王都へ行く
柔らかな風が生い茂る青草を優しく揺らす。
牧歌的な風景を横目に馬車は街道を進んで行く。
「お~お~おうと~、お~うとに~いくよ~」
「危ないわよん。身を出さないようにしなさいねぇ」
アインのテンションが上がり、馬車の荷台で楽しそうに跳ねている。
それを諭すようにジーンが優しく声を掛けていた。
俺は御者台にグロウスと共に座っている。
「グロウス、あとどれくらいで王都に着くんだ? アインのテンションが爆発する前に着けるかな?」
「それほど掛かりませんよ。しかし、あそこまで楽しみにしていただけるとは。お誘いした甲斐がありました」
そう言うと、手綱を軽く振るった。荷台ではアインの即興の歌が披露されている。
グロウスも横目でそれを見て、顔がほころんでいる。いやらしいものでなければ良いのだが。
そう言えばちゃんと礼を言っていない事に気付いた。
「今回はありがとな。アインのわがままを聞いてくれてさ」
「お安いご用ですよ。私を頼ってくるなど嬉しい限りでした」
頼ってはいない。アインが駄々をこねているのを、グロウスが見た時に上がった話である。
アインが慕っているウォルフから王都の話を聞いて以降、その思いが積りに積もって爆発したのだ。
「そういえばお父様、宿屋の部屋割りはいかがいたしますか? 王都の宿で大きな部屋をとるのは難しいかもしれません。私はアインちゃんと同じへ」
「ダメ! 俺と相部屋だ。アインはジーンがいないとぐずるだろ」
がくりと肩を落としたグロウスの気持ちを無視して話をする。
「ていうか、お前、王都に家があるんだろう?」
「あるのは……あるの……ですが……」
「……帰りたくない理由でもあるのか?」
「流石はお父様! 聞いていただけますか!?」
恐ろしい食いつきっぷりである。まあ、話のタネにはなりそうなので黙って頷く。
「私は名門ストライブス家の長男なのですが、父上とどうにも反りが合わないのです。我が家は武門の家系でありながら、政治に傾倒しているのです」
「まあ、今のご時世だから戦うのも大事だけど、お家の事を考えているのかもしれんな」
「ええ、国での発言力を高めようとしているのです。そのようなことに巻き込まれたくはありません。私の力は国の民を守るためにあります」
こういう一本気な所はグロウスの良い所である。だが、アインに対する思いだけは勘弁してほしい。
しかし、家の発展を考えるか。悪い事ではないのだろうが、グロウスには受け入れがたいのだろう。
「お前の気持ちは分かるけど、親父さんの気持ちも分かるぞ」
「私も頭では分かっているつもりなのですが……。その上、私を政略に使おうとしているのです」
「政略?」
「政略結婚です」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまった。政略結婚だと。まあ、あり得ない話ではない。
貴族の間ではよく行われていたと聞く。しかし、グロウスが政略結婚に利用されるとは。それだけで笑える話になってしまった。本人には悪いけど。
「お父様、笑いごとではないのですよ?」
「すまんすまん。大変なことになっているんだな。で、相手はどんな人なんだ?」
外野の立場なので楽しくて仕方がない。どんどん掘り下げていこう。
「同じく貴族の女性です。その方とも、反りが合わないのです」
「嫌いなのか?」
「悪い女性ではございませんが、ちょっと厄介なのです]
鋼と豆腐のメンタルが混在しているグロウスの、豆腐をえぐるような人なのかもしれない。
それであれば、かなり怖い気がしてきた。及び腰になるのも分かる。
「アインちゃんとは大違いです」
「他人の家の息子と比べないでくれますか!?」
「誇らしいことではありませんか?」
不味い不味い。こいつのペースになってきた。すぐに軌道修正をしなければ。
「まあ、家に帰りたくないのは分かったよ。じゃあ、お前も宿屋だな」
「流石はお父様です! アインちゃんと寝れないのは残念ですが、それでも構いません」
「何か妥協した感じなんですけど!?」
どうでもいい話をしながら、俺たちを乗せた馬車は王都へと進んで行く。
・ ・ ・
人波に流されるように王都の中を歩いて行く。
石畳に石造りの建物が軒を連ねる。のどかな風景に慣れているせいか、どこか寒々しいものを感じた。
人の営みはあるのだが、温もりを感じない冷たい色合いがそうさせるのかもしれない。
俺達は城塞都市である王都の一の門をくぐったところであった。
俺達が入ることを許されているのは二の門までで、三の門からは通行証がいる。
グロウスに頼めば入れるかもしれないが、王都をざっと見て回るだけなので三の門まで行く必要はない。
「なあ、アインが楽しめる場所ってあるか?」
先導するグロウスに声を掛ける。ドデカい王都の中で何かを探すには詳しい人に聞くしかない。
振り返ったグロウスが暑苦しい笑みと共に右手の親指を立てた。
「玩具屋や雑貨屋を見て回るのも良いですが、今日はもっと楽しめるものがありますよ」
「おっ、自信たっぷりだな。何があるんだ?」
「魔法使い養成学校で行われます、魔法の実演会です」
誇らしげに言うと、後ろのアインが飛び跳ねた。
「まほ~、まほ~、ま、まほ~。ねぇ~ママ~?」
「そうねぇ、魔法~、魔法。楽しいと良いわねぇ~」
「うんっ! まほお、まほお」
魔法が見れることにご満悦なようだ。グロウスが魔法の息吹を使ったのを見て以降、興味津々だった。
だが、グロウスにはうかつに近寄らないので、俺やジーンに聞いた知識しかない。
少しだけ魔法を見せるのに躊躇したが、存在を知ったくらいなら問題はないだろう。それ以上になった時にしっかりと話せば良い。
グロウスを頼りに王都の中を進んで行く。二の門を抜けてしばらく歩くと、コの字型の建物が見えてきた。
高い鉄柵とアーチ状の門から堅固な守りであることを教えてくれる。
多くの人々が門をくぐって建物の中に入って行く。グロウスに連れられて、そのまま建物へと向かう。
中は大理石造りの壁や床、その上に金の刺繍が施された赤いカーペット、クリスタルが眩い光を放つシャンデリア、所々に休憩用なのかソファーが置かれている。
学校なのにこんなに豪華なのはいかがなものだろうか。これにくらべると悲しい程に質素な作りの我が校を思い出す。
「なあ、グロウス。やたらと豪華だな。羽振りが良いのか?」
「ここは国立なので、羽振りが良い訳ではありません。貴族たちからの寄付でしょうね」
ん? 何故、貴族から寄付されるのだろう。 疑問に思ったのでグロウスに問いかける。
「なあ、何でそこで貴族が出てくるんだ? 国立なら国がお金を出すんじゃないのか?」
「基本はそうです。が、魔法使いを目指す者の多くは貴族の出です。ここでも政争があるのです。寄付をして学園に貢献しているとアピールしたいのでしょう」
なるほど。自分にとって都合が良くなるために金をつぎ込んでいるのか。
裏金とまではいかないかもしれないが、自己顕示をして発言力を高めようとしているのだろう。
「そっか。魔法学校というぐらいだから、もうちょっと綺麗な世界かと思ってたけど」
「王都の中はどこも変わりませんよ。足の引っ張り合いです。上の者が規範とならねばいけないのに、お恥ずかしい限りです」
そう言うと、グロウスは嘆くように首を振った。
生真面目なグロウスらしい言葉だが、今の話からすれば貴族の大半が政争にかまけているのだろう。
少しだけ肩を落としたグロウスの背中を叩く。
「ま、お前みたいなのがいるから、腐りきっている訳じゃないと思うぜ。今の気持ちを忘れないようにしないとな」
「お父様……。あ、あ? あー!?」
「デカい声出して何だ?」
驚愕しているグロウスの視線を辿ると、一人の女性に向いていた。
サイドアップにした眩い金髪に端正な顔立ちをしている。だが、つんとした表情をしており、キツイ印象を与える。
コルセットで締め上げているせいか、腰のくびれがすごく、胸を強調していた。どれをとってもジーンには見劣りするがな。
「まあ! グロウスさんではありませんか。自らお会いに来られるとは、やっとお気持ちに素直になられたのですね」
穏やかな言葉だが、口調が冷たい。
軽く身震いすると、青い顔をしたグロウスに事情を確認する。
「この人、誰?」
「私の婚約者のミリエルです……」
グロウスの言葉に思わず振り返ると、ミリエルが口角を上げたのを扇で隠す姿が見えた。




