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嘘と真

 宿屋のドアを開けて中に入る。

 食堂ではクレアがほうきで床を掃除していた。


「あら、マサヨシくん、アインちゃん、お帰りなさい」

「クレアさん、ただいま。あのこれ、イーサンさんからです。スライ……ムの干物です」


 自分で言って気持ち悪くなってきた。早く想像した光景を忘れ去りたい。

 水分を失って、かさかさのスライムをクレアに差し出す。


「ありがとう。今度、何かお返しをしないとね」

「はい。お手伝いできることがありましたら、言ってくださいね」

「いつもありがとう。でも、あまり気にしないでね。マサヨシくんとアインちゃんが来てから賑やかになって嬉しいの。無理をしている訳じゃないのよ? 家族が増えたみたいで毎日が楽しいの」


 慈愛に満ちた微笑みとはこのことを言うのかもしれない。

 本当に穏やかな表情で優しく笑っている。

 クレアの言葉に嘘偽りはないのだろう。ただ、それに甘え続けることはできない。


 ずっとこの関係を維持したくなるが、閉じた世界にはしたくない。

 対等ではないにしろ、一人の男として見てもらえるようにならないと、他の人達から認めてもらえない気がする。

 俺やアインのためにも、独り立ちする覚悟だけはしておかないといけない。


「そう思っていただいて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。ほら、アインもお礼を言いなさい」

「う? あ~う~」


 クレアの笑み程ではないが、俺も精一杯の笑顔を見せ、アインもアインなりのお礼をしたようだ。

 言って思う。いつか一人前になって、心から出る本当の笑みを見せたいと。


 その時、ドアを荒々しく開け、転がり込むように男性が入ってきた。

 顔を見ると村民の一人だ。エルトンだったか?


「エルトンさん、そんなに慌ててどうしたの?」

「クレアさん、大変だ! 領民税徴収官が今、村に来ているんだが。無茶な要求をしてきたんだ!」


 慌てふためきながら、エルトンは言った。

 領民税徴収官? 今まで来たことがなかったが、名前の通り税金、もしくは年貢的なものを徴収しに来たのだろう。

 でも、無茶な要求とは。クレアが足早に宿を出て行ったので後を追う。


 街道沿いから少し離れた場所にある村の広場に、みんなが集まっている。


「皆の者! 良く聞け! この度、課税の割合を変更することになった! これが領主様からの証書である!」


 高々と声を上げている男に目を向ける。

 何度か見たことがある格好だ。青いジャケットに黒いパンツは軍人の出で立ちであった。

 領民税徴収官と思われる軍人たちは、集まってきた村民をぐるっと見回して大きく息を吸い込んだ。


「今後は課税を現状の収穫、売上高の二割から、四割に増やす! との事である!」


 軍人はとんでもないことを言い始めた。

 今までの徴収が二倍になるのだ。とてもではないが正気の沙汰とは思えない税だ。


「横暴だ! そんなの払えっこない!」

「あんたは俺たちに死ねと言っているのか!?」

「私たちにだって生活があるのよ!?」


 村民が口々に不満を爆発させている。

 その気持ちは容易に察することができる。だが、領主が発布したことなら、それを覆すのは容易ではない。

 しかし、国の財政がひっ迫しているとは聞いたことがない。


「まあ、落ち着け。ただし、だ。前回の課税の半分を今おさめれば、次の徴収時には前と同じ割合になる。どうだ? どちらを選ぶか?」


 これもまた横暴な話だ。課税率が変わらないにしても、先に一割おさめることができる人がどれだけいるのか。

 この提案にも当たり前のように、村民が抗議の声を上げている。


「何の騒ぎですかな、これは?」


 村長がゆっくりとこちらに歩きながら、穏やかな声で言った。

 村民が村長のために道を開けると、そのまま軍人たちの元へ進んだ。


「村長か。今、村の者たちに税率の変更を伝えていたところだ。だが、どいつもこいつも不満を垂れているぞ? 村長らしく、この騒ぎを鎮めるのだ」

「ふむ……。ちょっと証書を見せてもらって良いですかな?」

「む? 疑うのか? まあ良い。渡す訳にはいかないから、少し離れた位置から読むように」


 軍人は村長に近づくと証書を見せる。

 村長はそれを食い入るように見た。あごに手を当てながら、真剣に読んでいる。


「むう。サインや印に間違いはなさそうですが、文面が難しすぎるのではないですかな? 分からん単語が多々あるのですが?」

「ふん! 読めないのは自身の教養の無さだ。恨むなら、自分を恨むがいい」


 そう言うと軍人たちは高らかに笑った。その勝ち誇った笑みに腹が立つ。

 理不尽な話が通ろうとしている。村長が返すことができなければ、ここの住民たちの生活が成り立たなくなるかもしれない。


 周りを見ると往々にして目を伏せ、歯噛みをしている。反抗できない悔しさを滲ませていた。

 その時、証書に目がいく。見たこともない形をしていると思ったが、少し考えると何かが分かった。


「あの、失礼します。ちょっと俺にも見せてもらえませんか?」

「ああん? まだ文句を言うのか? ちっ! 仕方がない、これで最後だぞ」


 俺の前に突きつけられた証書をじっくりと読む。


 そうだ、読めるのだ。見たことがないと思っていたが、何故か頭の中にすっと入った。

 文字が読める。今まで文字と接したことがないから分からなかった。

 そう考えると、この世界での識字率の低いのだろう。村長はそれなりに読めるのだろうが、この内容は読めないかもしれない。


 それもそうだろう。


「これ、領主様のラブレターですよ?」


 俺の言葉に誰もが口を開けた。文字が読めることが驚くほどのものではないと思いたいが、教育が行き届いていないから仕方がないことだろう。

 ラブレターには読めば読むほど赤面しそうな言葉が並んでいる。あ、卑猥な言葉もあったぞ。


「て、適当なことを言うな! 貴様、ひっ捕らえるぞ!?」

「いえ、適当では……。じゃあ、読み上げてください。これだけ所狭しと書かれているので、さぞ細かな制度変更だと思いますが?」


 そう言うと、軍人が顔をみるみる赤く染めていった。怒りを隠せないその表情から軍人への不信感が募る。


「貴様~! 今ここで打ちのめしてくれる!」

「ええっ!? ちょっと待ってくださいよ、ちょっと!」


 近寄ってくる軍人に言った。が、そんなことで止まってくれるはずもない。

 周りに助けを求めるように目をやった。だが、誰も助けてはくれそうになかった。

 

「やめんか!」


 その大声に肩が跳ねた。村長が一喝したのだ。


「何だ、村長。邪魔をするのか?」

「ええ、ここは一旦、お引き願えないでしょうか?」

「何を言っている? この男を信用しているのか? 見ればこの国の人間ではなさそうだが」


 痛い所を突かれた。そうだ、俺はこの国の人間ではない。この俺を信用するなんて、どだい無理な話なんだろう。


「私は信用しておりますが? この者は優しい男です。信用に値する人物だと私は思っております」


 村長がキッパリと言いきった。軍人に盾突くほどに信用してくれていたなんて。


「俺もだ。マサヨシは信用できる。神に誓って言おう。こいつは本当に正しい人間だ、と」

「イーサン、すまんな。……ということです。領主様には私から話を聞きに行きますので。何かがあれば、私を罰して下さい」


 イーサンが胸を張って言い、村長は鋭い眼光を見せ言った。

 どちらも一歩も引く気はないといった雰囲気を漂わせている。


 二人の男が軍人に立ち向かっていると、俄かに騒がしくなってきた。

 騒ぎの中、ダリルがおもむろに俺たちの前に現れた。


「悪いヤツではない」


 ただ、一言だ。たった一言なのに、ダリルの口から出た言葉が今の俺にはすごく響く。

 ほんの数人しか俺を信用してくれる人はいないと、後ろ向きに考えていた。


 でも違うんだ。信用してくれた人の数は関係ない。自分の身を省みず、俺のために立ち上がってくれた人がいる。

 心が震えて、涙が滲んできた。ダメだ、ここで泣いている場合じゃない。顔を引き締めて、軍人の顔を睨みつける。


「何と言われようとも、その証書には税の徴収については書かれておりません。公の文章とは思えない内容です。何なら読み上げましょうか?」


 本当に公にしてはいけない内容だ。あんなのが出回れば大変なことになる。それだけ恥ずかしい内容なのだ。

 ぐうの音も出なくなっている軍人に詰め寄る。


「そのような内容の文書を渡すとは思えません。もしかして……それは領主様からもらったものではないのでは?」

「で、でたらめだ! この大ぼら吹きが!」


 狼狽している軍人は、抗弁とは言えない言葉を口にしている。

 このことから大体のことが推測できた。おそらく、こいつ等は領主のサインと印がある手紙を盗んだんだ。

 だが、軍人たちも村長と同じように難しい文字は読めないのだろう。普通は使わない臭い言い回しがふんだんに使われていれば尚更、訳が分からない。


 それを逆に利用した。読めないのならば、他の者も読めないと踏んでのことだろう。

 税の一割を今寄こせと言ったのはお金を得るための嘘で、高い税率を提示した後で救済策のようなものを提示する。詐欺師の典型的な方法だ。


「マサヨシ、もういい。この話はとりあえず、お持ち帰りいただけますかな。後ほど、領主様の所に伺いますので」

「うっ! ……勝手にしろ。おい、引き上げるぞ」


 吐き捨てるように軍人は言うと、足早に去っていった。

 周りの村民を見回すと、みんな一様に安堵の表情を浮かべている。少しは村の役に立てたかな。そう思おう。

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