親心の果てに
レンが発した言葉で場が静まる。
何か既視感を覚えた。
「いや~ん! やっぱり引いてる~!」
顔を両手で隠して悶絶している。
「いや、引いてない引いてない」
優しくレンに言う。俺の言葉を聞いて、指の隙間から俺を見つめた。
「引かないの?」
「まあな。色々あったから、あまり驚かないよ」
時々、失念するがジーンは元男なのだ。
それとあまり変わりはないので、驚くほどのことではない。
「ダーリーン! やっぱりダーリンは運命の人なんだわ!」
「バッ、バカ! 抱きつくな!」
抱きつかれて分かった。胸がまっ平らだ。レンの言葉に嘘はなさそうだ。
冷静に分析しているとハッとした。ジーンが怒っているのではないのだろうか。
固まった首を回してジーンを見る。
半笑いだ。
「とにかく、落ち着け。で、レンが男の娘だということは分かったけど、何でジーン・ボレルを探しているんだ?」
そう、ここが一番大事なのだ。ここをハッキリさせないと、ジーンのことを明かす訳にはいかない。
「私は……女の子になりたいんです……」
「そ、そうか。まあ、分かるけど、何で人を探しているんだ?」
「ジーン・ボレルさんが薬を飲んで、男性から女性に変わったという噂話を聞いて……。笑い話のようだったんだけど、私にはこれしかないと思って」
うつむきながらレンは語った。
見える表情と声色から嘘は吐いていないようだ。
やはりと言っては何だが、ジーンの性転換話は信じられていないようだ。
だが、それがレンにとっては希望の光に見えたのだろう。
「そっか……。これは答えたくないなら、答えなくて構わないんだけど、何で女の子の格好をしているんだ? というより、女の子そのままなんだけど?」
「……私に興味がお有りなんですか?」
上目づかいで問われた。興味があるかといわれれば、大有りである。
レンの目を見て、大きく頷く。
「私はクナ国の国主の家系の長男として生まれました。とはいっても、末席も末席なので、大した家ではありません。ただ、男として生まれたことが問題だったのです」
神妙な面持ちで語るレンに掛ける言葉はないので、黙って話を聞く。
「当時のクナ国は国主の命が長くなく、後継者争いが激化しておりました。甘言などは優しいもので、暗殺も多々あったようです。そのような争いが末席の家にも及びました」
恐ろしい話になってきた。後継者争いは、ろくでもない事が多いとは聞いてはいたが殺しまで行うとは。
「私が生まれたのは、その争いが一番激しかった時です。男であれば後継者の一人となってしまう。そうなってしまえば、赤子の私の命に関わるかもしれない。そこで父が考えたのが、女が生まれたと周りに嘘を吐くものでした」
「レンを守るために嘘を吐いたのか」
「はい。生まれてから私は女として振る舞うよう、教育を受けてきました。外界との接触を最小限にし、男と女の区別ができないように。男でありながら、女として育つ。それは国主が死ぬまで続きました」
「ん? じゃあ、もう大丈夫なんだろう?」
「今は……です。ですが、国主が死んで以降が問題だったんです……」
レンは膝の上に置いた拳を握りしめた。更にきつい話が待っているのだろう。
「両親が私のことを男だと忘れていたんです」
「お前の両親ひどっ!」
「でしょ!? 女の子が欲しかったから良かった、何て言うんだよ?」
「良い話が台無しになったな!」
レンと話が合ってしまった。盲目的な時でなければ、まともに話ができることが分かった。
今、聞いた話を総合すると、女の子として途中まで育てるつもりが、立派な女の子として育ってしまったということだ。
「レンが可哀想な子だと分かったよ。大変だったんだな」
「ダーリン、大好き! ダーって呼んで良い?」
「絶対ダメ!」
食堂内でやかましく言い合っていると、ドアが開いた。
顔を見せたのはグロウスであった。
「お父様、何やら大変なことになったと聞きましたが? おや? そちらの女性が件の浮気相手ですか?」
「違うわ! 誰から聞いたか分からないけど間違った情報だぞ」
「イーサンさんが仰っておりましたが?」
「あの野郎!」
下品な話が大好きなイーサンに怒りを覚えていると、グロウスがレンを見つめている。
グロウスのことだ。どうせ、変態発言が飛び出すのだろう。
「私はグロウス・ストライブスと申します。失礼ですが、お名前を教えていただけますか?」
おや。普通に声を掛けたぞ。
「私はレン・カエイと申します。ダーリンの愛の奴隷です」
「おい! 何かすごい事になってるんですけど!?」
「えっ? じゃあ、メスど」
「女の子が言っちゃダメ!」
グロウスといい、レンといい、ツッコミポイントが多すぎる。
ツッコまなければ良いかもしれないが、そのまま放置しておくと後々、大事になるかもしれないのでキチンと釘を刺す。
「て、おい。グロウス、普通に話しているけど、レンを見て何とも思わないのか?」
見た目ではレンは可愛い。それを見ても、熱い眼差しを向けてはいない。
「何ともと仰られましても。力強い気をまとっているとしか」
「どういうことだ? ただの女の子にしか見えないけど」
まじまじとレンを見る。これといって特別な何かは分からない。目を背けて頬を赤らめている。ぶっちゃけ、めんどくさい。
「ダーリン、私ね、剣の腕は立つの。武の家系だったから、剣の修行は必須だったの」
「なるほど。まあ、腕がないとクナ国からここに来るのは難しいか」
当たり前のことに感心した。長い旅の中でモンスターと出会うこともあるだろう。
戦う力がなければ、異国の地まで旅をするなど無謀を通り過ぎて、自殺志願者のようなものだ。
「ほお。レン殿はクナ国から来られたのですか?」
「はい。ジーン・ボレルという方を探して参りました」
「ん? こちらの方がジーン・ボレルさんですが」
バカッ! 止めることができなかった。
レンに目を向けると、すでにそこにはいなかった。いつの間にかジーンの横におり、手を握っている。
「このような所でお会いできるとは思っていませんでした。ダーリンは私を導いてくれる運命の人なんだわ」
「……俺に結び付けるようなこと言わないでもらえますかねぇ」
肩を落として、ため息を吐く。俺とは対照的にレンは目を輝かせて、興奮している。
「ジーンさん! 女の子に変わるための薬をいただけないでしょうか!?」
「そのぉ~、あげたいのは山々なんだけどねぇ~。あれは実験の失敗でぇ。もう一度、作れるかは……」
「えっ!? 作れないんですか? そんなぁ……」
ジーンの言葉で絶望が到来したかのように、肩をガックリと落とした。
漂う空気が重く、寂しい。困り顔をしたジーンが口を開いた。
「そうねぇ……。やってみるわん。できるかどうか分からないけど作ってみるから、そんなに肩を落とさないでぇ」
「えっ? 良いんですか? 本当に?」
「ええ、私も頑張るから、あなたも頑張ってねぇ~。問題は……。あなたぁ、グロウスさん、女の子のために手伝ってあげてぇ」
急な展開に追いついていなかった俺を見て言った。
俺たちに何をさせる気だろう。
「薬の材料になる草花を取って来てちょうだ~い。ついでにモンスターを狩って、必要な材料をゲットしてきてねぇ」
「軽っ!? 簡単に言ったけど、大丈夫なの?」
「だいじょぶ、だいじょぶ~。恋する乙女のために、ひと肌脱いじゃってねぇ」
乙女ではないが、悩んでいる人のためにジーンは薬を作ろうとしている。
ジーンにとって楽しいものではないだろう。それでも、レンのことを思って動こうとしている。
妻が頑張るのに、夫が頑張らなくてどうする。ここが男の見せ場だ。ジーンとレンに向けて、顔を引き締めて頷いた。




