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手が届く頃には  作者: testrip
10/13

『秋』 秋触れの―前編―

新学期ですよ全員集合?



 二学期が始まった。まだ残暑厳しいこの九月から開始される二学期は、秋には程遠い。だけど夏よりも確かに秋の近さを実感させられて、月日がすぎる早さを思い知る。伸びた前髪を煩わしく思いつつ、手で払った。暑さと再び始まる学校生活に対しての億劫さから、自然と足取りは重い。数日すればすぐに実力テストたるものが待ち構えているというのに、これではダメだという危機感すら湧いてこないこの倦怠感。

 不意に後ろから肩を叩かれた。振り返れば予想通り元気なりーがいた。年がら年じゅうこいつは春色の顔をしている。良く言えばにこやかで明るい、悪く言えば呑気で空気が読めない。


「今何か失礼なこと考えたでしょ」


 新学期に対する億劫さなんて微塵も感じさせないりーの表情に、少しだけ気持ちがやわらいだような、何だか釈然としないような気持ちになった。


「別にー。おはよ」

「おはよ」

「あ」


 危ない。そう言うが早いかりーは前を歩いてた人にぶつかった。なかなか盛大にぶつかったので、よろけたりーを支えた。


「っ、すみません」


 慌てて謝ったりーとは反対に、ぶつかられた人はゆっくりと振り返った。背の高い、メガネをした男子生徒だった。その表情から、ぶつかったことに対して怒ってはいなさそうだ。むしろぶつかったことに気付いていないのかと思うほど、表情に乏しい。


「ああ、ごめん」


 そう言ってその人は横に移動して道を開けてくれた。


「いえ、すみませんでした」


 りーが再度謝ると、その人は一度会釈をしてから校舎の方を見上げた。校門を背にして、右上の方角。つまりは南なのか西なのか東なのかあたしにはさっぱりだけれど、右上だ。さっきもそうしていたみたいなので、何を見ているのか気になった。同じように校舎の方を見たけれど、見えるのは老朽化の進んだいつもの校舎だけだった。ただの不思議な人なのか何か意図があるのか、悩んだけれど真意はわからなかった。いつまでもそこで同じようにしていては失礼だし、そんな暇も無いので横を通り過ぎた。


「何見てたんだろう」


 過ぎてから声を抑えてりーに尋ねた。りーも気になっていたようで、ちらりと後方の男子生徒を一瞥してから言った。


「何だろうね、気になる」


 りーも分からなかったようで、あたしたちは校舎に入ってから教室に行くまでの間、あーでもないこーでもないと話し合った。見ていた角度からして校舎の二階か三階だろうか、でもあの辺の教室に特に印象が無い。行ったことがあまり無いからだろう。一年生のあたしたちには分からないだろうかと、諦めた。

 教室のドアを開けると、伊勢谷のグループが騒がしくお喋りをしていた。相変わらず派手な見た目のグループで、伊勢谷の茶髪なんて大人しく見えるほどだ。あたしの姿に気付いた伊勢谷が大きく手を振った。


「おはよー、小林さん!」

「あたしじゃないんかい」


 心の底から出たツッコミだった。


「えー、夏葉はもう飽きちゃった」

「はあ」

「おはよー、伊勢谷さん」


 テンションの高い伊勢谷に、りーはぽやぽやとした笑顔で答えた。当たり障りのないその表情は、言うなれば余所行きの顔だ。無理もない、この二人が話しているのなんて見かけたのは数回で、それもあたしが間にいるときだけだ。どういうつもりで、新学期早々から伊勢谷がりーに絡んだのか。まあ理由は明白だった。


「前から思ってたけど、美人だよねー」

「ねー、確かに」


 伊勢谷がりーをほめると、周りも同調した。あたしはそれ見たことかと自分の正解を称えた。ミーハーな伊勢谷は新学期から、りーにも照準を合わせたらしい。南無阿弥陀仏。


「え、いやあ、そんなことないよ」


 りーがしどろもどろになるなんて珍しいと、あたしは静観をかます。幾度となく助けを求める視線が来ている気もしなくはないが、そんなものは無視だ。


「彼氏いないのー?」


 伊勢谷のそばにいた子が、りーに聞いた。りーは相変わらずの余所行きの顔をして「いないよ」と笑って答えた。

 それを聞いてあたしは何かがピンと立った気がした。そういえば、りーは綺麗な顔立ちをしているのに彼氏がいない。それどころか好きな人の話すら聞いたことがない。世の中わかんないものだ。


「夏葉だってまあまあ可愛いのに彼氏いないもんね」

「……うるさい」


 まあまあに腹が立ったけれど、別に自分が可愛いなんて思ってないから反論はできなかった。そして大人しく二人とも自席に一度着いて、鞄を置いた。周りを見渡すと、紗綾ちゃんがいないことに気付いた。予鈴まで幾分も無いのにどうしたのだろうか。


「紗綾ちゃんいないね」

「あー、ほんとだ。どうしたんだろ」


 りーはあたしが言ってから気付いたようで、周りを見渡してから携帯を取り出してこちらへ来た。携帯と一緒に現れたストラップに見覚えがなかった。りーの携帯にストラップはついていなかったはずだ、つい最近まで。


「何それ、クマ?」

「見たら分かるでしょ。クマ」

「それもヒグマ?」

「そこまでは知らないよ」

「そっか」


 四つん這いの茶色いクマがデフォルメされてぶら下がっている。可愛いけれど、四つん這いでなかなかの存在感だ。自分で買ったのか、貰ったのか、口ぶりからは推測ができない。

 りーは紗綾ちゃんにメールを打ったようで、携帯を閉じてから「大丈夫かな」と言った。紗綾ちゃんの登校時間はいつもあたしたちよりも早いから、きっと今日は病欠で来ていないのだろうと二人して考えたのだ。


「風邪かな」

「あ、返事きた」


 スカートのポケットから取り出された携帯は、ブブっと鈍く震えている。携帯を開いたりーは苦笑いを浮かべた。その様子だと風邪なのだろう。


「風邪ひいちゃったんだって。心配かけてごめんってさ」


 紗綾ちゃんらしい謝罪の文言にあたしも苦笑した。風邪をひいて友だちに謝るなんて律儀にもほどがあるというか、気を使いすぎだろう。


「律儀だねえ」

「だね。謝んなくていーよっと」


 携帯に慣れた手つきで文章を打つりーを見ながら、紗綾ちゃんに久しぶりに会えないのが残念だと感じた。結局あの夏休みの日、菱野先生と紗綾ちゃんが話していた日以来、会うことはなかった。りーに関しては家も遠くないし、お互い部活で学校に来ていたからちょくちょく会っていた。けれどやっぱり帰宅部の紗綾ちゃんに会う機会なんてあの日だけだった。だから久しぶりに会えるのを楽しみにしていたのに。


「会いたかったなあ」

「うん?」


 りーの携帯を打つ手が止まって、少し驚いた表情でこちらを見ている。何か変なことを言っただろうかと一瞬考えたけれど、別におかしいことは何もない気がしたから、こっちも聞き返す。


「いや、会いたくないの? 紗綾ちゃんに」

「会いたくないの?って、二、三日すれば来るでしょ」

「まあそうだけど」

「ふーん。そんなに会いたかったのね」


 含みのあるりーの口調に、気恥ずかしくなった。会いたかったけれど、そこまでというか、いやそこまでだろうか。現に今、寂しく思っているし、こうやって考えれば考えるほど深入りして紗綾ちゃんの顔が頭から離れなくなってきた。これはまずい気がして、否定した。


「そんなにじゃないって、少しだよ少し」

「ふーん。夏葉が寂しがってるよーって送るね」

「ぐ、まあ、いいけど」


 なまじ口を滑らせたばかりに、予期せぬ展開となってしまった。りーは楽しげにメールを打ち終えて送信をした。どんな風に送ったのかが気になったけれど、りーがこれ以上悪ふざけしては困ると堪えた。

 携帯をポケットに仕舞うりーの手から、クマが溢れて揺れている。そのクマは本当に何だ。


「千夏さんに会えないから、おセンチなんだね」


 不意に出た千夏という名前に、りーの顔を見張った。ふざけるような顔をしているかと思って見れば、苦笑していた。苦く笑っている顔は、あたしを心配してなのか、呆れているのか、そのどちらとも取れたし、取れない。


『大学は県外にするねっ』


 そう言われたことをりーには伝えた。もちろんこれから家にあまり来なくなることも。あまりどころか、結局あの日以来、千夏が一度も家に来ていないこともりーは知っている。

 確かにそうかもしれない。千夏がいなくなった最近に、変わらずいてくれたのはりーだけだった。まあ伊勢谷とか玉造とかもいたけれど。そんな日々に、久しぶりに会える友人が加わるはずだったのだけれど、会えなくなった。一日か、二日か、そのくらい伸びるだけの久しぶり期間なのに寂しさが強い。


「うっさい」


 でもそんなことを認める素直さは持ち合わせていないから、精一杯怒った顔をしてりーの肩を殴った。グーでだけれど、もちろん加減はしている。わざとらしく痛そうな声をだしたりーに、もう一発食らわせたら予鈴が鳴った。予鈴が鳴ると同時に、りーは十八番の顔をして言った。


「お見舞い行こうよ」


 そんなきらきらした顔をして言ったって、二つ返事で了承できる内容じゃない。



 つづく。

 


新キャラは伊勢谷さんのお友達たちです

名前はまだないっ

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