過信
教室の中を生徒の歓声が支配している。
それはアインが小さな炎を手から出して浮かべているからだ。
「アイン、すげぇなぁ。それ何て魔法なんだ?」
「これはね、ファイアーボールってまほうなんだぁ」
「へぇ~、かっこいい。他に何かできんの?」
「え~っと、他はねぇ。フリージングフ」
机を手で力強く叩くと、全員の目が俺に向いた。得意気に話すアインは、ばつが悪そうに目を逸らした。
「ほ~……。アインくん、他に何ができるのかなぁ? 魔法を披露してくれないかなぁ?」
「えっと……。パパ、みんな見てみ」
「言い訳は不要。魔法はみだりに使うなって、先生からも厳しく言われているんだろう? この件はママにも報告するからね」
「え~、だってぇ」
「だってもへったくれもありません。この話は家に持ち帰り。ほら、みんな休憩時間はとっくに終わっているぞ。授業を始める」
思いっきり肩を落としているアインを放って授業を行う。
魔法使い養成学校に通い始めてから一年以上が経っていた。月に三日程、ジーンとアインで王都に行き授業を受けている。
やはりというか、なんというか。思っていた通り、授業で学んだ事をほとんどマスターしており、トップクラスの成績を収めている。最年少記録の塗り替えこそできなかったが、同等の成績であった。
そんなこともあり、今では簡単な魔法は自由自在に操ることができる。
ただ、魔法をむやみやたらに使えば周りに迷惑が掛かるため、原則は学校での使用に限られている。
そんな掟を早々に破った我が子に目をやる。
机にかじりつく様に顔を上げない。優秀なのは良い事だが、周りからもてはやされると素直なのか何なのか、簡単に乗ってしまう悪い癖がある。
これからはそういった事も注意しなければならない。帰ったらジーンと一緒にみっちりと話をしよう。
「せんせぇ~、魔法が見たい。魔法~」
「先生、魔法の授業をしてぇ。魔法使えるようになりたい」
教室のいたる所から魔法コールが始まった。机をガタガタいわせながら、ボイコットでもしそうな勢いがある。
ただ、俺の授業は俺の授業で必要なことなので、厳しめに言う。
「黙らっしゃい! 普通の勉強が先なの! あんまり騒ぐようだと、宿題増やすぞ? それでも良いのか?」
俺の言葉で教室が静まり返った。嬉しいのか悲しいのか、宿題の効果は絶大のようだ。
授業を再開しようとすると、手をすっと上に伸ばした女生徒がいた。
「どうしたエイミ? 何か質問かい?」
「はい。アインは学校での勉強はしないけど、魔法の勉強をしてますよぉ? 宿題の量を増やすなら、アインだけにしてくださぁい」
意地悪な目をアインに送りながらエイミは言った。
やや勝気な顔に男勝りな活発さと、意地悪なことをするのが好きな少女だ。チャームポイントの金髪のポニーテールを揺らしてアインに声を掛ける。
「アインは勉強好きだもんねぇ? 宿題が一杯の方が良いよね?」
アインが大きくビクついた。おそらく、すごくきまりが悪そうな顔をしているであろう。まあ、自業自得だが。
一歳上のエイミは良くアインをからかっている。素直な反応をするアインが面白いのだろう。最後は二人とも笑顔になるので、いじめとは違う。
「エ、エイミちゃん。アインくんも、学校のおべんきょうは……してるよ。少しはだけど……」
恐る恐る声を出したのは、イーサンの末っ子のハンナであった。
心優しい性格がにじみ出た優しい顔に、エメラルドグリーン色の長い髪から清楚系に見える。将来が楽しみな女の子だ。
「少しはじゃダメっしょ。アインは学校のお勉強をちゃんとしないとねぇ?」
ガタガタと震えているアインを助ける訳ではないが、授業に専念させるために手を大きく打ち鳴らした。
「はいはい。みんな授業に集中。アインの魔法の件については別途教育するから。宿題の件も検討する」
一段と震えが増したアインに対して、エイミの楽しそうな笑みと、ハンナが心配そうに見つめる姿が対照的で面白かった。
・ ・ ・
食卓を家族で囲んでいるが、その雰囲気は和気藹々とは程遠かった。
目を伏せて食事をとるアインを怖い笑顔でジーンが見ている。アインに非があるので助けない。
おそらく何も味がしない料理を食べたであろうアインに、お説教タイムが始まる。
「アイン……学校で魔法を使ったんですってぇ?」
「うっ!?」
「使ったのぉ?」
迫力のある問いかけにアインは大きく頷いた。恐怖の始めから完全に降伏状態となっている。
「どうして使ったのかしらぁ?」
「み、みんなが」
「みんなが悪いのん?」
「うっ!?」
一方的な攻撃が続く。まあ、自業自得というものだ。
ドンドン縮んでいくアインを見て、ジーンが大きなため息を吐いた。
「あなたからも何か言ってぇ? ビシッとねん」
「あ、ああ、任せて」
気を抜いていた所に、急に話が振られてちょっとびっくりした。咳払いをしてアインを見る。
伏し目で俺を見てきた。ジーンよりは優しいと思われているのかもしれない。
「今月の魔法学校はおやすみ。代わりに俺の授業をちゃんと聞くように」
「うっ!? パパ~……」
「甘えてもダメ。諦めなさい」
「うぅぅ……。ママ~……うぐっ!?」
俺から目を逸らしてジーンに助けを求めたアインが凍り付いている。
見たくはないが、目を逸らしてはいけない気がしたので、ジーンの顔を見る。
恐ろしい顔をしている。キラキラな笑みを浮かべているが、放たれているオーラはどす黒い。
「パパの言うことを聞きなさいねぇ」
一切反論を許さない力強さで言った。これには流石に反抗できないのか、しゅんとしながら頭を下げた。
お説教タイムが終わると、哀愁すら漂いそうな背中を見せてアインは自室に向かった。
頭を抱えさせられる。楽しんで魔法を覚えることは良いかもしれないが、悪い方に使いやしないかなど、いらないかもしれない心配をする。
「あなたぁ、心配してるのぉ?」
「あぁ、アインはちょっと調子に乗ってしまう所があるからねぇ。周りにもてはやされているからかもしれないけどさ」
「そうねぇ。何でもできるっていうのも考えものよねぇ。高慢な性格にならないと良いけどぉ」
「うん……。だから、毅然とした態度でアインとは向き合うよ。憎まれるかもしれないけど、それが親ってもんならさ……」
時と場合によっては自分の子供と言えど鬼にならなければならない。子供に舐められたくないなどではなく、子供のために憎まれ役になる。今の俺が担うべき役割だろう。
・ ・ ・
学校での授業を終えて、自宅にて翌日の授業の内容を整理している。
アインはお友達と一緒になって遊びに行った。先日のお説教以降、学校で魔法は使っていない。
少しは懲りているようで、友達からの要望にも応えなくなっていた。良い傾向に胸をなで下ろした。
改めて、お仕置きをして良かったと思っているとドアがノックされた。
「あれ? ハンナ、どうしたの? 一人かい?」
「あの、先生……あのね。言っていいのか……」
ハンナはおどおどして次の言葉を探している。あまり急かさせるのも悪いので、優しく返そう。
「ハンナ、落ち着いて。大丈夫だよ、何でも聞くから」
「う、うん。えっとね……アインくんたちが、森に」
「森に行ったの!?」
思わず声を荒げてしまった。ハンナをびっくりさせてしまったようで、おずおずとしている。
「あ、ごめんね。森に行ったの?」
「……うん。わたし、止めたの。……でも、みんながアインくんがいるからって」
どんどん血の気が引いていくのが自分で分かった。変な自信がアインについているのかもしれない。
森に行けばモンスターが出る事は、どこの子供も知っている。秋ならば尚更だ。そんな時期に子供だけで森に行くなど危険極まりない。
「ハンナ、ありがとう。先生は村のみんなに伝えに行くから、ハンナは家に帰ってなさい」
優しくハンナに言う。振り返ると、いつの間にか俺の後ろにジーンが来ていた。
「あなた……」
「大丈夫、みんなで探しに行くから。そんなに強いモンスターもいないし、アインなら倒せるだろうから意外に大丈夫かもね」
顔を青くさせているジーンに言う。本当であれば寄り添ってあげたい所だが、今は一刻たりとも時間を無駄にできない。
ジーンに向けて大きく頷いて、家を飛び出した。




