17 お隣さんとサザエの壷焼き
昼過ぎ、俺は今日も酒と肴を手にお隣さん家の玄関ドアを開ける。
「うーっす! 邪魔すんぞー」
俺は一声掛けてからお隣さん家にズカズカと上がり込み、コタツ部屋のドアをガチャッと開いた。
「ちーす、……て、あれ? 誰もいないのか?」
「ニャー」
「おう、すまん、すまん。お前がいたか、ニコ」
「ニャニャ」
コタツ部屋にいるのはニコだけだった。
ニコは見た目はただの猫になっているが、こう見えてその正体は猫の王様、妖精ケットシーだったりする。
「マリベルも居ないのは珍しいな」
大抵コタツ部屋には女騎士マリベルが居て、のんびりとテレビでもみて居たりするんだが。
「まあ、ニコと遊んでりゃその内誰かやって来るだろ」
俺はそう独り言ちて、テレビのスイッチをオンにしてから炬燵に座った。
コタツテーブルに置いた卓上七輪の網から、パチパチと音がする。
「っと、ここで出汁醤油と酒を垂らして……」
今日の肴に白だしと醤油、酒を垂らす。
「んで、刻みネギを振る、と」
網の上で食欲を刺激する音を立てているのは、『サザエの壺焼き』だ。
俺は壷焼きが出来上がるのを待ちながら、日本酒を冷やで煽る。
冷酒ではなく常温の冷やだ。
「ッ、かあー! 旨いッ!」
今日の日本酒は『上善如水』だ。
この酒の評価は人によって結構分かれる。
この酒は銘が表すように、正に水のようにスルスルと飲めて後味も非常にスッキリした洗練された酒ではあるのだが、反面、ディープな日本酒ファンには物足りないと評される事もあるのだ。
俺はというと上善如水は割と好きな方だ。
女性に受けの良い酒だし、女性ばかりのお隣さんにもうってつけだろう。
「っとっとっと。そろそろ煮えたか」
取り留めもなく酒について考えていると、七輪の上の壷焼きがクツクツと沸き立ち始めた。
「うっし、もういいか! では、網からひとつ下ろしまして、っと」
俺は壷焼きに楊枝を差し込み、楊枝をクルンと捻る。
すると壷焼きの殻からサザエの身が「プルン!」と飛び出した。
サザエからはホカホカとした湯気が立つ。
実に旨そうだ。
「んじゃ、いただきまっす!」
俺は熱々のサザエに被りつく。
パクリと一口だ。
「ハッフ! 旨ッ! マジ旨ッ! でもあっつい!」
俺はハフハフしながらサザエを食べる。
弾力のある身の食感が堪らない。
「んでお次はコイツを一気に飲む!」
サザエの壺に口をあて、中の汁を一息に飲み干した。
「あっつー! 熱い! つか、旨ーッ!」
これは旨い!
そして酒が欲しくなる!
俺は壷焼きを肴に、手酌で日本酒を楽しんだ。
「ニャー」
「ん、どうした、ニコ?」
猫のニコが前脚を伸ばして俺にタッチした。
「ゴニャニー」
「おう、ニコも壷焼き食いたいのか?」
「グルゴニャ」
「そっか、そっか。待ってろよ、いまひとつ食わせてやるからな」
俺はそういって壺からサザエの身をプルンッと取り出し、小皿に置いてニコに与えた。
「ニャゴロモー」
「ははは、嬉しいか? 熱いからゆっくり食えよ?」
「ニ゛ャギャッ!?」
「ほら、言わんこっちゃない。つーか、ニコは猫舌なんだから冷ましながら食え」
「ンニャ」
ニコは旨そうにサザエをハグハグする。
※※※ 普通の猫にサザエを与えてはいけません! ※※※
「つか、ニコ。お前さんも酒飲むか?」
「ニャニー」
「そうか、そうか。んじゃちょっと待ってろよ」
俺は別の小皿に日本酒を注いでニコに差し出した。
ニコは旨そうにピチャピチャと酒を飲む。
「おう、いい飲みっぷりだな! もう一杯いっとくか?」
「ゴロニャーン!」
俺はニコの小皿に酒をもう一杯注いだ。
※※※ 普通の猫に酒を飲ませてはいけません! ※※※
「つーか、誰も来ねーな。みんなまだ寝てんのか?」
「ニャー」
「さすがに寝室まで誘いに行くわけにもいかねーし」
「ゴマニャモン?」
「いいよ、いいよ、別に起こしに行かなくても」
「ンニャニ」
「そうだな。まぁ、こんな日もあるか」
俺はニコと酒を楽しむ事にした。
酒を飲んでグルグルと喉を鳴らすニコは可愛い。
四足歩行形態のニコはまるで普通の猫のようだ。
フォーン色のソマリ猫といった見た目である。
フワッフワなのだ。
「おう、ニコ。ちょっとこっち見て首を傾げてみてくれ」
「ニャー?」
ニコが「こう?」と言って首を傾げる。
その可愛らしさたるや、まるで天上からコタツ部屋に舞い降りた天使様のようだ。
「クッ、くあー! 可愛いなぁ、ニコは!」
俺は声をだしてニコを抱きしめる。
「ニ゛ャッ、ニ゛ャロニーッ!」
俺がニコを揉みくちゃにすると、ニコは嫌がって叫び声を上げた。
「あ、つーか、そう言えばもう一匹いる筈だな」
俺はふとある事を思い出した。
そして部屋の天井に向かって声をかける。
「なあ、居るんだろ? アンタも来いよ!」
「キィ?」
「そうそう、アンタ。ハイジアのお仲間なんだろ? 一緒に酒盛りでもどうだ?」
「キュキュー!」
天井の隅にぶら下がっていた蝙蝠が飛んできて、コタツテーブルに降り立った。
「つか、アンタもハイジアの仲間なら、イケる口なんだろ?」
「キィキュー」
「ははは! そうか、酒は好きか!」
「キュキューイ」
「おう、なら飲め飲め!」
「ニャゴーン」
「分かってるって、ニコもお代わりだな?」
俺はニコと蝙蝠に酒を注いだ。
ニコも蝙蝠も旨そうにピチャピチャと酒を飲む。
「お、アンタも旨そうに飲むな!」
「キュキュ」
「そっか、そっか。つか、いつまでもアンタって呼ぶのも何だな」
「キキィ?」
「おう、俺が名前つけてやるよ」
「キュキュー!」
「任せろ! ビッと来る名前をつけてやるからよ!」
俺は思案する。
「アンタは、……そうだな、……はっ!」
俺は閃めく。
「これだ! アンタの名前は『キュキュット』だ!」
俺は蝙蝠に名を与えた。
キュキュットはとても喜んだ。
俺とニコとキュキュットは、コタツ部屋で七輪を囲み酒を搔っ食らう。
「お、これもう出来たな、キュキュット、皿出せ」
「キュキィ」
「ニャンゴマー」
「おう、わーてるって。ニコも皿出せ」
ニコもキュキュットも結構飲む。
俺も負けじと酒を煽る。
「んく、……ぷはぁ!」
俺は酒気を帯びた熱い息を吐く。
「そう言えばさ、キュキュットもただの蝙蝠じゃないんだろ?」
「キュキィイ」
「おう、やっぱ魔物なのか」
「ニャーオ」
「ニコも気になるか。で、キュキュットはなんつー魔物なんだ?」
俺はキュキュットに尋ねた。
「キキィーキ」
「いや、アンタ。サキュバスですよ、ってどう見てもサキュバスには見えんだろ」
「キュキーイ?」
「おう、ならその本当の姿を見せてみろ」
俺はキュキュットにそう応える。
するとキュキュットはボワワンという煙を出してその姿を変えた。
「……これでお分り頂けましたでしょうか、コタロー様?」
「……お、おう」
コタツ部屋に美女が現れた。
「えっと、なんつーか、アンタ、……キュキュット?」
「はい。コタロー様がお名付け下さったキュキュットに御座います」
つか、なんだこの展開は。
いきなり目の前に現れた美女が、片膝をついて頭を下げている。
その紫髪の美女キュキュットの背からは蝙蝠の羽が生えている。
スレンダーだが出るとこは出た美人だ。
ぴっちりと肌に張り付く服装がちょっとエッチい。
キュキュットは生真面目そうな顔付きだが、どことなく目つきが男を狙う妖艶さを漂わせている。
俺はそんなキュキュットに、適当に名前をつけた事を激しく後悔した。
「ではコタロー様。私は我が主ハイジア様より無闇にサキュバスの姿を晒すでない、と仰せ付かっておりますので、……失礼」
キュキュットは再びドロロンと煙を出して蝙蝠の姿に戻った。
「ンナーニャ」
「ニコもびっくりしたか。はー、たまげた!」
「キュキューイ」
「いやいや謝らんでいい。つか、ちょっと驚いただけだ」
そういって俺と猫と蝙蝠は再び飲み直した。
コタツ部屋のドアがガラッと開く。
「なんだコタロー、来ていたのか」
「あら、お兄さん、いらっしゃい」
女騎士マリベルとフレアが姿を現した。
「おう、マリベル、フレア、邪魔してんぞ」
「うむ」
「ええ」
「ところでアンタらは何処いってたんだ?」
「ああ、私はリビングで剣の修練をしていた」
「あたしもリビングよ。あたしは召喚陣の解析の続きね」
「そっか。で、ハイジアは?」
俺は女吸血鬼はどうしているのか尋ねた。
「ハイジア? あのお子様ならまだ眠ってたわよ」
「……貴様、誰がお子様じゃ。妾を夜魔の森の女王と知ってなお無礼な口を叩くとは、よい度胸じゃのう?」
フレアの背後からハイジアが顔を見せた。
「誰って、もちろん貴女のことよハイジア。んー今日も可愛いわねぇ!」
「やめい! 貴様、抱きつくでない!」
「そんな事よりもコタロー。その七輪の上のものは何なのだ?」
「おう、これは『サザエの壷焼き』だ!」
「……サザエの壷焼き」
マリベルがゴクリと喉を鳴らす。
「で、お兄さん。そのサザエの壷焼きという物は美味しいのかしら?」
「ええい、離さんか貴様!」
「ああ、もちろんだ! 旨い日本酒もあるぞ! つか、早く座れ! 今日もみんなで楽しく盛り上がろうぜ!」
俺たちはガヤガヤと盛り上がりながら今日も酒盛りを始めた。
因みに我が家のマリーはルディのソマリ猫です。
まじキャワ!