13 お隣さんは魔法使い
リビングの扉を開けたその先には、真っ赤な衣装に身を包んだ女魔法使いがいた。
いきなり俺たちに魔法をぶっ放してきたその女魔法使いに、マリベルが声を上げて誰何する。
「お前はいったい何者だ!」
「あたしは……」
女魔法使いが俺たちに口を開こうとする。
たがその時――
「ピィギュギィャィィイーーーッ!!」
「――ッ!?」
唐突に魔物の叫び声が上がる。
魔物は金切り声をあげながら女魔法使いに襲い掛かった。
女魔法使いは魔物に魔法を放ち応戦する。
「お、ようやく始まった様だね、虎太朗くん!」
「みたいっすね、全く、びっくりさせやがって」
「こ、こ、こ、腰が抜けましたよ、私ー!」
「コタロー、妾に酒を用意せぃ」
「おう、みんな、酒はハイボールでいいか?」
「うむ。コタローよ、私にもハイボールを一杯寄越せ」
俺たちはゴザを敷き、目の前の戦いを肴に飲み会を始めた。
「大家さん、あの魔物は何なんすか?」
「うん、あれはきっと『イビルアイ』だね!」
「イビルアイ?」
「ああ、見ての通り大きな目玉の怪物だよ! 凄いよねえ!」
「うえー、私はああいうの、ちょっとだめかもー」
「おう、杏子ちゃん、もう落ち着いたか?」
「はい! ほんともう心臓止まるかと思っちゃいましたよー」
「ははは、ほらハイボールだ、杏子ちゃんも飲め飲め」
「アンズよ。安心するがよいぞ。たとえ心の臓が止まろうとも、その時は妾が我が眷属として蘇生させてやる故のぅ」
「ええー、それはちょっと」
「うわぁ! みて、みて! 魔法の応戦だよ! すっごいねえ! うわぁ、うわぁ!」
「うむ、あの魔法使い、相当な技量であるな。……んく、んく、ぷはぁ! うまい! コタロー、お代わりだ!」
俺たちはヤンヤヤンヤと盛り上がった。
女魔法使いとイビルアイは一進一退の戦いを続けている。
「ピィ、ピィギィャィィイーーッ!!」
イビルアイの背から生える二本の触手から、レーザーの様な魔法が放たれた。
女魔法使いは素早く応戦する。
「―詠唱破棄― 獄炎の大渦ッ!」
女魔法使いの前方の空間に渦を巻く巨大な炎が出現した。
炎の渦は畝りながら、イビルアイから照射されたレーザーを飲み込んでいく。
続けて女魔法使いは魔法を行使する。
「―詠唱破棄― 煉獄の炎蛇ッ!」
赤の女魔法使いから生まれた炎の大蛇が、大口を開け唸り声をあげながらイビルアイに襲い掛かった。
「ピィィィイーーッ、ギィャギィャィィイッ!!」
堪らずイビルアイが悲鳴を上げる。
「―詠唱破棄― 喰い尽くす火燕ッ!」
赤の魔法使いの攻撃はまだ止まらない。
女は休まずに魔法を行使し続ける。
女魔法使いの背後から燃え盛る無数の燕が現れ、次々とイビルアイに受かって飛び掛かった。
女魔法使いとイビルアイの周囲は炎の渦、燃え盛る大蛇、飛び回る無数の燕で真っ赤に染まっている。
その様はまるで地獄の窯の蓋から溢れでた煉獄の様だ。
「お、お、おー! す、凄いよッ! 凄いよ、虎太朗くん!」
「……お、おう。なんつーか、言葉が出ないっすわ」
「あ! お父さん、ハイボールこぼしてる! もー」
「くはぁ! コタローよ、妾にハイボールをもう一杯じゃ!」
「ふむ。斯様に高位の詠唱破棄を連発するとは、……あの魔法使い、只者ではないな」
「うっひょー! 魔法使い殿ー! ファイトだぁっ!」
大家さんが魔法使いに声援の声を上げる。
「きもち悪い魔物は燃えちゃえーッ!」
杏子がイビルアイを気持ち悪いと野次った。
「だが、このままではまずいな。ハイジア、お前はどうみる?」
「ふん、興味ないのじゃ」
「つか、何がまずいんだ?」
「うむ。相性がな、悪すぎる」
「相性?」
「ああ。イビルアイはな、魔法使いの天敵だ。かの魔物は魔法抵抗が高すぎるのだ」
「お、おう、そうなのか」
「わかってないでしょー、虎太朗さん」
「平たく言うとだな、あの魔法使いの攻撃は一割程度しかイビルアイにダメージを与えられていない、という事だ」
「……それって、やばくないのか?」
「ああ、やばいな」
「んくんく、ぷはぁ! あの女魔法使いも内心では相当焦っておるじゃろうな」
「なら、ここは私の出番かい?」
大家さんが立ち上がる。
「いいから座っとけ、オッさん」
俺は大家さんの袖を引いて座らせた。
「んく、んく、ぷはぁ! 仕方あるまい。ここは私が出よう」
「マリベル、貴様はお人好しじゃのう」
「ここで騎士殿が参戦だぁーーッ!」
「お父さん、うるさいー!」
マリベルが剣を杖代わりにして「よっこいしょ」と立ち上がる。
「ではいってくる」
「おう、マリベル、気をつけてな」
「ああ、お前は私の分のハイボールを作って待っていろ」
そういって竜殺しの聖騎士マリベルは、疾風の如き速度で飛び出した。
イビルアイがその背の触手からレーザーを照射しようと溜めに入る。
「させんッ!」
女騎士マリベルが、大上段からの幹竹割にてイビルアイの触手を断つ。
「キュギャギィィイーーーッ!」
イビルアイはたまらす悲鳴を上げながら宙空へと逃れようとする。
「逃すかッ!」
マリベルは頭上に素早く手を伸ばしイビルアイの触手を掴んだ。
「ふんッ!」
聖騎士マリベルは掴んだイビルアイを力任せに振り回し、リビングの床に叩きつけた。
「ピィ、グギィビイィィイーーッ!」
ドカンという大きな音とイビルアイの悲鳴がリビングに響く。
「おい、お前! 代わってやるから離れていろ!」
マリベルは女魔法使いに言葉を投げる。
しかし返された言葉はマリベルの想定外のものだった。
「貴女! 数秒だけ魔物の相手を任せるわッ!」
「なにッ?!」
赤い魔法使いはマリベルの返事も聞かず詠唱を始める。
「―朱き炎火の獄炎よ 灼熱の幽世に座す黒き御魂よ―」
「ちょ、ちょっと待て、お前ッ!」
マリベルはイビルアイの攻撃をいなしながら声を上げる。
「―囂々たる現世に顕現せしめ 万物を猛々しき煉獄へと染めあげん―」
「そ、その詠唱はッ?! ハ、ハイジアッ!!」
マリベルは焦った様子を隠そうともせず、女吸血鬼ハイジアの名を叫んだ。
「わかっておる!」
ハイジアがマリベルに応えた。
女魔法使いは詠唱を続ける。
「―ああ、常し世に朱と黒の祝福を―」
ハイジアがハイボールのグラスを置き、俺たちをかばうように前にでる。
「―闇よ―」
そう呟いたハイジアは闇色にドロリと溶け出し、俺たちを包む黒い幕となった。
女魔法使いが声を上げる。
「喰らいなさいッ! 熱核融合ッ!!」
凝縮された魔力がイビルアイに向かって収縮してゆく。
「ッ、――氷華の盾!」
女騎士マリベルは自らを護る為の氷の華を生み出す。
その直後。中心温度数億度というあまりにも非常識な熱量がイビルアイを襲った。
「ピィ、ピィギュギィャィィイーーッ!!」
怪物イビルアイは万物を燃やし尽くす黒炎にその身を焼かれ、消し炭すら残さず消え去った。
「うっひょー! カッコいいーッ!!」
轟々と燃え盛る業火のなか、大家さんが無邪気にはしゃぐ声が木霊した。
「つか、アンタ、酒は飲めるのか?」
「あたし? ええ、あたしはお酒大好きよ?」
「そっか、ならほら、やるよ」
俺は女魔法使いにハイボールを差し出した。
「ありがと! えっと、何さんだっけ?」
「俺か? 俺は虎太朗だ。『こ』は『虎』な」
「しかし、お前。非常識にも程があるぞ」
「え? 何の事かしら?」
「熱核融合の事だッ! すぐそばに人がいるのに超級をぶっ放すバカが何処にいるッ!」
「だって貴女たち只者じゃないでしょ? きっと大丈夫だと思って」
「大丈夫って、アンタ……」
「実際大丈夫だったじゃない。……ぷはぁ! それに貴方たちクラスのパーティーの炎属性魔法使いなら、魔法の余波くらいレジストくらいするでしょ?」
ハイボールを煽りながら女魔法使いがなんちゃって魔法使い杏子を見た。
「あは、あはは、勿論ですよー。レジストくらいお茶の子さいさいですよー。……あ、私、ちょっとトイレいってきますね」
杏子は私服の入ったカバンを持ってトイレに消えた。
「ところで魔法使い殿! 魔法の応戦凄かったねぇ! 僕はもう、興奮しっ放しだったよッ!」
大家さんが鼻息荒く女魔法使いに詰め寄る。
「ありがとう、おハゲさん。でも、ちょっと近いから離れてくれるかしら」
「それはそうと貴様、まだ妾たちは貴様が何者かを聞いておらぬのじゃがの」
「そういえばそうだったわね」
女魔法使いは居住まいを直し、頰に手を当てて気怠げに名乗る。
「あたしはフレア」
女魔法使いの、張りがありながらも、何処か妖艶な声がコタツ部屋に響く。
「レノア大陸、四方の守護を司る賢者の塔の一つ、西方『煉獄の塔』の管理人。赤の大魔法使い、フレア・フレグランスよ!」
ポン橋、山内農場にて!
この店お気に入りなんですが、いつ来てもガラガラだけど、そのうち潰れないか心配です。