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手に職をつけよう

「本当に申し訳ありません」


 揺れる馬車の中、村長に深々と頭を下げる。何度この言葉を口にしたのだろうか。


「何度も言うな。マサヨシは間違ったことを言ってないのだろう? だから一緒に領主様の所に行っておるのではないか」


 朗らかな顔をして言った。とはいえ、迷惑を掛けたことに変わりはない。

 軍人を追い払ったのは良いが、一息ついた後に待っていたのは村民からの疑念の声であった

 

 それもそうだろう。余所者が勝手なことをしてしまったのかもしれないのだから。

 あの証書が本物だとしたら、自分たちが大変な目に遭うと考えるのが普通だ。

 もし、俺が同様の立場であれば信用するのは難しいだろう。


 それなのに村長やイーサン、ランパード夫妻はとりなしてくれた。お陰で、その場は静まった。

 その代わり、村長と共に領主の屋敷にまで行くことになったのだ。


「もちろん、嘘を吐いてはいません。でも、皆さんを混乱させたのは事実で」

「もう良い。それはそれだ。今は今日あった事を報告しに行くことだけを考えよう」


 村長の言葉にしっかりと頷くと、御者台に座り馬を御しているイーサンが振り返った。


「マサヨシ、あんまり気にするな。領主様はお優しい方なんだから、あの証書は元から怪しかったんだよ」

「そうなんですね……。あいつ等が偽物であれば良いんですけど」

「偽物だろうよ。あいつ等が去っていく背中は情けないものだったからな。本物であれば、ああはならんよ」


 イーサンは楽しげに言うと、口を開けて大きく笑った。

 村長も笑っているので、俺も笑った。苦笑いだけど。


「お、領主様の屋敷が見えてきたぞ」


 遠くを眺めるイーサンの脇から外を覗くと、石造りの高い壁で囲まれた二階建ての屋敷が見えた。


   ・   ・   ・


 屋敷の中にある執務室で、領主と向かい合っていた。


 なで上げた黒髪に綺麗に整えられている口ひげ、きらりと光る丸眼鏡の奥にある切れ長の目というダンディな出で立ちだった。

 体つきも細身で引き締まっているように見える。金持ちのイメージで出てくる、肥満体型でないことから好印象を受けた。


「して、バイマン、今日はどのような用があって、ここに来たのかな?」


 渋い、良く通る低音ボイスだ。口調もなんかカッコいい。

 ここで思う。初めて村長の名を知った。だからといって村長のことは、敬意を持って村長と呼ぼう。


「はい、今日来たのは税率の変更がある。との、お話を聞いて参りました」

「ん? 何の話をしておる。そんな話はしていないぞ?」


 領主が眉をひそめ言った。その顔からは本当に知らなかったと見える。


「そうでございましたか。やはり偽物でしたか」

「偽物? 一体、何の話だ。何があったのだ?」

「実は今日、領民税徴収官を語ったものが来まして。領主様が発行された証書を見せられたのです」


 村長の言葉を聞いて、領主は更に顔を険しくさせた。


「それには税率の変更や、事前に税の一部を払えば税率の変更は行わないとのことでした」

「まったく……。どこの輩がそのような事を。そのような証書は発行しておらん。何も問題はない、安心しろ」

「安心いたしました。……実はその輩が持っていた証書のサインや印は、領主様の物で違いはなさそうでした」


 その言葉に領主の眉が上がった。

 寝耳に水な話だからだろう。村長が続けて言う。


「ただ、その証書の文字が私には難しすぎて読めんかったのです。それでこの者が、その証書を見てラブレターだと」

「ぬぉう!?」


 変な声を上げた領主は狼狽している。慌てた様子で机の中を漁り出すと、顔を青くしてこちらを見た。


「君……、君は読んだのか? 読めたのか!?」


 恐ろしい形相で食い入るように俺を見て言った。読めたのでありのままに話すしかない。

 しかし、内容までは言いたくない。官能小説をみんなの前で朗読させられるようなものだ。どこの罰ゲームだと言いたくなる。


「えっと、はい」

「誰かに言ったか!?」

「うぇっ!? いえ、誰にも言ってないです。プライバシーの問題ですので」


 言ってはいけないのはもちろんだが、言いたくないという気持ちの方が強い。

 言えたにしても、エロスな人間との烙印を押されるのが関の山だ。


「そうか……良かった……。ではない! そいつ等の人相を伝えろ! 今すぐに! 書記! 書記を呼べぇ!」


 あのダンディさがどこに行ったのか分からなくなる程に、慌てふためいている。

 これには村長も苦笑している。俺はいつ飛び火してくるか分からないので、顔を引き締めておく。

 呼ばれた書記に人相や格好を伝えると、警備隊から逃げだした者と思われるとのことであった。

 

 やはり逃げる際、金品を奪うために執務室を漁ったのだろう。そこで見つけたのが領主のサインと印があるラブレターだった。

 それを見た時に思いついたのが今回の騒動だ。

 そう考えると領主があまりにも可哀想に思えた。部下に裏切られ、恥ずかしいものまで持って行かれて。そりゃ必死にもなりますよねぇ。


「ふぅ……、見苦しい所を見せてしまったな。私の証書を悪しきことに利用するなど、万死に値するのでな」


 あ、見苦しい言い訳だ。とは言えない。

 領主は顔を涼やかなものに変えて口を開いた。


「今回の迅速な報告、助かった。不届き者は早々に捕えられるであろう。……時に、君はあれが読めたのだろう? どこで学んだのかね?」


 思わぬ言葉に心臓が跳ねた。

 何と答えれば良いだろうか。あまり嘘を吐きたくはない。


「えっと、この国ではないのですが、学校に行っておりました。それで読めるように」


 大きなくくりでは間違いない。嘘ではないはずだ。

 そんな心の中で震えている俺を、領主はまじまじと見ている。


「バイマン、この者は他国から来たのか?」

「はい、その通りです」

「ふむ……。君、名前は?」


 一息ついた所で、また話を振られて心が冷や汗にまみれる。


「マサヨシ・ユウキです」

「ほぉ、異国の響きだな。むぅ……難しい文字が読めるか。よし、決めたぞ。ユウキ、君は教師になりたまえ」

「はっ!? はいっ!?」


 いえいえいえ、ご冗談も程々にしてくださいよ。アインのパパとしても半人前なのに、これ以上子供を見るなんて無理な話だ。

 それにそもそも学校となる場所がない。


「嫌なのか? 知識を埋もらせておくなど勿体ない話だ。知識は宝だ。その宝は人に分け与えても減る物ではない。君の知識をより多くの者に与えて、この地を輝かせてほしいのだ」


 真剣な眼差しで言う領主からは、領民を思う気持ちが伝わってくる。

 言われてみれば確かにそうだ。今の俺には人の役に立てるようなことはできていない。

 これは神から与えられたチャンスなのかもしれない。……喋れることと文字が読み書きができることが、神が与えた最低限の力ということか。


 あのムカつく神は放っておいて、これが村の役に立てることになるはずだ。

 正直、不安しかないが俺の村での居場所を作るだけでなく、村人と打ち解けるまたとない機会かもしれない。


「あの……、やってみます」

「うむ、嬉しいぞ。早速、学校となる建物を建築し、周りの村にも学校のことを周知させよう。ユウキ、よろしく頼むぞ」

「はい。あの、頑張ります」

 

 困難なことかもしれない事を簡単に引き受けてしまった。

 だが、これが俺には希望の光に見える。その光を追って、俺は甘えた世界から一歩を踏み出した。

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