装のその女の子は、お隣さん家の飼猫ニコを膝に乗せている。


「……おう。つか、誰だ、アンタ?」


 俺は女の子に問いかけた。


「アチキか? アチキはコマたんなのにゃ!」

「お、おう、そうか。で、そのコマたんが、何でお隣さん家のコタツ部屋で(くつろ)いでるんだ?」

「そんなのお前には関係ないにゃ」


 コマたんは俺の問いかけを軽く流して、膝に乗せたニコを優しく撫でる。

 ニコは気持ち良さげに「ニャー」と鳴いた。


「つか、アンタ、ニコの知り合いか?」

「んにゃ。ニコさまはアチキのボスにゃ!」

「『さま』ってなんだ、……つかボスだぁ?」

「その通りだにゃ! ニコさまは偉大なイケメンボスにゃ!」

「お、おう。つか、ニコも隅に置けねえな!」


 俺は炬燵に座り、脚を突っこむ。

 そしてコマたんの膝で目を細めて、グルグルと喉を鳴らすニコに話しかけた。


「まあ、細けえ事は置いといて。なあ、ニコ! 俺と一緒に酒でも飲むか?」

「ンナーニャ!」

「アチキも! アチキもお酒飲むにゃ!」

「おう! ……って、アンタは成人してねーだろ?」

「とっくに成人してるにゃ! アチキは歳経た猫の変化(へんげ)、猫又のコマたんなのにゃ!」


 コマたんはそう言うと、ドロロンと煙に包まれ、二股の尾を持つ可愛らしい猫の姿へと変じた。


「……お、おう、ビックリしたー。なんだアンタ、いつものニコの彼女だったのか」

「ニャー」


 得心のいった俺は、皿に日本酒を注いで二匹の猫に差し出した。




 ニコとコマたんは仲良く酒を飲んだ後、散歩に出掛けて行った。


 俺は卓上七輪を引っ張りだして、持参した肴を網に乗せて火に掛ける。

 そうしていると、コタツ部屋のドアがガチャッと開いて、マリベルとルゼルが姿を現した。


「なんだ、コタロー。来ていたのか?」

「おう、邪魔してんぞー」

「…………ん、いらっしゃい、コタロー」


 マリベルとルゼルも炬燵に座る。


「して、それは何だ、コタロー?」


 女騎士マリベルは挨拶もそこそこに、七輪を見ながら問いかけてきた。


「おう! こいつはな、『ホタテのバター醤油焼き』だ!」

「…………美味しそう」

「ほ、ほう。それで、その肴は旨いのか?」

「もちろんだ! すんげえ、うんまいぞー?」


 俺はそう言って殻付きのホタテにバターを落とした。

 溶け出したバターの香りがふんわりと鼻腔を刺激する。


「焼けるまで酒でも飲みながら待っててくれ!」

「うむ! 楽しみだな!」

「…………ん、早く食べたいけど、我慢する」


 俺は片貝のホタテに醤油を回し入れた。

 マリベルとルゼルは互いに酌をしながら(かん)した日本酒を飲んでいる。


「そういや、他のみんなはどうしてるんだ?」

「ぷはぁ! っとっと、ハイジアもシャルルも、まだ寝ていたな」

「そりゃ珍しいな。ハイジアは兎も角、シャルルもか?」

「うむ。シャルルは昨夜遅くまで、剣の修行を頑張っていたからな」

「そっか。なら起きて来たら旨いホタテをたらふく食わせてやらなきゃな!」


 七輪の上でホタテの殻がパチパチと音を鳴らす。

 垂らした醤油がバターと混ざり合い、ジュッと音を立てて焦げ付いた。


「それでフレアはどうしてんだ?」

「……ん? あ、ああ。えっと? あ、フレアか? フレアな、うむ、何だっけ?」


 マリベルは七輪を見つめながら気もそぞろだ。

 普段は凛々しいその女騎士も、今は口の端にヨダレを垂らしホタテに心を奪われている。


「…………フレア、リビングにいた」

「リビング?」

「…………ん、召喚陣のところ」

「ああ、つか、いつもの解析ってヤツかねぇ」


 ホタテから染み出した汁がバター醤油と溶け合い、クツクツと沸き立つ。


「おう、そろそろいい頃合いだ。 マリベル! ルゼル! 皿を出せ!」


 俺は二人の皿に熱々のホタテを乗せた。




「さあ食ってくれ! つか熱いからな。火傷すんなよ!」

「うむ、待っていたぞ! 頂こう!」

「…………ん、頂きます」


 女騎士マリベルが、ホカホカと湯気を立てるホタテに噛り付いた。


「ッ、熱ッ!? だがこれはッ! ハフッ!」


 悪魔王ルゼルもホタテを頬張り、目を見張る。


「…………凄い、美味しい、……ハフッ」

「おう、そうだろ! 二人ともほら、御猪口だせ!」


 差し出された御猪口に日本酒を注ぐ。

 俺はハフハフと旨そうにホタテを摘み、熱燗を飲む女騎士に声をかけた。


「どうだ、マリベル? うんまいだろー!」

「旨いなどという話ではないわ! これは正に奇跡としか例え様のない肴であろう! ギュッと旨味の濃縮されたホタテから染み出したスープと風味豊かなバターが溶け合い、互いを上質な美味の領域へと押し上げている。これぞ海と陸の旨味のコラボレーション! 実にお見事! しかもそこに醤油の味と香りが加わり焦げ付く事により生じる化学反応! 奇跡的な味の競演の幕開けだ! これこそ旨味の饗宴! さらにこのホタテバター醤油は味だけではなく食感もよいな! 貝柱のもっちゃりした食感と貝ヒモのコリコリした食感が面白いではないか! 正しくこれは、小さな貝につまった味と食感のオーケストラ!」


 マリベルはくわッと目を見開きながら声を上げた。


「お、おう。いつも通りで安心するわ。で、ルゼルはどうだ? もう一個ホタテ食うか?」


 今度はルゼルに声をかけた。

 先ほどからルゼルは黙々とホタテを食べ酒を飲んでいる。


「…………もちろん、貰う。……嬉しいッ」


 ルゼルから喜びの気配が解き放たれた。

 その気配はプレッシャーとなって俺に襲い掛かる。

 俺はその重圧に押さえつけられ、ぶべっと潰れた。


「あがが、ル、ルゼル、それ、抑えて、くれ」

「おい、ルゼル! お前、力が漏れているぞ! コタローが潰れている! 大丈夫か、コタロー!」


 マリベルがそう言って俺を抱き起こした。


「…………ごめんなさい。……ホタテ、美味しかったから、つい」


 そう言ってルゼルがマリベルからパッと俺をうばった。

 マリベルが小さく「あっ」と声を上げる。


「お、おう、ルゼル?」

「…………コタロー、大丈夫?」


 ルゼルが俺を膝枕し、頭をナデナデと撫でる。

 髪をほぐす様なその手つきは、サワサワとしてとても気持ちがいい。


「お、おう、もう大丈夫だ。あんがとな!」

「…………ん」


 俺は起き上がろうとしたが、ルゼルに押し留められ再び膝に頭を乗せる。


「…………しばらく、このまま。……痛いの痛いの、飛んでけー」

「いや、つか、別に痛くはないんだが」


 マリベルは俺とルゼルを不機嫌そうに見遣り、ムッとして酒を煽る。


「……まったく、鼻の下を伸ばしてデレデレしよって! みっともない!」

「いや、マリベル。つか、これはルゼルが勝手にだなー」

「…………コタロー、嫌だった?」

「嫌じゃない! 嫌じゃないんだが、なんつーか、……はぶッ!」


 ルゼルが急に前屈みになる。

 圧力すら伴う大きな胸が俺の顔面に迫る。

 俺はルゼルの胸と膝に、頭をサンドイッチされた。


「んー! んー!」


 何だ、この幸せな状況は!?

 だが、息が出来ん。


「んー! んー!」


 く、苦しい。

 俺はルゼルの腕をタップしてギブアップする。


「…………ん、あんッ」


 だが、俺がタップしたのは腕ではなく胸だった。

 俺は「んー!」と呻きながらジタバタと暴れる。

 そこにガチャッとドアを開けてシャルルが入って来た。


「みなさん、おはよーございますなのです、……って、あーッ!? またコタローさんとルゼルさんが、エッチい事をしているのです!」

「んー! んー!」

「…………あんッ」

「ひ、昼日向(ひるひなた)から、不潔なのです!」

「んー! んー!」

「ひ、卑猥! このエロ悪魔めー! うわーん、ハイジアさーん! 蝿のエロい女の人がー!」


 シャルルがコタツ部屋を飛び出して行った。

 ルゼルが上体を起こす。

 俺はようやくサンドイッチから解放されて、ゼェーゼェーと大きく息を吸った。


「ッ、ぷはぁ! つ、つか、窒息死するかと思ったわ……」

「ふんッ、嬉しそうな顔をしよって」

「いや、ちょっと待てマリベル! これの何処が嬉しそうな顔だ!」

「鼻の下が伸びているだろう!」

「え、マジ!?」


 俺は手で鼻の下を抑える。

 すると炬燵に突っ込んだ俺の脚が誰かに抓られた。


「ッ、あいたッ! って、マリベル、いま抓ったのアンタだろ!」

「ふん! 知らぬわ、そのような事!」


 マリベルはツーンとソッポを向いた。


「…………コタロー、痛いの? 膝枕する?」

「い、いや、やめろ! 嬉しいが、これ以上は俺の身が保たん!」


 悪魔王ルゼルがスススと近づいてくる。

 女騎士マリベルはツーンとアッチを向いて熱燗を飲んでいる。


 遠くからバタバタとした足音がコタツ部屋に近づいて来るのが聞こえてきた。


「蝿女めー! 妾が成敗してくれるのじゃー!」


 俺たちの飲み会は今日も騒がしく続く。

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