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覚悟

 ランパード夫妻の家で暮らすようになって、二か月が過ぎようとしていた。


 宿屋と隣接する形で家は作られており、その中でこじんまりとした部屋を使わせてもらっている。

 ベッドしかない部屋は来客用のものなのか、誰かが使っていた形跡はない。


 元々は子供用に作った部屋なのだろう。ランパード夫妻には子供はいなかった。

 それはアインをクレアがあやしている時に教えてくれた。時々、寂しげな目をしているのは俺達が羨ましいという気持ちが、どこかにあるのかもしれない。

 それでも、夫妻は俺達を受け入れてくれ、家に住まわせてくれている。


 今の俺は宿屋での掃除、ベッドメイキングなどの雑務をさせてもらっている。

 これは俺から言いだしたことだ。その代りではないが、アインの面倒を仕事中は見てもらっている。

 お世話になっているお返しの念ももちろんだが、アインと接している時のクレアの笑顔が好きだったという気持ちもあった。


 母の笑顔と言えばいいのだろうか。優しく愛おしそうにアインを見つめ、微笑んでいた。

 ダリルも不器用ながらアインに優しくしてくれている。夫妻とも、我が子のように接してくれていた。


 それが心苦しくなる時もあれば、肩の荷が下りたように安心する時もある。

 俺が育てるよりも余程良い環境だと思っているからだ。


 俺が育てようものなら、いやがおうにもアインのことを勇者として見てしまう。

 だが、神から押し付けられた子供とはいえ、勇者と知らなければ普通の人生を送ることも可能なのかもしれない。

 ランパード夫妻はアインが何者なのかを知らないから、何事もなく育つのではないのだろうか。


「ふぁ~~、うぅ……。スゥ~」

「ん? 寝ちゃったか。じゃ、ゆっくりおやすみ」


 ベッド横に置かれているベビーベッドへ、ゆっくりと下ろそうとした。


「あぅ、あ、びぇ~~ん!」

「ああ! ごめんごめん。まだ抱っこが良かった? ごめんね」

「うぅ~」


 アインは抱っこしていると落ち着いてくれるが、手から離すと泣き出すことが多い。

 面倒を見てもらっている時も、抱っこしてもらっている事が多々ある。


 しかし、本当に可愛い子供だ。クレアもメロメロになるのが分かる。

 出自を知っている俺ですら、アインの顔を見ると心が休まるのだ。これぞ魅力MAXの力なのだろう。

 この力があれば人生、順風満帆に暮らせるのではないのだろうか。

 

 そんな子を勇者として酷な人生を送らせると考えると、胸が苦しくなってきた。


  ・   ・   ・


「クレアさん、仕事終わりました」

「マサヨシくん、ありがとう。アインちゃん、パパが戻ってきましたよ~」

「ははっ……、ほら、アインおいでぇ」


 思わず乾いた笑い声を上げてしまった。気を取り直して、アインをクレアから渡してもらう。

 ご機嫌な笑みを浮かべているアインを見ていると、クレアが小さく笑った。


「アインちゃん、マサヨシくんのところに行きたかったのかしら。何度も呼び掛けていたわよ」

「えっ? そうだったんですか?」

「ええ。パパが大好きなのねぇ」


 俺のことを? 正直、困惑してしまう。

 俺ができている事なんて、ほとんどない。大半はクレアが面倒を見てくれているのだ。俺が好かれる要素が見つからない。

 悩んでいるとドアが開いた。


「お客だ」


 ダリルが一言だけ発すると、さっさと引っ込んだ。


「あの、クレアさん。俺が接客してきますので、アインをまたお願いしてもいいですか?」


 接客も大体できるようになってきた。バイトで接客をしていたお陰だ。

 ただ、客の相手をするだけじゃない。荷物を部屋に運ぶのも仕事の内だ。

 力仕事なので、クレアにやらせるのも忍びない。


「いらっしゃいませ」

「おや? 君、初めて見るな。クレアさんは?」

「今は家の方にいます。荷物、お部屋までお持ちしますね」

 

 客のパンパンに膨れ上がっているリュックサックを手に持つ。重っ!

 荷物の重さにふらふらとしながら、部屋へと運んで行く。


「すごい量の荷物ですね。商人さんですか?」

「おお、そうだよ。今、王都に向かっているのさ」


 ティターナ王国の王都か。話しでしか聞いたことないけど、王国の中心都市らしい。


「王都ですか。一度、見てみたいですね」


 ありきたりな世間話をする。ただ、見てみたいという気持ちに嘘はない。


「おう、良い所だから行って損はしないと思うよ」

「そうなんですねぇ」


 良い所か。言われて考えさせられた。

 俺にとってここは良い場所なんだろうか。アインにとっては良い場所に違いない。

 ただ、俺がいていい場所かは分からない。間違いなく、お金だけは余計に消費させている。


 そう思うと、このままここに住まわせてもらうことに罪悪感を覚えた。

 今まで向き合ってこなかったけど、今こそ考える時ではないだろうか。


「あの、王都までどのくらい掛かりますか?」

「だいたい二日あれば着くよ。ああ、明日は早朝に出る予定だから、起こしてもらえるかな?」

「あ、はい。あの……俺、付いて行ってはダメでしょうか?」


 恐る恐る切りだした。商人はあごに手をやって考え出した。

 どこぞの者と一緒に行動することに躊躇ちゅうちょしているのだろう。


「う~ん、付いてくる分は構わないよ。ただ、面倒は見れないよ?」

「ホントですか? 明日の朝ですね。よろしくお願いします」


 商人に向けて、深々とお辞儀をした。

 アインの事を思えば、ここにいる方が俺といるよりずっとマシに違いない。

 そう思わないと、この罪悪感と心苦しさから逃れることができなかった。


   ・   ・   ・


 早朝、目を覚ますと商人の部屋に行き、声を掛けた。

 寝ぼけ眼で起きた商人に朝食のサンドイッチを渡して、外に出て来るのを待つ。


「ごめん、ごめん。待たせてしまったね」

「いえ……。あの、ご迷惑をお掛けします」

「構わないよ。さて、出発しようか」


 俺は頷くと、振り返り宿屋を見つめた。

 アイン、そこは君にとって理想の場所だ。ダリルもクレアも、アインを受け入れてくれる。

 俺といるよりも余程、楽しく温かな人生を送れるはずさ。


 そう思うと、不思議な気持ちになってきた。

 何か分からない気持ちだ。何と言えば良いのか分からないけど、胸が締め付けられてきた。

 宿屋から目を離せずにいると、泣き声が聞こえた。


 アインの泣き声だ。その声を聞いた時、耳を塞いだ。

 聞きたくなかった。何か分からない気持ちが沸々とわいてくる。宿屋から目を離して、街道へと目をやる。

 ここを俺が離れる事は、お互いにとって良い暮らし。お互いにとって希望がある暮らし。お互いが幸せになることができるのだ。


 そうなるはずだ。だって、俺にアインを育てる事ができるとは思えないから。

 それなら、受け入れてくれる人がいる所にいてほしい。そうだ、それが良いんだ。なのに込み上げてくる気持ちは違う。


「どうした? 行かないのかい?」


 行きます。声が出なかった。

 行きたいです。足が動かなかった。

 行かせてください。ここから離れないと、二人とも不幸になるんだ。なのに、体も心もここを離れようとしない。


 アインの泣き声が塞いだ耳を越えて聞こえてきた。

 もう耳を塞いでも逃げられない。無理やりにでも動いて、ここを、アインから離れないと。

 耳を塞いだ手を離す。その手がとても冷たく感じた。その時、ハッとした。


 手にいつもあった温もりを、俺は今、離そうとしている。

 最初にこの世界に来た時から感じていた温もりを、俺は捨てようとしている。

 

 正直、心細かった。それでもアインが手の中にいると、その温もりが俺を優しく包んでくれた。

 俺はそれを、アインを捨てようとしているのだ。


 アインはまだ何も言っていない。あの子にとって良い生活は、俺の身勝手な考えで決めたことなんだ。

 良いも悪いも聞いていないのに、勝手に決めて、勝手に去る。そんなことをして、俺は自分の子供を育てることができるというのだろうか。


 俺は悪くない。神が悪いんだ。例え、そう言っても見捨てた事実は変わらない。

 人の親になって、そんなことが言えるのか。ここで逃げてしまえば、また問題が出た時、逃げてしまうだろう。

 俺のせいではないという言葉を免罪符にして。


 逃げた先に何があるのだろうか。まだ、戦っていないのに逃げようとしている。

 そんな俺に希望のある生活が送れるとは思えない。希望があると自己欺瞞し、逃げ続けるだけだ。

 それなら、それなら。


「ごめんなさい……。やっぱり行けません」


 言ってしまった。だが、心は不思議と落ち着いた。


「そうか。じゃあ、また」


 商人は別れの言葉を口にすると、ゆっくりと街道を進みだした。


「俺がアインにできること……」


 一つしか思いつかない。

 あの子を幸せにしてみせる。もう逃げない。アインと向かい合って、二人が幸せになる生活を見つけてみせる。

 そうして初めて俺は人の親に、アインの父親になれるのだから。

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