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輝ける人

 白いものがこちらから少し離れた場所で、ふよふよと浮いている。


 見た目はシーツを被った幽霊もどきと似ている。楕円形の目が二つと体からにょっきっと生えた指のない手。

 吊るす場所がない野原で浮いていることから作り物ではない。

 手を右へ左へ上げて、くるりと回ってこちらを向く。何がしたいのかさっぱり分からん。


「なあ、こいつは何がしたいんだ?」

「私も分かりません」


 俺たちが話している間も、幽霊と思われるやつはくるくると回っている。

 そういえばグロウスが気になることを言っていたのを思い出す。


「はぐれ者って何だったんだ?」

「ああ、ゴーストは大体、複数で動くのです。元は一人の無念が作り出したゴーストなので一体では、人ひとり分の力もありません。なので複数で動くのが普通なのですが」

「なるほど。他にいないことから、はぐれ者ってことか」


 グロウスが頷くと、また視線をゴーストに送る。

 相変わらず、ふわふわと舞っていた。さて、これをどうしたものか。


「アイン、傷つけないでって言ったけど、どうして?」


 俺の問いにアインは首を振った。


「わからないんだ。でも、なんとなく、さびしそうな感じがして……」

「寂しそうかぁ。アインはどうしたいんだ?」


 再度、俺の問いにもアインは首を振った。


「わからない。あ、でも、悪い事はしないよ! たぶん、だけど……」

「う~ん、そう言われてもなぁ。なぁ、グロウス、どう思う?」


 判断ができないのでグロウスの助言をあおぐことにしよう。

 当のグロウスは腕組みをして唸りだした。


「むぅ……。一体であれば、脅威ではありません。せいぜい、悪い夢を見せる程度でしょう。ただ、問題なのが」

「問題?」

「憑りつく対象があれば別なのです。スケルトンになれば、厄介になります。ゴーストは蹴散らせば消えますが、スケルトンなどは先ずは憑りついたものを壊してから、剥き出しになった本体を倒す必要があります」

「地味に面倒だな。手間が掛かる分、厄介っていうことか」


 俺とグロウスで唸る。アインが懇願するような目を送ってくる。この目を見せられると断るのは厳しい。


「分かった……アイン、とりあえず今日は何もしないよ。あ~、幽霊くん? とりあえず、どこかに帰りなさい。じゃ、みんな帰るぞ」


 そう言い振り返って村に帰ろうと歩みを進めると、後ろから気配を感じた。


「付いてきてるな?」

「付いてきてますね」

「どうする?」

「アインちゃんの意思を尊重しましょう」

「ぶれないな、お前……」


 後ろから感じる気配に注意をしながら、家へと向かった。


   ・   ・   ・


 朝が来たので外の空気を吸いに行く。

 家の横にある木陰に潜むように、ゴーストがいた。

 昨日、付いてきた後、木陰に隠れているのだ。顔をそっと覗かせて、こちらを見ている。


 俺の視線に気付いたのか、さっと隠れた。

 照れ屋の幽霊なのだろうか。好きな人に思いを告げられなくてもじもじしている、少女漫画の主人公のようだ。

 だが、幽霊が向けている視線は俺の横にいる人物かもしれない。


「ねっ? 悪い事しないでしょ?」


 アインの言う通り、今のところ悪い事はしていない。ただ、大丈夫と言っていいのか分からない。


「まあね。何もしないなら、このままにしておこう。もし、何かしたらその時は追い払うからね」

「うん……。分かった」

「よし。そうだ、今からウォルフさんの所に狩ったモンスターの差し入れをしに行くけど、アインも来るか?」

「うん!」


 笑みを浮かべたアインの頭を撫でて、綺麗にさばいて洗ったモンスターを手にし、家を出る。

 その時、木陰に潜んでいた幽霊が手を振っているのが見えた。アインはそれに対して、大きく手を振って返していた。


 ウォルフの家に行くとお茶を出されたので、お言葉に甘えていただき、ゆっくりと話しをする。

 あまりまじまじと家の中を見ていなかったので、今更ながら立派な武具が飾られていることに驚いた。


「ねぇねぇ、じいさ。これ、いつになったら着れるかなぁ?」


 アインが指をさしている部屋の隅には、全身甲冑が置かれている。

 変な装飾もなく、すらりとしたスタイリッシュな作りで、表面は光沢のある銀で覆われており、光り輝いていた。


「まだまだだな。なに、わしは着ることがないから、ゆっくり時が来るのを待てばいい」

「早く着たいなぁ。カッコ良くなれるよね。ね、パパ?」


 そのままで十分にカッコいい。贔屓目なしで、村の中で一番の美形男子だ。

 心の中で息子のことを褒め称えて、大きく頷いた。


「よし、茶の時間はここまでだ。アイン、まずは素振り百本だ。やってこい」

「おー! じいさー!」


 上機嫌で駆け出したアインの背中を見ていると、ウォルフが顔をほころばした。


「輝いているな、あの子は」


 感慨深そうに言った。だが、俺もそう思う。俺なりの言葉を返そう。


「ええ、そう思います。アインは俺たちの希望の光です。あの子がいなければ、今の俺はいないでしょう」

「そうか……。なあ、マサヨシ。希望とはなんだと思う?」

「えっ? 言葉通りというか、こうなってほしいとか、願うことじゃないんですか?」


 大ざっぱな回答をすると、ウォルフは目を閉じて口を開いた。


「希望とは、己以外の全てに願望を押し付けるものだ。周りから何かをもらう事を期待している。己の道にとって都合が良い事を願う……己の道を切り開くのとは違うな。アインに願いを押し付けるにはまだ早いのではないかな?」


 俺がアインに願望を押し付けていた、ということなのか。確かに、こうなってほしいと言った願望はある。だが、それは誰だって持つものではないのか。


「マサヨシ、お前はまだ若い。今のお前は己の道を切り開くことを考えろ。その背中を見れば、アインも自ずと道を切り開くだろう。色々、背負わせてしまえば、あの子の輝きはくすんでしまう」

「俺が求め過ぎているってことですか?」

「どうかな…それは自分で省みることだな。子供の成長は、親の成長と共にあるものだ。諦めずにわしの修行に耐えてきたお前を見て、アインも成長している。お前はお前の輝きで、アインを照らしたらいい」


 自分のことを省みるか。アインを勇者として育てることに躊躇しているのは事実で、できる限り普通の子供として育てたい気持ちがある。

 だが、それが知らず知らずの内にアインの世界を狭いものにしているのではないか。アインにはアインの世界がある。

 親が敷いたレールの上を走らせるようなことは、ダメという事だろう。言われれば納得してしまう。


 ならば、俺はアインを照らす光となろう。俺自身の世界に進むことで、アインの進みたい世界を照らしてあげよう。

 俺の成長と共に、アインも成長していく。親が子共に恥ずかしい世界を見せてどうする。自分の進んだ世界が正しかったと胸を張って言えるようになろうと決めた。


   ・   ・   ・


 修行を終えて夜を迎えると家に帰った。

 木陰に目をやるとまだ幽霊がいた。また手を振っていたので、アインも手を振り返している。

 本当に悪い事はしないのだろうか。


「パパ、あの子に近づいても良い?」


 アインが恐る恐る言った。ここで断っても、こそっと会いに行く可能性がある。

 俺の授業から逃げ続ける変な根性があるので、やりかねないのだ。


「分かった。でも、パパも行くからね? 何かするようだったら、その時は追い払うから。それでいいね?」

「うん、じゃあ、パパも行こ」


 アインの手に引かれて幽霊の下に向かう。

 木陰から覗いていた幽霊はそのままの体勢で動かない。


「ねぇ、大丈夫だよ? 出てきても、何もしないよ?」


 アインが問う。その問いに幽霊は木陰に隠れた。やはり警戒しているのだろう。

 隠れた姿を見ていたアインは木に近づきながら、また声を掛ける。


「本当だよ。悪い事しないなら、なにもしないから。寂しいんだよね? ボクとお話ししない?」


 木陰から顔を覗かせた。今度は隠れることなく、アインに顔を向けている。

 俺は警戒はしながらも、木剣に手を掛けずアインの後ろに付いている。何かがあればすぐに動ける距離だ。

 アインが何度も問いかけると、姿を徐々に現した。木の下からは動かないが、アインと面を合わせている。


「良かったぁ。ボクは何もしないよ。お話しできる?」


 問いかけた言葉に返ってきたのは、手を交差するものだった。


「ダメってこと?」


 アインが首を傾げて言うと、幽霊は大きく頷いた。

 思った通りと言えばいいのか。先日、会った時に何も話さなかったことから、そう考えるのが妥当だろう。


「じゃあ、文字を書いてお話ししよ? 文字って分かる?」


 幽霊が首を横に振る。


「それならお勉強しよ。ボクも苦手だけど、がんばろ」


 楽しそうに言ったアインの背中を見て思う。

 俺の勉強から逃げてばかりだと思っていたが、アインなりに頑張っていたのかもしれない。


 俺たちの希望通りではないが、アインは自分の道を切り開いている。

 子供の成長を目の当たりにして思い知らされるとは情けない限りだ。

 俺も成長しなければならない。アインの世界を照らす光になるように。そして、俺自身が輝ける存在になるために。

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