授業参観日
王都の一の門をくぐると、予約していた宿屋の前にグロウスが立っていた。
わざわざ俺たちのために来てくれたようだ。だが、アインの比重が高いに違いない。
ジーンとアインを連れだってグロウスに近づいていくと、グロウスも気付き熱い笑みを浮かべた。
「お父様、お久しぶりです。お元気にされておりましたか?」
グロウスに会うのも四か月ぶりだ。色々と大変なことになっているため、村にはあまり顔を出せなくなっている。
「ああ、元気だよ、ありがと。ミリエルさんは元気か? やっと結婚したんだ。新婚生活は楽しいもんだろ?」
新婚ほやほやのグロウスにニヤついた顔を見せて問う。それに返って来たのは曇った表情だった。
「いえ……まあ、楽しく? ない訳ではないのですが。いささか大変になる回数が増えまして」
「ああ、ミリエルさんの事だ、お前の首根っこ掴んでガタガタ振りそうだもんな」
「ナイフを突きつけられました……」
「DV!?」
結婚して落ち着くどころか、更にグレードアップしてはいないか。一途な方だが、とんでもない方向まで走っているようだ。
俺のツッコミに対してグロウスは首を横に振った。
「まあ、ナイフぐらいは怖いものではないので大丈夫です。モンスターの方が危ないと思います」
「どんだけ切った張ったの世界に生きてんだよ……。じゃあ、それ以上に怖いのか?」
「はい。彼女は匂いからでも色々と勘ぐってくるのです。偶々、女性とぶつかっただけなのに、その匂いを嗅ぎ分けて詰め寄られます」
「麻薬取り締まり犬かよ……」
本当に恐ろしい女性であることは分かった。そのような人と結婚したグロウスが少し可哀想に思えてくる。
「そういえば、今日はよく抜け出してこれたな? 仕事、休みなんだろ?」
「仕事と偽って来ました。もう彼女は魔法学校をやめているので、大丈夫でしょう」
胸を張って言った。何か不安になってきたが、怒りの矛先はグロウスにしか向かないだろう。
適当に会話を終えると、ジーンとアインがグロウスに挨拶をし、全員で魔法使い養成学校へと向かう。
「アインちゃんはもう七歳ですか。出会ってから随分と経ちますね」
「ああ、そうだな。俺もお前も二十七歳だ。歳をとってきたな」
「そうですね。ですが、ここから大人としての真価が問われる年代だと私は思います」
普通の会話がどうしてか熱い話に変わってしまう。これがグロウスの持ち味だろうか。
ただ、その言葉に間違いはないと思う。年齢だけでなく、本当の大人になる時期が来ているのかもしれない。
「そうだ。アインちゃん、学校では何組なんだい?」
グロウスの不意の問いかけに、アインの肩が跳ねた。
苦笑いを浮かべた後に言う。
「えっと、C組だよ。あともうっちょと頑張ったらB組に行けるって」
「何と!? B組、目前とは」
驚いた後に唸りだしたグロウスに向けて耳打ちをする。
「ジーンもすごいって言ってたけど、本当にすごいのか? いまいち、そこら辺が分かんないんだけど?」
「私の最終ランクがBでした。Aを最大評価にして、Fが最低になります。大体の魔法使いはC組で止まります。才能があるものがB組へ、A組は更にその上です」
「おいおい、とんでもないな」
「ええ、とんでもないです。A組になれば賢者としての地位が手に入るのです。そうなれば国から研究費や補助金などももらえるようになります」
わお! このままいけば、我が家の大黒柱の地位が乗っ取られてしまう。
時々、準チートの力を忘れてしまうが、やはりすごい子供なのだ。何故、俺の勉強の覚えが悪いのかは分からない。
ひとしきりへこんでいると、魔法使い養成学校が見えてきた。
そこには和気藹々と親子で会話をしながら、一緒に登校している光景が見える。
今日は授業参観日である。ジーンも王都に来た際はエステの仕事をしているので、学校でのアインの様子を知らなかった。
そんな時に出てきた話が授業参観だった。良い機会だったので学校を数日閉めて行く事にしたのだ。
休校を伝えた時のみんなの喜びようはすごかった。少し涙が出たことは言えない。
見回せば華美な服を着た人が大半である。魔法使いになるには適性も大事だが、それなりの財力は必要になるのだ。
地方に行けば自分たちの生活だけで手いっぱいの人も多い。そうなると必然的に余裕のある貴族などの子女が中心となる。
俺たちも一張羅で来てはいるが、眩い光を放つ豪華なドレスには見劣りしてしまう。
「パパ~、中に入らないの?」
周りの光景に呆けていたせいで、アインに少し心配をさせてしまった。笑みを浮かべて頷く。
「じゃ、行こうか。グロウス、お前も来ないか?」
「えっ? いえ、私は保護者ではないので。お父様たちだけで、お行きください」
「硬いこと言うなよ。な、アイン?」
アインに顔を向けると少し笑みを浮かべた。
「グロウスさん、ボクの魔法を見てほしいんだ。グロウスさんのようにはできないけど……」
最後は少し尻すぼみになったが、思いは伝わっただろう。
アインはグロウスの魔法を見て、一種の憧れを抱いている。いやらしい意味ではない。
魔法を学んで、その難しさから尊敬の念も持っている。だが、一定の距離を保って話しているのは昔と変わらない。
「アインちゃん……。それならば、是非とも参加させてください」
「おう、一緒に見ようぜ。楽しみだな、どんな魔法が飛び出るのやら」
和やかに話をしていた時、風が流れるのを感じた。
「エアスマッシュ!」
女の子と思われる声が聞こえた時、目の前に空間をねじる何かが飛んでくるのが分かった。
「ブロックバックラー!」
アインの声がした。それと同時に地面から何かがせり上がってくる。岩石を盾の形になるように砕いたものが出来上がった。
石の盾と、空間をねじった何かがぶつかり合うと、風船が弾けた際に発せられる風が吹き抜けた。
何事かと思っていると石の盾が崩れ、その先には手を腰に当てている小さな女の子がいた。
ショートボブにした淡いピンクの髪にカチューシャを着けている。目鼻立ちが良く、くりっとした目が特徴的だ。
服もやや装飾が多いワンピースを着ていることから、出自は良い所だと思われた。
「なかなかデキるようになったじゃない。でも、まだまだね。私の本気には対応できそうもないわ」
女の子が言った。人を小馬鹿にしたような喋り方だ。女の子の言葉から考えるに、先ほどの魔法と思しきものはこの子が放ったことになる。
一言文句を言おうと周りを見ていると、女の子が近寄ってきた。一人ずつ顔を見ると、グロウスに目を向けた。
「あなたがアインのお父」
「俺だ! 俺だ、俺!」
「びっくりしたぁ。……あなたが? そうは」
「その先は不要!」
まさか子供にまで侮られてしまうとは。もっと精進が必要なのだろう。隣のグロウスを見ると、何故か少し満足気だ。
「ルシーヌちゃん! 魔法を使っちゃあぶないよ? パパやママが傷ついたらどうするの?」
アインの言葉を邪推すると、グロウスに何かがあっても良いことになる。
「ふんっ! 何かにつけてパパ、ママねぇ。少しは大人になったらどうなの!?」
「それでもあぶないことはしちゃダメだよ。悪いことをしたら怒られるよ?」
「私は怒られないもの。……じゃ、また教室で。今度は手加減しないんだからね!」
肩を怒らせて去っていくルシーヌの背中を見ていると、グロウスがあごに手を当てて何やら悩んでいる。
少し待つと手を叩いて、顔を明るくした。
「あの子はラドール卿のご息女ですね。アインちゃん、そうじゃないかな?」
「うん。ルシーヌ・ラドールちゃんだよ。いつも、ああして魔法を使ったりしてくるんだぁ」
グロウスの言葉からやはり貴族であることが分かった。そして、アインの言葉から常日頃、あのように遊びの対象にされているということだ。
エイミにからかわれているのとは、また違うのだろう。アインも楽しくてやっている事ではなさそうだ。
「アグレッシブな女の子ねぇ~。アインも大変ねぇ」
「うん。あぶないから大変だよぉ」
「う~ん、そういうのもあるんだけどぉ~。まあ、良いわ。あなたぁ、早く行きましょ?」
ジーンの問いに頷くと、全員で学校の中に向かった。




