表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手が届く頃には  作者: testrip
5/13

『夏』 海の記憶―中編―

あっつい。

GL注意。分からない人はバックプリーズ。

 千夏からの、海へのお誘いの返事は、二つ返事で了承だった。あまりに呆気無くて、あたしは携帯の画面を二度見してしまった。しかし二度読んでも、そこには『いいよ』の三文字がぼんやりと浮かんでいるだけだった。


『海の記憶―中編―』


 呆気無いと言えば、最近、巡り行く季節が非常に呆気無い。すぐ終わって、始まって。誰かが早送りしてるみたいに。そう思うのは、自分が今に満足出来ていないからなのか、それとも逆なのか。

 がたんごとんと、やかましく揺れる電車の中。向かい合わせの、四人掛けの椅子。外を眺めれば、田舎っぽいというか、田舎の風景らしいなと思った。

 意外にも、あたしの目の前には千夏と紗綾ちゃんがいた。という事は、必然的に私の隣はりーな訳で。どうしてだか、少々恥ずかしかった。幸いにも窓側だったので、外へ視線を逃がす事で、難を逃れていた。どんな難なのかは、自分でも分かり兼ねる。

 暑いな。

 クーラーは効いているはずなのに、暑い気がした。視線が窓の向こうに縛られたみたいに、動けなかった。少しだけ視線を戻せば、視界に入る距離に、千夏がいる。何を戸惑っているのだろうか。


「なっちゃん」

「へ?」

「どうしたの、さっきから」


 あー。と、どっちつかずの返事を返せば、少し怒ったように千夏は顔をしかめた。嗚呼、拗ねてるんだななんて、冷静に理解した自分がいた。昔っから拗ねた時には、よくこの顔をしていた。何だ、変わってないのか。そう思うと、気が楽になった。ごめんと言う代わりに、笑ってみせた。

 

「変なの」


 そう言いながら笑った千夏は、妙に綺麗だった。すっかり何かを忘れたみたいに、気持ちが軽くなっていった。


「夏葉が変なのは今更だよ」


 そしてその一言に、かちんときたのは言うまでも無い。すぐさま右を見れば、ばっちり視線が合った。してやったり顔のりーが、子供っぽく見えておかしかった。


「りーには言われたくないね」

「ほー」

「何さ」

「チビ」

「なっ……関係無いし。おまけにあんたがデカイだけ」

「170センチのどこがデカイ」

「十分デカイ。165センチのどこがチビだ」


 中身の無い言い合いは、思いの外楽しかった。千夏と紗綾ちゃんは、やれやれといった表情で笑っていた。そして丁度、降りる駅を知らせるアナウンスが入った。

 暑い。と降車するや否や、全員が呟いた。りーだけは、叫んでいたけれど。わんわんみんみんとうるさい蝉達に迎えられても、まったく嬉しくはなかった。


「どっちだっけ」


 改札を出て、きょろきょろと辺りを見渡したけれど。まったくもって記憶に無かった。もう何度も来ているのに、相変わらずあたしは海までの道程を覚えていない。地図も読めなければ、勘も無い。よく生きてこれたねなんて、りーに言われた事がある。遠回しに、千夏がいて良かったねと言われた気がした。それに関しては、何にも言えないなと思った。


「あっちだよ」


 呆れるように横にいたりーが指差した先は、私の予想したのとは全く逆の方向だった。


「なっちゃんは相変わらず方向音痴だね」

「昔っから重症だよね」

 

 後ろで笑いながら、千夏が言った言葉に、りーは言葉を乗せた。


「そうなんですか?」

 

 紗綾ちゃんは千夏にそう確認した。この中で一番小さな紗綾ちゃんは、人形みたいだ。


「そうそう。昔っから。酷かったのはさ、昔ね」

「ちーなーつー」


 心当たりが幾つもある、あたしの思い出したくない失敗談。有無を言わさずに割って入ると、千夏は「また後でね」なんて紗綾ちゃんに告げた。その"後でね"が来ない事を祈るばかりだ。

 暑いな。

 急ぐ理由が、無いとも言えないのだけれど、あたし達は急ごうとはしなかった。距離が近い事や、りーが明らかにだるそうに後ろを歩いている事。それに、何故だかあたしの隣にいるのが紗綾ちゃんだという事。どうみても紗綾ちゃんは、せかせかと歩くタイプではなさそうなので、あたしは合わせてみる事にした。千夏は、後ろでりーを呆れながら見ていた。


『向こうはさ、こう何ていうか。からっとしてた』


 そんな土産話をいつだったかに聞かされて、あたしはそれがどんなものなのか、想像を巡らした。しかし、オーストラリアの空ですら見分けがつかないのに、そこの気候の話をされたって分かる訳がない。あたしはすぐに白旗を揚げて、アイスを頬張り続けた。その後の話は、ぞんざいに聞いていた。ただ千夏が『それにしても、日本はじめっとしてるね』と言った事を、覚えていた。

 これが、じめっとか。

 あたしはそう思うしかなかった。焼けたコンクリートに、異常なまでの湿度。愛すべき日本が、急に憎くなるのは夏だ。夏生まれだとか、そんなのは関係無い。暑いのは、好ましくない。


「暑いねー」

「そだね」


 二人共が、ぽーんと白球を天に投げたような、一方的なキャッチボールだった。間延びした紗綾ちゃんの声が、涼しげだった。彼女は、言葉とは裏腹に、あまり暑さを感じていないように思えた。そしてこの子が、『暑い』と言っているのを、あたしは初めて聞いた気がした。冬生まれの彼女の肌は、とても冷たそうに思えた。


「もう少しだから」


 その先は何も言わなかった。続きを言う前に、紗綾ちゃんは「うん」と高めのトーンで笑った。暑い筈なのに、温かくなった心が奇妙だった。

 こういう子を、可愛いって言うんだろうな。

 うんうんと一人で納得している内に、眼前には砂浜が広がっていた。有名な海岸ではないけれど、さすがにこの時期なので人もたくさんいる。

 やっぱこの時期は、少し多いね。誰かがそう言った。


 りーが慣れた手付きで、ビーチパラソルを広げているのを尻目に、あたしはさっさとシートを敷いて、座りこんだ。小言が聞こえた気がしたのは、きっと気のせいだろう。

 インドアなあたしには、日差しがきつい。

 半袖パーカーのフードを被ったとき、右隣の砂が、控え目に沈んだ。

 

「お茶飲む?」

「あー、うん」


 紗綾ちゃんは、人の目をしっかり見てものを話す。それはきっと、礼儀作法的には凄く当たり前で、そうするべきなんだろうけれど。あたしはいつも、困ってしまう。逸らして良いのか、悪いのか。そうして困っている内に、会話が大抵終わってしまう。

 どーぞ。

 緩く笑って、紗綾ちゃんはお茶をくれた。緑茶が好きな彼女は、いつもマイ緑茶を持参している。冷たくてほんのり苦い。でも、その苦さが逆に爽やかで心地が良い。日本も悪くないななんて思う。


「そういえば、よく休めたね」


 部活。と紗綾ちゃんは何故か嬉しそうに言った。


「ん、あー。部長の機嫌が良かったから、かな」

 

 ちらりと脳裏を金髪がよぎって、肩がぶるっと震えた。『休んでいいよ。その代わり、コンクール間に合わなかったら髪の毛剃るからな』と、とびきりの笑顔で言い放った部長の顔が、今でも鮮明に思い出される。


「大丈夫?」


 ぬっと眼前に出てきた顔が、誰かと被る。髪の毛の色も長さも、目の大きさだって違うのに。暑さで頭がやられたんだろうか。大丈夫だよと返せば、紗綾ちゃんは安心したように向こうへ行った。

 そろそろ手伝わないと駄目だぞ。

 まるで他人事みたいに考える。そうこうしている内に、きっとビーチパラソルは完成してしまう。いつもの事だ。毎年そうだ。静観している間に出来上がって、一番先にりーが飛び込む。そして、準備体操しろー!と言いつつ千夏が準備体操せずに飛び込む。私はそれを静観してる。泳ぎは嫌いじゃないし、寧ろ得意な方。ひらたく言ってしまえば……日焼けが大嫌いなのだ。


「な~つ~は~ちゃ~ん」


 アーメン私。

 りーにパーカーを剥ぎ取られ、そこに千夏が加わった。海へと放り込まれるだなんて、人生初体験だった。周りの人たちの哀れそうな目ったら。忘れられない。


「ぶはっ!なにすんのさ」

「泳ごう夏葉、あの夕日に向かって」

「まだ昼前だよ」


 み、見事に鼻に入った海水が憎らしい。紗綾ちゃんの冷静すぎるツッコミは、相変わらずのんびりしている。千夏なんて酷いもので、すい~っと一人で優雅に泳いでいる。沈んでしまえこいつ。

 鼻が痛い。眼も潤んできた。そんな中でぼんやりと考えるのは、去年の夏。同じような時期にここへやってきた。違うのは、紗綾ちゃんがいることと、私の髪の毛が短い事。あとは、なんだろうか。受験生じゃないことくらいか。

 短い毛をぶるぶると振るわせれば、当然のように気分が悪くなった。頭なんて振るものではない。声にならない声を出してから、水面に仰向けになる。日差しがぎらぎらと頑張っている。痛い。日焼け止めなんて人間の悪あがきは、きっと通用しない。

 きゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえる。りーが何かしているのかと耳を澄ませば、声の主は千夏だった。どうしようもなく、呆れた自分がいた。


「ねえ」


 声はすれども、姿は見えず。知らず知らずの内に、目を閉じていたらしい。投げられた声に、瞼を上げた。太陽ではなく、紗綾ちゃんの顔がそこにはあった。


「私も一緒に寝ていい?」


 寝ては、いないんだけどね。とは言えなかった。にこりと音を付けたくなる程に、綺麗に笑っていた。いいよと言った自分も、自然と笑っていた。ざぷん、とやっぱり控えめに揺れる水面が、彼女らしさを表していた。ゆらゆらと揺れる。面白い程に何もない。それだけ。


「気持ちいーね」

「焼けるけどねー」

「夏葉ちゃん白いよね」

「紗綾ちゃんもね」


 ぽんぽんと投げられるような会話が、どことなく気だるい夏のようだった。こんな平和な時間は、そう長くは続かないのだ。そう言わんばかりに、りーが突撃してくるのは、ほんの数分後の話。


 つづく。

書きたい事が、書けずにだらだら長いので、後編へ。

間があきすぎですね、ごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ