女の子になります
純白の雪に覆われた大地の上を駆ける。
口から白い息を吐いて、後ろから迫り来る脅威を引きつけていた。
「グロウス!」
「お任せを!」
グロウスの頬が膨らむ。
俺が横に飛んだ瞬間、一気に空気を吹き出した。
雪原に竜巻が起こり、雪と共に灰色の細長いミミズのようなモンスターが、三体空中に飛ばされる。
モンスターは竜巻によって高々と上げられ、宙に放り出された。
落下するモンスター目掛けて剣を振るう。
「はっ! ふっ! おらぁ!」
ミミズのようなモンスターの頭部と思われる箇所を斬り裂いた。
頭部を失ったモンスターは、雪の上でもんどりうっている。
気持ち悪いものが絶命する時まで確認して、剣を鞘に納めた。
「お父様、お見事です。全て一太刀で仕留めるとは」
「いや、お前の魔法のお陰だよ。さて、雪中花を採取しないとな」
モンスターを仕留めた余韻に浸る間もなく、雪をかいて地面を見る。
冬の間で、雪に埋もれないと咲かない花の採取が、今回の俺たちに与えられたミッションであった。
「お! グロウス、こっちにあったぞ」
「こちらにもありました。少し多めに持って帰りましょう」
グロウスの言葉に頷き、花を摘んだ。
真っ白な花びらを揺らしている雪中花を眺めて思う。
今、俺たちが苦労しているのは、性転換用秘薬を作るための材料集めだ。
作成方法は分かっているが、材料が手元にないのと、買って集めるにはそれなりのお金が必要だった。
レンは薬用のお金を持参していたが、できるだけそちらに頼らずに、調達できるものは自分たちで集めることになったのだ。
「悪いな、何度も手伝ってもらってさ」
グロウスに頭を下げた。ここ数か月、何度も足を運んでもらい、俺と薬の材料集めに付き合ってもらっている。
近場で必要なものはレンとアインが調達してくれているが、遠くに行く場合は俺とグロウスで動くことが多い。
「何を仰いますか。一人の純粋な願いのために動かれた、お父様に倣っただけでございます。私の男を上げる良い機会でもありますので」
「ありがとな。そういえば、お前はレンを見ても、いやらしい眼差しは送らなかったな。どうしてだ?」
「お父様、私を獣とでも、お思いでしょうか?」
正直、思っていた。ただ、それを議論しても不毛なので、首を横に振る。
「私も人を見て判断しております。レン殿は魅力的な方だと思いますので好意的ではありますが、愛とは違います」
「なるほどなぁ。お前の愛の守備範囲は馬鹿でかいと思っていたが、何でもOKと言う訳じゃないんだな」
「お父様の愛の対象もバラエティ豊富ですね」
「レンは違うって言ってるだろ!?」
グロウスだけでなく、村のみんなまでレンのことを側室だとか愛人だとか言って、面白がっている。
ジーンも笑っているので、困っているのは俺だけなのだろう。
「とは言われましても、ジーンさんも元は男性ですよ? あまり変わらないと思いますが?」
「ジーンは元なの! 現在進行形じゃないの! ほら、さっさと帰るぞ」
言い放つと振り返って、家路へとついた。
・ ・ ・
自室のドアを開けると、ジーンが背中を向けて調合作業に没頭していた。
手にしたカップを作業台の上に無言で置く。
「あらん? ごめんなさい、気付かなかったわん」
「気にしないで。遅くまでお疲れ様。どう? 順調?」
「ええ、順調よん。もう少しで昔作った状態まで持って行けるわん」
ジーンは微笑んで言ったが、少し寂しそうにも聞こえた。
「なあ、ジーン。ちょっと無理してないか? レンのことが他人事じゃないのは分かるけどさ」
「そうねぇ……。やっぱり自分と重ねているのかしら……。私もねぇ、自分のことで悩んでいたこともあったし。若いレンちゃんなら尚の事、苦しいと思うのぉ」
苦しいか。ジーンも若い頃は自分の体と心の違いに苦悩していた。
同じように苦しんでいるレンを見過ごせないのだろう。
「私は偶然、女になれて、あなたと出会うことができたの。それで今の幸せがあるのよん。昔の私からは想像もできない幸せなの……」
「レンにも、それを知ってほしい、ってこと?」
小さく頷いた。やはり過去の自分とレンを照らし合わせていたのだ。
人と違うことで好奇の目にさらされることを、ジーンは身をもって知っている。
そして、そんな自分が得た幸せを知っているのだ。
「ジーンは優しいな。そんなにあの子の事を思ってたんだね」
「あなたも優しいじゃない。無事、女の子になれると良いわねぇ。……あ、でも、女の子になったら、あなたが大変になるわねぇ~」
ジーンがクスリと笑った。その言葉を聞いて、曖昧な顔しかできない。
男の娘から、女の子に変わるのだ。そうなってしまえば、嫌でも意識してしまう。
村のみんなは喜ぶかもしれないが、俺にとっては生死に関わる問題なので対策を講じねば。
「その時は実家に帰ってもらおうか。さすがに我が家にずっといてもらう訳にはいかないしね」
「優しいあなたにできるかしらぁ~? お手並み拝見させていただきますわん」
意地の悪い笑みを浮かべたジーンを半目で見つめる。
ジーンは口を押えて笑った後、作業台の上にある薬の入った瓶を見た。
レンの幸せを願って作っている薬。
ただ、レンの幸せだけではないのかもしれない。
ジーンの思いもまた、幸せになって返ってくるだろう。
みんなの願う幸せを作る薬が、完成の時を待っている。
・ ・ ・
「マサヨシー! 薬を飲むんだろう!? 早く、開けてくれー!」
「マサヨシくん、レンちゃんが薬を飲むところ見せてもらえないかしら?」
家のドアの前がややこしい事になっている。
何故か村の連中が、我が家に大挙して来ていた。
薬の完成が今日の今日であることを知っている人間は少ない。
ジーンはもちろんの事、レンも言わない。
アインも少し抜けてはいるが、言ってはいないはずだ。
となると、状況に詳しいやつは一人しかいない。
「賑やかになってきましたね。皆、レン殿の門出を祝いに来たのでしょう」
グロウスが言ったに違いない。
だが、今更、どうこう言ったとしても、現状は変わらない。
ドアを激しくノックしている、ゴシップ大好きな亡者たちを追い払うにはどうしたら良いのか思案する。
「ねぇ、ダーリン。私、外に出て飲んでも良いよ? 皆さんにはお世話になってるし」
「そうは言ってもさ、嫌な気分しない? 早く飲んで、終わらせた方が良いよ」
俺の言葉にレンは首を横に振った。
確かに村人にはお世話になっている。何かと気を使ってもらって、食い扶持が増えた我が家の食糧事情を救済してもらったこともある。
そうは言っても、人生が関わる時を人目にさらすのはどうだろうか。
「あなたぁ、レンちゃんの意思を尊重しましょ~。みんなの前で女の子になれたら、もっとハッピーじゃな~い」
「うん、そうしたいです。ダーリン、私、みんなの前で飲む」
女性二人の視線が俺に集中する。唸ることしかできない。
理解はできるが納得ができないでいると、アインが俺の服を軽く摘んだ。
「パパ、みんなレンお姉ちゃんが好きなんだよ。だから、一緒にお祝いしたいと思うんだぁ」
一緒に、か。レンはこの村のみんなの事を大事に思ってくれているのだろう。
そんな人たちと一緒に喜び、幸せを伝えたい。それがレンの一つの幸せになるかもしれない。
どうしても、失敗の二文字が頭の片隅から消えないが、当の本人が覚悟をしているのだ。これ以上、拒むのは野暮だろう。
「分かった。みんなの前で飲もう」
ドアを開けて、村人を家の前の野原まで押し返す。
続いて出てきたレンが、ジーンから受け取った薬瓶の蓋を開けた。
「みなさん、私のためにありがとうございます。ジーンさんの作ってくれた薬で、私は普通の女の子になります。そして……ダーリンと添い遂げます!」
「何言ってんだ、お前!? って、飲んだし!」
爆弾発言にツッコみを入れている間に、レンは薬を飲んでいた。
しばし待つと瓶から口を離したので、飲み終わったのだろう。
全員が固唾を飲んで見守る。
「うっ……ううっ……うううっ!」
「レン! 大丈夫か!?」
「うぅぅ……うっ? あれ?」
レンの呆けた声に全員が目を丸くした。
何も変わったようには見えない。それらしい光やら煙やらの演出もなかった。
そうなると、今回の薬は失敗なのかもしれない。この場が気まずい空気に包まれる。
その時、レンがモジモジしだした。
すぐに俺たちに背を向けて、体の色々な箇所に手を当てている。
レンが振り向いた。その顔は笑みに包まれていた。
「ダーリン! 私! 私ね……」
レンの喜びに満ちた声に一同、感極まった表情をした。
「女の子に近づいた!」
ん? 全員の頭の上に疑問符が現れた。理解できていない俺にレンが近づく。
俺の手を取って、自分の胸に押し当てた。
「ね? ちょっと、おっぱいがあるでしょ?」
「おっ、おお……」
「あそこもね、小っちゃく」
「言うな! 手を当てなくても大丈夫だから!」
無理やり俺の手を股間に持って行こうとした。レンの手を振りほどくと、全員がいやらしい目で俺を見ている。
俺だって好きで触った訳ではない。
「えっと、つまりなんだ。色々と変化があって、それが女性に向けての変化だってことだよな?」
「うん! 何度でも触ってみて?」
「自発的に触ってねぇよ!」
周りが小さく笑って、俺を見ている。顔が赤くなってきた。
「そういうことだったのねぇ~。一回だと、少ししか変わらないのねぇ。じゃ、何回も続けたら」
「女の子になれる! ですよね!?」
「そうだと思うわん。でもぉ~、また薬を作るために材料が必要なのよねぇ~」
ジーンが俺をちらりと見た。何か嫌な予感がする。
「しばらく、私たちの家にいてぇ、薬ができるのを待つ。ってのはどうかしらぁ~? 材料はまたマサヨシたちが集めてくると思うしぃ~」
「えっ!? 良いんですか!?」
「もちろん。一緒に頑張って女の子になりましょうねぇ」
ジーンの優しい言葉にレンは涙をこぼして、抱きついた。
慈しむようにレンの頭を優しく撫でている。優しい笑みを浮かべる、その瞳は微かに潤んでいた。
同じ苦しみを持つ者に今、与えられる幸せを与えようとしているのかもしれない。
レンのことを知り、レンの幸せを願っている人たちに囲まれて、幸せになるまで楽しんでもらいたいのだろう。
ジーンはレンを幸せにしたいと願い、努力をしている。
俺だって思いは同じだ。それなら、俺ができることをしよう。彼女に女の子になること以外の幸せを与えられるように。
「ダーリン! 私はダーリンの第二婦人になってみせるわ!」
与える幸せは限定しよう。




