絶望
ゆるりと馬が一歩前に進んだ。地を踏みつけた時、足元に生えていた青々とした草が枯れて朽ちていく。
二体の騎士の歩みが止まり、一体の騎士が更にこちらに近寄る。
騎士が手にする斧と剣が怪しい光を放っていた。
「強い力は貴様たちだけではないな。さて、勇者はどこだ?」
澄んだ声で問いかけてきた。
だが、感じる力は優しいものではない。深呼吸をして、体の震えを抑えこむ。
「さぁな。そんなやつは知らない。とっととお帰り願えるかな?」
「ほう……。では、仕方がないっ」
言い放った瞬間、斧の刃が月明かりに照らされ、俺の顔に向けて振られていた。
体をのけ反り、すれすれで通り過ぎていく白刃を見る。すぐさま振り返り、剣を振り抜く。
ギラリと光った刃が馬の右足を斬りつけると、馬とは思えない低い鳴き声を上げた。
「ふん。……ただの人かと思っていたが。なかなかやるな。まあ、目的達成のためだ。お前等の相手を」
「エア・スパイラル・ニードル!」
アインの声が闇に響く。同時に騎士の右腕が吹き飛んだ。
「くうっ!? 貴様が勇者かぁ!?」
「アイン! 出ちゃダメだ!」
杖を構えたアインに叫ぶ。騎士が動く前に踏み込んで斬りつける。
騎士の左手に握られた剣と打ち合う。打ち合いを繰り返した時、背後から押し寄せる力を感じた。
「ふんっ!」
「やぁっ!」
背中で感じていた迫る力を、二人が押し返してくれた。
すぐに思考を切り替え、目の前の一体に剣を振るう。一瞬の気の緩みを許さない剣戟が続く。
「おらぁぁぁ!」
野太い声が響いた。俺の前に一体、グロウスたちの前に一体。もう一体が誰かを狙っている。
声が上がった方へと目を向けた。グロウスに向けて金棒が振り下ろされようとしている。
「ぐうおあぁぁぁぁぁ!?」
騎士が叫んだ。
漆黒を断つように一閃し、騎士の腕を斬り落とされたのだ。
か弱い月光に照らされた剣の持ち主はウォルフであった。
「やれやれ。とんでもないのが出たものだな」
「ウォルフさん!」
「マサヨシ、こいつの相手はわしに任せておけ。他のやつらを頼む」
騎士を見据えたまま言った。
「ちぃっ! 老いぼれが偉そうな口を叩くんじゃねぇ!」
「その老いぼれに斬られるようでは、お前は赤子のようなものかな。どちらにせよ、遊んでやろう」
「くそじじいがぁ!」
金棒を振るう度に太い音をたてて、空気を押しのけていく。
音から伝わる力を前にしても、ウォルフの動きに怯みはない。
相手の隙を狙って、的確に傷をつけていく。
「あれは剣聖ウォルフか? なんなんだ、この村は。まあ、いい。私は私で目的を達しよう」
相対していた騎士の声に反応した。
その時、俺の横を騎士が風のように駆け抜けて行った。
「くそっ! どこへ行く気だ!?」
「あっちは……ルナちゃんの家がある方角だよ!」
「何っ!? グロウス、レン、ウォルフさん! ここは任せます! アイン、行くぞ!」
「うん!」
アインが駆け出したのを確認して、すぐに走りだした。
全力で駆ける俺をアインは追い越すと、ルナの家へと一直線に進む。
息が上がりそうになっていると、ルナの家が見えた。
ルナの家の壁に大きな穴が開いている。その穴から騎士がゆっくりと体を出した。
左脇にルナを抱えている。
「ルナァァァァ! エア・ス」
アインの怒りの叫びが轟く。
振り上げた杖に風が収束した時、騎士がルナを突きだした。
「うっ!?」
「こいつがいれば派手な魔法を使えんだろう?」
「許さない……絶対に許さない!」
「まあ、待て。貴様に手を出す気はない。俺たちの目的はこいつの確保だ」
騎士はぶら下げたルナを脇に抱える。ルナは意識を失っているのか動きがない。
アインの口からギリッと歯を噛みしめる音が聞こえた。
甲冑から表情は見えないが、勝ち誇ったように感じる。
「ルナに何をする気だ!?」
語気を荒げて問う。
「言ったままだ。俺たちはこいつを確保して、魔王様の下にお連れするだけだ」
「何のためだ!? ただの女の子だぞ!?」
「そう見えるのは仕方がないことだ。だが、こいつは重要だ。俺たちにも……勇者にもな」
騎士がアインに顔を向ける。
アインは普段見せたことのない、苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。
「勇者よ。貴様に魔王様からの伝言だ。この娘を追わなければ、勇者と娘の身の安全は保障しよう。だが、追えば後悔することになるぞ。とな」
「どういうことだ!?」
俺の質問に騎士は鼻で笑った。
「さてな。魔王様は気まぐれなお方だ。だが、約束を違える方ではない。確かに伝えた」
「死ねぇぇぇ!」
アインが叫びと共に手を突き出した。その掌から光が溢れる。
この光は見たことがある。
思考した瞬間、光線となって地を焼き払い、騎士の馬を火が包んだ。
馬の絶叫が轟く。おぞましい悲鳴に身震いした。
「くそっ! まさか、これだけで第二ステージに突入するとは」
「返せ! ルナをぉぉぉ!」
「できぬ話だ。引くぞ!」
騎士の声に呼応するように、二体の騎士が風を切って現れた。
横に並んだ二体が霧のように変わる。それが交わると、騎士の形状が変わった。
腕が四本生えており、騎士も馬も一回り大きくなっている。
「もう一度、言うぞ? お前はこの村で一生を過ごせ。貴様が動けば、この世に災厄が訪れる。……さらばだ」
一瞬で騎士は消えた。あの状態がやつの本当の姿なのかもしれない。
とてもではないが勝てる想像ができない。そうだ、アインは。
「アイン! 大丈夫か!?」
うつむいているアインに声を掛ける。
「ルナ……ルナ……ルナっ!」
「アイン……」
掛ける言葉がなく、涙を流すアインを見る事しかできない。
打ちひしがれたアインから目を離すと、グロウスとレン、ウォルフがこちらに駆けて来ていた。
「お父様、ご無事ですか!?」
「ダーリン、大丈夫!?」
二人の問いかけに頷く。二人がアインにちらりと目を向けたので、首を横に振った。
「……やつらは一体、何を狙って襲って来たのですか?」
小声でグロウスが問いかけた。
「どうやらルナが狙いだったみたいだ。だが、ルナを殺すつもりはないらしい。あと、アインにこの村で人生を過ごせと言った」
「何故、そのような事を……?」
グロウスの問いに答えない。
アインが勇者ということを伝えていないので、ここで言っても混乱させるだけだ。
「とにかく、ここにいても仕方がない。これからどうするか話し合おう」
「そうですね。ルナちゃんを助けるにせよ何にせよ、先ずはどうするかを決めないと話は進みませんね」
「ああ。アイン、それで良いな? アイン、それしか俺たちにはできないんだ……」
うなだれたアインに言った。
小さく頭を下げて、家へと歩き出した背中を見て思う。
子供には酷な事だ。だが、大人な俺たちにも悔しい事態なのだ。
歳だけくった俺が、アインに掛ける言葉を持っていない事に腹が立った。




