涙
村の男たちに声を掛けて、捜索隊を編成してもらうように依頼した。
それを終えると、ウォルフの家へ向かう。逸る気持ちを抑えて軽くドアをノックする。
中からウォルフの声がしたので返事をする。ドアを開けたウォルフはすぐに顔を険しくさせた。
「何があったのだ?」
「アインが……子供たちだけで森の中へ入りました」
「何だと!? バカなことを……」
顔を歪めながらウォルフは呟いた。アインのことを大事に思っての言葉だろう。だが、今は時間が惜しい。
「ウォルフさん、すぐに森に行こうと思ってます。あの、何があるか分からないので、剣を貸してもらえませんか? お願いします!」
大きく頭を下げて懇願する。俺も剣を習って三年以上経過している。グロウスに比べればちゃちなものだが、そこそこ剣を扱えるようになった。
ウォルフが腕組みをし、唸っている。こうしている間にも何かあってはと気持ちが焦っていると、ウォルフが家の奥へと消えていった。
黙って待っていると、二本の剣を持って現れた。
「持って行け。わしも行こう」
「ウォルフさん、良いんですか?」
「良いも悪いもない。まだアインに剣の稽古をしとらんしな」
優しげに笑ったウォルフに頭を下げる。頼り過ぎてはいけないが、剣聖と呼ばれたウォルフが一緒に来てくれればより安心だ。
二人で森に駆け出すと、森の前でイーサンたちが待機していた。
「イーサンさん、ありがとうございます!」
「おお、マサヨシ、お前で最後だ。ウォ、ウォルフさんも手伝ってくれるのですか?」
イーサンが恐縮しながらウォルフに向けて言った。
噂とは怖いもので、村の誰もがウォルフが何者か知っている。情報を漏らしたのは他でもないグロウスである。
「ああ、早く行くぞ。行くなら、何班かに分けるのが良いだろう。わしとマサヨシは別の班にしよう。こいつは腕が立つのでな」
俺を一瞥して言った。
そう思われている事に嬉しさがこみ上げてきた。だが、今はそれどころではない。気を引き締め直す。
「そうしましょう。イーサンさんとエルトンさんは俺と一緒に来ていただけますか?」
「おう、任せろ。早いとこ行こうぜ」
イーサンとエルトンが快諾したのを見て、すぐに森の中に向かう。アイン、無事でいてくれ。何度も同じ言葉を胸の中で呟き続けた。
・ ・ ・
夕暮れの森の中は、夜の森とはまた違った不気味さを見せてくる。
光が覗けば、闇も覗く。二つの世界が混在せず、明確に分けられている。
森の中を進んでだいぶ経っていた。声を出して名を呼び続けているが、反応はなかった。
「なぁ、マサヨシ。もしかしてハンナのやつが大きく言い過ぎたんじゃないか? こんなに奥までは来ないんじゃないか?」
「分かりませんが、もし戻っていなかったらと考えると……。もう少しだけ探させてください!」
「もちろんだ。悪いな、変な心配をさせてしまってよ」
申し訳なさそうな顔をして、軽く頭を下げた。
「いえ、ありがとうございます。行きましょう、夜になる前に見つけないと」
「うわーーーーーー!」
悲鳴が聞こえた。それと同時に体が自然と動くと、次に口が開く。
「みんなっ! どこだーーーーー!」
「ゴアアァァァァァァl!」
俺の問いに答えたのは人の声ではなかった。聞き覚えがある。
灰色大熊猫の声だ。その声が響いた先に向かうと、子供たちが崖に追い詰められていた。
だが、灰色大熊猫の狙う先は違った。それはアインだ。灰色大熊猫の周りをアインが飛び跳ねながら、魔法を発していた。
「このっ! ファイアーボール!」
「グオォォォ!」
灰色大熊猫の顔にアインの手から発せられた火球が直撃する。顔が炎に包まれた灰色大熊猫から焦げた臭いが漂ってきた。
だが、すぐに顔を振って炎を飛ばして消した。何食わぬ顔で動き出した灰色大熊猫の分厚く鋭い爪を持つ右手が、アインに向けて振るわれる。
「アイン!」
アインは襲い来る右手を紙一重で避けると、腰を落として次の攻撃に移った。
突きだした右手から白い煙を上げながら、氷の花が作られる。
「フリージングフラワー!」
アインの声に呼応して花が回転すると、その氷の花びらが散って灰色大熊猫に飛ぶ。
鋭利な氷の刃が体を切り裂くと思われた時、その全てが分厚い毛に阻まれて粉々に散った。
魔法に怯むことのなかった灰色大熊猫の左手が、アインに振り下ろされる。
「おらぁぁぁ!」
アインに向かった左手を切断せんばかりに斬撃を繰り出した。
「グオッ! ゴォォォォ!」
「そうだ! 俺が相手だ!」
俺がお前の敵だ、かかって来い。
後ろに飛び退くと、灰色大熊猫は姿勢を低くして突撃を仕掛けてくる。
大地をうるさく踏みつける足音から、圧倒的な力を感じた。
「けどなぁ!」
直撃する瞬間、横に飛び退きながら振りかぶった剣を落とす。
毛を切り、皮膚を裂き、筋肉を断つ。痛撃を与えたのか、低く唸りながら俺に体を向けた。
頭が良い灰色大熊猫ならば、次の攻撃は慎重に来るだろう。次の攻撃があればだ。
「イーサンさん!」
「任せろ!」
茂みから現れたイーサンとエルトンが弓を構えて、灰色大熊猫に向け矢を放った。
背中に矢を突き立てられた灰色大熊猫は絶叫する。次なる敵をイーサンたちと定めた。
「グォォォォォォ!」
「はあっ!」
咆哮を上げ振り向いたところに、全力を込め斬り下ろす。
灰色大熊猫の背中から血しぶきが上がった。その傷が致命的なものなのか判断できず、一歩後ろに下がる。
その瞬間、俺がいた場所に灰色大熊猫が飛び掛かっていた。あまりの迫力に全身が粟立つ。だが、ここで引き下がれない。
剣を構え仕切り直しになった時、灰色大熊猫が崩れ落ちた。
その影から現れたのはウォルフであった。
「終わったぞ。あとはお前の仕事だな」
剣を鞘にしまいながらウォルフが言った。その言葉に頷くと、アインたちの下へと向かう。
誰もがきまりの悪い顔をしている。アインの目の前に立つと、恐る恐る俺を見つめてきた。
「パ、パパ、あのね、みんなうっ!?」
右手でアインの頬をぶった。無言でその顔を見ていると、震えた目で俺を見つめてくる。その目から涙が流れた。
しゃくり上げたアインを見つめて思う。どれだけ心配したか、どれほど不安だったか、もし何かがあったらと嫌な想像をする度に胸が締め付けられた。
俺も泣きたかった。泣いてアインを抱きしめたい。でも、今、俺がすべきことは違う。アインを見つめる目を尖らせる。
「自分がしたことが、どういうことか分かっているのか? 俺たちは、お前たちを助けに来た。だが、お前の言い訳を聞きに来た訳じゃない。何を言うべきか、家に帰るまでに良く考えろ」
アインに背中を向けると村へと歩き出した。このままアインの前にいて、涙を流さない自信がなかったから。
・ ・ ・
子供たちがそれぞれ家に帰って行った。
アインは俺から少し離れてずっと付いてきている。
俺は何も言わないし、アインも言わない。ただ、黙って家に向かっている。
どれだけ声を掛けようと思ったことか。ただただ無事を祝って、涙したい。でも、それは今ではない。無言で家に入る。
「あなた!? アインは、アインは無事!?」
血の気の引いたジーンに向けて頷く。俺が家に入ると、遅れてアインが入ってきた。
「……ただいま……」
恐る恐るアインは言った。そのアインをジーンはきつく抱きしめて涙を流す。
何度も無事だったことを喜び、体のことを心配しだした。照れくさそうな笑みを浮かべたアインに近寄る。
「言うことはないのか?」
努めて冷静に言う。アインの表情が曇ったのを見てか、ジーンが俺に目を向けた。
「あなた、今日はもういいじゃない。無事だったことを喜びましょ?」
「アイン、ママが泣いたんだぞ? それを見ても何も言わないのか?」
「あなた……」
俺の気持ちが分かったのか、ジーンは引き下がった。アインを見つめる目は変えない。
ここでキチンと言わせなければ、人としてダメになってしまう。自分の非と向き合い、それを認めなければならない。
「ボ、ボク……ごめん……なさい。パパ、ママ、ごめんなさい!」
涙を流しながら言った。アインは逃げずに己の責任と向き合うことができたのだ。自分の過ちを理解して謝った。今はそれだけで充分だろう。
アインに近寄り、膝を下ろす。
「アイン、無事で本当に良かった。……お帰り、アイン」
きつく熱く抱きしめる、俺の思いを全て伝えるように。アインが泣き声を上げだした。俺も堪えていた涙が流れ出す。ジーンも泣いていると思う。
まだまだ言いたい事はある。アインの無事を祝って家族で笑い合いたい。だが、今は止そう。この空間を思いの限り涙で満たそう。温かな笑みはその後で良い。




