スライムにビビる
目を眩ませていた光が弱くなっていく。
視界に焼きついた光の跡が、徐々に消えていくと、うっすら目を開けた。
そこはただの森の中であった。
うっそうとした森の木々から、月明かりが少しだけ差しこんでいる。
か弱い光では、森の中を明るく見せる程の力はない。俺は薄暗い森の中で、たたずんでいる。
その光景に唸ることしかできない。
何でこうなったのか。
神の仕業であることは分かる。
だが、何でこんな状態からスタートになったのか。あまりの雑さに肩を落とす。
白い布にくるまれ、眠る赤ん坊を見る。
髪が生えそろい、首も座っていることから、生まれてある程度育っていると思われた。
ただ、あの神が育てている光景は想像できない。
気になったのは神が言った、作り出したという言葉だ。
おそらくだが、出産という訳ではなく、神の力で作られたということだろう。
真面目に考えていると、手に温もりとは違う温かさを感じた。
「ふぇ……ふぇ……」
「まさか、これは」
「びぇ~ん!」
ああ! 何て言う事だ。おしっこをしてしまったのだ。
湿った布を剥いで、不快感の元を断つ。だが、裸のままにすることはできない。
仕方がない。俺のシャツを巻こう。俺は寒いが、この子を裸でいさせるよりはマシだ。
「ふぇ……ふぇ……。うぅ……」
「ふう。落ち着いたか。しかし、参ったなぁ。森の中じゃ、話にならない。どっかに町がないかなぁ」
「あう~。あぁう」
「ああ~、大丈夫だよ。ごめんね。心配しなくても大丈……夫?」
茂みが揺れるのが見えた。ついで音も聞こえる。
何かが近づいて来ていることが分かった。
茂みから飛び出してきたのは、半透明のぶよぶよした物体だった。
「うえっ!? スライム!? モンスターとかいんの!?」
伸び縮みして動くその姿は、どうみてもRPGで出て来るモンスターだ。
「モンスターって言っても……。一番弱いはずだ! 蹴り飛ばしてやる」
意を決して、一歩前に進む。その時に見えた。スライムの中に、オオカミのような顔が……顔だけがその中にあったのだ。
「いやいやいや。マジで? 無理無理無理、ホント無理だから」
俺の懇願を無視するように、じわじわと近づいてくる。
逃げるか。そうだ逃げよう、それが良い。
振り返ると絶望した。
俺の前に別のスライムが現れたのだ。
前門の虎、後門の狼である。慌てて横に逃げる。
だが、茂みに足をとられてしまう。
「うあっ! ちっくしょう!」
こける瞬間、体をひねって背中から倒れた。
背中に鈍い痛みが走る。
だとしても、俺もこの子も生きるには逃げるしかない。
すぐに上半身を起こすと、目の前にスライムが二体ならんでいた。
体が凍りつく。恐怖に縛られてしまっている。絶望に支配されそうになった。
そんな強張る体に伝わってきたのは、赤ん坊の温もりだった。
そうだ。この子は何もできないんだ。今は俺しかいない。それなら。
「う、うあぁぁぁぁ!」
目の前のスライムを何度も蹴りつける。
情けなくても、カッコ悪くても、これ以外に守る方法が見出せない。
何度目かの蹴りが空をきる。スライムが飛び掛かってきていた。
その光景を見てできたのは、赤ん坊を強く抱きしめることだけだった。
「あぁうっ!」
赤ん坊の声が聞こえると、森の闇を払うような、眩い光が見えた。
光の発信源は俺……の懐にいる赤ん坊からであった。
光が襲ったスライムは消え去り、その先の木々が焼け焦げて煙を上げている。
「これって……。お前がしたのか? なあ?」
「ばぅ~。きゃっきゃっ」
「そっか……。ありがとな、守ってくれて。って、この子、マジもんの勇者ってことだよな」
笑顔ではしゃぐ赤ん坊をマジマジと見る。
綺麗な茶髪に、パッチリとした目。普通にキュートな赤ん坊だが、モンスターを消し去るような力を持っている。
神の言った通り、勇者なのだろう。なおかつ、結構チートな力を持っている。
ハーレムを作る力は今のところ感じないが、それもおそらくはあるのだろう。
ただの赤ん坊にしか見えないが、改めて神の言葉と力を知った。
そういえば、俺にも最低限の力を与えてくれるという話だったが……。
茂みが揺れる音がした。ガサガサと音を立てて、こちらに近づいて来る。
もう震えたりなんかしない。すぐさま逃げようと、音のした反対側へと体を向けた。
「何だ、これ? おぉ~い。木が焼け焦げているぞ」
「何だ、どうした? 何だこりゃ。山火事かと思ったら、ちょっと違うようだな」
人? 男の声? 思わず振り返ると、二つの影が見えた。
どうやら、赤ん坊が発した光を山火事と勘違いして、ここに来たようだ。
これは嬉しいニュースだ。近くに村か町があるかもしれないのだから。
話し掛けて、事情を説明しなければ。
「あの、すみません」
「誰だ!? ん、人か? 君、こんな所で何をしている?」
何をしているかだって? むしろ、俺が知りたい。けど、神がどうのとか言っても信じてもらえないだろう。
とにかく、ここは無難に切り抜けるしかない。
「えっと、旅をしている者です。そのぉ、光……が見えたので、ここに来ました」
「そうか、旅人か。不思議な服を着ているな。異国の服か?」
たくましい顔と体付きをしている中年男性が、まじまじと俺を見て言った。
「は、はい。そうです。あの……村か町は近くにあるのでしょうか?」
「ああ、あるよ。すぐ近くのエルム村から俺達は来たんだ」
良かった、村がある。これで少しは落ち着ける。森の中より、絶対マシに違いない。
「あの~、俺も一緒に連れて行ってもらえませんか? 森の中で野宿していたもので」
「森の中でか!? 危険なことをしていたんだな。村まで案内してやるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
村まではという言葉が気になるが、胸をなで下ろした。
寝息を立てている赤ん坊に目をやると、二人が俺の腕の中を覗き見る。
「赤ん坊まで連れてるのか!? それで野宿は無理だろう。とりあえず、村に行こう」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。さ、行くぞ」
二人の男の後に付いて行く。森を出ると、淡いオレンジ色の光が少し離れた所に、ぽつぽつと見えた。