『秋』 秋触れの―中編―
とりあえず進めよう・・・という感じです。
予鈴が鳴ると皆が自席に戻って、担任が来るのを大人しく待とうとしている。なのにそばにいるこいつは恐らくあたしが縦に首を振るまでは動くつもりがない。そんなきらきらした顔をしても、こいつの良識を疑うばかりだ。
「いや、行かないから」
「なんで?」
「いやいや、迷惑でしょ。親とかもいるだろうし」
「大丈夫だって、さーやの家共働きだから」
な? と、同意を求めんばかりの清々しい笑顔に呆れた。そういうことだけを言ってるんじゃないと声を張り上げそうになるのを堪えて、溜め息を吐いた。そしたらその溜め息が不満だったのか、りーは顔を歪めた。眉間に皺が寄っている。どうしてこうも、言い出したら聞かないのか。あたしも大概頑固だけれど、りーのは少し種類が違う気がした。りーは、わがままだ。
「そういうことじゃないって。紗綾ちゃんが気を使うでしょ、うちらが行ったら」
「そうだろうね」
そうだろうねって、分かってるなら言うなよ。
どうせりーのことだから、お見舞いに行って家に上がって喋って遊ぶ気でいるに決まってる。
「でも絶対元気出るって!夏葉が行ったら」
「はあ?」
その言い方に違和感を覚えて、思わず突っかかるような口調になった。それとは反対にりーはさっきよりも余裕のある表情をしていて、どうやら何かの駆け引きにあたしは負けたらしい。腑に落ちない。
「なんであた――」
「おはようございまーす」
担任の先生が来て、りーはそそくさと自席へ帰って行った。あたしはというとその背を見つめるばかりで、続く言葉を飲み込むしかなかった。
なんであたしなのさ。
煮え切らない思いのままで行われたショートホームルーム、先生の言う連絡事項なんて一つも頭に入らなくて、今日の一限目の科目だって思い出せなくて、ただ茫然と黒板を眺めていた。
りーがこの話をぶり返してきたのは、昼休みだった。
「ねー、行こうよ」
「やだって、迷惑だもん絶対」
「そんなことないって」
何の確証があって、りーはこんなに自信満々に言うのだろうか。
「心配じゃないの?」
「心配だよそりゃ」
確かに心配は心配だ。けれど急に家に押しかけたら迷惑かもしれないから、それとこれを天秤にかけるのは違う。
あたしの言いたげな顔に、りーは「よし」と呟いた。
「お見舞いの品を持って行くだけ行って、すぐ帰ろう」
「そだね、それならそんなに迷惑でもないだろうし」
珍しくりーにしてはまともな提案だったので、了承した。
「ダメよ!」
それも束の間でちびっこ、もとい伊勢谷が邪魔をしてきた。小さな背丈でふんぞり返られても何も怖くは無く、いつもはふわふわとした髪の毛を暑いからかゆるくおさげにしているのは、まるで童話の少女だなと微笑ましい。
「なんでさ」
「コ・ン・クー・ル! もうすぐコンクールでしょうが」
「……」
忘れていたわけではないので、バツが悪い。伊勢谷もあたしがわざと気付いていなかったことを、知っているように詰め寄ってくる。
「忘れてた、わけないよね」
「そうだね」
「なんだよー夏葉ー」
りーが悔しそうに声を上げるけれど、とてもじゃないが行けない。だってコンクールの締め切りは……来週。
千夏に県外の大学に行くと告げられてから、面白いほどに筆が進まない。今までだって小学校とか中学校でお別れは散々存在したのに、今回のは明らかに違うからだ。大学という未来への大切な岐路。再び合流できる保証は無い。
「がんばりますか」
声に出してはみたものの、今日は筆は進まないだろうなと憂鬱な気持ちになった。
つづく。




