10 お隣さん家の備品その一
「邪魔するぞー」
俺はお隣さんに声をかけ、コタツ部屋へと脚を運ぶ。
ガチャと扉を開けて部屋に入ると、中にいるのは女騎士マリベルだけだった。
「よ、マリベル、おはよう」
「うむ、おはようコタロー」
「ニャー」
「おう、ニコもいたのか、おはよう」
「ニャニャッ」
「ところでハイジアは?」
「いまは午前中だぞ? 当然まだ寝ている」
「そりゃそっか」
俺はマリベルに向かいあって、炬燵に座る。
「あー、コタツ、あったけー、最高だわ」
「うむ。コタツは神器。ゆえに最高なのは当然だな」
「で、マリベルは何をしてたんだ?」
「ニコをな、撫でようとがんばっていた」
「ふーん、で、結果は?」
「……聞くな」
「あー、そりゃなんつーか、ご愁傷さま」
マリベルは未練たらしくニコを見遣る。
ニコはツーンとソッポを向いた。
「で、今日も焼酎、持ってきたんだが」
俺はコタツテーブルに、ドンと焼酎の瓶をおいた。
「ん? 魔王ではないのか?」
「無茶いうな、あれ高いんだぞ。でもこいつもいい焼酎なんだぜ?」
「ほう」
「『海』って焼酎でな、魔王ほどじゃないが、プチプレミアがついてる人気の焼酎だ」
「ほう、それは旨そうだな」
「実際旨いぞ? 早速やるか?」
俺は手でクイックイッと酒を飲む仕草をする。
「ふむ、まだ午前中だが」
「いいじゃねーか別に」
「それもそうだな。よし! ならば頂こう!」
「おうよ。じゃあマリベル、グラスを二つ用意してくれ」
「承知した!」
俺とマリベルは朝っぱらから酒を飲み始めた。
「こんにちわー」
玄関から杏子の声が聞こえる。
「おーう、上がってくれー」
家主でもない俺がそういうと、杏子は「お邪魔しまーす」と声にしながらコタツ部屋までやってきた。
「虎太朗さんとマリベルさんだけなんですね」
「おう、まあな」
「あ、もしかして、邪魔しちゃいました?」
杏子はそう言って意地の悪い顔で「イシシ」と笑う。
「なわけねーだろ」
「邪魔などしていない。安心するがいい」
「冗談ですよ、冗談。じゃあ、着替えてくるので、おトイレ借りますねー」
「うむ」
「つーか杏子ちゃん。その『着替え』ってのは必要なのか?」
「必要に決まってるじゃないですか!」
「……そ、そうか」
「ええ、そうです! それじゃあ着替えてきまーす」
杏子はコスプレ衣装を持って、トイレに向かった。
太陽がちょうど空の天辺にのぼった。
俺と女騎士と女魔法使い(?)と猫は昼間から酒をかっ喰らう。
焼酎をチビチビ飲みチータラを摘んでいたら、時間が過ぎるのなんてあっという間だ。
――ピンポーン
「ふむ、誰か来たようだな」
「サビ猫ヤマトでーす! お荷物お持ちしましたー!」
「あ、サビ猫さんみたいですね。私出ます」
「おう、頼む」
杏子はパタパタと足音を立てて玄関に向かった。
「こちら、竜殺しの聖騎士マリベルさんのお宅で間違いないっすかー?」
「あ、はい。間違いないです」
「じゃあこちらがお届けものっす。判子かサインお願いしまっす」
杏子はデッカい段ボールを抱えてコタツ部屋に戻ってきた。
「これここに置いておきますね」
「おー、来た来た」
「これは何だ?」
「テレビだよ、俺が頼んどいたんだ」
「テレビ?」
「あー、なんつーかアレだ。小人の入ってる箱だ」
「……さっぱり分からん」
女騎士には難しすぎたようだ。
「テレビ買ったんですね!」
「おう、このコタツ部屋、酒以外に娯楽ないからな」
「さっすが虎太朗さん! じゃあ、みんなでお酒飲みながらアニメ観ましょうよ! 私、家からBD持って来ますから!」
「いやBDプレーヤーは買ってねーぞ?」
「なら、買って下さい!」
「……お、おう」
「やったー! 約束ですよ?」
俺はコスプレ姿の女子大生にねだられて、思わず首を縦に振ってしまった。
そんな俺はまるでコスキャバのネーちゃんに貢ぐオッさんの様だ。
「んじゃさっさと配線しちまうか」
俺はグラスに残った酒をキュッと飲み干して立ち上がった。
「お、ついたついた」
パチッと音を立ててテレビの画面に映像が映し出される。
「アニメ観ましょうよ。虎太朗さん、早く、早く」
「いや、こんな昼間からアニメとかやってねーんじゃねえの?」
「再放送とかやってるかもしれないじゃないですか」
「そっか。なら好きにチャンネル回していいぞ」
俺は杏子にリモコンを手渡す。
「どうだ、マリベル。驚いたか?」
「…………んあ?」
声をかけるとマリベルが呆けた顔で応えた。
「いや、なんでもない。つか、アンタはもう今日は飲むのやめとけ」
俺はマリベルから一升瓶を取り上げようとする。
だがマリベルは酒を取られまいと抵抗した。
「離せッ、マリベル!」
「んあッ! んあッ!」
マリベルは酒を離さない。
「今日も騒々しいのう……、オチオチ寝てもおられんわ。……ふあ」
起き抜けの目をこすり、大きな欠伸をしながら、ハイジアがコタツ部屋に顔を出した。
「いや、十分寝ただろ。つーかもう三時回ってんぞ」
「あ、ハイジアさん、お邪魔してます」
「んあ」
「うむ、してその女騎士は何をしているのじゃ?」
「いやこいつ、酔って一升瓶を抱えたまま離さないんだよ」
「……なんじゃそれは」
ハイジアは呆れ顔でマリベルをみた。
そしてトコトコと歩いてマリベルに近づき、その喉元に容赦のない手刀を叩き込む。
「くひゅッ!」
マリベルは変な息を吐いて倒れた。
しかしマリベルは、気を失っても一升瓶を胸に抱いてを離さなかった。
「なんつー執着だよ。……こいつ将来アル中になるんじゃねーの?」
「すんごい執念ですもんね、ちょっと引きます」
「そんな事より、妾にも酌をせい」
ハイジアはマリベルから焼酎の一升瓶を奪いとり、俺に差し出した。
俺は一升瓶を受け取り、ハイジアにお酌をする。
「おっとっと、それくらいでよい」
「おう」
「ほれコタロー、瓶を寄越せ。妾も貴様に酒を注いでやろう」
「おう、あんがとさん」
「はい、はい! 私もお代わり下さい!」
「なら貴様もグラスを出せ。妾に酒を注がれることを誇りに思うがよいぞ、アンズ」
「はーい」
女吸血鬼と女魔法使い(笑)と俺は、グラスになみなみと注がれた焼酎を手に持つ。
「んじゃハイジアも起きてきた事だし、仕切り直すか。そんじゃ、かんぱーい!」
「はい! かんぱーい!」
「うむ、乾杯じゃ!」
俺たちは酒を掲げ直した。
「してコタロー。あの小人の入っておる箱はなんじゃ?」
「ああ、あれはテレビだ」
「テレビ?」
「おう、いい暇つぶしになんぞ」
「ふむ、よく分からんのぅ」
「細かいことは杏子ちゃんに教えてもらっとけ。俺はチータラがなくなったから、代わりの肴を持ってくる」
俺は隣の自宅から、サバ缶とやきとり缶とカニ缶を持ってきた。
カコンと缶詰の蓋を開け、手酌で焼酎を注ぐ。
そしてカニ缶を一口つまんでから、焼酎でカニ身を胃に流し込んだ。
「くぅーッ! うめー!」
「あ、いいなー、おつまみ缶じゃないですか。私にも下さい!」
「いいぞ、いっぱい食え」
「やったー!」
「ほら、ハイジア、アンタも来い」
「……ん、妾は後でよい」
ハイジアはテレビにベッタリとくっ付いて離れない。
「なあ、杏子ちゃん、ハイジアどうしたんだ?」
「なんかテレビが気に入っちゃったみたいです」
「おう、そうなのか」
「ええ、なんか可愛いですよね」
ハイジアは興味津々な目でテレビに観入る。
「ハイジアは少しほっとくか」
「ですね」
「あ、杏子ちゃんは、酒のお代わりいるか?」
「えー、どうしよっかなぁ。この後私、バイトあるんですよねー」
「そうなのか。……その割には結構飲んでるよなアンタも」
「そんな事ないですよー! まだまだ大丈夫です! よし、やっぱりもう一杯、お代わりください!」
「バイトはいいのか?」
「酔わなきゃいいんですよー」
女魔法使い(笑)杏子は胸を叩いてそう言った。
「そういえば杏子ちゃんは何のバイトしてんだ?」
俺は目の座ってきた杏子に尋ねる。
杏子の顔はもう相当赤い。
「あれ、ですよー。こうやってぇ」
杏子は両手の人差し指と親指でハートマークを作る。
「もえ、もえ、きゅん!」
「……お、おう」
そして杏子は酒臭い息で訳の分からない台詞を吐いた。
俺は若干引き気味になる。
「で、それはどういう仕事なんだ?」
「コーヒーとか、オムライスとか、出すんで、ひゅ」
「ひゅ? つか喫茶店か何かか?」
「そう、でぇーす! キャハッ!」
杏子が酒臭い息で陽気に笑う。
正直ちょっとイラッとする。
「あ、もう、こんな時間らぁ。バイトいかなきゃ」
そういって杏子は立ち上がる。
そしてヨロヨロとよろめいた。
「おい、大丈夫か、杏子ちゃん」
「だいじょーぶ、れぇーッす!」
「……ホントかよ」
「じゃあー、いってきまぁっす! コタローさん、ご馳走さまでしたぁ」
「おう、気をつけてな」
酔っ払ってもちゃんと礼を言うのな。
俺は間延びした喋り方にイラッとしながらも、感心した。
マリベルは酔い潰れ、ハイジアはテレビに張り付き、杏子はアルバイトにいった。
もう今日の 酒盛りはそろそろ切り上げだな。
「あ、そういや、大家さん来なかったなぁ」
俺は後片付けをしながら呟いた。
あんな鬱陶しいオッさんでも来ないと寂しいもんだ。
俺は後片付けを続ける。
空になった一升瓶が二本、チータラの袋、空き缶、そんなものをコンビニ袋に片していく。
すると部屋の隅にバッグの忘れ物があった。
どうやら杏子のバッグの様だ。
「そういやぁ、あの魔法使い、着替えてねーな」
中からは杏子の私服が見えた。
「ま、別に構わんだろ」
俺は酒盛りの片付けをして、「今日も楽しかったなー」と伸びをしながら自宅に戻った。
日間ランキング10位になってましたー!
これもみなさまの応援のおかげです。
ありがとうございます!
とか言っちゃうとランキング落ち始めるのが世の常ですが、まあそれはそれ。
今回も酒飲んでるだけの回で、なんか申し訳ないですが、今日は花金ですし、みなさまもお酒でも飲みつつお付き合い下さいませー