お別れ
村長が倒れて一か月が過ぎようとしていた。
幸い意識はあり、今は落ち着いている。
だが、良くなることはないそうだ。このまま緩やかに死を迎えるとのことだ。
今後のことを考えるため宿屋の食堂に大人たちが集まっている。
しかし、誰もが沈痛な表情をしており、話が上がっても建設的な会話に入ることはなかった。
村長の存在がどれほど重要であったのかを思い知らされた。
「マサヨシ、どうしたら良いと思う? 俺たちだけで色々決めていいのか? ここは村長に決めてもらうのが」
イーサンは弱気で言った。俺に問われても困る。今まで重要な判断は全て村長に任せていたのだ。
いきなり俺たちで何かを決めろと言われても、誰も覚悟ができていない。たったこれだけでプレッシャーを感じている。村長はどれだけ苦労していたのか。
「分かりません。でも、村長に負担を掛けるのも良い事ではないと思います」
「そう……だよな。ただ、村長の代理は必要になるよな。……誰ができるかって言われたら」
イーサンが言うと周りに目をやる。向けられた視線にまともに返してくる者はいない。
いや、一人だけいた。ウォルフだ。イーサンが恐る恐る口を開いた。
「あの、ウォルフさん。もし、よろしければですが、村長代理になっていただけないでしょうか?」
「……断る」
「そうですよね……」
「村長の代わりを務める者は、この村に昔からいた者がやるべきだ。多くのことを知っている者がな」
目をゆっくりと閉じた。ウォルフの言う通りだ。村に来て十年以上は経過しているが、ウォルフは新参者と言える。
それを考えれば、ウォルフに任せることはできない。
「イーサン、お前がやるべきだな」
目を閉じたままウォルフが言った。全員の目がウォルフに向き、次いでイーサンへと向いた。
イーサンは明らかに狼狽している。唐突な話についていけていない。
「お、俺……ですか? ですが、俺は」
「お前でなくても良いが、わしはお前が一番村長の近くにいたと思っておる。村長の思いを引き継げるのは、お前だと思うがな」
「そ、そうですか……」
イーサンは力なくうつむいた。村長の重みを一番知っているから、自分に務まらないと思っているのかもしれない。
だが、俺もイーサンが良いと思う。村長の役割とは違うが、一番リーダーシップを持って村民をまとめていた。
宿屋のドアが荒々しく開いた。現れたのはアインだった。
「パパ! みんなを村長さんが呼んでるんだって! 早く来て!」
アインの言葉に全員が椅子から立ち上がり、村長の家へと向かった。
村長の家の前では、村民が不安げな顔をして立っている。
アインの話によると、村長は一人一人と語らいたいとのことだった。
「あ! みんな遅いわよ。イーサンさん、村長さんがお呼びよ。……お医者さんのお話だと、これが最後になるかもって」
全員覚悟はしていたが、いざその時となると身構えてしまう。
固唾を飲んだイーサンが村長の家へと向かう。周りから漂う空気が寂しくて重い。みんなの表情が暗いのが原因だろう。俺も同じように暗い顔をしているに違いない。
・ ・ ・
村長がベッドに横たわり、胸をゆっくりと上下させている。
顔は土気色だ。本当に限界が近い事を知った。
「マサヨシか?」
「はい……」
「近くに寄ってもらえんかな?」
黙って村長の近くまで寄る。思ったより声はしっかりとしていた。
ただ、これは命の灯火が燃え尽きる前の輝きであろう。
「ふむ……いかんな。マサヨシの顔が見えん。あの時より、目が悪くなっておるな」
かすれた声で笑った。最初に会った時の事を言っているのだ。
「今でも思い出す。マサヨシがアインを抱きしめて、この村に来たことを」
「……あ、あの時はありがとうございました。俺を迎え入れてくれて」
「ふっ……今更の話だ。もうよい」
よいとは思えない。俺はジーン以外に本当の俺を伝えていない。
村長を騙して、俺はこの村にいるのだ。村長がいなければ、村民から信用されることはなかっただろう。
今が村長に本当のことを伝えることができるチャンスなのだ。固くきつく閉めた唇を開ける。
「村長さん、俺……村長さんを騙して」
「懐かしい……偽物の徴収官を追い払ったのはマサヨシのお陰だったな。ジーンとの結婚式もあったのぉ。綺麗な花嫁姿だった」
「……はい」
「肝試し。あれは傑作だな。他の村からも集まって、お祭りのようだった。運動会も負けてはいないな。子供だけでなく大人も笑顔になっていた……」
村長の言葉に相槌を打つ。昔を思い出しているのか、天井を焦点の合わない目で見つめていた。
「マサヨシ……。私はお前が初めて、この村に来た時からのお前しか知らん。知る必要はない」
「えっ? どうして……ですか?」
「お前はこの村に多くの幸せを運んできた。それ以外にお前の存在を証明するものはない。私の人生はお前のお陰で楽しいものとなった。礼を言わせてもらおう、ありがとう、マサヨシ」
「そ、そんなこと……」
視界がにじむ。村長の言葉が俺の心を打ったからだ。
「あ、ありがとうございます。俺こそ、この村に住んだお陰で楽しいです。嬉しいです。幸せです。みんなから、かけがえのないものを貰いました」
「そうか、それは良かった。これからもみんなを輝かせてくれ。マサヨシ、本当にお前と出会えて幸せだったぞ……」
静かに言い終えるとゆっくりと目を閉じた。
俺との語らいは終わった。一礼して、外に出る。
・ ・ ・
葬儀がしめやかに行われる。
みんなが最後の言葉を掛け、埋葬をすませていく。
多くの人が涙を流して、村長との別れを悲しんでいる。
そんな中で、俺は落ち着いていた。
何故だろう。よくは分からない。どこか実感がないのだ。
一人一人、墓標に声を掛けている。
一人、また一人と墓地を去っていく。俺はただ、その姿を眺めていた。
気づけば視界に入っている人はいなくなっていた。
墓標に目を向ける。俺が最後ならば、挨拶をして去ろう。
色々と決めることがある。気持ちを切り替えるため、別れの言葉を告げよう。
墓標の前に立つ。花束の白い花びらが風で揺れている。村長が好きな花だと聞いた。
最後まで村長は愛されていたのだ。瞳を閉じて、心の中で言葉を探る。
その言葉が見つからなかった。
「マサヨシ、どうした? 行かぬのか?」
ウォルフの声が聞こえた。
閉じた目を開けて見る。視界がにじんで何も見えなかった。
服の袖で涙を拭う。その行為をあざ笑うかのように、涙が次々と溢れる。
「あれ? どうして? 何で? ウォルフさん、俺」
「まだ語り足りないのだろう。涙で語ろうとしている。ならば、瞳から口から、お前の思いを語るといい」
ウォルフは背中を見せて去っていった。
歪んだ視界に映る人影はいない。この場には俺と村長しかいないのだ。
「村長さん……俺……俺……」
色々な言葉が浮かぶ。だが、どれも口から出ようとはしない。選ぶことなく現れた言葉が心から溢れ出た。
「ごめんなさい……ありがとうございます……ごめんなさい。……ごめんなさい……。ありがとう……ございました……」
溢れる涙と変わらない思いを口から出した。
この涙も言葉も村長は必要ないと言うだろう。でも、俺は伝えたかった。
騙してしまった罪滅ぼしにもならないが、俺の精一杯の気持ちを声に出して村長に届けたかった。
エルム村に来て、十三年になる。俺はこの村に嘘を吐き続けた。そんな俺を村長は受け入れてくれた。
他のみんなに伝えることができる程の度胸はない。それなら村長の願い通り、みんなを輝かせよう。卑怯で情けない俺にできる、精一杯の恩返しをしたい。




