修学旅行
王都は相変わらず栄えており、大通りを行き交う人々で活気が溢れている。
俺はアインの手を握り、アインはハンナの手を握り、それと同じように続く。俺と生徒六人で人間の鎖を作って、人の流れに乗って進む。
大勢の人混みの中で迷子になってしまえば、探すのが大変になるのは明白だったので、このような方法になったのだ。
三の門の近くまで行くと、お目当ての人物が立っていたので声を掛ける。
「お~い、グロウス!」
俺の声に気付いたグロウスが熱い笑みを浮かべて近づいて来る。
「お父様、いらっしゃいませ。みんなもよく来てくれたね」
「グロウスさん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
アインが朗らかに言うと、グロウスはうんうんと頷いていた。
もう九歳になった子供に対して、未だにいやらしい目で見てはいないかよくチェックする。
何せ、我が生徒の中でも指折りな可愛さを持つものが三人もいるのだ。何かがあったら大変だ。
熱い視線を受けているナンバーワンのアインと、狙われかねないツー、スリーのハンナとエイミに目をやる。
「いやぁ、賑やかなものですね。修学旅行というものは、初めて聞きましたが活気があって良いですね」
グロウスの真面目な言葉で悪い想像から引き戻された。
エルム村から出る機会が少ない子供たちもいるので社会勉強のために、この修学旅行を企画したのだ。
だが、修学旅行という概念がないため、おいそれとできるものではなかった。そこで領主と相談し、旅費の工面をお願いして王都に行くことができた。
領主には本当に頭が上がらない。だが、これも弱みを握っていることが背景にあるのではと思うと、俺の行動は全て恐喝のようにも感じる。
「ま、活気だけならな。勉強をするかは疑わしいけど」
言ってアインを見ると、すぐに目を逸らした。
「勉強を好きになる良い機会かもしれませんよ? それでは早速ですが、国立歴史資料館と図書館を覗きに行きましょう」
グロウスに先導されて、レンガ作りで仰々しいレリーフが施された建物へと向かう。
・ ・ ・
司書に連れられて、歴史資料館の中を回っていく。
ガラスケースに収められている古文書や、絵などが展覧されている。
今はこの世界の成り立ちなど、昔の資料から読み解いた知識の説明を受けていた。
とりあえず、頷きながら黙って聞いていることに安心する。
「そういえばさぁ。最近、村に来る回数が増えたけど、ミリエルさんは大丈夫なのか?」
「ご安心ください。未だにナイフを突きつけられますが、あまりの頻度に慣れてきました」
「常態化してるっ!?」
常に命の危険に晒されているのに、この落ち着きようはなんだろうか。
「まあ、お前が良いなら大丈夫だけどさ」
「はい、ミリエルも認めてくれていますので」
「何を?」
「アインちゃんの事です」
「そんな危険な人に、勝手に息子の事を話さないでもらえますか!?」
息子が命の危険に晒されるようなことをグロウスがしくさった事を知った。
だが、ミリエルにアインの事が知られているのに大丈夫とはどういうことだろうか。
「なぁ、何で認めているんだ? ミリエルさんだと、嫉妬に駆られそうだけど?」
「ああ、アインちゃんを養子に欲しいと言ってますので大丈夫です」
「世間話みたいにビックリすることを話さないで!」
グロウスもグロウスだが、ミリエルもミリエルだ。変な人同士、ある意味でお似合いなのかもしれない。
とはいえ、勝手に我が息子を狙うのは止めてほしい。
無茶苦茶な夫婦に肩を大きく下げていると、グロウスがアインたちを見て大きく鼻から息を吐いた。
「お父様が教えられている生徒はみんな個性的ですね」
「ああ。今回連れてきたのは勉強に熱心な子と、不真面目な子だから余計に目立つよな」
「ええ。ハンナちゃんの成長が楽しみです」
「幼子を狙うの止めてもらって良いですか!?」
アインの次点であるハンナを狙うような発言をした。確かに優しい顔に、大人しく引っ込み思案な性格から守ってやりたくなる感じである。
だが、グロウスが守る必要はないと思う。半目にして冷ややかな視線を送る。
「お父様、お言葉ですが可憐な花を愛でる事は悪い事ではありませんよ?」
「ロリコンを肯定するような言葉を並べないでいただけますかねぇ? ……イーサンさんの前では言うなよ?」
「アインちゃんと同じく成人してからならば問題ないでしょう?」
「いい加減、諦めろや!」
グロウスの言葉にツッコみを入れていると、司書が口に指を当てて静かにするように無言で伝えてきた。
同じように三人の男子も真似ている。アイン、お前の将来に闇をもたらさないように頑張っているパパの事を褒めてほしい。
司書の説明を聞いていると、他国のことを教えていた。気になった事があるので、グロウスに小声で話し掛ける。
「あんまり知らないんだけど、魔王っていつ頃あらわれたんだ?」
「公に語られるようになったのは百年以上は前ですね。ですが、モンスターは更に昔からいたようです」
「じゃあ、魔王が作った訳ではないのか?」
RPGなどでは、魔王が現れてモンスターを作ることが多い。だが、グロウスの言葉からは違うようだ。
俺の質問にグロウスは小さく頷いた。
「魔王は指導者の立場です。モンスターはいくつかの勢力に分かれていたのですが、それを統一したのが魔王のようです」
「なるほどねぇ。じゃあ、『アヴィス・バレット』ってやつらは何なんだ? 魔王子飼いのモンスターなのか」
「そいつらは、元首領ですね。吸収した者達の頭をそのまま登用しているようです」
グロウスの言葉に唸る。勢力を吸収できる程の力がある者が、その勢力の長だった者をそのまま使い続ける。
圧倒的な力がない限り、反発されてしまうはずだ。反発できない程の強さを秘めているであろう魔王の存在に身震いした。
「とんでもなく強いってことか」
「でしょうね。『アヴィス・バレット』とまともにやりあった者たちは、軒並み全滅か大敗走ですからね」
「マジかよ……。そんなのが出てきたら、戦争で勝てる気がしないな」
世界に立ち込める暗雲である魔王の存在を強固なものとした『アヴィス・バレット』に畏怖の念を覚える。
顔が強張っている俺に向けて、グロウスは笑みを浮かべて胸を手で叩いた。
「負けません。例え、今日は引き下がろうとも、明日は昨日より前に押し返します。一度、負けたとしても、そこで終わりではないのです。私たちは止まることなく、進化を続けて勝ちを収めてみせます」
熱い笑みを見せられた。だが、このたくましさがグロウスの美点である。共に戦う者たちには、これ程心強い者はいないだろう。
「我々の犠牲のお陰か分かりませんが、現在、モンスターとの戦争はこう着状態です」
「そうなのか? 前に村が襲われかけたんだけど?」
「多少の戦闘はございますが、大規模な戦闘は目に見えて減っています。一説では魔王と『アヴィス・バレット』との間の溝が深く、内紛が起きているとの話もありますが」
思った通りとは言ってもなんだが、やはり反発が起きているのかもしれない。
百年も人間と戦って世界を掌握できなかったのだ。どこかで魔王軍に亀裂が生じて、機能不全に陥って今の状況なのだろう。
「俺たちにとっては嬉しい状況だな。下手に人が死なないのはさ」
「お父様、本当にそうでしょうか?」
グロウスの言葉に首を傾げる。嬉しい状況ではないのだろうか。
「今の状況がマンネリ化しているのです。大きな戦がなければ人は死にませんが、その代わりに人が死ぬような攻勢には出ていません。現状が続くと考えているのでしょう。そんな事だから、政争にうつつを抜かしているのです」
嘆かわしいと言わんばかりに肩を落とし、ため息を吐いた。
グロウスの言い分も理解できる。今の状況に知らず知らずに満足、もしくは気にしなくなっているのだ。
攻勢にでなければ魔王を倒すことはできないだろう。だが、人が死ぬとなれば反発は少なからず起きる。
自分たちの権力を求めている者たちの多くは、そのような事を勧めることはしない。現実を直視しているグロウスたち軍人とは、認識に大きな隔たりがあるに違いない。
「言われれば当たり前だな。人気取りに必死って訳か」
「領主や貴族にとっては、人が死ぬことによって税収が減ることの方が大変な事なのでしょう」
「死ぬのは嫌だが、侵攻のタイムリミットが近づいていると考えると、どっちも同じぐらいに怖いな」
「まったくです。平時であれば軍縮もありですが、現状とその先を鑑みれば戦うと言う声が大きくなるものと思いますが、なかなか……」
最後は語気が衰えた。表情が曇り、口を結んだ。
魔王が率いるモンスターたちと人間は今も戦争状態にある。危険な状況が続く中、アインは勇者として戦いに身を投じるのか。
今回の修学旅行は世界の現状を知るきっかけになる。ここで知り得たことがアインに何をもたらすのか、悪い方へと想像しないように無理やり思考を変えた。




