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親の務め

 老年の男性がアインから目を離して、俺を見つめてきた。


「ああ、ご紹介が遅れましたな。わしは学園長のアランドルと申します」


 校長といったアランドルに俺は頭を下げて、自分と家族の紹介をした。

 挨拶をし終えると、姿勢を正したアランドルは口を開く。

 

「マサヨシさん、いかがでしょうか? 先ほどのお話はご検討いただけますかな?」


 悩ましい話の続きをされた。ジーンも苦笑いを続けている。

 どうしたものか。アインの考え次第では良い話だ。しかし、今の時点では回答できない。


「ごめんなさい。すぐには答えが」

「むぅ……、アインくんは魔法使いとして大成するに違いありません。魔法の勉強は今からしておくに越したことはないのですよ」


 それはそうだろう。早くに勉強しておいて損はない。だが、どうしたものか。

 アランドルの思いも分かるが、やはり話を先延ばしにしてもらうしかない。

 そう思っているとアインが目を輝かせていた。


「まほ~のべんきょお? まほお、つかえるのぉ」


 ワックワクが止まらないといった感じで鼻息を荒くしている。

 ここまで食いつきが良いと、ダメとは言いづらい。ただ、そのまま入学して良いとも言えない。


「アインはお勉強したいの?」

「うんっ! まほおのおべんきょう!」

「ふ~ん……。俺のお勉強は聞かないのに?」

「うっ!?」


 さっきまでの上機嫌な顔から、目を逸らして逃げに走ったアインに詰め寄る。

 アインは俺の授業中、他の生徒と話しばかりしている。

 コミュニケーション能力が高まることは嬉しい事だが、先生としてはかなりのショックを受けた。


「パパのお勉強は~? 魔法の前にお勉強しないとねぇ?」

「うぅ……パパ~」

「甘えてもダメ! まずはパパのお勉強をしてからじゃないと」

「うぅぅぅ~……ママ~」


 俺の冷ややかな視線から逃げたアインはジーンに助けを求めた。


「パパの言うことを聞かないとダメよん」

「うっ!?」


 どんどん追い詰められていくアインは、目を伏せて小さくなっている。

 先ずは釘を刺しておかないと。これで多少は魔法熱も治まるか、普通の勉強にも意欲が湧くだろう。

 腕組みしてアインに厳しい目を向けていると、アランドルが半笑いを浮かべていた。


「もしよろしければ時々、授業を受けに来ませんか? 月に数日でも勉強にはなりますし」


 悩ましい話をされた。アインは勉強をしたがっている。ここで止めるのは、アインが己の道を進もうとするのを邪魔してしまう事になってしまう。

 頭が痛くなってきた。どうしたものかとジーンに目を向けると、お手上げのポーズをとっている。


「えっと、考えさせてもらってもいいですか? 俺たちの住んでいる場所はここから遠くて、そうそう行くことができませんので」

「左様ですか。もし、来られる際には一声おかけください。話は通しておきます」


 アランドルの言葉に頷いて、部屋を後にした。


   ・   ・   ・


 円形のスタジアムの中は薄い光で照らされていた。

 スタジアムの中央には壇があり、その上に乗った魔法使い養成学校の生徒たちが魔法を繰り出している。

 内容は、お遊戯会のように可愛らしいものや、会場を飲みこむのではないかと思う大魔法など様々だ。


 アインが歓声を上げている横で、グロウスに近寄って話をしていた。


「いやぁ、流石はアインちゃんですね。私の見立て通りの男児になるでしょう」


 グロウスから嬉しくない言葉をいただいた。思わず、深いため息を吐いてしまう。


「優秀なのは分かっているけどさ……。ただ、色々と面倒なことになってるんだよなぁ」

「力がある者は面倒事に巻き込まれるのが世の常ですからね。本人が嫌でも周りが許してはくれません」


 その通りだろう。力があるというだけで、周りから向けられる目は多くなる。それも良し悪しがある。

 良い目で見られるだけならば良いが、悪い事もそれに匹敵する程にあるのだ。

 アインはいやがおうにも目についてしまう。喜ばしいことかもしれないが、先々の事を考えると不安になってしまう。


「だよなぁ。偉い人達に目をつけられるのは嬉しい事かもだけど、その先で大変な目にあったりするとか考えるとなぁ」

「親心ですね。ただ、子供のことを信用されてはいかがですか? アインちゃんなら多少の苦難は乗り越えられると思いますよ」

「俺の授業を絶賛放棄中のアインを信用しろと?」

「そ、それは……」


 口ごもったグロウスに冷たい視線を送る。グロウスの言葉も十分理解できる。

 アインが自分の道を進むことに反対をしないつもりではいるが、どうしても心配してしまい、次の一歩を妨げている気がする。

 今回の魔法使い養成学校の件もそうだ。アインの知的好奇心を刺激した良い機会である。ただ、どうしてもその先を考えてしまうのだ。


「うぉ~! わはぁ~! パパ、ママすごいよ!」

「すごいわねぇ~。近くで見ると迫力があるわねぇ」

「うんっ! ぼくもできたらなぁ……」


 唇を尖らせたアインが俺を見ているが、甘えても今は許すつもりはない。


「じゅ、授業の件はさておき、魔法学校に無料で入学できるとは、なかなかあるものじゃありませんよ。月に数日でも良いのであれば、悪い話ではないと思いますが?」

「さておくなよ。まあ、分かってはいるんだけどねぇ……」

「ご不安であれば、私めがアインちゃんに付きっきりで」

「いらん。お前はミリエルさんと結婚してこい」

「うっ!?」


 俺の言葉でグロウスが縮んでいく。口にした言葉に嘘はない。

 間違った方向にも走っているようだが、グロウスを純粋に慕っているので、その思いに応えてほしい気持ちがある。


「で、どうなんだ? 実際のところはさ? 根は悪い人じゃなさそうだぞ?」

「わ、私はアインちゃんのように朗らかな子が」

「他人の息子のことを引き合いに出さないでいただけますか!?」

「そうは言われましても……。それが女児でも構いません」

「女児とな!?」


 まさかまさかの変態要素が追加された。いや、最初の方がインパクト大だが。


「お父様、ものの例えです。もちろん淑女にも当てはまります」

「……お前の守備範囲がドデカいことは分かったよ」

「アインちゃんはその中で別格なだけでして」

「止めてくれます!? 汚らわしい!」


 グロウスの変態要素を再発見していると、思わず目を瞑ってしまうような強く刺々しい光が壇より放たれた。


「うぉっ! 眩しい!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!」

「何だよ? うるっ!?」


 グロウスを見た時、何が起こったのかを悟った。

 その体に雷の縄が結ばれており、その縄を辿っていくと壇の上にいる女性が目に入った。


 ミリエルが目を煌々と輝かせて、こちらを見ている。


「やべっ! ジーン、逃げるぞ! アイン、こっちにおいで」

「おおおおお父ぅぅぅぅさまぁぁぁぁぁ!」

「あとは頑張ってくれ。また明日な!」


 感電しているグロウスの傍からそそくさと退散した。


   ・   ・   ・


 グロウスを置いて逃げてから宿屋に行き、夜を迎えていた。

 アインを寝かしつけたジーンとテーブルの椅子に座り、静かに話す。


「ジーン、俺、考えたんだけどさ」

「今日の事ぉ?」

「うん。どう思う? 俺は悪い話じゃないかなぁ……って思ってるんだ。アインが進みたい道を選んだ。そう思えば良いのかなってさ」


 思ったことを口にしたが、ジーンの口からは何も返ってはこなかった。

 俺の思いをしっかりと聞きたいのだろう。それならば、思ったままに言おう。


「辛く苦しい事があるかもしれないし、変な事に巻き込まれるかもしれない。でも、それはアインの成長のためには不可欠だと思うんだ。俺たちが守ることから、見守ることに変わらないとダメかな、ってさ」


 最後に軽く笑って言った。少しだけ静寂が訪れたが、すぐに小さな笑い声が聞こえた。


「あなたはやっぱり優しいのねぇ。見守る……そうねぇ。私たちがアインを最初に信じて見守らないとねぇ~。ありがとう、あなた」

「ジーン、ありがとう。……アインならきっと乗り越えるよ。何かがあれば、俺たちが支えてやればいい。子供が立ち向かう壁を、親が壊しちゃいけないからさ」

「そうねぇ。私たち夫婦でちゃんと支えてあげましょ。あの子が自立する、その日まで……」


 笑みを浮かべているジーンに近寄ってキスをする。

 俺たち夫婦はアインのことを考え、アインのためになることを考えた。

 出した答えが正しい事かは分からない。分からないが、考え抜いて出した答えである。きっと、こうして考え続ける事が親となった者の務めなのだろう。

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