肝試しをしよう
木々の葉を陽の光が透かし、柔らかな光に変えて森の中を明るくする。
生い茂る下草を踏みつけ、目を閉じて集中していた。
俺の腰には乾燥肉を吊るしており、ほのかに甘い香りが漂ってくる。
茂みが揺れ、葉が擦り合う音が聞こえた。
その音に集中し、うっすらと目を開く。茂みの中から素早く飛び出したものに向けて、鞘から剣を抜き放つ。
「ギュッ!? キュー……」
山猫ウサギが俺の足元に転がった。長く立った耳を掴み上げると、モンスターを仕留めたことを実感する。
俊敏な動きをする山猫ウサギを一撃で葬ったことに、我ながら感心してしまう。後ろから気配を感じ、振り返った。
「すごいなぁ。昔のマサヨシからは想像もできないな。逃げてべそをかきそうだったのが懐かしいぜ」
イーサンがにんまりと笑みを浮かべながら、恥ずかしい過去を思い出させてきた。
嬉しい言葉かもしれないが、失礼なものもあったので湿った視線を送ると、苦笑いを浮かべた。
「いや、いい意味だぞ? まさか、ここまで強くなるとはなぁ」
「ありがとうございます。あの、こんなことに付き合ってもらって、すみません」
「ん? 構わねぇよ。それに面白そうじゃないか。肝試しってやつ」
笑みで歯を見せたイーサンが言う。何故、ここで狩りをしていたのかというと、肝試しを森で行うためにモンスターを追い払っている。
肝試しのルートは森を通って伐採場まで行くというものだ。それほど離れた場所ではないが、もしかしたらモンスターに襲われる可能性がある。
そのため、見せしめではないが何体かのモンスターを狩って、潜んでいるモンスターを森の奥に追いやっているのだ。
安全確保は肝試しを行うにあたり大前提なので、時間を掛けてでも危険性をできる限り排除していく。
ただ、大がかりの狩りではないので、俺とイーサンだけで行っている。
「ここら辺に色々仕掛けるのか?」
ルートを指示する矢印を木に掘っていると、イーサンが聞いてきた。
「ええ、色々と仕掛けますよ。子供たちにはたっぷり涼しんでもらわないといけませんから」
ほくそ笑んで低く笑う。そんな俺を見て、イーサンが呆れ顔をしている。
「どれだけ本気を出してんだよ。一生懸命なのは良い事だが」
「生徒たちの多くは俺のことを侮っていますからね。ここが大人の威厳を取り戻すチャンスなんです」
「名誉挽回にしちゃあ、方法が情けなくないか」
そんな風には思わない。子供たちが求めた涼と、俺の失地回復という一挙両得な機会なのだ。
「まあ、そこはさておき、肝試しは面白いですよ。仕掛ける側になれば尚更です」
「意外に意地悪なんだな。ま、散々怖がらせてやろうぜ」
悪い笑みを二人で浮かべて低く笑った。
・ ・ ・
夜になり森の前に子供たちが集まっていた。
全員が何事かを話して、この場を盛り立てている。
そのワクワクが恐怖に変わる瞬間を思うと、悪い笑みが浮かびそうになるが平静を装おう。
準備は整っているので、開始を告げよう。
「はい、今日は肝試しをします。みんな、ちゃんとルールを聞くように。森ではランプを持って移動してください。ルートを示している場所にランプを吊るしているので、そこまで行ったら矢印に従ってください」
俺の説明にみんな目を輝かせて見ている。特に質問もないので、説明を続ける。
「矢印に従うと、伐採場まで行きます。そこに机を置いていますので、その上に置いてある木の札を取って、帰りのルートに従ってください。以上、質問はあるかな?」
子供たちは質問がないのか、熱い視線を送ってくるだけだ。
恐怖の時間の開幕を告げよう。
「じゃ、四人一組になって。はい、ランプを持ってねぇ」
最初のグループにランプを渡して、最初のルート表示の木の方向を教える。
ぼんやりと光が見えるので、迷子になることはないだろう。
最悪の事態に備えて、ルートの間に大人を隠しているので万全だ。
「ぎゃーーーーー!」
「わーーーーーー!」
森の中から絶叫が聞こえると、順番待ちの子供が怯む。その顔が見たかった。
「さぁ、次の番だよ。準備は良いかな?」
緊張した面持ちの子供たちに向けた笑みは多分、悪い笑みであろう。
ひとしきり子供たちの絶叫を聞きながら、最初の班の帰りを待つ。
子供たちが恐怖しているのは、典型的なものだ。
シーツを吊るして、突然茂みから現れる作り物の幽霊。ジーンに頼んで作ったゾンビ用のメイク。
グロウスにお願いした、冷たい風の吹きつけ。その中でも渾身の作が、死んだスライムをぶら下げたものを子供に触れさせるというものだ。
あれだけ嫌っていたスライムが、このような場で俺の役に立つとは誰が思っていただろうか。
森の中に響き続ける悲鳴を楽しんでいると、最初の班の子供たちが帰ってきた。
「お、どうやら涼しくなった顔をしているね。どうだった?」
「先生、怖すぎだよ。ま、あたしは大丈夫だったけどさ」
顔が青いエイミが強がりを言った。足が震えていることにツッコむのは止めておこう。
続々と帰ってくる子供たちの顔を見ると、またほくそ笑んでしまいそうだ。
楽しみの時間の最後であるアインたちの班が帰ってきた。
「お、アイン、お帰り。怖かった? って、ハンナ、大丈夫?」
アインの班で一緒だったハンナが顔を青くして、アインの背に負ぶさっていた。
「せんせ……こわ……かた……うぅ……」
「ああ、ごめんね。やりすぎたね。アイン、ありがとう。お前も怖かったろうに」
アインの頭を撫でると嬉しそうな笑みを浮かべる。ハンナを下ろすと、上機嫌に話す。
「すっごく楽しかった。また、やろうよ。もっと叫びたいもん」
この子に恐怖はないのかと疑問に思ってしまう。叫び声が聞こえたが、驚きを喜びに変える感情の回路でも持っているのだろうか。
恐怖が終わったからか、みんなの顔に笑みが浮かび、どこが怖かったか話し合っている。
大人たちも満足気な表情を浮かべて帰ってきた。
興奮冷めやらぬアインが俺の所にやってくる。
「パパ、伐採場の白いのも幽霊? ふわふわ浮いてたんだけど? あれ、みんな見てないって言うんだ。どうしてかなぁ?」
アインの問いに大人たちの空気が張りつめた。伐採場に仕掛けは何もしていない。それなのに何かを見たと言ったのだ。
何事かの調査は後回しだ。さっさとこの集まりを終わらせて、子供たちの安全を確保しよう。
「さっ、肝試しは終了。夜も遅いんだ、ゆっくり休んで明日に備えて下さい。じゃ、解散」
努めて冷静を装い全員を帰す。大人たちには目配せをして、子供たちに付いて帰ってもらう。
残ったのはグロウスと俺、そしてアインだ。
「アイン、まだ残っていたの? 早く帰って寝ないと」
「パパ、あの幽霊が気になるんでしょ? ボクも行きたいんだ」
「ダメだ。調べるのは、俺とグロウスで十分。アインに何かあったらママが悲しむだろう? 早く帰りなさい」
アインの要望を突っぱねる。だが、唇を尖らせているだけで動こうとはしない。
これは参った。調査は一旦、中止にして家に帰る選択を取る必要がある。
悩んでいるとグロウスが近づいてきた。
「お父様、ここは私だけで参りましょう。アインちゃんを連れて」
「あの幽霊、寂しそうだった! だから、気になるんだ……」
言うと目を伏せた。寂しそうとはどういうことだろうか。グロウスに目をやると、首を横に振った。
額に手を当てて、深いため息を吐く。
「分かった、一緒に行こう。何かあったら、グロウスを置いて逃げるぞ。良いな?」
「うん、分かった!」
グロウスに二つの意味で酷な提案に、アインは満面の笑みで頷いた。
おそらく愕然としているグロウスを見ると、満足そうに笑みを浮かべている。多分、頼りにされていると思っているのだろう。
憐みの目を送っていると、森から白い何かが現れた。
「グロウス、後ろだ!」
「ぬぅっ!?」
俺の声に瞬時に反応すると、口を膨らませ、剣を抜き放った。
臨戦態勢に素早く移ると白い何かを確認している。その時、グロウスの頬が萎んだ。
「お父様、これははぐれ者ですね。どうされますか? 始末するのは簡単ですが?」
当たり前の事をグロウスは聞いてきた。モンスターならば撃退する必要がある。このままにしておけば村に害が及びかねないのだ。
「ああ、やってもらえるか。このままにできないし」
「待って! パパ、グロウスさん、傷つけないで!」
アインの大声に目を丸くする。何を言っているのか理解できず、白い何かに目を向けると、ゆらゆらと揺れながらこちらに近づいてきていた。




