20 お隣さんと異世界飲み会 聖都中編
ここは異世界の都、聖都ボルドー。
日本からこの聖都まで召喚陣を潜ってはるばる飲みにきた俺と大家さんは、女騎士マリベルに先導されて千鳥足で歩く。
「ほら、お前たち、ここが聖都ボルドーの中心を走る大通りだ」
マリベルがそう言って俺たちを案内する。
その大通りは聖都のど真ん中を真っ直ぐに走り、中央大広場を貫いて、都の最奥、大聖堂を囲む堀まで繋がっていた。
通りは行き交う馬車や歴戦の冒険者、聖都の住民で大賑わいだ。
大通りの両脇には様々な店が軒を連ね、遠くに見える大広場では旨そうな食べものを売るいくつもの屋台がしのぎを削っている。
「……お、おおう!」
「…………す、すごいッ! 異世界情緒満点だよ! これ、これ、これ、これだよッ!」
「す、すげえな、つか、あれは武器屋か?!」
俺と大家さんは一発で酔いから醒めた。
「大家さん、あれ! 城? 教会? あそこに何か建ってんぞ!」
「凄い! 感動だよ、虎太朗くん! まさにファンタジー世界のお城といった出で立ちだねぇ!」
「ああ、アレは教皇の在わす大聖堂だ」
大聖堂の周りには深い堀が設けられ、堀の中は清らかな水で満たされている。
「つか、すげえ聖堂だな。完成したサグラダファミリアっつーか何つーか」
「あッ!? こ、虎太朗くんッ!!」
大家さんが俺の裾をひいた。
「ど、どうした、大家さんッ!」
「いま、今、エ、エルフがいたッ! エルフが歩いてたッ! エルフ、エル、エルフッ、おうふッ!!」
「ちょッ! マジかッ! オッさん! エルフ?! エルフはどこだよ?! エル、つか、おわ! あ、あそこにいるの、リザードマンじゃねー?! あわわッ、あわわッ!」
俺と大家さんは大興奮だ。
「お前たち! 少し落ち着け!」
「つか、これが落ち着いていられるか!」
「ああ、夢が、……長年の夢が、いま叶ったッ!! お、おうふ、おうふ!」
大家さんは男泣きを始めた。
変な泣き方で正直ちょっと気持ち悪い。
「凄え……これは異世界酒場には否が応でも期待が高まるな!」
「おうふ! おうふ!」
「まったく……お前たちを見ていたら、酔いが何処かへ飛んでいってしまったではないか」
「なら、また酔いなおせばいいじゃねーか! マリベル、酒場への案内を頼むぜ!」
「よかろう、私について来い!」
俺は少年のように泣くハゲた中年を引っ張りながら、マリベルの後に続いた。
マリベルが一軒の建物を指し示す。
「この店が私のおすすめ『踊る仔兎亭』だ」
そこにはまさにファンタジー酒場といった風情の酒場があり、木製の門扉からはガヤガヤと酔客が騒ぐ声が洩れ聞こえてきた。
「つか、雰囲気あんなぁ。昼だってのに喧騒が表まで聞こえてくるじゃねーか」
「マリベル殿! 虎太朗くん! 早く、早く入ろうよ!」
俺たちは酒場に足を踏み入れる。
ドアベルがカランカランと音を鳴らした。
「頼もう! っと、これはまた今日も凄い賑わいだな!」
「うっわー! 虎太朗くん、見てごらん! あの大きな人、鎧着ながらお酒飲んでるよ! あっちにはローブの魔法使い!」
「お、大家さん! あそこの卓! 冒険者だ! 眼帯つけた冒険者が普通に飯食ってんぞ!」
「ほ、本当だ! あ、あれはもしかしてドワーフなんじゃないかい?! ド、ドワーフ、きた、きた、きた、きたーーーッ!」
「つか、エルフのねーちゃんもいんぞ! 何なんだよこの店は!? すげーなんてもんじゃねぇぞ!」
俺と大家さんはドッタンバッタン大騒ぎした。
異世界酒場でも相変わらずだ。
「この卓にするか。コタロー、大家殿、騒ぐのは後にして一先ずこっちに座れ」
「おう!」
「うん、そうだね!」
マリベルの勧めに従い、小さな木製の円卓に着く。
すると直ぐに給仕の女性が寄って来た。
給仕は見た目二十代中頃の別嬪な姉ちゃんだ。
「いらっしゃい、お客さんたち! 随分はしゃいでるみたいだけど、お上りさんかい?」
気風の良い姉ちゃんは笑顔で話す。
「まあ、そんなところだ。騒がしくして悪いな」
「ははは、やっぱりそうかい! なら騒ぎたくなる気持ちも分かるよ。気にせず騒いで、酒かっくらって楽しんでいきな!」
「うむ、そうさせて貰おう」
「ああ、そうしな! じゃあご注文は?」
「先ずはエールを三杯と、肴は……今日は何が出来るんだ?」
マリベルがメニューを尋ねた。
「エール三杯ね。で、今日は『ホーンラビットの葡萄酒煮込み』に、『ワイルドボアの岩塩焼き』、あとはちょっと値がはるけど『ワイバーンステーキ』なんかも出来るよ!」
「ほう、ワイバーンステーキか。それは珍しいな!」
「だろ? 昨日、Aランクパーティー『大森林の雷猫』がワイバーン討伐クエストをクリアしたんだよ! で、そのパーティーがギルドに売ったワイバーン肉をウチが卸して貰ったって寸法さ!」
「ふむ、ではそれを三皿貰おうか!」
「あいよ!」
「それはそうと、コタロー、大家殿、先程から静かだな? 食べたいものがあれば自由に注文していいぞ? ここは私の奢りだ」
マリベルが俺と大家さんに話しかけてきた。
だが、俺たちは黙ったまま返事をしない。
「うん? どうした、お前たち」
「……つか、給仕の姉ちゃん、ちょっと聞いていいか?」
「ん? アタイかい? なんだい?」
「おう、……その頭に生えてる耳は何だ?」
俺は給仕の姉ちゃんの頭を指さした。
「これかい? これは兎耳だけど? アタイは兎の獣人なんだよ」
「お、おう! やっぱりそうか! つか、ヘアバンドじゃない、こいつぁ、本物だ!」
「ほ、本物のケモミミ、……こ、虎太朗くん!」
俺と大家さん、そのオッさん二人は目を合わせて見つめ合った。
そんな俺たちを給仕のうさ耳姉ちゃんが訝しむ。
「……なんだい、アンタら。まさか獣人は獣臭くて敵わんとか言い出す輩じゃないだろうね?」
うさ耳姉ちゃんが的はずれな事を言う。
「馬鹿を言わないでくれないか、うさ耳さん! 私は今、夢にまで見たケモミミさんとの感動の対面に打ち震えていたんだよッ!」
「おう! つーか、その耳触らせてくれ!」
うさ耳姉ちゃんが引き気味になる。
「い、いやに決まってんだろ! 何だいアンタたちは? というか、あはは、アンタたち、変なお客だね! とにかく先にエールを持ってくるよ!」
給仕の姉ちゃんは笑いながら酒場のカウンターに戻る。
そしてエールを三杯持って戻ってきた。
「ワイバーンステーキはもう少し待っておくれ!」
「おう、了解だうさ耳さん」
「うさ耳さん、ってアンタ。私の名前はシャロンだよ! 覚えときな!」
「おう、シャロンさんだな、覚えた!」
「ああ、今後ともご贔屓にね! ゆっくりしていきな!」
うさ耳給仕のシャロンは他の酔客に呼ばれて去っていった。
「では乾杯といこうか。コタロー、口上は任せた」
「おう。つか大家さんもキョロキョロしてないで杯を持て」
「うん! とにかく乾杯が先だね!」
俺たちは大ジョッキほどもある木製の杯を掲げる。
「俺たちの初めての異世界飲み会にッ! かんぱーいッ!」
「ああ、乾杯ッ」
「かんぱーーーいッ! 最っ高だあッ!」
杯がぶつかり合い、「コンッ!!」と小気味の良い音を立てた。
「んく、んく、んく、ぷはぁーッ!」
「良い飲みっぷりではないか、コタロー! これは私も負けてられんな! んく、んく……」
「ぷはぁ! 私だって負けないよ!」
「つか、こっちのビールも旨えじゃねーか! ギネスとかそんな感じだな!」
「ぷはぁ! うむ、旨い! 私にとっては飲み慣れたエールの味だ!」
「こっちのビールは香りが深いねぇ、美味しいよ!」
「おーい、シャロンさーん! うさ耳の姉ちゃーん! こっちにビール、三杯追加してくれー!」
俺は給仕のシャロンにお代わりを頼む。
「あいよッ! ちょっと待ってな!」
程なくしてシャロンがエールビールを持ってやって来た。
「お待たせ! エールの追加と、……そしてこいつが、っと、ワイバーンステーキだよッ!!」
デッカい皿が三皿、「ドンッ!」と丸卓に置かれた。
「うっひゃー! これ、これ、これ、これッ! まさにファンタジー酒場料理って感じだよ! この豪快さ! 最高だッ!」
「凄えなコイツは! この分厚さ! まるで、肉の塊じゃねーか! つか、食い千切れんのか、これ!?」
「うむ、旨そうだ! さすがは『踊る仔兎亭』、何とも豪気な料理だ!」
卓に置かれた鉄板皿の上では4、5センチの分厚さに切られたワイバーン肉のステーキがジュウジュウと音を立てている。
漂うハーブや香辛料の香りが堪らない。
肉の上には卵サイズのバターらしき物が乗せられ、溶け出しており、見た目にも一層食欲を刺激した。
「それじゃあ、早速! いっただっきまーす!」
俺はワイバーンステーキにフォークをぶっ刺し、グッと持ち上げてから大口を開けてかぶりついた。
ワイバーンの肉は歯応え充分だが筋がなく、顎に思い切り力を込めれば、何とか俺でも食い千切れた。
「んぐ、もぐ、んぐ! クッハァ! コイツは旨えーッ! 何だこの染み出す赤身の味は! 濃い大雑把な味付けがまた堪んねーな! ビールが進むわ、こりゃあ!」
「よし! 私も!」
「ああ、頂こうッ!」
大家さんとマリベルも俺と同じようにフォークをぶっ刺してステーキに噛り付いた。
「くっ、この! 噛み切れひゃいよ、コタローひゅん!」
「気合いだ! 顎に全力を込めろ、大家さん!」
「ぐうううう! クアッ!」
ブチブチと音を立てて大家さんがワイバーンステーキを噛み千切った。
大家さんはやり遂げた顔をしながらもぐもぐと肉を咀嚼する。
「お、美味しい、美味しいよ! このワイバーン肉の獣臭さ! 香辛料の効いた荒っぽい味付け! これこそワイバーンステーキだよ! 私の思い描いた味以上にファンタジーだッ!」
大家さんはまたも「おうふ、おうふ」と感動の涙を流した。
一方女騎士マリベルはというと、大きな口を開けて事も投げにワイバーンステーキを食い千切っていた。
「うむ。ワイバーンの肉は久しぶりだが、やはり中々イケるな! エールに良くあう!」
「だよなッ! って、あれ?」
俺は違和感を感じた。
「マリベル、つかアンタ、アレはやらないのか?」
「ん? 何のことだ?」
「アレだよ、アレ。目をクワッと開いて、唾を飛ばしながら、長ったらしい食レポを叫ぶヤツだよ」
「は? 馬鹿を申すな! 私はそんな真似はせんわッ!!」
「いや、マジマジ。つか、無意識だったのかよ。本当にやってるから」
「ぐぬぬ」
「何なら真似してやってもいいぞ?」
「よかろう! やってみろ!」
「おう! 見てろよ!」
俺は再びワイバーンステーキにフォークをぶっ刺し、デッカい肉のかたまりに勢いよくかぶり付いた。
「ぎにににに、……どりゃッ!」
気合いを入れてワイバーンステーキを喰い千切る。
そしてゆっくりもぐもぐと大きく咀嚼したあと、ゴクンと喉を鳴らしてワイバーン肉を飲み込んだ。
俺はクワッと目を見開く。
「つか、な、なんだこの旨味の塊はッ! 噛み締めれば噛み締める程に染み出る赤身の旨味が大雑把に味付けされた香辛料の辛味と混ざりあって豪快な旨さで俺を責め立てやがる! 暴力的なまでのその味わいはまるで荒ぶる益荒男じゃねーか! これは俺と猛き肉塊のガチンコ勝負だ! 大口を開けてガブリとかぶり付く俺と俺の歯を折らんばかりに頑なな肉塊! 顎に全力を込めて力づくで食い千切った肉を咀嚼する時の勝利の味! ゴクンと肉を飲み込めば口内という荒れ果てた戦場をビールで洗い流したくなる! 洗い流した後は再び肉塊とのガチンコバトルだ! この戦いこそがまさに異世界! いま、俺は異世界でワイバーンと力あらん限りの死闘を繰り広げているッ!」
俺は唾を飛ばして大声で叫んだ。
「す、凄いよ、虎太朗くん! まるでマリベル殿みたいだ! そっくりだよ!」
「ぐぬぬ、おのれコタロー……」
「よおし! これは私も負けていられない! 私もワイバーンステーキとガチンコ勝負をするんだ!」
「私にはエールを追加だ!」
「んく、んく、んく、ぷはぁ! おう、大家さん! ワイバーンステーキを力で捻じ伏せろ!」
俺たちはやんややんやと異世界酒場を楽しむ。
そしてまだまだ俺たちの異世界飲み会は続く。
まさかの分割三話!
書いてたら長くなりました!




