ぶつかり合い
鎧戸を閉じて教室内に闇を招く。
だが、闇が支配することはなかった。いくつものろうそくを、ケーキの上に乗せているからである。
「ハッピーバースデー、トゥユー。ハッピーバースデー、トゥユー。ハッピーバースデー、ディア、アイン、ハンナ~」
生徒たちの祝いの言葉がリズムに乗ってアインたちに届く。
「ハッピーバースデー、トゥユー」
リズミカルな声が静まると、アインとハンナがろうそくに息を吹きかける。
一度で全ては消えず、何度も息を吹いて消している。
部屋に暗闇が訪れた時、鎧戸を開けて光を取り込む。
教室内が照らされると、半円状に生徒たちが座り、中心にアインとハンナがいた。
歓声と拍手が鳴り響くと、照れくさそうな笑みを二人は浮かべた。
「みんな、ありがとね」
「あ……ありがとう」
満開の笑みを見せているアインと、頬を赤らめてもじもじしているハンナ。
今日は二人の誕生日会をしている。とはいっても、ハンナの誕生日はすでに終わっており、アインは明日が誕生日だ。
毎月、誕生日を迎える生徒たちの誕生日会を学校で行っており、今月はアインとハンナの誕生月である。
「さ、みんなでパーティーを楽しもう。ケーキは均等に切るように。果汁ジュースもちゃんと分けるんだぞ?」
俺の言葉に生徒たちは嬉々とした声で返事をした。
子供たちが楽しそうに会話を交わしている。
アインとハンナは中心なので、二人で会話をしていた。
「アインくん、お誕生日……おめでとう。明日だけど」
「ありがとう、ハンナちゃん。僕も十五歳になるんだね。大人の仲間入りだね」
「そ、そうだね。……アインくんは学校を卒業したら、王都に行っちゃうの?」
ハンナの問いかけにアインが悩むように視線を上に向けた。
言われれば、学校を卒業後の進路を聞いていなかった。
魔法学校で優秀な成績を収めているアインならば、王都に出て魔法に関する仕事につくことはできるだろう。
「ん~……、あんまり考えてないや。王都に行くのも良いけど、ここで魔法教室を開くのも良いかも。でも、王都も~……」
「ア、アインくんが村にいてくれると嬉しいな……。あ、もっと魔法も教えてほしくて」
「そっか。じゃあ、しばらくは村にいるよ。みんなと離れるのも寂しいし」
ハンナは胸をなで下ろしたようだ。ハンナもアインに好意があるから、離れ離れになることが寂しいのだろう。
アインは自分の進路について、自分で考えるようだ。そこはアインに任せよう。自分自身で決めることができる年齢なのだ。
成長した息子を感慨深く見ていると、ルナがアインの前に座った。
「アインくん、ハンナちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ルナちゃん。ルナちゃんは来月誕生日だよね? みんなでお祝いしないとね」
「うん、すっごく楽しみにしてるの。家でも誕生日会をするから、アインくんも来てくれない?」
「えっ? そうなの? うん、行く行く。ねぇ、パパ良いよね?」
アインが嬉々とした声色で問いかけた。
断る必要はないので了承する。
「ルナちゃんが良ければいいよ。あ、それならプレゼントが必要だよね。王都に行った時に、何か買うと」
言葉に詰まった。冷たい視線が口を、喉を凍らせていく。
凍結しつつある首を回して視線の主へと向ける。
ハンナが見ている。その瞳は不毛地帯のように乾燥して、一片の感情もない。
この視線の正体を知っている。俺は地雷を踏んだのだ。
「そうだね。じゃあ、何か王都で買って来るよ。楽しみにしててね」
「ア、アイン。明日の誕生日会だけど、ハンナを呼ばないかな。ハンナの誕生日会に行ってないしさ」
俺の言葉でハンナの瞳に春が到来した。優しい笑みを浮かべて、アインを見ている。
恐怖の視線から逃れたことに安堵の息を吐いた。
「先生、私も行って良いですか?」
ギョッとした。微笑んでいるルナからの問いである。
微笑んではいる。だが、その柔らなか顔とは対照的に瞳の色は赤い。
俺を丸焼きにしそうな灼熱視線を向けている。
その目からルナもアインが好きだということが伝わってきた。
となると、まさかまさかの三角関係だ。アインはルナと両想いになるが、どうやらルナはなかなか独占欲が強いのかもしれない。
ハンナを敵視しているという訳ではなさそうだが、アインに接近させないように考えているのだろう。
「う、うっ!?」
先ほど回避することができた視線が復活した。
灼熱と氷結。正反対の視線を受けまくって、口がまともに動かない。
「もちろんだよ! 二人共、大歓迎だよ」
アイン~。言ってしまった。ニッコニコの笑みを浮かべたルナと、少しぶすくれた顔をしたハンナが俺から視線を外した。
俺の言葉ではない。恨むならアインを恨んでくれ。そういえば、もう一つの地雷を忘れていた。これはどう回避すべきなのだろう。
「実はね」
「あっ! アイン!」
「ルシーヌちゃんも呼んでるんだぁ」
言ってしまった。また地獄の視線が向けられる。
ルシーヌの話を聞いたからか、少し気を回してしまったのが仇となった。
ルシーヌの誕生日会に呼んでもらったから、そのお返しのつもりで気軽に呼んだのもあるが。
そう言ったとしても、この二人には通用しないだろう。
拷問タイムが過ぎ去るのを唯々待つことに徹する。
・ ・ ・
「あなたぁ、大変なことになったわねぇ」
「ドロドロな展開だよね。私とダーリンみたいにクリーンな関係じゃないのね」
大変どころではない。二人の視線だけで、魂が削られて昇天しそうになってしまったのだ。
ルシーヌは歳の割には大人なので多少は優しい視線かもしれないが、破壊視線に変わらないとは言えない。
レンの言う通り、ドロドロな関係になりかねない。これぞハーレム能力のせいだろう。
俺とレンの関係は本当の意味でクリーンである。
「本当に参ったよ。ハンナがあそこまで強気とは思わなかったし、ルナもガンガン攻めるんだからさ」
「アインも鈍感だからぁ、みんなの想いには気付かないでしょうしぃ。怒りの矛先はあなたでしょうねぇ」
「俺には何の責任もないんだけどね。アインももうちょっとルナと仲良くなれば、みんな諦めると思うんだけど」
「進展なさそうよねぇ。仲良くなったら、そこで止まっちゃったものねぇ。これじゃ、三人にチャンスがあると思っちゃうわよぇ」
ジーンの言葉通りである。アインは今一歩の押しがない。本人は特に悩んでいる様子はないので、現状に満足しているのだろう。
この調子では、しばらく俺が矢面に立って恐怖の視線を受け続けることになる。
ガックリと肩を落として、重い頭が更に重くなっていく。
「ダーリン、大丈夫? いつだって癒してあげるからね」
「……不要」
冷たくあしらっていると、ドアがノックされた。
招く声を発すると、グロウスがドアを開け、家の中に入ってくる。
「遅くなりました。お父様、例の物をお持ちいたしました」
「ああ、ありがとう。悪いな、面倒なことを頼んじゃって」
「いえいえ。ですが、本当によろしいのですか?」
「ま、アインも大人の仲間入りだからな。これからどうするか決めた時に、使ってもらえれば嬉しいよ」
グロウスの手から布で包まれた細長い物を受け取る。
布を剥ごうとした時、総毛立った。
「なっ!?」
「これは!?」
全身が冷たい空気に包まれた。グロウスが険しい顔をしている。
レンも眉間にしわを寄せていた。
「みんな、どうしたのん?」
「ジーン……アインの部屋に行って。早く!」
俺の剣幕を見て、ジーンはアインの部屋に行った。
居間に掛けていた剣を手に取る。レンも双剣を腰に履いた。
グロウスに目を向けると、静かに頷いた。
固唾を飲んでドアを開ける。
そこには誰もいなかった。
違う。放たれている力がじわじわと強くなってきている。
こちらに近づいて来ているのだ。
月夜に照らされた闇の中から姿を現したのは、馬にまたがった三人の騎士だ。
全身を黒い甲冑で固めており、またがっている馬も黒毛に黒い肌をしていた。
人のように見えなくもないが、人とは思えない。全身から闇夜の中でも分かる、どす黒い煙を漂わせている。
「あっ、あれは!?」
「グロウス、あいつらは何だ?」
「トゥーデス・リッター……。魔王の先兵です」
「なっ!?」
三騎士がこちらにゆっくりと歩みを進めた。




